次女ですけど、何か?

夕立悠理

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小学生編

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入学式が終わり、私──道脇楓どうわきかえでは正式に鳳海学園ほうかいがくえんの生徒となった。

 その入学式から一週間が経ち、ようやく周りにも慣れ初めてきた頃、私は状況を把握した。
 鳳海学園は初等科、中等科、高等科なるものがあり、内部試験に合格すればそのままエスカレーター式に進んでいくことができる。
 鳳海学園の初等科から入っている生徒と言えば、お金持ちの代名詞だ。道脇家は、その中の上の上といったところか。そうなれば、将来の為に今からお近づきになりたいと考える者もいるわけで、私にも取り巻きらしき子がいる。
 そうなるであろうことは、漫画からも五年の人生の中でもわかっていたと思っていた。
 ……が、まだまだ甘かったらしい。
「君って、あの桜様の妹だと聞いたのだけど、本当?」
──道脇桜。道脇家の長女にして、現世での私の姉だ。現在、私に質問しているのは、二年生だ。この学園に同じ名字を持つ者は私と姉だけだ。道脇の名でわかるだろう、とツッコミを入れようか迷って、止めた。
 姉と妹のことを気にせず生きると決めたのだ。この人は、どうみても姉側の人間だろう。こちらに組み込むのは面倒くさそうだ。

「……そうです」
年上相手ににこりともせず答えた。でも、その相手は大して不快に思わなかったようだ。最も、私の表情筋が使われることは滅多にない。その人は名乗っていたが、忘れた。正確に言うと、覚える気が無かった。面倒なので、この人をメガネ先輩と呼ばせてもらう。メガネ先輩は、じっと上から下まで私を眺めた後、ふっと笑った。

 大方考えていることはわかる。美人な姉の妹である私も美人だろうと思い、わざわざ一年の教室まで来たものの、美人ではない私に驚いているのだろう。自分を卑下するつもりはないが、私の見た目はよくて中の中だ。所謂いわゆる平凡な顔をしている。


 私は姉を軽く見ていた。姉は確かに美人だ。そのことはわかっていた。漫画の知識としては、姉は美人で何でも出来、お淑やかな人気者。
 まさか、ここまでとは思わなかった。
 この初等科に通う生徒なら──入学したばかりの一年生を除いて──姉のことを知らない人はいないという。道脇の名があろうとも、他学年の生徒にまで知られているとはよほどのことである。メガネ先輩に話しかけられる前は、三年生が来ていた。

 この後メガネ先輩は、他の先輩と同じく姉の好きなものを私から聞き出そうと頑張ったが、帰って行った。
 答えなかったのではない。答えようとして答えられなかったのだ。未来でも過去でもなく現在の姉の好きなものを私は大して知らない。


 今日中に調べておくことにする。
 姉に大して興味はないが、休み時間の度にこられたのでは迷惑だ。

 ……案の定、そう思っているのは私だけでは無かったらしい。
「休み時間の度にこられるのはめいわくだ。どうにかできないのか」
「そこまできつい言い方をしなくても……。ごめんね、道脇さん」
「いいえ、本当のことですから」
 睨みをきかせながら、言ったのが前川零次まえかわれいじで、フォローを入れたのが、赤田隼あかだしゅんだ。前川と赤田は、顔の良さと上の上である家柄から、すでに女子の間でファンクラブなるものが結成されている。まだ、二人が入学して一週間しか経っていないのに、カリスマとはこういう人たちのことを言うのだろう。それを考えると姉の扱いも普通のことのように思え──ないな。この人たちを普通だと思うのは、私の常識が許さん。

 私が気にすべきなのは、この二人の容姿でも、家柄でもない。ストーリー上の立ち位置のことだ。そういえば、前川は漫画の中で『大魔王』という二つ名を持っていた。確かに一年生にしてのこの威圧感。大魔王様と呼ぶのもわかる。
 話がそれてしまった。
 前川は、『三女の彼女』のヒーローだ。つまり、妹と最終的にくっつくお方だ。そして、赤田はただの二人をサポートするキャラではない。前川の親友である彼は、妹のことを好きになり、その想いを必死に隠して応援するという大変損な役回りである。


 ストーリーが大きく動き出すのは『長女のキミ』も『三女の彼女』も高等科からだ。妹が初等科に入学するのは、二年後。まだ学園に入ってすらないけれど、出来れば関わりたくない。

 なぜなら、漫画通りになると私は前川と婚約するからだ。最も、漫画上の道脇楓わたしが好きだったのは彼ではなかったようだが。それでも、自分の婚約者を妹にとられるのはプライドが許さなかったらしく、様々な嫌がらせを妹にしていた。
 あまり関わらないようにすれば、必然的に婚約の話も出てこないだろう。
 それにしても、私は運がないな。一年からクラスが同じ──しかも二人ともとは。来年はどちらともクラスが離れるように今から祈っておこう。

「明日はどうにかします」
とりあえず、今日はどうしようもない。私だってあの人たちに時間を取られるのは嫌だ。その間に読書をして知識を身に付けたり、将来の為に人脈を作っておきたい。
 私がそう答えると、前川はすたすたと行ってしまった。その後に赤田も続いた。

 ■  □  ■

 とりあえず私は出来るだけのことはした。姉の好きなものを姉に直接聞き、それを全部教えた。
 私に聞かずに姉に聞けよ、と言ったら「そんな桜様に聞くなんて、滅相もない」と返された。姉は一体何者なのだろう。
 まあ、何者でもいいか。とりあえず、質問に全て答えてやると満足したのか訪れることはなくなった。
「これ以上、一年の教室にくるようならお姉様にいいますよ」
と言ったのが効いたのかもしれない。

 ここでわかったのだが、普通は「~さん」や「~くん」と呼ぶが、例外が存在する。他にもいるかもしれないが、現在確認している中でその例外は三人。姉と前川と赤田だ。この三人は『様』づけで呼ばれている。メガネ先輩が姉を様づけで呼んでいたのは聞き間違いではなかったらしい。

「……はぁ」

 私は問題を解決した。他の学年の人が姉のことでクラスに来ることはない。今他のクラスや学年から来ているのは、前川と赤田目当てである。
 それなのに、何が気に食わないのか大魔王様は、私を睨んでいる。
 大丈夫だろうか一年生の時からあんなに皺を寄せて。初等科を卒業するまでに眉間に皺が固定されそうだ。まあ私の知ったことではないな。
 何か気に障ることをした覚えはない。それに、嫌われるのは悪いことではない。婚約など話が出たときには大魔王自らがぶった切ってくれるだろう。

私の取り巻きの子たちはてっきり大魔王側へ流れると思ったが、
「前川様もかっこいいけれど、楓様のかっこよさには及びませんわ」
とよくわからない返答をされた。一年生って、こんなことを話すものだろうか。それとも、ここがお嬢様お坊ちゃんが集まる場所だからかもしれない。そうだ、そういうことにしよう。
 なぜか私にまで様づけだったのも気のせいだ。

 そんな感じで、私の学園生活は始まった。
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