れすとあ ─モンキーガール、風になる─

海凪ととかる

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9.既視感(香奈)

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 ヘルメットを被ってリアシートに跨がり、サラさんの腰に手を回す。

「足をタイヤに巻き込まれやんように、足の土踏まずをサスペンションの下のステップに乗せる感じで……そうそう。なら行こかー」

──バルンッ バルルルルル……
 
 [もんちー]があたしたち二人を乗せてゆっくりと走り出す。走り始めだけちょっとふらついたけど、すぐにスピードに乗って走りが安定する。

 わぁ! 思ってたよりも速いんやなぁ!
 
 お店の前の市道を駆け抜け、県道22号に出てあたしの家のある団地への坂道を[もんちー]は力強く駆け上がっていく。すれ違う車の運転手や歩いている人たちが不思議なものを見る目であたしたちを見ている。背中越しにサラさんが気持ちよさそうに鼻歌を歌うのが聞こえる。

 ああ、なんか、この感覚久しぶりやなぁ。
 ちょうど[もんちー]のスピードがあたしの全力疾走と同じぐらいのスピードだからか強い既視感を覚える。
 風を切って走るこの疾走感。空気がまるで見えない柔らかい壁のように感じられるこの抵抗感。一年近く感じていなかった懐かしい感覚に泣きそうになる。ああ、楽しいな。心からそう思った。

 そっかー、バイクに乗るってこういうことなんや。これはええなぁ。

 今までは免許を持ってるなら車の方が便利なのになんでわざわざいい大人がバイクに乗るんだろうと疑問に思っていたけど、なんか納得した。バイクにはバイクにしかない魅力があるんだな、と。
 体感では本当にあっという間に[もんちー]はあたしの家の前に到着してしまった。

「はぁい! 到着ぅ! ここでうてるやんね?」

「はい。ここです。ありがとうございました」
 
 名残惜しい気持ちでアイドリング中の[もんちー]のリアシートから自分の足でアスファルトに降り立つ。

「どやった?」
 
 いたずらっぽい表情でサラさんが訊いてくる。まんまと乗せられちゃったのがちょっと悔しいけど。

「……めっちゃよかったです」

「せやろ! せやろ! 百聞は一見にしかず。バイクの良さはまず乗ってみんと分からんやろ?」

「二人も乗っとんのに、思ってたよりパワフルやし安定感もあるし、その上可愛くて……モンキーってええなぁ」

「やんな? やんなっ? ちっさくて、力持ちで、可愛いなんてほとんど反則やんな! モンキーの良さが分かるなんて、やっぱり香奈ちゃんはうちが見込んだ通りやったね! もうこうなったら免許取るしかないんちゃう?」

「えっと、前向きに検討します」

「うふ。楽しみにしとるね。……さってと、じゃあ、うちはお店に戻るね。[もんちー]があったらいつでも寄ってな? ぶいっ!」

「は、はいっ!」
 
 サラさんのピースサインについつられてピースしてしまった。

「ほなな!」

──バルンバルンッ! バルルルルル……
 
 最後にそう言ってサラさんは[もんちー]で走り出した。ヘルメットの下から覗く長い髪が風に踊る。仕草のひとつひとつが絵になる人だ。
 走り出した[もんちー]が一気に加速していき、たちまちその姿が小さくなる。

 速っ! えぇ!? あれがモンキーの本気!? すご。

「あ、ヘルメット返しそびれた」

 今さらながら借りた半ヘルをまだ被ったままだったことに気づく。まぁ、またワイズベーカリーに行く口実ができたと思えばいっか。
 あたしが家に入り、階段を上がって窓から見れば、もうサラさんはワイズベーカリーに到着していた。
 さて、じゃあスマホで色々調べてみないと。免許を取る方法とかモンキーの値段とか、どこで手に入るのかも。


 そしてその夜、家族での夕食の後で、思い切って話を切り出してみた。

「あ、あのさ、お父さんお母さん、あたし、十六になったらバイクの免許取りたいんやけど。それで、モンキーに乗りたい!」

 あの後スマホで色々調べてみたけど、自動二輪の免許を取るためには自動車学校に通わなきゃいけなくて、小型二輪でも16~18万ぐらい、普通二輪なら20万ぐらい費用がかかるらしい。あと、モンキー本体も何十万もするらしいから、もうこの時点であたしが自力でなんとかなるレベルじゃない。親が協力してくれなかったらもうここで話は終わりだ。

「モンキー? ってあの小さいバイクやんな? なんか昔からちょいちょい見かけるけど。えーと、今までそんなこと一言も言わんかったのに、なっとしたん?」

 戸惑いを隠せないお母さんと思案顔のお父さん。

「……今日、なにがあったか知らんけど、香奈のそういう表情を見るのは久しぶりやな。踊り場は脱却できたんか?」

 朝の車の中での会話を思い出す。

「うん。そうかも」
 
 あたしが学校帰りにワイズベーカリーに寄ったこと、そこで出会ったサラさんと仲良くなったこと、サラさんの愛車のモンキーに一目惚れしたこと、サラさんに家まで送ってもらって、バイクで風を切って走る感覚が短距離走の感覚に似ていて既視感を感じたこと、自分もモンキーに乗りたいと思ったことを話した。

「あたし、自分の足ではもう走れないけど、モンキーとならまた走れるから、お願いっ!」

 お父さんは「そうか」と口元をほころばせ、お母さんとアイコンタクトを取り、お母さんも仕方ないというように軽く肩を竦めてみせた。

「分かった。ええで。そもそも伊勢は坂が多いから自家用車がないと不便な土地やからな。実はな、香奈も原付ぐらい乗れるようにしといた方がええんちゃうかって最近お母さんとも話しとったから、それが二輪免許になってもそんなに変わらんに」

「ええのっ? その、原付免許に比べると費用もかかるし」

「はは。そんなこと心配せんでええ。そもそも、親として香奈の大学への進学にかかる費用、自動車免許と最初の車にかかる費用ぐらいは最初から織り込み済みや。それに二輪免許を持ってれば将来自動車の免許を取るときも学科免除になってその分だけ費用も浮くからそんなん誤差や誤差」
 
「それに、香奈ちゃんがスポーツ特待生として高校でも陸上を続けとったら大会とか合宿とか遠征でそれなりに費用がかかることは分かっとったからね。うちらもそのつもりで備えとった分が浮いちゃったから正直今はそれなりに余裕はあるんよね。それに、古市さんが賠償として払ってくれた分も将来香奈ちゃんにやりたいことができた時に使えるようにってそのまま残してあるから、バイクを買うのにかかる費用もそこから出せばええに」

「わぁ! ありがと! お父さん、お母さん!」

 なんか、思いの外トントン拍子で話が進んでしまった。そして、両親があたしのためにこんなにも気遣ってくれてたくさんのことをしてくれていたんだと、今まで全く考えもしなかったけど知ることができて良かった。
 選手生命が断たれて自暴自棄になったあたしはすごく不幸だと思っていたけど、本当はあたしってすごく恵まれてたんやな。

 そして、あの夏の日からずっと止まったままだったあたしの時間が再び動き始めた。








【作者コメント】

 バイクは初期費用がどうしてもかかるのがハードルなんですよね。とはいえ、一度乗り始めてしまえば維持費は車に比べればずっと安いですし、125cc以下の小型二輪はあると便利な存在ではあります。



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