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11.師匠と廃車(佑樹)
しおりを挟む姉貴と咲良と三人で隣町までツーリングに行った土曜の翌日、日曜の午後。もうすぐ着くと連絡があったので僕がガレージで待っていると、駐車場に見慣れた軽トラが入って来たので迎えに出る。
「ノブさん、わざわざすいません」
「なーに、いいってことよ」
全開にした運転席の窓の縁に肘を掛け、ひげ面にサングラス、スカジャンといかにもアメリカンタイプのバイクに乗ってそうな見た目の40代のオッサン。父の親友にして僕にとってのバイク弄りの師匠である中西信明、通称ノブさんがニカッと笑う。ちなみに、見た目に違わず普段はハーレーに乗っている。
停めた軽トラから降りてきたノブさんと一緒に荷台にロープで固定されている旧型のモンキーを見上げる。
「こいつが例のZ50JZだ。見ての通り状態はあまり良くない。一応、野晒しじゃなくて倉庫保管ではあったから錆はそこまで回ってないが、なにぶん古い車種やし簡易屋根の農機具倉庫だったから砂埃をだいぶ被っててな。あとまあ、燃料やオイルも抜かない状態での数十年放置となれば……内部はえらいことになっとるやろな」
「うわぁ……それ絶対ヤバいやつ。絶対ガソリン腐ってますやん。でも…………んー? これもしかして、初代ゴールドメッキ仕様っちゃいます?」
数十年分の埃でコーティングされたモンキーは元の色も判別しづらい状態ではあるが、それでも太陽光の下にあるので比較的汚れが少ない部分は金色に反射している。型番がZ50JZで金色といえばそれしか思いつかない。
「お、一目で見抜くとはなかなかやるじゃないか。そう、1984年に5000台限定で発売された限定仕様車の初代ゴールドメッキだ」
「うわー、めっちゃレアなやつやん。でもノブさん、これなら自分で直して売った方がええんちゃいます?」
ノブさんの仕事は不用品回収業者だ。粗大ゴミや家電、自転車やバイクなどを回収して、まだ使える物は発展途上国向けに貿易で売り、国内でプレミアが付いている物は整備してネット販売したりもしている。モンキーの初代ゴールドメッキ仕様車なんて売れば高いと思うんやけど。
「あー……まあ、こいつが純正のままだったらそれもアリっちゃアリやったんやけどな。これな、中途半端に改造されとるもんで直してもそんなに高くは売れんのだわ。軽整備で直る程度やったら売値が安くてもメリットはあるが、こいつは見ての通り、直そうと思ったらかなり労力がかかりそうやからな。ぶっちゃけ売値が労力に釣り合わんから仕事としてはやっとれんな。かといって発展途上国にスクラップ価格で送るんも勿体ないし、なら佑樹が欲しいんやったらオモチャとしてくれてやろうかって感じやな。どうする?」
「もちろんもらいます! まあ、この状態やったらそう簡単には直らんとは思うっすけど、経験値稼ぎやと思ってぼちぼち直していくっすわ」
「まあそう言うやろと思って再登録に必要な廃車証明も持ってきてるぞ。じゃあ、降ろすのを手伝ってくれ」
「おっす」
二人掛かりで軽トラの荷台からモンキーを下ろし、ガレージの中に運び込む。中には僕と姉貴のモンキーが並んで置いてあるので、出入りの邪魔にならないように一旦奥の方に入れる。
その頃には物音を聞きつけて姉貴と咲良も二階から降りてきていて、喫茶店だった頃からの対面キッチンのカウンター越しに僕らの作業を見物している。
「うわー、さすがに触ると埃で手が真っ黒になるっすね。ノブさん、手を洗うんによかったらこっちのキッチンのシンク使ってください。お湯出るんで」
「おう。すまんな。……お、なんだサクちゃん、えらい可愛いらしいメイド服着とるな」
「むふ。さすがノブおじちゃんはお目が高いのだ。これは姉上が夜なべして作ってくれたのだ。ウチ……じゃないワタシが家事のお仕事をする時のための制服なのだ」
メイド服を褒められた咲良が嬉しそうにその場でクルリと一回転してみせる。はい可愛い! うちの妹マジ天使!
「なに? この服は沙羅ちゃんの手作りか? ほー、それは大したもんだ」
「うふふ。一応、高校が元は家政科やった名残でカリキュラムに被服とかもあったから多少はできるんですよぅ」
トトトトッ……と細口ケトルからコーヒードリッパーにお湯を注ぎながら謙遜する姉貴。
ノブさんと二人で石鹸とぬるま湯でしっかりと手を洗い、姉貴に促されてカウンターのスツールに座ると、カウンター越しに姉貴が淹れたてのコーヒーのマグカップを出してくれる。
「はい、どーぞー」
「クッキーもどうぞなのだ。ワタシと姉上で一緒に作ったのだ」
カウンター越しに出すには身長が足りない咲良がクッキーの載った皿を持ってこっちに歩いてきて僕らの前に置いてくれる。
「ありがとな。サク」
「おう。沙羅ちゃんもサクちゃんもありがとな。…………うん。旨い。いやぁ、ここでまたこうしてコーヒーを出してもらう日がくるとはな。まだたった一年前の事なのにずいぶん昔のようにも思えるな」
そう言いながらノブさんがマグカップを片手に懐かしそうにかつては喫茶店だったガレージ内を見回す。両親が喫茶店をやっていた頃、父のバイク仲間だったノブさんたちは常連として店にもよく来てくれていて、僕らにもよく構ってくれていた。
「色々ありましたからねー。ノブさんには何から何までお世話になりっぱなしで、その節は本当にありがとうございました。あの時はすごい急な話やったから母もうちも全然心の準備もできてなくて、もうどうしたらええんやろって途方に暮れてたから、ノブさんが色々な手続きを助けてくれて助かったんです」
父が急逝して、店を畳むことになり、母が一人でフルタイムで働きに出るようになって、県外に就職する予定だった姉貴がそっちの話を断って地元に就職し、咲良が学校に行けなくなって……この一年間、本当に色々あった。
父が亡くなった時、母と姉貴が大変な中、当時まだ中学生だった僕には何もできず、子供である自分の無力さにもどかしさを感じていた。僕にできることはせいぜい二人の心労を増やさないようにイイ子でいるようにして、高校受験で失敗しないことぐらいだった。おかげさまで子供じみた反抗期を卒業できたまである。あれは……思い出したくもない黒歴史だ。
「まあ、今もまだ色々と大変だろうが、家族で力を合わせればなんとかなるやろ。俺もなんかあったらいつでも力になるからな」
ノブさんがチラッと咲良を見る。事情を知っている頼れる大人の存在は本当にありがたい。
「ありがとうございます。今はユウ君もサクにゃんも頼りになるから本当に助かってるんですよぅ」
「そうか。そういえばこの前、佑樹が電話してきて以来、モンキーの調子はええんか?」
「快調ですよー。昨日もサクにゃんを後ろに乗せて、ユウ君と三人で玉城のアグリまで遊びに行っとったんですよ」
「むふ。玉城ブタのトンカツを食べてきたのだ」
「そうかそうか。玉城は伊勢と違って坂も少なくて道も平坦やし、田植えも終わった初夏の今の時期はツーリングしても楽しいよな。よかったなサクちゃん」
「うむっ! 楽しかったのだ」
「それなら……今日持ってきたバイクを兄ちゃんに直してもらって将来サクちゃんが乗るのもありか?」
「んー……ワタシが免許取れるのはまだずっと先だし、ワタシは姉上に乗せてもらうのが好きなのだ」
「そうかそうか。ま、将来のことは分からんからな。その時になって決めればええさ。……あ、で佑樹、これが廃車証明な」
「あざっす。……あー、なるほど。元は75ccでの登録やったんすね」
「おう。この当時は50ccしかなかったはずやでライトボアアップキットで排気量を上げたみたいだな。他にもちょいちょい社外品パーツは組んであるな。エアーフィルターとかキャブレターとかもデカイやつに換えてある」
「ということは見た目をあまり変えずに純粋に走りの性能を上げる方向なんかな」
「まあそやろな。普通に使いながらちょいちょい弄っていった感じやろ。佑樹、お前やったら気持ち分かるんちゃうか?」
「ズバリ、改造に掛ける金が無かったんすね」
「…………まあそれもあるかもな。なんにせよバイク屋に頼まずに自分でやるタイプやったんやろな。燃料とオイルを抜かずにずっと置いてあったんも、タイヤがパンクしたのを修理してすぐまた乗ろうと思いつつ、やれないまま時間が経ったって感じっちゃうか」
「なるほどなるほど。それなら、直せたらノーマルよりは性能良くなりそうやで楽しみっすね」
「そやな。ま、何か行き詰まったらまたいつでも相談してくれ」
そんなこんなで和やかに談笑しつつ、日曜の午後の時間は過ぎていくのだった。
【作者コメント】
少しだけ明らかになった宮本家の家庭の事情。実はまだ明らかにしていないもうちょっと複雑な家庭事情もありますが、現時点ではあえて書く必要もないかな、ということで省きました。姉弟妹での三人ツーリングのエピソードも書きたかったですが、本筋からだいぶ寄り道になってしまうので割愛しました。いつか番外編として書きたいです。
伊勢の隣町である玉城町は穀倉地帯で、広い平野を活用した広大な田んぼや果樹園、点在する小高い丘が住宅地となっている田舎町です。それぞれの農村ごとに特産の作物があり、それらを一堂に集めて直売できるようにした町営の農産物直売施設が『アグリ』です。公営なので正式名称出しましたが問題ないでしょう。一応観光名所ではあるのですが、自家用車以外だとアクセスが悪いのが玉に瑕。自家用車なら伊勢自動車道の玉城ICから約10分ですね。
さて、ここまでで第一章は終わりです。いかがでしたか? こういう地元民だからこそのご当地小説も悪くないなと思っていただけましたら、お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいです。
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