不滅の誓い

小達出みかん

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無邪気な少年

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「まぁ、すごい人だわ。気後れしちゃうわね・・・セレン、がんばってね」


 二階にあるミリアネスの控え室から、大広間をこっそり見下ろしていたシザリアはそうセレンの肩をつついた。


「うん、そうね・・・」


 王が力をかけて催したの宴が初まって数時間。いつもはしんと静まり返っているこの広間が、絢爛に飾り付けられ、音楽と人々のざわめきであふれていた。 料理のいいにおいと人いきれの熱気が、吹き抜けの二階まで押し寄せてくるようだ。


「それよりシザリア、あれが陛下のお子たち?」


 セレンは少し高くしつらえられた席に座る彼らに視線を向けた。


「ええ、そうよ。一番手前にいるのが先ほど挨拶なさったレオンハルト王子。その隣が妹姫のユリア様、パディータ様、シャルロット様よ」


 王子は今年成人しただけあって、まだ若く、スラリとした立ち姿は若木のようだった。立ち振る舞いや言葉にも聡明さが感じられ、王が祝賀会を大々的に開きたくなった気もちもわかる気がした。

 姫たちはまだ幼く、子どもと言ってもよい年齢だった。


「末の姫は、まだずいぶん小さいのね」


 幼い彼女は、隣に座るミリア姫に笑顔で話しかけ、しまいには膝の上によじ登った。


「彼女がいちばんミリア様になついているわ。他の子たちもだんだん打ち解けてきたし・・・。少なくとも予想よりは、ミリア様の結婚生活はずっと上手くいっているわ。なにより陛下が、ミリア様のことを気に入って下さったから」


「そうなんだ、よかった・・・」


 と、セレンは口では言ったが、内心は複雑だった。何しろ、自分たちは王を裏切っているのである。ウツギの村でイベリスの横暴をじかに見たため、セレンはイベリスの人間に情などなかったが、こうして王や子ども達と仲むつまじくしているミリア様を見ると心が痛んだ。


(彼らと仲良くなればなるほど・・・ミリア様は辛いだろうな)


 その時、扉の外から声がかかった。


「セレンさんは、ここですか?」


 迎えにきたのは、栗色の髪の子どもだった。


「衣装はそれで、大丈夫?みなさんお待ちかねだよ!」


 無邪気な笑顔を浮かべる彼は粗末な衣をまとっていた。給仕などする下僕でもないし、小姓という感じでもなさそうだ。セレンは少し警戒した。


「あの・・・あなたは?」


「ぼくはハエ!この城の使い走りだよ。お姉さんはお后さまの侍女のセレン、でしょ?よんできてって言われたんだ」


「ええ」


 ためらうセレンに、シザリアが後ろから声をかけた。


「あらセレン、この子は大丈夫よ、下働きの子だから」


 そういわれたので、セレンは疑いをひっこめて彼についていくことにした。

セレンは回廊を歩きながら言った。


「出るのをしぶって、ごめんなさいね」


「いいよ!ぼく、子どもだし、こんななりだしね。しょうがないよ」


「あなた、いくつ?」


「うーん、わかんないんだよねぇ」


 そういって、ハエは顔をくしゃっとさせて笑った。子どもそのものの笑顔だ。


(見たところ、11、2歳くらいかな?それにしては、ちょっと天真爛漫すぎるような・・・)


 ハエはむっと顔をふくらませた。


「あっ、ぼくのことバカだって思ったでしょ!」


 セレンはあわてて否定した。


「いや、思ってないよそんなこと。それにしても・・・斬新な名前だね」


「あはっ、変な名前でしょ?ハエって。ぺちゃくちゃしゃべるのがうるさいからハエみたいだって、ワイズ料理長がつけた名前なんだ」


 その名前は、シザリアの厨房リストにのっていたな、とセレンは思い出した。


「あら、あなたのお父さんはワイズ料理長なの?」


 ハエは首をふった。


「ううん、ぼく、親はいないんだ。だから生まつき、ここの下働き。使用人部屋が、ぼくの家なの!いいでしょう」


 という事は、料理長の隠し子か?はたまた使用人同士の不義の子か・・・・。セレンは想像をたくましくした。


「ねえ、それよりお姉さん、あのすっごいジャンプ、今日もするの?」


 その無邪気な質問に、セレンは面食らった。


「え、君、なんで知っているの?」


「えーっとね、お姉さんがジャンプしたあの部屋、上からのぞけるんだよ」


 少年は悪びれずそう言った。


「そ、そうなの・・・」


「ぼく、お城のことならなんでも知っているからね。お姉さんのジャンプ、今日もみにいくよ。するんでしょう?」


「うん、するわよ」


「やった!楽しみだなぁ。ねぇお姉さん。あのジャンプのやりかた、僕にもおしえてくれない?」


「えっ・・・なんで?」


「なんでって、格好いいからだよ!あんな風にとべたら、きっと気持ちがいいだろうなって・・・ね、お礼はするからさ!」


 ハエはにこにこしながらセレンにすりよった。その瞳には子犬のような純真さがあった。


「こらハエっ!何油売ってるんだ!さっさと下へ戻れっ!」


 そこへ下僕の怒鳴り声が飛んできた。


「あっ、いけない。バイバイ、おねーさん!」


 ハエは肩をすくめ、走り去った。


(何だか・・・不思議な子だな)

 そう思いながらセレンは大広間へと降りていった。




 大広間の中央には、セレンのために急ごしらえの舞台のようなものがしつらえてあった。


(地面で十分なんだけどな・・・)


 そんな事を思うセレンを尻目に、雇われた道化がおもしろおかしくセレンを紹介した。


「さてみなさん、おまちかね!この娘。ただの娘ではありません!ご覧ください、この鍛え上げ

られたしなやかな身体を!彼女は正真正銘、体術の使い手なのです!」

 陛下たちが直々に選び出しただけあって、その声の張りは見事なものだった。

観客も何が起こるのかと注目している。


「今日はこのセレンが、王子の成人を祝うため、妙なる美技をおみせいたします!」


 舞台のまわりの物見高い観客たちがわっと沸いた。


「ではおみせします、百獣めぐり!!」


  皆の視線が集中する中で、セレンは打ち合わせどおりに技を披露していった。

 セレンが力をこめて倒立し、足の裏を天に向けると、観客がどよめくのがわかった。


(この位で、驚かれるとは・・・皆けっこう酒が入っているのかな。まぁその方が都合がいいや)


 セレンが次々と技を披露するたびに、どよめきは大きくなり、拍手と歓声に変わっていった。


「さて、最後の大技!みなさん、よーく目をこらしてごらんくださいね。でないとまばたきの間に消えてしまいます。さぁ、鳥になって飛びなさい、セレン!」


 セレンは思いきりをつけて床を蹴った。ぐるりと天と地が逆さになる。観客のおどろいた顔が一瞬視界に映った。


(よし、いける・・・!)


 とっさに技を大きくして、セレンは宙返りをもう一回追加した。


(っ・・・と!)


 舞台の端ぎりぎりに着地したセレンは、手を広げて挨拶した。


「王子様、ご成人、おめでとうございます!」


 たくさんの拍手と口笛、そして歓声がセレンへと降り注いだ。

 セレンは笑顔を作って観客にも頭を下げた。




「おい、女、こっちへこい!」


 舞台を降りたセレンにテーブルから声がかったので、逆らうわけにもかずセレンはそちらへ向かった。


(げっ、あの男がいる・・・!)


 シャルリュスの顔を見つけ、セレンは足を止めたくなったが、我慢をして笑顔でイベリス王宮の面々に酒を注いで回った。


「お前、まさかあんな技を持っているとはなぁ。さぞ、身体が柔らかかろうな?うん?」


「閨でもとんでもない技を披露するのか?」


「おお、ぜひ味わってみたいものだなぁ。どうだ今夜」


 酔っ払った男達の下卑た言葉を聞いていると、訓練場にいたときと同じようにセレンは怒りを感じた。

 こんな奴らのために苦しんでいる者がいると思うと、許せないという思いが沸き起こった。


 (今に見ていろ・・・お前ら全員、報いを受けさせてやる・・・) 


 無表情に近いセレンをからかい飽きたのか、男達はすぐ別の召使に絡みはじめた。

 セレンはさっさとその場を離れようとしたが、同じように無表情でテーブルにつく人物を見つけた。団長だ。彼は酒を飲むでもなく、むっつりした顔でゴブレットの水を飲んでいた。

 セレンが見ているのに気が付いたのか、団長は杯から顔を上げた。2人の目があった。

 お互い、この場を楽しくないと思っていることが、なんとなくわかった。


(・・・この団長もイベリス人だけど・・・他の男達とは少し違うのかもしれない)


 セレンは水差しを取って彼の杯に注いだ。


「いらん」


 トラディスは断った。あれだけの動きをし、賞賛を浴びておきながら、顔色ひとつ変えず給仕してまわるセレンにかすかな憤りを感じていた。 


「大丈夫、酒ではありません。水ですよ」


 セレンは肩をすくめて言った。

 とたんに団長の顔に驚きが浮かんだ。「なぜ知っている?」と言いたいのだろうが、格好がつかない発言なので団長がむっと黙り込んだのがわかった。


 するとそこへ、陛下から声がかかった。


「おお、セレン。私の杯も満たしておくれ」


 セレンはそちらへ向かった。団長は苦虫を噛み潰したような顔でセレンから目をそむけた。 

 后と子ども達にかこまれ、宴もつつがなく進み、王はご機嫌のようだった。


「ごくろうだったな、セレン。見事な技だったぞ」


「身に余るお言葉でございます。ありがとうございます」


 セレンは卓上にあるつやつやと磨き上げられた酒壷を手にとり、差し出された杯になみなみと注いだ。今日のために王が酒商人から買い付けた、今年のぶどう酒だ。

 しかし、セレンはぴたりと手を止めた。ワインのつんとした芳醇な匂いにまざって、ワインにはありえない、濃厚な甘い匂いがする。


(この匂い、あのお茶の・・・・・・・・!)


 考える間もなく、セレンは王が杯を口に運ぶその手をがしっとつかんだ。


「お飲みになってはいけません、陛下・・・!」


 小声ながら、その緊迫した声に気が付いたミリアがあわててそばへ来た。


「ミリア様、この酒・・・・!」


「まさか」


 2人の表情を見て、王は苦笑いをした。


「どうしたのだ2人とも。毒でも入っているのか?」


「そのまさかです、陛下。こちら少し調べさせてもらいます」


 2人の表情を見て、王も笑いを引っ込めた。セレンは酒壷と杯を持って下がろうとした。が、こちらの様子をうかがっていたらしい団長に行く手をさえぎられた。


「おい、何をたくらんでいる」


 セレンはとまどった。


「何、って・・・これを下げに行くところですけど」


「・・・それは何だ、正直に言え」


 団長はセレンに向かって凄んだ。こんなところで時間を無駄にしたくない。そう思ったセレンは小声で言った。


「この酒に毒が入っている可能性があるので、調べるんです。通してください」


 団長の眉が釣りあがった。


「何だと!?お前――!」


 話の通じない団長に、セレンもいらだった。


「どいて。こんなところで押し問答したくない。私の邪魔をしないで、陛下の周囲に目を光らせて。誰が下手人かわからないんだから」


 厳しく言い放たれたその言葉に、団長は一瞬ひるんだ。

 そのすきにセレンはわきを走り抜けた。

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