イケニエアゲハ~執着の檻に囲われて~

小達出みかん

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第一部 高嶺の蝶

知りたくなかった顔

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「葦原さん」


「あ…なに」


 休み時間、机に頬杖をついてうつらうつらとしていた玲奈は学の声で起こされた。


「なにって。昼休みだぞ」


「ああそっか・・・ごめんね」


 二人は屋上へ向かった。

 学はおにぎり2個、玲奈はコンビニの菓子パンと紅茶。いつもどおりのごはんだ。


「学くんのおにぎり、いいなぁ。誰が作ってるの?」


 玲奈は何気なく聞いた。


「自分で作ってる」


「えっ、そうなの!?すごいね料理できるんだ・・・」


学は肩をすくめた。


「こんなの料理とは言わない」


「他の料理も作れるの?」


「・・・ある程度は」


 玲奈はレポーターよろしく聞いた。


「得意料理は何だろう?」


「そうだな・・・和食かな。ぶり大根とか、筑前煮とか」


 玲奈は少なからず驚いた。


「本格的じゃん・・・いいお嫁さんになりそう」


 学は顔をしかめた。


「・・・必要があるから覚えただけだ」


「いいな・・・そんな手のこんだ手作り料理、食べたことない」


 少なくとも玲奈はいつも外食か買い食いだ。こういうのが幻の「おふくろの味」というやつじゃないんだろうか。


「そうか・・・今度、余分に持ってこようか」


 その言葉に、玲奈の目は輝いた。


「えっ、本当!?でも・・・いいの?」


 彼の家庭事情をなんとなく察している玲奈は少し心配になった。


「ああ。余ったらの話だけど」


 食費が一食分浮くことより、その優しさが嬉しかった。

 最近は仕事どころかプライベートも妙な男達との綱渡りが多くて、精神的に疲れていた玲奈は少し肩の力が抜けた。


「うん、ありがとう・・・・学くんは、優しいね」


 その言葉に、学はそっぽを向いた。


「別に、普通だろ」


 その仕草が高校生の男の子らしい。

 そして隣でくすくす笑う私も、ただの高校生の女の子のよう・・・・。


 だから玲奈は、この時間が好きだった。









 放課後、突然築城に呼び出された玲奈は少し緊張しながらドアを開けた。成績は問題ないはずだ。一体何の用だろう?


「葦原です、先生」


 窓を背に、築城は黙り込んでいた。


「…葦原、お前、校則違反、してるよな」


 玲奈はドキリとした。


「え・・・、な、なんのことですか」


 築城ははぁとため息をついた。


「こんなこと言いたくないが。これ、お前だよな」


 葦原は写真の束を玲奈に見せた。めくると、そこには夜の歌舞伎町を男と歩く自分が写っていた。複数あったが、すべて違う男性と。

 だがどれも同伴かアフターの私服の写真だ。キャバ勤めがばれたかは微妙だ。


「…たしかに私ですが…男の人と道を歩くのは校則違反でしょうか」


「これみんな、お前の何だ?お前、悪い事に手を染めてるんじゃないのか。家の人はどう思っているんだ」


「親はいませんよ。知っているでしょう」


「ああ。正直書類を見ても、お前の家庭環境はよくわからん。今どうやって生活してるんだ。あんな一等地のマンションに住んで」


なるほど。天涯孤独の自分が後ろ暗いことをして生活費を稼いでいると踏んでいるのか。

あながちはずれてもいない…玲奈は写真をめくりながら言い訳を考えたが、最後の写真を見て鳥肌が立った。

それは玲奈がマンションの部屋に入る写真だった。この服装に乱れた髪は、上田に追いかけられたあの日のだ。

…オートロックのはずなのに。あの時見た人影は。


「先生、この写真、誰がどこで撮ったんですか?」


「え?いや、それは…」


「私のマンションはオートロックです。わざわざ後をつけなきゃ、この写真は撮れない。一体誰です?私をつけまわしてこんな写真、撮ったのは…」


 まさか探偵でも雇ったのか?玲奈はきっと都築をにらんだあと、ぐるりと準備室内を見渡した。机の上に、分厚い写真ファイルが置いてあったのでそれを素早く手に取った。


「やめろ、それはッ…!」


 都築が慌てて止めたが遅かった。玲奈はその中身を見て驚愕した。


「これ…全部、盗撮…?」


 そこにはずらりと玲奈の写真がファイリングしてあった。学校にいる玲奈がほとんどだが、中には自宅付近や電車に乗っている姿もあった。次々にページをめくる玲奈はぎょっとした。太ももや顔のアップ、そして体育すわりで下着がうつっているものもある。ご丁寧に拡大して撮られている。


「なんですかこれ。先生が撮ったんですか!?」


 玲奈は頭が真っ白になった。少なからず、玲奈は築城のことを教師として信頼していた。なのに、今その信頼はガラガラと音を立てて崩れた。次にやってきたのは、怒りだった。


「こんなに集めて、何に使ったんです?!人を、人を勝手に…最低!」


 もしかしたらネットに流出させているかもしれない。そう思った玲奈は逆上して都築につめよった。


「答えて!一体なんのためにこんなこと!?」


 玲奈は勢いよく都築の肩を押して壁に打ち付けた。彼はされるがままになっている。


「黙ってないでなんとか言えっ!」


 玲奈は鬼の形相で都築に迫った。都築は悲し気に玲奈を見つめたあと、目をそらして呟いた。


「す…すまない…」


「すまないじゃなくて!これ何に使ったんです!?まさかネットにアップしたりしてませんよね!?」


 都築はうなだれて首をふった。


「してない、そういうことは、断じて」


 金儲けが目的ではない、とすると…。玲奈は押さえつける力を緩めず聞いた。


「じゃあなんでこんなこと!?も、もしかして、他の女子生徒も…?!」


「ちがう…ちがう」


 いつもの快活さはどこへやら、徐々に勢いがなくなりしおれていく都築を玲奈はにらみつけた。その目線を受け止めた都築は唇をかみ、震えているようだった。


「ずっと見てた…お前を」


「…は?」


 都築は絞り出すように続けた。


「こんなこと…だが…す…好きなんだ、お前が」


 あまりのことに、玲奈は固まってしまった。その瞬間、都築の両手が動いて強く玲奈を抱きしめた。糊のきいたスーツと、整髪料の匂いにまじって男の匂いがした。


「好きだ…」


 耳元でそうささやかれて、玲奈の背筋に悪寒が走った。


「最低…信頼してたのに…」


「すまない」 


玲奈は力を入れてその腕から逃れようとした。が、大の男の力にかなうはずもない。しかも太もものあたりに何か硬いものがあたっている。最悪だ。


「私にいい先生の顔しながら、パンツ撮って、何に使ったんです?この変態」


「わる…わるかった」


「放してください!放せっ!気持ち悪いッ」


 玲奈は膝でぐいっとその硬い部分を強くおした。


「っ…この変態!放さなかったら、つぶす!!」


 ところが都築ははぁはぁと息を荒くしながら玲奈に言った。


「頼む…つぶしていい…もっと、強く…!」


「は?本当にいいの?痛いよ」


 玲奈は言いながら容赦なくそこにひざを押し当てた。


「っ…あっ…!」


 その瞬間都築の玲奈を抱きしめる力が強まった。息ができないくらいだ。と同時に生暖かい何かが玲奈の膝を濡らした。玲奈はもがいてやっとその腕から逃れた


「…気持ち悪い」


 壁によりかかったまま荒く息をつく都築に、玲奈は言い捨てた。


「…これ、どうするんです?ばれたら先生、クビどころじゃないですよね。きったな…」


 写真のファイルを手に取って、玲奈は都築を見下ろした。さっきと立場が逆転した。


「すまない…頼む…秘密に…してくれ」


「私をさんざん盗撮したうえに襲って、秘密にしてくれって、都合よすぎやしませんか」


「許してくれ。頼む…なんでもする。葦原の望むことなら、何でも」


 腐っても、彼は玲奈の学校の教師だ。これは使えるかもしれない。玲奈さっと思考を巡らせた。


「なんでも?本当に?」


「ああ…俺にできることなら、なんでも」


「なら…返さない奨学金。あれの審査が通るように、先生なんとかしてくださいよ」


「…わかった」


「あと、私が受験で有利になるよう立ち回ってください。私が放課後何をしているかばれたとしても、職員会議で擁護してください。」


「…いう通りにする…だから」


 築城はすがるように玲奈を見上げた。玲奈は彼を見下ろして言った。


「はい。ばらさないであげます。築城先生が生徒に手を出す変態だってこと。だから私のことも、だまっててくださいよね」


 もう教師を信頼することなど二度とないだろう。玲奈は苦々しい思いを抱きながら準備室を去った。
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