メシマズの国の美女に鰻をご馳走したら異世界で料理の先生をすることになった

海凪ととかる

文字の大きさ
1 / 11

第1話 関東以南の太平洋側ならだいたいどの川にも鰻はいるはずだ

しおりを挟む



 観光地の飲食店にとって学校が夏休みに入る7月後半から8月半ばの盆まではまさに稼ぎ時となる。

 それは俺が板前として勤める伊勢の和食料理店も例外ではなく、盆の繁忙期はんぼうきがようやく終わった8月20日まで、俺は丸1ヶ月休みなしで働き続けていた。その代わり、8月21日からの1週間は店そのものが休みになるというのがうちの店のルールだ。

 俺は高卒でこの店に入り、もう今年で7年になる。現在は大将に次ぐ二番板というポジションで多くの責任を委ねられているが、やはりいずれは独立して自分の店を持ちたいとも思っている。そのための資金もずっとコツコツと貯めてはいるが、日本の料理業界は基本的に安月給なのでまだまだ夢を叶えるのは先のことになりそうだ。
 もちろん銀行の融資にも頼れるし、開業するとなれば当然必要になるだろうが、返すことを考えると借りる金額は可能な限り少ない方がいい。

 そんな俺の趣味は釣り車中泊しゃちゅうはくだ。
 翌日が休みの日に釣り場に出掛けて釣りを楽しみ、釣った魚をその場で料理して好きな酒と合わせて一杯やり、そのままそこに泊まる。はっきり言ってこれ以上ないほどの最高の贅沢だと思う。……残念ながら俺の周囲には賛同してくれるようなガチの釣り同志がいないので基本的にいつもソロで行くわけだが。
 別に寂しいとかそういうことではない。ただ、同じ趣味の仲間がいればもっと楽しいやろうな、と思う程度の贅沢な悩みだ。

 そんなわけで今年の盆明けの休暇も例によって釣り車中泊に繰り出していた。
 俺の愛車は軽貨物のベストセラーであるスズキのエブリィバンを改造した軽キャンパーだ。後ろの座席を畳んでフラットにした上に床板を張り、一人用のベッド、小型のシンクと調理台、車のDC電源で作動する小型冷蔵庫、窓換気扇などを設置している。狭いスペースではあるが、調理環境にはこだわりたい俺の自作DIYによる実に使い勝手のいいキッチンになっている。ただ、さすがに換気扇はあっても車内で炭火焼きは出来ないので、外で使うためのバーベキューコンロなども当然積んではある。

 今回のターゲットは、ずばりうなぎだ! 俺の勤める店で取り扱っている三河一色みかわいっしき産の養殖鰻も確かに旨いが、それでも養殖鰻は、50㌢オーバーまで育った天然鰻には絶対に敵わない。ましてや今日、俺が来ているこの川は清流として名高い川であり、河口付近でも川床が見えるぐらい澄んでいる。
 この川の鰻は子アユやヨシノボリなどの小さな魚を主食にしているので身の脂の質がとても良く、臭みもない最高級品だ。ごく稀に市場に並ぶこともあるが、仕入れ価格で1匹数千から下手すれば万を超えるので到底手を出せる金額ではない。それに俺の場合、自分で捕ればいいだけだし。むしろ多く捕れた場合は蒲焼きにして冷凍してネットで販売すれば小遣い稼ぎにもなる。

 釣ったばかりの天然鰻をその場で捌き、炭火で蒲焼きにして、それをツマミに涼しい川の宵風に吹かれて夜空の星を眺めながらキンキンに冷えたビールを飲む。嗚呼、こんな贅沢ほかにないやろ! もう想像しただけで口の中に唾が出てくる。
 俺はワクワクしながらいそいそと釣りの準備を進める。

 鰻の活性が一番上がるのは日暮れ直後の1時間ぐらいだ。今の時期なら19時から20時ぐらいが時合じあいとなる。今は18時半ぐらいなのでまだちっと早い。
 鰻釣りの仕掛けは投げ釣り用の錘《オモリ》に針を1本だけ付けたシンプルな“ブッコミ”という仕掛けで、餌は大きめのミミズ。
 仕掛けを川に投げ込み、竿先にアタリを知らせる鈴とケミカルライトを取り付けてあとは釣れるのを待つだけというのんびりとした釣りだが、時合いのタイミングだと次から次に釣れてきて竿を上げるのが追い付かないということもたまにある。
 今日が良く釣れる日かそうでもない日かは始めてみないと分からんが、それでもある程度よく釣れる条件はある。

 まず水温。水が冷たすぎるとあまり釣れないが、今日は触ってみた感じ20℃以上はあるからいい感じだ。
 次に水量。雨不足で渇水している時よりも一雨降って少し増水している時の方がよく釣れるが、今日はちょうどそういう日だ。
 そしてしお。河口から数㎞地点のこの辺りは塩水は混ざっていない淡水だが、潮の干満の影響は受けるので満潮時は流れが塞き止められて流れが留まり、干潮時はスムーズに流れる。鰻は嗅覚が優れているので、速すぎない程度に流れがある方がミミズの臭いで惹き付けられやすい。今日は満潮のピークを過ぎて水が流れ始めているタイミングだからこれも条件は整っている。

 河面を見ると夕暮れ時の涼風が小波を立たせており、小魚がパチャパチャと跳ねて活性も高い。ええな! なんかめっちゃ釣れそうな気ぃしてきた。
 俺はブッコミ仕掛けの投げ竿2本をスタンバイさせ、その時を待つ。

 やがて、19時頃に太陽が西の稜線の向こうに没し、空が急激に暗くなってくる。まだ残照で行動に不自由しない程度の明るさはあるが、餌つけや針の交換などの細かい作業にはそろそろヘッドランプの光が必要と思える今からが鰻の時合いだ。

 俺は1本目の竿を持ち、リールのペールアームを起こしてから竿を振りかぶり、自分よりやや上流側に投げる。

──シュルシュルシュル…………ドボンッ

 狙い通りの流れのある深い場所に仕掛けが着水して水飛沫が上がり、波紋が広がる。
 錘が川床に着底するのを待ってからリールを何回か巻いて糸のフケを取り、ピンと張った状態で竿を立てて固定し、竿先の鈴のポジションを調整する。

 もう1本の竿も同様に、ただ投げるポイントはやや下流側を狙って投げる。

──シュルシュルシュル…………ドボンッ

 あとはこのまま置き竿で鰻が食ってくるのを待つだけだ。10分ぐらい待ってもアタリがないようなら一度引き上げて餌の状態をチェックして別の場所に投げ直す。これの繰り返しとなる。
 さあ、せめていいサイズの鰻が1匹でええから釣れて欲しいな。俺の晩飯が豪華な鰻丼になるかわびしいタレ飯になるかはそれに懸かっとるんやで頼むで。

 車は土手の上に停め、その土手を下った河原で俺は釣りをしているのだが、飛び回る蚊が気になってきた。一応虫除けスプレーはしているのだが、やはり蚊取り線香が欲しいので車に取りに行くことにした。まだちょっと時間が早いからそんなすぐには釣れんだろうし。
 急いで土手を駆け上がり、車から蚊取り線香を取り出した俺に誰かが声をかけてくる。

「あの、チョットいいでスか?」

「あ? …………!?」

 ヘッドランプを点けたまま振り向くと、高輝度のLEDライトの明かりがスポットライトのようにそのTシャツとジーンズ姿の女性を照らし出し、彼女は眩しそうに目を細めた。

「あ……ごめんな。失礼」

 慌ててヘッドランプを消したが、俺の網膜にはまるで美の化身と言っても過言ではないと思えるほどの幻想的なまでの美しさの彼女の姿が一瞬で焼き付いており、心臓がバクバクしはじめる。
 絹糸のようなさらさらの銀髪。透明感さえ感じられるほどの白い肌。日本人とは到底思えない大きな目と高い鼻。眩しさに細められた瞳の色はみどりだった。
 日本人じゃないというより同じ人間とは思えないほどのその現実離れしたその美しさはまるで……

「……エルフ?」

「ほえっ!? なんデ!?」

 まだ暗さに馴れない目の前で彼女が何やら焦ったように両耳を押さえるが、さっき見えた耳は尖ってはいなかったように思う。
 やがて目が暗さに馴れてくると両耳を押さえたままの彼女の姿が判別できるようになる。暗いと彼女の銀髪や碧眼の色彩が分からなくなって残念だが、それでもやはり現実離れした美しさだ。

「あの、どうシテ、エルフって……」

「あ、ごめんな。ちょっと見たことがないレベルの美人さんやったから、まるで物語に出てくるエルフみたいやな、と……って日本語で通じる?」

「大丈夫デス。分かりマス」

 何やらほっとした様子で彼女が耳を押さえていた両手を外す。現れた耳は普通の人間の丸い耳だった。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。 しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。 絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。 一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。 これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...