私は、木になりたい。

夕立悠理

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「え゛」

 げほげほ、と思わず急き込んでしまいました。せっかく料理長が腕を振るってくれた料理なのに、悪いことをしてしまいました。……まだまだ魅力的な女性には程遠いです。
「マリー様、大丈夫ですか!?」
「え、ええ。大丈夫よ。……それで、もう一度言ってくれないかしら?」

 聞き間違いですね、きっと。

「ですから、陛下がこの屋敷にいらっしゃられるようです。お忍びで……ということのようですが」
「陛下って、国の元首である国王陛下のこと……よね?」
 「はい。そうです」

 ……聞き間違いではなかったようです。


「でも、なぜ急に陛下が?」
「わかりません。それと旦那様からの伝言で、マリーお嬢様は今日一日自室から出ないように、ということです」
 「今日の授業は?」
「今日はお休みしてもいい、とおっしゃっていました」
「……わかったわ。ありがとう」
「いえ。……失礼します」
 そういうと、使用人は一礼をして、足早に去っていきました。いくらお忍びで、とはいえ、陛下がいらっしゃるのに何もしないわけにはいかないからでしょう。

 やりました!これで、ミツバ博士に本の内容を詳しく聞かれたときの為に、もう一度本を読むことができますね!……じゃなくて。いえ、一瞬思いましたけれど。

 こんな私では、まだまだ魅力的な女性には程遠いのも納得です。

 まずは、こんな考えを捨てないとだめですね。

 ……それはそうと。今日一日自室から出るな、とはどういうことでしょうか。陛下と私を会わせたくない理由がある、ということですよね。でも、陛下に挨拶すらしないのもそれはそれでよいのでしょうか。

 「もしかして、何か不手際があった……とか?」
会わせたくない理由があるとしたら、一昨日行われた夜会のことしか思い浮かびません。あの日、私は夜会が終わるまでずっと殿下と踊っていたわけですが、そのことで、何かあったのでしょうか。
 殿下の足は踏んでいませんし、殿下も気分を悪くはされていなかったはず。
 となると、身の程をわきまえろとか、そういう類のことでしょうか。お父様は貴族の中でもかなり上の地位にいらっしゃいますが、それを差し引いても、私の姿が醜かった……とか。それで殿下のイメージまで悪くなってしまったとかだったら、どうしましょう。

 あの夜会は、かなり大勢の方がいらっしゃっていましたし、影響はかなり大きそうです。
 やっぱり、何が何でも断っておくべきでした。いえ、でもあの場合は断る方が失礼にあたってしまいますし……。

 私は、死亡フラグを避けたいだけであって、殿下のことが嫌いだとか、そういうわけではありません。殿下、という身分を抜きにして考えても、迷惑はかけたくない相手です。

 私のせいで殿下が……、というのは嫌です。かなり嫌です。

 イメージが悪くなった、とかだと今後問題になってくる王位継承についても関わりますし。ごめんなさい、じゃすみません。

 もしそうなら、それではすまなくとも謝らないと。

 ですが、お父様から、自室から出るな、と言われていますし。
 ここで、出ていって更に状況を悪くすることも得策とは言えません。

 ……私は、一体どうすればよいのでしょうか。


 ■  □  ■

 そうこう悩んでいるうちにもう夕方になってしまいました。

 どうやら、陛下はその間ずっとお父様と話されているようです。

 ――そんなに話し込むなんて、一体なんの話なのでしょうか。やっぱり、この間の夜会のこと……かもしれません。

 先ほどから部屋の隅を行ったり来たりしています。勉強に集中しようとしても、気になって集中できませんし。どうしたものか。


 「……というわけでよろしく頼む」
「だが、しかし」
「私と君との仲ではないか。遠慮するな」
「貴方の耳は聞こえているのか?遠慮などしていない」

 ――廊下から声が聞こえてきました。きっと、お父様と陛下ですね。
 会話の内容までは聞き取れませんが、声のトーン的に陛下は楽しそうですが、お父様はなぜか……疲れきった声です。


 どうされたのでしょうか。

 やっぱり、私の不手際だった……とか?

 「ここだな」
「……マリーに会うつもりですか?」
「挨拶ぐらいはいいだろう。……まさかこのまま会わせないつもりか?」

 ――コンコン

 扉が二回ノックされました。
「……はい、どうぞ」

 さすがにここまで近づかれると、会話の内容もドアを隔てていても聞こえます。陛下……とお父様ですね。

 「失礼する」

 そう言って、入ってきたのはやはりお父様と陛下でした。
 お父様は眉間に皺をよせていらっしゃいますが、陛下は、とても……楽しそうです。

「ごきげん麗し……」
ひとまず挨拶をしなければ、と思って言うと、途中で遮られました。
 「……ああ、そう固くなるな。今日は国王として訪ねたのではない」

「あの、陛下……」
「なんだ?」

 ――謝らなければ。

「申し訳ございません!」 


 私が頭を下げると、陛下は驚いたように目を瞬かせました。

「はて。私はマリー嬢に謝罪される覚えはないが。……どういうことだ?」
「一昨日は私の不手際のせいで殿下に迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません」

 謝って済む問題ではありませんが、謝らずにはいられません。

 私が俯いていると、陛下はくつくつと笑われました。

「……ふ。なるほど、そういうことか。リリー嬢顔をあげなさい」

 怒っていらっしゃるわけではないようですが、顔をあげられません。
 「ですがっ……!」

「いいから、あげなさい」
 今度は少しだけ、強めの口調でおっしゃられました。

 ゆっくりと顔をあげます。

「君は何か誤解をしているようだ。君には不手際など一切なかったよ。安心しなさい」

ほっと、息を吐きます。よかった、殿下に迷惑をおかけしたわけではないようです。 

「では、なぜ今日はここへ……?」
「今日は国王としてではなく、キースの友人の一人としてとして来た。それから、マリー嬢によろしく、というために」

 陛下は私の手を取ってふわり、と微笑まれました。微笑まれると、殿下と非常に雰囲気が似ていらっしゃいます。

「よろしく、マリー嬢」
「こちらこそよろしくお願いいたします」

 私の答えに満足そうに頷いて、陛下は手を離されました。
 反射的に答えてしまいましたが、なぜか、ものすごい失態を犯してしまったような気がします。

 心なしか、お父様の顔色が悪いような……。

「……陛下」
「これでマリー嬢の了承もとった。もう、文句はないな?」
 お父様が頭を押さえて溜息をつかれました。

「……わかりました。ですが、約束は守っていただきますよ」
「当たり前だ。では失礼する」

 そう言って、陛下は帰られました。


■  □  ■

 「マリー、何か欲しいものはあるかい?」
「……お父様?」
「何でも買ってあげよう」

 お父様の目がどこか遠くを見ていらっしゃいます。そんなにダメージを受けるようなことがあったのでしょうか。

 「い、いえ……、ありませんわ」

 陛下が帰られてから、お父様は様子がおかしいです。昨日は、私に、とたくさんの宝石を頂いたのですが、夜会に付けていくぶんには十分ありますし、丁重にお返ししました。

 「あのお父様?顔色が……」


 「ああ、大丈夫だ。すまない」

 そういったお父様のお顔色がひどいです。

「ところで、マリー。好きな男性はいるかい?」

「?……お父様ですわ」

 「マリー!!!」

 お父様の顔色が急によくなりました。心なしか、とても嬉しそうに見えます。

「ええと、あの。先ほどの欲しいものですが……お父様とお出かけがしたい、です」


 お父様は、きっと疲れていらっしゃるのでしょう。それなら、気分転換が一番ですね。

 「マリー、愛しているよ」
「?私もですわ、お父様」

 お父様が私を抱きしめました、お父様から抱きしめてくれるのは、大変珍しいことです。
 やはり、よほど疲れのようですね。
―なんて今にして思えば、殴りたいぐらいのんきなことを、私は考えておりました。
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