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10.伊勢うどんと天むす(沙羅)
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お店を閉店した後、レジの精算をしてから明日の準備を終わらせ、業務完了報告のメールをマスターに送ればうちの仕事はおしまい。
売れ残った商品はうちの自由にしていいので普段から我が家は朝食用のパンにはほとんど不自由しないけど、今日は完全な売り切れなので夕食分に加えて明日の朝食分の食材も買って帰らないといけない。
咲良のスマホに電話を掛ける。
『……もしもし。姉上、どうしたのだ?』
「あ、サクにゃん? 今お仕事終わったからお買い物して帰るんやけど、お夕飯は何かリクエストあるー?」
『えーと、ワタシは久しぶりにおうどんと天むすが食べたいのだ』
おうどん──伊勢うどんは太くて柔らかい麺に甘い伊勢醤油ベースの濃いタレを絡めて食べる伊勢の郷土料理。コシのある讃岐うどんを食べ慣れている人は大抵、初めて食べるとその柔らかさに驚くけど、地元民にとっては幼い頃からずっと慣れ親しんだソウルフード。大人になっても定期的に食べたくなる。
そして天むす。これは名古屋メシのイメージが強いけど実は三重県発祥。元々は津で生まれたものだけど伊勢でも昔から愛されているソウルフード。子供の頃から花見や運動会みたいなイベントでは定番メニューの小さなエビ天を包んだおむすび。ええなぁ。想像したらうちも食べたくなってきた。
「ええやんええやん! うんうん。そうしよに! じゃあ、エビとおうどん買って帰るね。サクにゃんはお米だけ洗って炊いておいてもらってええかな?」
『うむ。任せるのだ。3合でよろしいか?』
「ええに~。よろしくねぇ」
そして、近所のスーパーの『うしとら 二俣店』に寄って買い物をして帰り、咲良と一緒に夕食の支度を始める。
いくらしっかりしてても小学生の咲良には保護者がいない時に火や包丁を使うことは禁じている。今はうちが見てるから包丁でたどたどしい手付きで一生懸命におうどんに入れるための青ネギを刻んでいる。
うちはその隣で鼻唄まじりに天むす用の小エビの天ぷらを揚げている。
「ふぃー、なんとか終わったのだ。それにしても姉上、今日はまた一段とご機嫌なのだな」
「うふふ。サクにゃんにもわかるー? あんな、うちな、今日お店で素敵な出会いがあってん」
「にゃっ!? まさか姉上についに彼氏が!?」
「あはは、違う違う。うちの後輩の女の子がお店に来てくれてなー、その娘がうちの[もんちー]をめっちゃ気に入ってくれてなー! 昔のうちを見とるみたいでめっちゃ嬉しかってん」
「おー、その方もバイクに乗られるとな?」
「まだ免許は持ってないけど、その気はあるみたいやから楽しみなんよね」
「それは楽しみなのだ。姉上にバイク仲間が増えるとワタシも嬉しいのだ」
「そやね。バイクに乗る女の子ってあんましおらんからね。あ、そうだ、朝ユウ君と話しとったんやけど、今週の土曜に三人でどっかに遊びに行かん?」
「おお、それはいいのだ! どこに行くか決まっているのだ?」
「まだなにも決まっとらんからサクにゃんはどっか行きたいとこある?」
「えー、どうしよう。ちょっと考えてみるのだ」
「うんうん。ユウ君は今日バイトやから、帰ってきてから三人で話そに」
おしゃべりに花を咲かせながら、揚げ終わったエビ天に甘だれをまぶして、手に塩水を付けてエビ天を少なめのご飯で包んだ天むすを次々に握っていく。小さめのおむすびからエビの尻尾だけピョコンと生えているこの可愛い見た目もええんよねぇ。
「んしょ、んしょ……できたのだ!」
咲良はまだ手ではおむすびを握れないから、広げたラップにご飯を広げてエビ天を真ん中に置き、丁寧に包んでいる。
「わぁ! ええやん! 可愛いらしくできたねぇ」
「むふ。母上と兄上がお仕事から帰ってきたら食べてもらうのだ」
「わ、ええなぁ。それママもユウ君もめっちゃ嬉しいやつやん! ……ねえサクにゃん、うちもサクにゃんの手作り天むす食べたいな」
うちがそう言うと咲良が目を輝かせる。
「ほわぁ! わ、分かったのだ! ワタシが姉上の分も握るのだ!」
「うんうん。じゃあ残りの天むすはサクにゃんにお任せして、うちはおうどんの用意しよかな」
「うむ。任せるのだ!」
天むすの材料的にはたぶんあと二、三個分。ここは咲良に任せてうちはおうどんを茹でることにする。
鍋でお湯を沸かし、うちと咲良の二人分のおうどんを茹でる。
「姉上、こっちは終わったのだ」
「おおきんね。こっちももうすぐやに」
茹でたおうどんをザルで湯切りしてどんぶりに盛り、伊勢うどんのタレをかけて軽く混ぜ、上に青ネギと鰹節を散らして完成。
「おまたせぇ! アツアツのうちに食べよに」
「ほわぁ! できたてのおうどんと天むす嬉しいのだ」
二人でテーブルについて両手を合わせる。
「「いただきます」」
讃岐うどんなら数本まとめて箸でつまめるけど、極太の伊勢うどんは一本ずつ食べるのが普通。二人でちゅるちゅると一本ずつすする。それでも咲良の小さな口に一本丸ごとは多かったようで途中で噛み切っていた。
「んーっ! やっぱりおうどんは美味しいのだ」
「やんねー! たまに食べるとまた格別やよなー」
茹でた太いうどんに伊勢醤油の甘くて濃いタレを絡めて、ネギと鰹節を散らすだけのめちゃくちゃシンプルで簡単な料理なのに、他では味わえない特別な美味しさなんよね。
そして同じく伊勢醤油ベースの甘いタレをからめた小エビの天ぷらの入った小さなおむすびの天むす。二口三口ぐらいで食べきれてしまうぐらいの小ささに握るのが大事。
「サクにゃんが握ってくれた天むすいただくね」
「じゃあワタシは姉上の天むすをいただくのだ」
はむっとかぶり付くと塩味のおむすびの中に甘くてぷりぷりのエビ天。
「んーっ! サクにゃんの愛情たっぷりの天むす美味しー! お姉ちゃん幸せなんやけどー!」
「むふ。姉上が喜んでくれて嬉しいのだ。姉上の天むすも塩味がちょうどよくて美味しすぎるのだ!」
「うふふ。サクにゃん、ほっぺにお弁当ついとるに」
「にゃっ!?」
咲良の頬に付いているご飯粒を取ってあげるとちょっと恥ずかしそうに笑う。
「ありがとなのだ。姉上」
こんな風にまた姉妹で笑い合えるようになれたことがすごく嬉しい。ほんの数ヵ月前までまたこんな風に笑い合える日がくるなんて思えなかった。
一度失いかけたからこそ、手遅れにならずにリカバリーできたからこそ、こうして家族が一緒にいられる当たり前の幸せがどれほど大切なものか身をもって知ることができたってポジティブに振り返れるんよね。
幸せというものは決して当たり前じゃなくて、努力して維持しないと簡単に失われてしまう脆いものだって今のうちは分かってるから、このささやかな幸せを大事にしていきたいと思う。
【作者コメント】
スーパーの『うしとら』にもモデルはあります。伊勢を含む三重県南部地方に複数店舗展開している地元では超お馴染みのスーパーで、地元農家さんの地産地消コーナーや伊勢の地ビールや地酒、お土産なんかも充実している地域密着型のお店です。作者も日頃から大変お世話になっております。
……ちなみに伊勢は、観光客を主なターゲット層とするお店と地元民を主なターゲット層とするお店では商品の内容と値段がぜんぜん違います。伊勢に遊びに来る機会があれば『うしとら』のモデルになったお店など、地元民が愛してやまないお店にも足を運んでいただけると嬉しいです。
売れ残った商品はうちの自由にしていいので普段から我が家は朝食用のパンにはほとんど不自由しないけど、今日は完全な売り切れなので夕食分に加えて明日の朝食分の食材も買って帰らないといけない。
咲良のスマホに電話を掛ける。
『……もしもし。姉上、どうしたのだ?』
「あ、サクにゃん? 今お仕事終わったからお買い物して帰るんやけど、お夕飯は何かリクエストあるー?」
『えーと、ワタシは久しぶりにおうどんと天むすが食べたいのだ』
おうどん──伊勢うどんは太くて柔らかい麺に甘い伊勢醤油ベースの濃いタレを絡めて食べる伊勢の郷土料理。コシのある讃岐うどんを食べ慣れている人は大抵、初めて食べるとその柔らかさに驚くけど、地元民にとっては幼い頃からずっと慣れ親しんだソウルフード。大人になっても定期的に食べたくなる。
そして天むす。これは名古屋メシのイメージが強いけど実は三重県発祥。元々は津で生まれたものだけど伊勢でも昔から愛されているソウルフード。子供の頃から花見や運動会みたいなイベントでは定番メニューの小さなエビ天を包んだおむすび。ええなぁ。想像したらうちも食べたくなってきた。
「ええやんええやん! うんうん。そうしよに! じゃあ、エビとおうどん買って帰るね。サクにゃんはお米だけ洗って炊いておいてもらってええかな?」
『うむ。任せるのだ。3合でよろしいか?』
「ええに~。よろしくねぇ」
そして、近所のスーパーの『うしとら 二俣店』に寄って買い物をして帰り、咲良と一緒に夕食の支度を始める。
いくらしっかりしてても小学生の咲良には保護者がいない時に火や包丁を使うことは禁じている。今はうちが見てるから包丁でたどたどしい手付きで一生懸命におうどんに入れるための青ネギを刻んでいる。
うちはその隣で鼻唄まじりに天むす用の小エビの天ぷらを揚げている。
「ふぃー、なんとか終わったのだ。それにしても姉上、今日はまた一段とご機嫌なのだな」
「うふふ。サクにゃんにもわかるー? あんな、うちな、今日お店で素敵な出会いがあってん」
「にゃっ!? まさか姉上についに彼氏が!?」
「あはは、違う違う。うちの後輩の女の子がお店に来てくれてなー、その娘がうちの[もんちー]をめっちゃ気に入ってくれてなー! 昔のうちを見とるみたいでめっちゃ嬉しかってん」
「おー、その方もバイクに乗られるとな?」
「まだ免許は持ってないけど、その気はあるみたいやから楽しみなんよね」
「それは楽しみなのだ。姉上にバイク仲間が増えるとワタシも嬉しいのだ」
「そやね。バイクに乗る女の子ってあんましおらんからね。あ、そうだ、朝ユウ君と話しとったんやけど、今週の土曜に三人でどっかに遊びに行かん?」
「おお、それはいいのだ! どこに行くか決まっているのだ?」
「まだなにも決まっとらんからサクにゃんはどっか行きたいとこある?」
「えー、どうしよう。ちょっと考えてみるのだ」
「うんうん。ユウ君は今日バイトやから、帰ってきてから三人で話そに」
おしゃべりに花を咲かせながら、揚げ終わったエビ天に甘だれをまぶして、手に塩水を付けてエビ天を少なめのご飯で包んだ天むすを次々に握っていく。小さめのおむすびからエビの尻尾だけピョコンと生えているこの可愛い見た目もええんよねぇ。
「んしょ、んしょ……できたのだ!」
咲良はまだ手ではおむすびを握れないから、広げたラップにご飯を広げてエビ天を真ん中に置き、丁寧に包んでいる。
「わぁ! ええやん! 可愛いらしくできたねぇ」
「むふ。母上と兄上がお仕事から帰ってきたら食べてもらうのだ」
「わ、ええなぁ。それママもユウ君もめっちゃ嬉しいやつやん! ……ねえサクにゃん、うちもサクにゃんの手作り天むす食べたいな」
うちがそう言うと咲良が目を輝かせる。
「ほわぁ! わ、分かったのだ! ワタシが姉上の分も握るのだ!」
「うんうん。じゃあ残りの天むすはサクにゃんにお任せして、うちはおうどんの用意しよかな」
「うむ。任せるのだ!」
天むすの材料的にはたぶんあと二、三個分。ここは咲良に任せてうちはおうどんを茹でることにする。
鍋でお湯を沸かし、うちと咲良の二人分のおうどんを茹でる。
「姉上、こっちは終わったのだ」
「おおきんね。こっちももうすぐやに」
茹でたおうどんをザルで湯切りしてどんぶりに盛り、伊勢うどんのタレをかけて軽く混ぜ、上に青ネギと鰹節を散らして完成。
「おまたせぇ! アツアツのうちに食べよに」
「ほわぁ! できたてのおうどんと天むす嬉しいのだ」
二人でテーブルについて両手を合わせる。
「「いただきます」」
讃岐うどんなら数本まとめて箸でつまめるけど、極太の伊勢うどんは一本ずつ食べるのが普通。二人でちゅるちゅると一本ずつすする。それでも咲良の小さな口に一本丸ごとは多かったようで途中で噛み切っていた。
「んーっ! やっぱりおうどんは美味しいのだ」
「やんねー! たまに食べるとまた格別やよなー」
茹でた太いうどんに伊勢醤油の甘くて濃いタレを絡めて、ネギと鰹節を散らすだけのめちゃくちゃシンプルで簡単な料理なのに、他では味わえない特別な美味しさなんよね。
そして同じく伊勢醤油ベースの甘いタレをからめた小エビの天ぷらの入った小さなおむすびの天むす。二口三口ぐらいで食べきれてしまうぐらいの小ささに握るのが大事。
「サクにゃんが握ってくれた天むすいただくね」
「じゃあワタシは姉上の天むすをいただくのだ」
はむっとかぶり付くと塩味のおむすびの中に甘くてぷりぷりのエビ天。
「んーっ! サクにゃんの愛情たっぷりの天むす美味しー! お姉ちゃん幸せなんやけどー!」
「むふ。姉上が喜んでくれて嬉しいのだ。姉上の天むすも塩味がちょうどよくて美味しすぎるのだ!」
「うふふ。サクにゃん、ほっぺにお弁当ついとるに」
「にゃっ!?」
咲良の頬に付いているご飯粒を取ってあげるとちょっと恥ずかしそうに笑う。
「ありがとなのだ。姉上」
こんな風にまた姉妹で笑い合えるようになれたことがすごく嬉しい。ほんの数ヵ月前までまたこんな風に笑い合える日がくるなんて思えなかった。
一度失いかけたからこそ、手遅れにならずにリカバリーできたからこそ、こうして家族が一緒にいられる当たり前の幸せがどれほど大切なものか身をもって知ることができたってポジティブに振り返れるんよね。
幸せというものは決して当たり前じゃなくて、努力して維持しないと簡単に失われてしまう脆いものだって今のうちは分かってるから、このささやかな幸せを大事にしていきたいと思う。
【作者コメント】
スーパーの『うしとら』にもモデルはあります。伊勢を含む三重県南部地方に複数店舗展開している地元では超お馴染みのスーパーで、地元農家さんの地産地消コーナーや伊勢の地ビールや地酒、お土産なんかも充実している地域密着型のお店です。作者も日頃から大変お世話になっております。
……ちなみに伊勢は、観光客を主なターゲット層とするお店と地元民を主なターゲット層とするお店では商品の内容と値段がぜんぜん違います。伊勢に遊びに来る機会があれば『うしとら』のモデルになったお店など、地元民が愛してやまないお店にも足を運んでいただけると嬉しいです。
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