魔法世界という名の悲惨

サクラサク

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第1章 覚醒

第9話 悲愴

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 肖像画に釘付けになっていたノアに、ナイトが話しかける。
「ノアさま、食べましょうよ。せっかくの食事が冷めてしまいます。」
ノアはハッとした様子で、ナイトを一瞥した。ノアの目の前には野菜と肉が転がったビーフシチューのようなスープが湯気を上げながら置いてある。
「…そうだな。」
ノアはスープをスプーンですくい、口に入れた。その様子をナイトの家族がじっと見つめている。
「ビーフシチューか?すごく美味しい。」
ノアのぶっきらぼうな問いに、ナイトは満面の笑みで答える。
「ええ!よかった、お口にあったんですね!」
ノアは目をピクピクさせながら笑った。それを皮切りに、ナイトたちも食事にありついたのだった。
 その晩、ナイトの家族はノアとナイトの家に泊まった。特に、ナイトの妹は芸能人でも見たかのようにはしゃいでいた。その様子を見ながら、ノアはフッと笑って言った。
「ナイトのお父さん、面白い話をありがとうございます。では、お休みなさい。」
ナイトの父親は少し嬉しそうな照れたような顔をしながらノアを見送った。
 しかし、ノアはそのあと寝たわけではなかった。ベッドに入って布団にくるまり、まるで蚊のような小さな声で泣いていたのだ。彼は失った家族のことを考えていたようだった。しかし、彼が接触したばかりの幼馴染の名前だけは聞こえてこなかった。
「僕は一人…王子ですらない…」
彼の弱音が図らずも聞こえてきた。だが、運のいいことにナイトたちは階下にいて、ノアの泣き声には気づいていないようだ。…ノアの話をしてはいたが。
 そして、しばらく泣いたり弱音を吐いたりした彼だったが、泣き疲れたのか声が寝息に変わっていた。

 彼が涙にくれていた頃、もう1人悲しみにくれる人間もいた。
「イライザ、夫殺しの下手人は未だ捕まっておらぬのですか?」
黒い喪服のドレスを纏った女性が、同じく喪服姿の侍女に聞いた。
「はい、奥様。もう国外に逃れたのではないか、との噂も立っており…。」
侍女はそう言いながら、暖かそうな夜食を食卓に並べている。しかし、夫人はそれに目もくれず立ち上がり、冷たい声で言う。
「そうか。…イライザ、その夜食はそなたが食べるがよい。」
侍女のイライザは目を見開いて、部屋を立ち去ろうとする夫人をガッと止めた。
「奥様、早まらないでください!旦那様亡き今、幼少のシャーロック様をお支えできるのは奥様だけです!」
夫人はイライザに向き直り、冷たい声のまま答える。
「シャーロックが父殺しの復讐に走ってもよいと申すか?」
その言葉に、イライザは反論できず掴んでた夫人の服を手放すことしかできなかった。夫人はイライザが説得を諦めたところを見送り、ドアを勢いよく叩いて出て行ったのだった。
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