イケニエアゲハ~執着の檻に囲われて~

小達出みかん

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第一部 高嶺の蝶

キャバ嬢の事情

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「レイちゃん、気分どう?」


「えっ、なんともないですけど…」


 ほのぐらいバーの片隅で、上田はせかせかと玲奈の顔を覗き込んだ。もう彼とは切れてもよかったが、あの後自分から謝ってきたので玲奈はまた客として受け入れることにした。今日はお詫びの印ということでそこそこな値段のボトルを入れてもらったので、こうしてアフターに付き合っている。


(それにしても、いつも安居酒屋とかだったこの客が、しゃれたバーに誘うなんてめずらしい…)


 それに、前とちがってしつこく迫ってもこない。少しは反省してくれたんだろうか?そう思った玲奈は上田のつまらない自慢話に笑顔で相槌を打ち続けた。が、疲れからか次第に眠くなってきた。


(駄目だ…少し活をいれないと)


 玲奈は立ち上がってトイレに向かった。冷たい水で手でも洗えば眠気が覚めるかもしれない。だがそれができなかった。睡魔にひきずられるまま、玲奈は便座の上にずるずると座り込んだ。


「ん…?」


 気が付いたら外だった。自分はよろよろの足で立っていて、それをだれかが支えている。加齢臭が鼻についた。


「う、上田さん?私…」


 上田は玲奈を抱えてタクシーに押し込めようとしているところだった。


(嘘、どういうこと…?)


「や、やめて…」


 ぞっとした玲奈は抵抗しようと手を払ったが、ちっとも力が入らない。声もかすれている。


「何…を…」


 また、猛烈な睡魔が玲奈を襲った。足から力が抜ける。何か盛られたんだ…。このままじゃまずい。思い通りにならないからだで玲奈は精一杯抵抗しようとした。が、無駄だった。ドアがバタンと閉まった。が。


「ちょっと、レイ?レイだよね?」


 女の人の声だ。上田がびくんと体を震わせてそちらを見た。運転手に、女の声、そして上田の怒号が飛び交うなか、玲奈は限界を迎えて意識を手放した。






 目覚めたのは、小さいソファの上だった。玲奈はがばと飛び起きた。ここは一体どこだ。自分は上田に、いいようにされてしまったのだろうか?!


「あ、気が付いた。よかったぁ」


 が、奥から出てきたのはエリカだった。


「エリカさん…?あ、あの、上田、さんは」


 エリカは顔をしかめた。


「あいつ、レイを酔わせて無理やりタクシー乗せようとしてたんだよ」


「エリカさんが助けて…くれたんですか」


「うん。ふらふらのレイが客にかかえられてバーを出てくとこが見えたからさ」


 玲奈は信じられない思いでエリカを見つめた。


「あそこのバーさ、客とバーテンがグルになって酒に薬まぜて出すって噂になってるとこだから、警戒したほうがいいよ」


「ありがとうございます…どうお礼を言ったらいいか」


 玲奈は心から頭を下げた。何の見返りもなく、エリカは自分を助けてくれたのだ。


「いいよいいよ、拓哉も一緒だったから、上田もびびってすぐレイを放したし」


 ということはせっかくの2人のアフターを邪魔してしまったのか。


「そうですか…ご迷惑、かけちゃいましたね」


 が、エリカはあははと豪快に笑った。


「気にしないで!朝ごはんにしよ」


 エリカは立ち上がってキッチンへ向かった。そう古くもないが、新しくもない1Kの部屋だ。玲奈の部屋と比べればずいぶん質素で、置いてあるものも必要最低限のようだ。玲奈は意外な印象を受けた。


(エリカさんの稼ぎなら、もっと贅沢できるだろうに…)


 トーストと紅茶を持ってきたエリカは、そんな玲奈の様子を見て苦笑した。


「何もない部屋でしょ」


「以外です、エリカさんってもっとこう…」


「浪費してそうに見える?」


「そうじゃないですけど、堅実なんだなって…あ、ありがとうございます」


 玲奈は礼を言って紅茶に口をつけた。暖かさと香ばしい茶葉のかおりは玲奈の心をなごませた。そういえば母も、コーヒーより紅茶が好きだった。やさしい味がすると言って。


「昔はブランド物とか好きだったんだけどね。全部売っちゃった。結局…いらなかったのよね」


「あんまり物欲とかないんですか?」


「…今は別の事に使いたいから」


 そうか、拓哉だ。玲奈は内心で唇をかんだ。


「バカだとおもうでしょ?ホストなんかに入れ込んで、って。でも…今は彼が生きがいなんだよね」


 たしかに賢い選択じゃない。だけどエリカもわかっていて入れ込んでいるのだろう。自分をいつも助けてくれた彼女を、ただカモにされているとバカにすることなどできなかった。


「そんなこと…思いませんよ。生きがいって大事ですよね。それがないとこんな仕事、頑張れませんよ」


「レイには生きがい、ないの?」


「…貯金ですかね…」


 エリカが破顔した。


「あは、たしかに。私もそういう時期あったなぁ。でもある時いくら稼いでも、通帳の貯金が増えてくのみても、空しくなっちゃってさ…」


 その心のすきに、拓哉とやらは上手に入り込んだのだろう。彼女の選択を否定することはできない。だけどもやもやする玲奈だった。


(エリカさん…美人でいいひとなのに。ホストなんかじゃなくて、もっといい男が現れればいいのに…)


 だが、男なんて基本信用できないものだ。客なんて上田のようなのがざらだし、さらにホストに一ノ瀬に、下心や利用価値で近寄ってくる男しかまわりにいない。それはエリカも同じなのだろう。


 だから気やすくホストなんてやめろ、とは言えない。玲奈にできるのはただエリカに感謝して、せいぜいが愚痴を聞くことくらいだ。 


 それが歯がゆかった。が、この一件を機に、エリカと玲奈は以前よりも2人で行動することが多くなった。

エリカは喜怒哀楽が豊かで話し上手で、こんな事を思うなんて失礼だと思いつつも玲奈に母を思い出させた。一緒にいて安らげた。


「ねぇところでさ、レイは潤とはどうなの?」


「え?どうって…あれから店にはいってませんよ」


「でも、何回か外であってるんでしょ?」


 あれから誘うラインは来るが、玲奈はすべて無視していた。彼は結局、玲奈をバカにして面白がっているだけなのだ。相手をする義理はない。。


「でも、それだけですよ。営業の一環なんでしょうけど…」


「えー、あの潤が、プライベートでごはんなんて。ありえないよ」


「そうなんですか?」


「うん。アフターすらめったにしない。かなり俺様営業だよ」


「へぇ…あの人って、ほんとに売れっ子なんですか?なんかそうは見えないんですけど…」


「レイの前では素なのかもね。レイのこと、本気で口説いてるのかも」


 玲奈は顔をしかめた。


「まさか。…エリカさん、彼とよく話すんですか?」


「うん、昨日も店で話したよ。あいつレイのことばっか聞いてくるんだよ」


 最近エリカは、毎晩仕事終わりに化粧も直さずホストクラブへ直行している。目の下のクマも濃くなっていて、玲奈は心配だった。


「エリカさん、最近忙しそうですよね。ちゃんと寝てますか?」


「あんまりね…でも、もうすぐ拓哉のバースデーだから、頑張らなきゃ」


「バースデーか…大変ですね」


 きっとキャバクラのバースデーイベント以上にお金がかかるんだろう。玲奈はあえて金額は聞かなかった。


 そしてその数日後だった。エリカが姿を消したのは。
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