イケニエアゲハ~執着の檻に囲われて~

小達出みかん

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第一部 高嶺の蝶

ともだち?

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「ごめんなさい、私もう帰らなきゃです」


 席に戻って玲奈は頭をちょっと下げた。


「あ~もしかして、店長」


「はい」


「束縛きびしいね。大変だ。何で言いなりになってるの?やっぱ好きなの?」


 エリカが心配そうに言うので、玲奈は苦笑した。


「まさか。ただ単に店長だから従ってるだけですよ」


 エリカは信じていない様子だったが、快く送り出してはくれた。


「まぁまぁ。じゃあ送り選んで先に帰りな?レイが殴られたりしたらやだし」


 玲奈はドキリとした。市ノ瀬は店では完璧にふるまっているつもりだろうが、エリカには見抜かれていたのだ。「暴力を振るいそうな男」だと。


 玲奈は実際殴られたことはないが、それは玲奈が先回りして市ノ瀬の気に入るように行動しているからであった。


 幼少時から周りの顔色を伺って生きてきたので、怒りっぽい人間の地雷はなんとなく察する事ができた。


 幸い市ノ瀬は見境なく暴力を振るうタイプではない。彼が殴るのはおそらく「キレた」時だけだ。


 今日はちょっと危なかったが、今すぐ帰ってラインの一つでも入れれば機嫌を直すだろう。


「じゃあ、俺彼女を送るよ」


潤がそういってソファから立ち上がった。

店を出る際、一番多くの飾り瓶がならぶ卓を玲奈はチラ見した。…その席では、クールな笑みを浮かべた優男が、女の肩を抱いて何かを言っていた。


あれが、エリカさんが夢中の拓哉か。


「レイ、すっげ怖い目で拓哉さんのことみてたね」


 エレベーターの中で彼は笑いをこらえきれないような顔で言った。玲奈はバツが悪くて彼から目をそらした。


「別にそういうわけじゃ…」 


「そんなにエリカの事が好きなんだ?」


 玲奈は冷たい目で彼を睨んだ。


「バカにしてんの?」



 玲奈の辛らつな言葉にも、潤はまったく堪える様子はなかった。


「はは、本性出たな。やっぱ男嫌いなの?」


「好きなわけないでしょ」


 ふふっと潤は笑った。


「だよな。この仕事してたらあんたみたいな女山ほど見る。男に嫌な目にあわされて、男恐怖症。だけど男に救いを求めてる」


「…私は男に救いを求めたりなんかしてない」


「そこが面白れぇな。でもエリカをあきらめさせようったって無理だぜ」


「…エリカさんの個人的なことに口だす気なんてない」


「でも、エリカが心配なんだろ?わかるぜ。誰にでも優しい、いい女だもんな。お前みたいな奴も面倒みてやってさ。くくっ、それで好きになっちゃって、かわいいじゃん」


 そこでエレベータが止まったので、玲奈はさっさと降りた。が、その手を潤がつかんだ。


「ライン教えろよ」


「嫌、放して」


「どうせもう店には来ないんだろ」


「だから無理。そっちにもメリットないでしょ」


「わかったよ」


 潤は自信たっぷりの目で玲奈を見下ろした。


「でも、これで終わりと思うなよ。この街は狭いからな」


「そう、じゃお互い用心しないとね」


玲奈はそう捨て台詞を言ってビルから立ち去った。







次の日。玲奈は寝不足でつい授業中に居眠りしてしまった。


 そしてつい、大事な事を聞き逃してしまった。


(やだ、テスト範囲聞き逃した)


 玲奈は恥を忍んで隣の生徒に小声で聞いた。


「あの・・・テスト範囲、どこからどこまでって言ってた?」


 すると学はぶっきらぼうに言った。


「56ページから、61ページ」


 玲奈は忘れずそれをメモした。


「わかった。どうもありがとう」


会話したのは初めてだったが、後ろからくすくすと笑う声が聞こえた。


(ビッチと主席くんが話してる~)


(あいつ毎晩パパ活してるんでしょ?汚ねぇな~)


(主席くん、性病がうつっちゃうね。はは)




 パパ活は事実無根だが、ビッチはビッチかもしれない。好きでもない男と寝ているのだから。


 しかし女の子というものは、すごい。玲奈はもちろん夜の勤めのことは厳重に隠している。だが証拠がなくとも、彼女たちは玲奈が自分達と違って汚れているということを、敏感に嗅ぎ取っているのだ。


(持ち物も安い普通ものばっかなのになぁ。女の子の洞察力って半端ない・・・)


陰口に、傷つかないわけではない。けれど玲奈が怒ろうが笑おうが彼女らの態度は変わらないだろう。なら無表情でいる方が、余計な労力を使わなくていい。


そう思っていると、隣の学がガタンと立ち上がった。


「?!」


 その荒々しい動作に、こちらを見て笑っていた子たちはびくりと押し黙った。学はそちらをじろりと睨んで言った。



「・・・汚いのは、そっちだ」


 そんな攻撃的なことを言う生徒だと思わなかったので、玲奈は少し驚いて隣の学を見上げた。


 その拳はぎゅっと握られていて、今にも振り上げそうだ。


「ま、まって、三上く・・・・」


 玲奈は小声でそれを止めた。こちらを見た学は、冷たい目で玲奈を見下ろした。


(そ、そんな睨まなくとも・・・)


 と玲奈は思ったが、玲奈と少し話したせいで彼はいやな目にあったのだ。無理もないかもなと思い直した。




 6次元目が終わり、玲奈は急いでカバンを肩にかけ教室を出た。

 昨日は市ノ瀬の機嫌を損ねてしまった。早めに出勤したほうがいいだろう。玲奈は急いで昇降口へ向かった。


「あ」


 が、視線の先に学がいるのを見つけ、玲奈は思わず声をかけた。


「あの、さっきはごめんね」


 下駄箱から靴を取り出していた学は怪訝な顔をした。


「は?」


 そうだ、こいつも多分私のこと嫌いなんだった。そう思い出した玲奈はさっと靴を取って出口へ向かった。


「別になんでもない。じゃ」


余計な事に時間を割いてるひまはない。だが意外にも学は玲奈のとなりに並んできた。玲奈はふいをつかれて少し身体を引いた。


「この間のテストの数学…一位は君か」


「はい?」


 質問がよくわからなくて玲奈は聞き返した。


「試験の順位、数学の」


「ああ、テストの順位ね・・・どうだっけか」


 中間テスト返却の最後に渡される用紙に、すべての点数と順位が確か書かれていた。


 が、教科ごとの順位なんて、玲奈は見ていない。


「わかんない。紙も家だし。ていうか何でそんな事が気になるの?」


「…別に」


 そういうと彼は黙り込んだ。向かう方向は一緒なので、気詰まりな無言の時間が続いた。


「…三上くんは部活動、入ってないの」


その時間に耐えかねて玲奈は言った。


「入ってない」


「なんで?」


「勉強のためだ」


 学の返答はかなりぶっきらぼうで、会話しようという気はさらさらないようだった。だが単語しか返さなかったり、斜に構えて無言だったりする客は多い。このくらいなら可愛いもんだ。玲奈はついつい仕事の感覚で質問し続けた。


「今から帰って、ずっと勉強してるの?」


「そうだ」


「…すごいね。遊びたいとか、思わないの?」


「君は遊んでるのか」


 そう聞いた彼の目は無表情だったが、冷やかしや嘲りで聞いていないことはわかった。


 そしてはたと気が付いた。


「いや…遊んでない。そう言えば私も、勉強ばっかしてるわ」


 はは、と玲奈は笑ってしまった。そんな玲奈を、学はただじっと見ていた。


そして気が付いた。最初睨んでいると思ったのは、この表情だったのだと。


(目が切れ長で釣りあがってるから、睨んでるように見えたけど・・・この人、これが素なんだな)


 2人はしばし無言で見つめあった。それで、お互いなんとなくわかった。


(遊ぶ余裕なんてないんだな、お互い)


 自分達は同級生たちとは違い、『遊び』に費やす時間などない境遇に置かれている。

 好き嫌いの話ではなく、『せざるをえない』状況なのだ。

 玲奈からすれば、部活動に精を出したり、友人と遊んだり、彼氏と放課後会ったりするのはすべて手の届かない贅沢だった。

だから自分以外の全ての生徒が「正しい高校生活」をすごし、輝いていて、自分は薄汚い暗がりを歩いているような気持ちだった。


だが、光が当たっていないのは自分だけではなかった。


(なんだろう・・・ちょっと嬉しいな。性格悪いのかな、これって)


 普通の子たちのように、同じ気持ちの誰かと並んで駅に向かっているのが嬉しかった。


「あのさ、よかったらライン教えてよ」


「え」


 学はめんくらったようだった。


「試験とかの情報交換できればなって。ほら私、クラスに友達とかいないしさ」


「・・・わかった」


 案外素直に、彼は携帯を出した。


「ラインって・・・どう開くんだ」


「え、やったことないの?」


「ない」


 今度は玲奈がめんくらった。いまどきラインをやっていない高校生がいたのか。


「自分でダウンロードしなきゃ、使えないよ!ラインって検索してごらん?すぐ手に入るから・・・」


 駅で電車に乗っている間も、玲奈はずっとつきっきりで彼にラインの使い方を教えていた。


「で、パスワードを入力して・・・あ、私ここだ。開いたら私にラインしてみて!」


 新宿についてしまったので、玲奈は手を振って電車を降りた。

 学は手を振りかえしはしなかったが、ちょっとうなずいた。
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