ひどい目

小達出みかん

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撫子の花(5)

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「撫子姫、」


 皆が湯治に出払った日の昼下がりに、筝琴が黒塗りの箱を携えてやってきた。


「お疲れでしょう、宴の舞はすばらしかったよ」


 スッと優雅でそつない身のこなしで、襖を閉める。


「ありがとうございます、師匠」


 撫子は改めて礼を言った。


「そんなかしこまらなくても、良いよ。昨日の今日だし、正月はゆっくりすごしなさい」


「ですが稽古はしなければ…」


「私は今日ちょいと遊びにきただけさ。そんなことよりはい、これ」


 仰々しい蒔絵が施された黒塗りの箱を筝琴が差し出した。撫子はなんだか嫌な予感がした。察しはついていたが、とりあえず撫子は先生に聞いた。


「これは何でしょう…?」


「どのかの間抜けな使いが、私を使用人と勘違いして渡してきたんだよ」


 箱を開けると、つやつやとした絹の布が納められていた。筝琴が一瞥して言った。


「たしかに見事な織りだけど、なんだか姫には仰々しいね。こういうのを趣味が良くないというのだよ」


「誰がこれを…?」


「これの使いはたしか占部家の次男の使いと名乗っていたね」



 全く誰だかわからない。とその時、襖の外から控えめに声がした。


「姫様はおいででしょうか」


 知らない男の声だ。筝琴が肩をすくめながら、衝立を撫子の前に動かした。


 すぐに別の場所から下男が現れ、男に用件を聞いた。


「・・・何用でございまっか」


 あの声は、庭師兼用心棒の五郎だ。


 衝立の陰で撫子はクスリと笑ってしまった。突然五郎が出てくると、普通の人間は恐れをなして早々に退散してしまうのだ。本人は心優しい男なので、強面なその外見を気に病んでいるのだが…。


「純四朗様の使いでございます。姫にお目通り願えませんでしょうか」


「姫様は今お休みになっておられるんで、またの機会にお願いしやす。急ぎの用ならば今俺にどうぞ」


 休んでいたわけでもないが、姫の状況を承知している五郎は、そつなく嘘をついて使いを追い返そうとしてくれた。だが。


「お礼の品を姫に直接お渡しになるようにとの命ですので…姫がお手すきになるまで待ちますので、お目通り願えませんか」


 五郎を相手にここまで粘るとは、かなり図太い相手のようだ。撫子はふうっとため息をついた。待たれるくらいならとっとと用を済ませて帰ってもらおう。撫子は衝立の内側から進み出た。


「私に、何の用でしょうか」


 途端に使いは喜色満面になり、床に平伏した。


「お休みのところを申し訳ございません。姫様に、若様からお礼の品物を届けにやってまいりました」


「お礼をいただくような事はしていおりませんが…」


「姫様の美しい舞に対するお礼の品です。どうか、お受け取りください」


「…すみませんが」


 受け取れません、と言おうとする撫子を筝琴が目線で止め、言った。


「ありがたくいただきましょう」


 目を丸くして撫子は筝琴を見た。受け取ればきっとややこしいことになるというのに…。

 そんな思いを見透かしてか、大丈夫、というように筝琴は泰然と撫子にうなずいた。


「では、こちらをどうぞ」


 使いは恭しい手つきで、小さな箱を差し出した。


 受け取りなさい、と目線で筝琴が言った。それに逆らえず撫子はしぶしぶ箱を受けとった。


(なんで…?)


 使いは礼と挨拶を述べて去っていった。


「申しわけありやせん姫様。俺が上手く取り次ぎできなくて」


 五郎は平謝りをしている。撫子ははっとした。


「大丈夫だよ。それより家に戻らなくても大丈夫?」


 五郎はこの冬、奥さんとの間に長男が誕生したのだ。だが赤子はこの季節によくある風邪をひいてしまい奥さんはてんてこまいらしい。


「いえ、まだ仕事が残ってるんで」


「家は誰も居なくて暇だし、正月なんだし…。家で奥さんを手伝っておいでよ。赤ん坊も心配だし」


「そんなこと、申し訳ねえです。今みたいな輩がまた来るかもしれねぇですし…」


「いいよいいよ、姫には私がついているから。それと赤子の風邪には柚子を蒸したものをやるといいよ」


 筝琴も泰然と言った。撫子がそれに付け加えた。


「柚子は裏の木になっているから、とっていきなよ」


 五郎は何度も礼を言いながら、家に帰っていった。筝琴がいつもの優雅な手つきで襖を閉める。


「師匠、なぜこれを私に受け取らせたのですか…?」


 撫子が怪訝な顔をして問う。


「とりあえずあけてごらんなさい、その箱」


 どうせ昨日見たあの撫子の櫛だろう。だがその予想を裏切り、箱の中には見たこともない花が収まっていた。


「これは…?」


「つまみ細工だね。江戸でいま流行中の、新技法の装飾品だよ」


 少し感心したように筝琴が言った。

 反り返った、厚い花弁を持つ牡丹。重なった花弁の中心は紅いが、徐々に薄くなり、末端は白くきらめいている。その下には、薄紫や空色の小花が敷き詰められているる。


 すべて本物の花のようだが、よく見ると細かな布でできている。


「これだけあれば好みの櫛飾りが作れるね…。これは粋だ。荒くれ者にみえて、案外抜け目ない男だね、彼は」


「すごい細工ですね…」


 野山の花は数限りなく見ている撫子だが、こんな花を見るのは初めてだ。きっとこれもとんでもない高級品なんだろう。そうおもうと撫子はげんなりした。


「姫、こういったものはもらっておくべきだよ」


「こちらはその気はないのに…相手に失礼になるのではないですか?」


「いや、その気はなくても、ふりぐらいはしておいた方がいい」


「なぜでしょう…?」


 わけがわからず、撫子は思わず首をかしげた。


「はっきり断ったって、諦めない男が大半だろう。そして寝所に忍びこまれる。力づくといわけだ。だったらじらしてじらして、うまくあしらうほうが結婚を遅らせることができる」


「そ、そんな事…」


「向こうは、姫の立ち場を勘定に入れて求婚してきているからね。こちらが早々に折れるとふんでいる」


自分の立場。この家で冷遇されていることがもう知れ渡っているのか。撫子は肩を落とした。


「…でもいずれは、誰かを選んでこの家を出るよりほかないよ、姫。一時の感情は忘れるほうが身の為だ」


「…!」


 核心をついた筝琴の発言に、呆然とする撫子であった。









それから毎日のように贈り物がやってくる。花の飾りをはじめとして、珊瑚、水晶などの玉、布、化粧品、人形…がらんとした撫子の部屋が、にわかに雑然としはじめた。


 本当はこんなもの、受け取りたくない。


 だが師匠はそのつど傍についていてくれ、贈り物を受け取ったり使者をはぐらかしたり、あしらったりしてうまく追い返してくれていた。

 しかし、さすがに純四朗本人が来たときは、千寿本人が話さざるをえなかった。


「俺は姫と話したい。姫の言葉をききたいんだ、俺は真剣なんだ」


 間の悪い事に、それはちょうど五郎も先生も屋敷を空けている日のことだった。


「姫、俺のところに来たほうが絶対に安全だ。北の方は姫を嫌ってるそうじゃないか。兄弟もあてなにならい。俺の家なら、絶対誰も姫をいじめたりはしない。俺が許さない」


 彼の手腕は実際たいしたもので、この家の内部事情や人員もすっかり把握し、熱心に姫に訴えかけていた。

 千寿はこんな事まで他人に知られているのかと思い、情けなくて涙が出そうになった。と同時に、恐ろしかった。ほんとうにこの男に嫁がされたら。


「姫、なんで泣いているんだ。俺がこうして来るのがそんなに嫌か」


 その声には、拒否されている苛立ちがはっきりとあらわれていた。千寿は後ずさりしたが、遅かった。障子を跳ね除け純四朗が部屋へ乗り込んだのだ。


「俺がそんなに嫌いか」


 純四朗は壁に手をついて、撫子を腕の中に閉じ込めた。撫子は一瞬怯えたが、次の瞬間かっとなって彼をにらみつけた。


「あなたの妻にはなれません。どんなに惨めでも、ここが私の居場所だからです」


 純四朗のほうが面食らったような表情をした。


「姫…なぜだ。俺なら姫をこんな部屋に住まわせない。一人になんかしない」


「それは…っ」


 撫子が言葉につまった。たしかに撫子は母に嫌われている。この屋敷では日陰者だ。でもこの場所は夕那が居る。撫子にとってはそこにだけ意味があるのだ。

 その瞬間、また純四朗の表情が変わった。


「姫…だれか思う人がいるのか、そうなんだな」


 びくっと千寿の肩がふるえ表情が固まった。だがそれは一番、誰にも知られてはいけないことだ。


「一体誰なんだ、姫、俺より若い男か」


 撫子は追及を逃れるように俯いて顔をそらした。だがその態度が純四朗の怒りをあおった。



――――我慢ならない。姫の心に、他にかける男がいるなど。


 怯えた姫の表情はしかし、必死にその思い人を守るよう、口に出さない決意も秘めていた。


―――誰だ…姫を、横取ろうとしている男は…


 その姫の口はぎゅっと閉じられている。硬い蕾の、濃く色ずく直前の瑞々しい桃色。


―――駄目だ、もう我慢ならない。



 細い姫の頤を手で固定し、乱暴に姫の口に口をよせた。


「っ…!」


 姫が抵抗するのを押しとどめ、姫の唇をむさぼる。小さく、冷たく、甘い。片手でなぞる首筋は、細くかよわく、えもいわれぬ手触りだった。この体が、俺の熱でとろける様を見てみたい…。


「姫…我慢できない…いいか…」


 撫子は恐怖にカッと目を見開いた。未曾有の身の危険を感じ、とっさに、手首を逆側にひねって男の束縛を逃れた。次の瞬間裾を素早く払い、外の廊下へ消え去った。どこでもいい、どこか逃げて隠れて一晩過ごそう。


もうこんなのは、こりごりだ!


 しかし、どんなに助けを求めたくともこの状況を屋敷の者に話す事はできない。慎重に行動しなければならない…。


(母にとっては、嫁入りは私を追い出し夕那を守る絶好の機会。みんなが帰ってきたら、この品々が、純四朗のことがばれて、結婚する事になるかもしれない…)


 それは困るのだ。そして一方で…。


(・・・夕那と私が一緒になるのを、父上母上は許さないだろう)


 許されなければ、夕那は駆け落ちしてでも自分と一緒になってくれるだろうか。そして最愛の夕那を、母葛野がそう簡単にあきらめるだろうか…。

 不安で眠れない千寿は、奥まった部屋へ忍びついたてを幾重にも重ね、布団の中で震えながら夜を明かした。


(夕那、早く、かえってきて…!)

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