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第二部 王様の牢屋
愛の数式
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「玲奈ぁ、ただいま」
ハヤトは懲りずに今日も笑顔で入ってきた。
「はぁ、こないだはあんなしょげてたくせに。心配して損したわ」
玲奈はそう言ってそっぽを向いたが、ハヤトは笑ったままだ。
「今日はいいものもってきたんだ」
そういってハヤトは大きなリュックを下ろした。中からは丸い球体の機械が出てきた。
「なにこれ?」
玲奈が聞くと、ハヤトはえっへんと胸を張るようにしていった。
「アイスメーカー!この間、玲奈アイス好きって言ってたろ」
「そうだっけか」
「うん!何味が好き?」
「バニラかなぁ」
ハヤトはリュックからいそいそと材料を取り出した。
「アイス、買って行こうと思ったんだけど、この暑さだからさ」
「ああ、来る前に溶けちゃうね」
「そ!だから作ろうと思ったんだ。手伝ってよ」
玲奈は言われた通りに、牛乳を鍋にかけて、その中で砂糖をとかした。ハヤトは粗熱をとったそれを、生クリームや卵と一緒に混ぜてから、機械の中身に流した。
「気を付けてね…ゆっくり」
機械を抑えながら、玲奈は真剣に作業するハヤトの顔をちらりと見た。
(こんな顔するの、珍しいかも)
ぶうたれたり泣いたり笑ったり、ハヤトは表情が豊かだが、真剣な顔は始めてだ。
(飲酒したり女の尻追いかけたりしてないで、こんな風にいろんな事頑張ればいいのに)
玲奈の内心も知らず、ハヤトは注ぎ終えてにっこり笑ってスイッチを入れた。
「よし、あと20分待つだけ」
回り始めた機械を見て、玲奈は動かなくなってしまった。意外と機械好きなのかもしれない。
(喜んで、くれたかな…?)
玲奈に好かれるためにはどうすればいいのか。ハヤトはこの間の逢瀬からずっとそれを考えていた。真っ先に浮かんだのはモノをあげることだった。けれど難しかった。
(アクセサリーも服も、玲奈はきっと喜ばない。何をあげても…)
食べ物なら。そこで玲奈がアイスが好きと言っていたのを思い出した。買うアイスより、その場に作った方がおいしいだろう。それにひょっとしたら、ハヤトが目の前で玲奈のために作ってあげれば、少しは喜んでくれるかもしれない。
そこでハヤトは保冷剤を山ほどリュックに詰めて、材料を買いに行ったのだった。
だからじっと機械を見つめている玲奈を見ると、喜んでくれているのかそうでないのかわからなくてそわそわした。
「た、楽しいか?それ」
「うん。機械が動いてる所見るの好き」
玲奈がそう言ったので、ハヤトは拍子抜けした。
「そうなの?なんで面白いの」
「どういう仕組みなのかなって考えると楽しいじゃん?小さいとき、時計を分解したりしなかった?」
「いや…ないな。でも、わかるかも。こんな小さいけど、人間の役に立つため動いてくれてるんだもんな」
玲奈はハヤトを見て、少し微笑んだ。
「その通りだね。うちらのために動いてくれてるんだ。えらいね」
玲奈が和やかな顔を見せたので、ハヤトは嬉しくなった。
「そうだよなぁ、へへ」
出来上がったアイスは、少しとろりとしていたが、たっぷりと生クリームの味がして美味しかった。
「うん、こってりした味だね」
「すげぇな、店で買うのよりうまいな」
「手作りだと、贅沢な材料が使えるもんね」
「そういうもんなのか?」
玲奈はうーんと首をかしげた。
「やっぱり利益が大事だから、ある程度材料はけちるんじゃないかなぁ。高い材料使えば美味しくはなくけど、そうすると値段も高くなるから、買ってくれる人も少なくなるし」
「そうかぁ…」
確かにアイスの値段は店によってさまざまだ。味もやはり値段と比例している気がする。
「どの店もいろいろ考えて、アイスを作ってるんだなぁ」
「そうだよ、たった一個のアイスでも、材料を決めたり、値段設定したり、できるまでにはいろんな手がかかってるんだよ」
「…なんか勉強になるな」
玲奈はくすくす笑った。
「ハヤトが『勉強』なんていうの変な感じ」
「またバカにして。俺だって勉強くらいするわ」
「えらいね、ハヤトって素直で」
ハヤトは部屋の隅に置かれた参考書の山に目を走らせた。
「…玲奈は俺より勉強、頑張ってんだろ」
「うん…ここにいて、皮肉だけど初めてたっぷり勉強できる時間ができたよ。一人のときはずっとやってる」
「なんか…人が目の前でやってると自分もしようって気分になるな」
「じゃ、アイス食べ終わったらする?」
「うん。俺に勉強教えてよ」
「いいけど教えたことなんてないから、うまくできないかも」
玲奈が食器を片している間、ハヤトは玲奈の参考書をぱらぱらめくってみた。
(うわ、なんだこりゃ…)
戻ってきた玲奈に、ハヤトぶつぶつ漏らした。
「物理とか化学ってホントわけがわかんねぇな」
「試験で選ばないならわかんなくてもいいと思うよ」
「玲奈はわかるわけ?」
「…こうするとこうなる、っていうのがはっきりしてるから、理科は面白いよ。」
「うーん、どゆこと?」
玲奈はおもむろに机の上にあった消しゴムを握って、ぱっと手を放した。消しゴムは床におちてコロンコロンとバウンドした。
「この消しゴムが落ちるのは、地球の中心にある引力が消しゴムに働いているから。宇宙じゃ、消しゴムは落っこちない。何気ない事でも、そうやって一つ一ついろんな力が働いて起こっている現象なんだってわかると、自分が生きやすくなるような…気がする」
話していて少し恥ずかしくなった玲奈は下を向いた。
「って、何変なこと言ってんだろ」
「いや、変じゃないよ。玲奈はすごいな」
ハヤトは驚いたように言った。
「そんな事、考えたこともなかった。引力か。たしかにそうだよな」
「消しゴムだけじゃなくて、すべての物質は引かれ合ってるんだって」
「すべての?じゃあ、俺と玲奈も?」
「働いてるよ。式に当てはめれば値が出るかもね」
玲奈は生真面目にそう言った。
「じゃあ…じゃあ俺が玲奈を好きなこの気持ちも、理由も、式で分かったりするのかな?」
玲奈は苦笑いした。
「それは物理というより心理学の分野だと思う」
だがハヤトがじっと玲奈を見ているので、フォローした。
「でもいつか、そういう気持ちも解き明かす式を発見する人が現れるかもね」
ハヤトは少し寂しそうに笑った。
「玲奈はすごいなぁ…俺が今ちょっと頑張ったところで、到底同じ大学になんて行けないな」
肩を落とすハヤトに、玲奈は励ますように言った。
「私の真似なんてすることないよ。ハヤトはハヤトのしたいことを勉強すればいいんだから」
「俺のしたいこと…か」
「今はわからなくても、ゆっくり探せばいいんじゃない?若いころってそれを探すためにあるんだって、言ってる人がいたよ」
「へぇ…そうなのか」
玲奈のその言葉に、確かにハヤトは励まされた。
(俺も…玲奈みたいに、何か頑張れること、見つけたい)
ハヤトは懲りずに今日も笑顔で入ってきた。
「はぁ、こないだはあんなしょげてたくせに。心配して損したわ」
玲奈はそう言ってそっぽを向いたが、ハヤトは笑ったままだ。
「今日はいいものもってきたんだ」
そういってハヤトは大きなリュックを下ろした。中からは丸い球体の機械が出てきた。
「なにこれ?」
玲奈が聞くと、ハヤトはえっへんと胸を張るようにしていった。
「アイスメーカー!この間、玲奈アイス好きって言ってたろ」
「そうだっけか」
「うん!何味が好き?」
「バニラかなぁ」
ハヤトはリュックからいそいそと材料を取り出した。
「アイス、買って行こうと思ったんだけど、この暑さだからさ」
「ああ、来る前に溶けちゃうね」
「そ!だから作ろうと思ったんだ。手伝ってよ」
玲奈は言われた通りに、牛乳を鍋にかけて、その中で砂糖をとかした。ハヤトは粗熱をとったそれを、生クリームや卵と一緒に混ぜてから、機械の中身に流した。
「気を付けてね…ゆっくり」
機械を抑えながら、玲奈は真剣に作業するハヤトの顔をちらりと見た。
(こんな顔するの、珍しいかも)
ぶうたれたり泣いたり笑ったり、ハヤトは表情が豊かだが、真剣な顔は始めてだ。
(飲酒したり女の尻追いかけたりしてないで、こんな風にいろんな事頑張ればいいのに)
玲奈の内心も知らず、ハヤトは注ぎ終えてにっこり笑ってスイッチを入れた。
「よし、あと20分待つだけ」
回り始めた機械を見て、玲奈は動かなくなってしまった。意外と機械好きなのかもしれない。
(喜んで、くれたかな…?)
玲奈に好かれるためにはどうすればいいのか。ハヤトはこの間の逢瀬からずっとそれを考えていた。真っ先に浮かんだのはモノをあげることだった。けれど難しかった。
(アクセサリーも服も、玲奈はきっと喜ばない。何をあげても…)
食べ物なら。そこで玲奈がアイスが好きと言っていたのを思い出した。買うアイスより、その場に作った方がおいしいだろう。それにひょっとしたら、ハヤトが目の前で玲奈のために作ってあげれば、少しは喜んでくれるかもしれない。
そこでハヤトは保冷剤を山ほどリュックに詰めて、材料を買いに行ったのだった。
だからじっと機械を見つめている玲奈を見ると、喜んでくれているのかそうでないのかわからなくてそわそわした。
「た、楽しいか?それ」
「うん。機械が動いてる所見るの好き」
玲奈がそう言ったので、ハヤトは拍子抜けした。
「そうなの?なんで面白いの」
「どういう仕組みなのかなって考えると楽しいじゃん?小さいとき、時計を分解したりしなかった?」
「いや…ないな。でも、わかるかも。こんな小さいけど、人間の役に立つため動いてくれてるんだもんな」
玲奈はハヤトを見て、少し微笑んだ。
「その通りだね。うちらのために動いてくれてるんだ。えらいね」
玲奈が和やかな顔を見せたので、ハヤトは嬉しくなった。
「そうだよなぁ、へへ」
出来上がったアイスは、少しとろりとしていたが、たっぷりと生クリームの味がして美味しかった。
「うん、こってりした味だね」
「すげぇな、店で買うのよりうまいな」
「手作りだと、贅沢な材料が使えるもんね」
「そういうもんなのか?」
玲奈はうーんと首をかしげた。
「やっぱり利益が大事だから、ある程度材料はけちるんじゃないかなぁ。高い材料使えば美味しくはなくけど、そうすると値段も高くなるから、買ってくれる人も少なくなるし」
「そうかぁ…」
確かにアイスの値段は店によってさまざまだ。味もやはり値段と比例している気がする。
「どの店もいろいろ考えて、アイスを作ってるんだなぁ」
「そうだよ、たった一個のアイスでも、材料を決めたり、値段設定したり、できるまでにはいろんな手がかかってるんだよ」
「…なんか勉強になるな」
玲奈はくすくす笑った。
「ハヤトが『勉強』なんていうの変な感じ」
「またバカにして。俺だって勉強くらいするわ」
「えらいね、ハヤトって素直で」
ハヤトは部屋の隅に置かれた参考書の山に目を走らせた。
「…玲奈は俺より勉強、頑張ってんだろ」
「うん…ここにいて、皮肉だけど初めてたっぷり勉強できる時間ができたよ。一人のときはずっとやってる」
「なんか…人が目の前でやってると自分もしようって気分になるな」
「じゃ、アイス食べ終わったらする?」
「うん。俺に勉強教えてよ」
「いいけど教えたことなんてないから、うまくできないかも」
玲奈が食器を片している間、ハヤトは玲奈の参考書をぱらぱらめくってみた。
(うわ、なんだこりゃ…)
戻ってきた玲奈に、ハヤトぶつぶつ漏らした。
「物理とか化学ってホントわけがわかんねぇな」
「試験で選ばないならわかんなくてもいいと思うよ」
「玲奈はわかるわけ?」
「…こうするとこうなる、っていうのがはっきりしてるから、理科は面白いよ。」
「うーん、どゆこと?」
玲奈はおもむろに机の上にあった消しゴムを握って、ぱっと手を放した。消しゴムは床におちてコロンコロンとバウンドした。
「この消しゴムが落ちるのは、地球の中心にある引力が消しゴムに働いているから。宇宙じゃ、消しゴムは落っこちない。何気ない事でも、そうやって一つ一ついろんな力が働いて起こっている現象なんだってわかると、自分が生きやすくなるような…気がする」
話していて少し恥ずかしくなった玲奈は下を向いた。
「って、何変なこと言ってんだろ」
「いや、変じゃないよ。玲奈はすごいな」
ハヤトは驚いたように言った。
「そんな事、考えたこともなかった。引力か。たしかにそうだよな」
「消しゴムだけじゃなくて、すべての物質は引かれ合ってるんだって」
「すべての?じゃあ、俺と玲奈も?」
「働いてるよ。式に当てはめれば値が出るかもね」
玲奈は生真面目にそう言った。
「じゃあ…じゃあ俺が玲奈を好きなこの気持ちも、理由も、式で分かったりするのかな?」
玲奈は苦笑いした。
「それは物理というより心理学の分野だと思う」
だがハヤトがじっと玲奈を見ているので、フォローした。
「でもいつか、そういう気持ちも解き明かす式を発見する人が現れるかもね」
ハヤトは少し寂しそうに笑った。
「玲奈はすごいなぁ…俺が今ちょっと頑張ったところで、到底同じ大学になんて行けないな」
肩を落とすハヤトに、玲奈は励ますように言った。
「私の真似なんてすることないよ。ハヤトはハヤトのしたいことを勉強すればいいんだから」
「俺のしたいこと…か」
「今はわからなくても、ゆっくり探せばいいんじゃない?若いころってそれを探すためにあるんだって、言ってる人がいたよ」
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