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そのいち
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ゆっくりと、細く長い息を吐き出す。
空には満月が浮かんでいた。
かたかたと震える手で、毒の入った小瓶を握りしめる。
──お前は、いらない子なの。
16の誕生日。
物心ついて初めて育ての親に与えられたのは、その言葉と、苦しまずに死ねるという毒だった。
この毒で、今代の皇帝を暗殺することができれば、愛してやると言われた。
どうしようもなく、愛されたかった。
私は必要だと認められたかった。
……だから。
王宮に侍女として侵入して、3ヶ月。
ついに、この日がやってきた。
今日は月に一度の特別な満月の日。
この日は、王宮の警備が手薄になる。
皇帝の休息日だからだ。そして、この国の皇帝は、誰よりも強い。だからこそ、休息日は護衛をつけないのだ。
窓から差し込む月明かりをたよりに皇帝の寝室の前までいく。
「──」
私は暗殺者としては、『子供たち』の中で最弱だ。でもひとつだけ。誰よりも抜きん出ていたことがあった。
それが、気配を消すこと。
そしてこの毒は飲まずとも、皮膚にふりかければ効果があるものだということ。
この二つのおかげで、私が暗殺に成功する可能性は僅かだが存在していた。
呼吸を整え、気づかれないように、寝室に侵入する。
ベッドの上では、皇帝が眠っていた。
夜空を思わせる濃紺の髪。月明かりに照らされた肌は、白く、美しい。
この人の瞳はどんな色をしているのだろう。
そう思って見つめる。
長い睫で隠されたそれを死ぬ前に見てみたいと思った。
その、ときだった。
「……ふ」
「!」
視界が反転する。あまりの早業にベッドに縫い止められたのだと気づいたのは、数秒たってからだった。
「ずいぶん熱心に長い間私を見つめていたけれど……キミに一つ忠告をするなら、暗殺は素早く正確に──」
発せられた言葉が右から左へと流れていく。
それは、暗殺に失敗し、死を目前にした恐怖からじゃなかった。
月を砕いたように煌めく黄金色の瞳。
その瞳に、魅入られたからだった。
「きれい」
思わず声がもれる。それは、憧憬だった。
「──……!」
私の言葉に、その瞳が見開かれた。
そのぽかん、とした表情をぼんやりと見てから思い出す。
死ななきゃ!
暗殺に失敗したのだ。
ええと自殺のやり方は──。
「!?!!!?!?」
舌を噛みちぎらないと、と思ったのと、口付けられたのは同時だった。
唇で初めて知った人の温度に、身体中の熱が一気に上がる。
「な、な……」
口移しで毒を飲ませるわけでもないその行為に戸惑う。
「……ふぅん?」
そんな私の反応ににやりと笑うと、皇帝は愉しそうに笑った。
「決めた。私の妃は、キミにしよう」
空には満月が浮かんでいた。
かたかたと震える手で、毒の入った小瓶を握りしめる。
──お前は、いらない子なの。
16の誕生日。
物心ついて初めて育ての親に与えられたのは、その言葉と、苦しまずに死ねるという毒だった。
この毒で、今代の皇帝を暗殺することができれば、愛してやると言われた。
どうしようもなく、愛されたかった。
私は必要だと認められたかった。
……だから。
王宮に侍女として侵入して、3ヶ月。
ついに、この日がやってきた。
今日は月に一度の特別な満月の日。
この日は、王宮の警備が手薄になる。
皇帝の休息日だからだ。そして、この国の皇帝は、誰よりも強い。だからこそ、休息日は護衛をつけないのだ。
窓から差し込む月明かりをたよりに皇帝の寝室の前までいく。
「──」
私は暗殺者としては、『子供たち』の中で最弱だ。でもひとつだけ。誰よりも抜きん出ていたことがあった。
それが、気配を消すこと。
そしてこの毒は飲まずとも、皮膚にふりかければ効果があるものだということ。
この二つのおかげで、私が暗殺に成功する可能性は僅かだが存在していた。
呼吸を整え、気づかれないように、寝室に侵入する。
ベッドの上では、皇帝が眠っていた。
夜空を思わせる濃紺の髪。月明かりに照らされた肌は、白く、美しい。
この人の瞳はどんな色をしているのだろう。
そう思って見つめる。
長い睫で隠されたそれを死ぬ前に見てみたいと思った。
その、ときだった。
「……ふ」
「!」
視界が反転する。あまりの早業にベッドに縫い止められたのだと気づいたのは、数秒たってからだった。
「ずいぶん熱心に長い間私を見つめていたけれど……キミに一つ忠告をするなら、暗殺は素早く正確に──」
発せられた言葉が右から左へと流れていく。
それは、暗殺に失敗し、死を目前にした恐怖からじゃなかった。
月を砕いたように煌めく黄金色の瞳。
その瞳に、魅入られたからだった。
「きれい」
思わず声がもれる。それは、憧憬だった。
「──……!」
私の言葉に、その瞳が見開かれた。
そのぽかん、とした表情をぼんやりと見てから思い出す。
死ななきゃ!
暗殺に失敗したのだ。
ええと自殺のやり方は──。
「!?!!!?!?」
舌を噛みちぎらないと、と思ったのと、口付けられたのは同時だった。
唇で初めて知った人の温度に、身体中の熱が一気に上がる。
「な、な……」
口移しで毒を飲ませるわけでもないその行為に戸惑う。
「……ふぅん?」
そんな私の反応ににやりと笑うと、皇帝は愉しそうに笑った。
「決めた。私の妃は、キミにしよう」
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