鬼を飼う、贄を喰う。

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第五幕 鬼と贄

弐拾陸

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「朝までで良いの。日が昇るまで、一緒にいて」

 褥の上で何度と繰り返した情交が終わりを迎えてすぐのことだった。疲れ切った牡丹はもう、今にも瞼が落ちてしまいそうだった。しかし、煮え切らない心を抱えるように、艶かしさを残したままの瞳が可畏を見つめて離さない。熱の籠った眼差しは、余韻のようで、熱に浮かされたままのようでもある。そんな牡丹に向かって、可畏は戯けた調子で答えた。
 
「なんなら、寝かしつけてやろうか」

 二人で布団へと潜り込んで、しかし余裕のある可畏は頬杖付いて牡丹の頬を撫でる。その姿は宣言通り、本当に寝かしつけようとしてでもいるかのようだった。牡丹は戯けた可畏に合わせるように微笑んで見せた。
 
「じゃあ、何か話をして」
「そうだなぁ……お前のご先祖が如何に気狂い下衆野郎だったかを今一度――」
「それはもう聞き飽きたわ。最後は息子に殺されました、でおしまいでしょ?」
「じゃあ、あれだ。昔、陰陽師の女房に手を出したら、実は坊主ともねんごろだったっていう……」
「それ面白いの?」
「まあ、最後は殺し合いの修羅場だ。……俺がまともな話ができると思ってるのか」
「出来ないわね。昔から、ずっと」

 夜闇の中、冷たい空気が戻りつつある部屋。熱情も冷め始めた澄んだ瞳が可畏を見やる。昔を懐かしむような、慈しむような眼差しで。
 可畏は何を返すこともなく、その目を掌で覆い隠した。

「もう寝ろ」

 暫くすると、牡丹の吐息は規則的に。可畏が手を離せば、既に牡丹は深い夢の中だった。

 ◇
 
 可畏は惜しむように牡丹の頬を撫でた。
 今日、褥の上で何度、情交を繰り返しただろうか。
 抑えることはまず無理だった。何より、最後と思うとどうやっても手放せなかったのだ。

 人形のように慈しんだ。
 花のように愛でた。
 恋人いろのように交わった。 

 大輪の花を咲かせた牡丹は美しく、濃厚な蜜は甘く、その色香は鬼をも惑わす。化生などよりも余程、凄艶せいえん。そう、可畏はたぶらかされたのだ。
 しかしそれも、もう終わりだ。
 可畏は惜しむように最後にもう一度と、牡丹の頬を撫でる。

「じゃあな」

 可畏はそっと手を離し、そして何事もなかったかのように立ちさる。振り返ることなく、牡丹の部屋を後にした。

 ◇

 嫌に静かな夜だ。
 深々と降り積もる雪。静かに、静かに、音を奪う。
 寒さよりも、無音の闇の方が、余程恐ろしく感じるような夜。
 今にも夜闇が、物怪でも生み出してしまうのではないか。音もなく背後から襲ってくるのではないか。幼児が考えそうな幻影を嫌でも思い浮かべてしまう、そんな夜だった。
 そんな暗澹たる闇の一角で、松葉は誰もいない中庭の隅で佇んでいた。
 松葉の耳は静寂とは程遠い。騒音にも等しい、ざわめきで埋もれていた。
 雑鬼達の狙いは、お溢れ。どこで聞いたか、明日が贄の儀式としっている。鬼が喰らって、ほんの僅かに溢れた肉片や血が、雑鬼達には馳走なのだろう。祭囃子でも奏でて、小躍りして高く笑っているのやもしれない。

 だが今、松葉の心をざわつかせるものが、一切の騒音をかき消していた。雑鬼達の足踏みも鳴き声も、耳に入ってすらいない。
 これから起こることの先行きの読めなさで、それどころではなかったのだ。
 松葉は雪の中、待っていた。その先行きを決める人物が現れるのを。
 そして――ようやく目的の人物が現れた時。
 恐ろしいほどの無音が訪れた。 

「長かったですね」

 先ず、そんな嫌味を。暗闇の中で誰へと軽々言い放った。
 松葉の視線の先は、赤い目。炯々と、空腹が限界間近であろう姿で、もう鬼の本性は殆ど隠せていないも同然だ。

『ああ、』

 牡丹と戯れていたであろう鬼は気怠げに答えた。もう時間がないのかもしれない。それでも、松葉は同じ調子で続けた。 

「いやぁ、朝まで来ないかと思いました」
『……気は済んだ。爺のところに行く』
「そのまま食べてしまっても、牡丹の望み通りだったのでは?」

 儀式と格式ばって呼ぶ時もあるが、何も仰々しいものでもないのだ。あくまでも重要なのは、契約を強固にするために同族の血なのだ。どこで食おうが、贄と何をしようが、契約に差し障りはない。
 
『そうかもな』

 気のない返事だった。素っ気ない言い草に、松葉は続く言葉がなかった。しかし、すぐさまに鬼は目的を思い出したかのように覇気のある声を取り戻した。

『当主は何をしている』
「悪食を続けています。まあ、しぶとい」
『不知火は直継のことを隠したがるが、十二分に素質は受け継ぎ続けている。お前らはどれもこれも、性質は化け物同然なのだろうな』

 代替わりは、いわば――力の強奪だ。契約主の心の臓を喰らえば力を引き継ぎ、破壊すれば契約は破棄となる。血の因縁で縛られた呪も、また。
 現状、契約主の力量を引き継げるとされる祓い師は二人。そのうち、気概があるのは松葉一人だ。
 とはいえ、松葉が今の当主にどれだけ対抗できるかは謎である。何せ、今の当主は本気で鬼を調伏しようと悪食を続けているのだ。
 だから今、一番の危機的状況にあるのは鬼だろう。しかし、鬼は本性が垣間見えそうな覇気を宿しながらも、他人事のように松葉に言い放つ。

『お前であれば契約主と認めてやっても良い。せいぜい足掻け』

 そう最後の言葉を伝え、鬼は当主いる建屋へと向かって行った。
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