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光る石
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月に、毛布のように分厚い灰色の雲がかかっている。
(よし、今夜がチャンスだ)
侍女に戻った翌日の夜、セレンはこっそり城を抜け出し、ウツギの村へ向かった。
(まずはアジサイに相談しよう)
そう思いながら、セレンはいつも飛び越えているあの低い柵を探した。
(あ、ここだ)
木で出来ている柵なので、ゆがんでわずかに隙間のある箇所もある。セレンはそこから中をのぞいた。
(見たところ、人が歩いている気配はないな)
なにしろ真夜中だ。労働に疲れたウツギの人々はみな眠りの中だろう。起きているのは採掘口の入り口に立つ兵と、門兵くらいだ。
セレンは思いっきり跳躍し、そこから柵の上までよじ登った。
ところがてっぺんまで来たとき、思わぬものを目にした。
「あ・・・アサギリ」
まがり角から姿を現したアサギリとセレンの目が合った。彼は狙い済ましたようにセレンを下から見上げた。
「まぁ、降りて来いよ。ちょうど来るころかって、待ってたんだぜ」
セレンは柵のてっぺんから飛び降りた。
「よし、こっちへこい」
アサギリとセレンは、そばにあった掘っ立て小屋へ入った。
そこは人が住んでいる気配はなく、工具や農具、藁が雑多に置かれていた。どうやら倉庫のようだ。
「お前、侍女に返り咲いたんだって?よかったな。だが浅はかすぎるぜ。戻った次の日にここにくるなんて、俺の読みどおりの行動だ。間諜としては、お前ちっとお粗末だな」
セレンはそんな彼の言葉もかまわず問い詰めた。
「ミリア様が暗殺されかけたこと、知っていますか?」
ところが彼は飄々と肩をすくめた。
「おいおい、そんな怖え顔するなよ。俺は何もしらねぇぞ」
「・・・本当に?」
セレンは訝しげに聞いた。彼が手を下したとは思っていないが、頻繁に外に出入りしている彼なら何か手がかりくらいは得られるだろうと食い下がった。
「些細な事でもいいんです。何か心当たりがあれば教えてください、このまま犯人を野放しにしてはおけない」
「心あたりって言われてもな・・・。俺が関わっていないことはさすがにわかるだろ?」
「そうですが、あの花はウツギのものだとアジサイが言っていました。何か・・・知っていませんか?」
「いや、でもな・・・」
そういってアサギリはセレンから目をそらした。
――何かある。
――彼は何かを、隠している。
彼の表情から、セレンは直感的にそう感じた。
「お願いします、教えて下さい・・・!」
「だから、知らねえって」
なおも逃げようとする彼を、セレンは睨んだ。
「・・・・正直に言わないと後悔しますよ。私は、ミリア様に害を及ぼす人間を許しません」
アサギリはセレンを見下ろして笑った。
「威勢がいいな。アジサイとは大違いだ。なかなか面白い眺めだな、あれと同じ顔がこうして睨みつけてくるのは」
その獰猛な笑みに、セレンは不穏なものを感じた。彼はアジサイの事を憎んでいるのだろうか。
「アジサイとは、一体どういう関係なのですか」
アサギリはフンと鼻を鳴らした。
「そっか、お前何も覚えてねえんだもんな。俺とアイツは、姉弟だよ」
「え!姉弟・・・?」
セレンは少なからず驚いた。それならば、この男とも私は血がつながっているのか。
「そうだ。同じ母親の腹から生まれた。前も言ったが、俺はあいつが嫌いなわけじゃねえ。ただ考えが合わねぇだけだ。
俺達の母親は強い力を持った巫女だったが、狂信的な女だった。俺とあんたの母はにはなかった力が、アジサイにはあった。・・・だからアイツは母親のそれを受け継いじまったんだよ」
「・・・だからアジサイではなく、自分と取引しろと」
「そうだ。ミリア様は俺と取引すべきだ。そのほうがウツギのためにも、アジサイのためにもなる。俺はアジサイより現実を見ている。ウツギが前の生活を取り戻すためなら、何だってする。たとえどんな犠牲を払ってでもな」
その口調には脅しや強がりではなく、真に迫っていた。
「・・・ミリア様に会いてぇが、それにはお前をうんと言わせなきゃならねえ。だからお前には手の内を明かす。・・・俺がイベリス側で使っている手下は2人いる。一人は、翠玉を握らせて懐柔した兵士、エリックって奴だ。もう一人はリンドウ。こいつは宰相の愛人で―」
セレンははっとした。
「知ってます。この間会いました」
アサギリはうなずいた。
「だろう。リンドウから聞いたぜ。お前、あのジジイにくわれなくてよかったな。まぁヤツは熟女趣味だから、お前は守備範囲外だったんだろうな」
「リンドウはもうずっと・・・あそこにいるんですか」
「ああ。夫や子どもと引き離されてな。もう何年になるかな。母をしらないまま、子は大きくなっている。だが・・・そのおかげで俺は助かっている。あいつは気が利く女だから、スパイに向いているしな」
リンドウには夫と子どもがいたのか・・・。うすうす予測はしていたが、聞くとやはりかわいそうだった。
その気持ちを察したのか、アサギリは続けた。
「だがもちろん、あいつを助けてやりたいと思う。そのためにはイベリスごと倒さないといけねぇ。わかるな?」
「それには私も同意します。ですが・・・王を暗殺しようとしたというのは、本当ですか?」
「誰に聞いた?スグリか・・・」
アサギリは一瞬顔をそむけた。自信家なその表情が、一瞬曇った。
「そうだ。大昔のことだが、俺はイベリス王を殺そうとした。だが失敗した・・・。その時仲間が、俺をかばってイベリスの奴らに殺された」
彼はそこで言葉を切った。セレンを射抜くその目は、恐ろしいほど真剣だった。
「だから俺は、もうずさんな計画はたてない。時間を掛けて準備して、確実に成功させる・・・。血は流れるかもしれない。だが誰にも無駄死にはさせない」
その目にセレンは圧倒されそうになった。彼が過去に乗り越えてきたものが、感じられたから
だ。
「・・・俺はミリア様を暗殺しようとしたのが誰かは知らねぇ。けどできることならそいつを見つけ出して始末してやりたいと思っている。俺らにとっちゃ、彼女は希望の存在なんだからよ」
そこまで話を聞いて、セレンも彼の言い分を認めざるをえなかった。何か知っていることがあるにしても、彼は言わないだろう。
・・・・ならば自分で探すしかない。
「・・・わかりました。アサギリのいう事を信じます。とりあえず、ミリア様の暗殺のことについては何も知らないと」
「そうか、なら――」
「今日聞いたアサギリの言い分は、私も理解できました。なのでミリア様にしっかりとお伝えします。ですが・・・即、アジサイを差し置いて取引を、ということはできません」
アサギリは肩を落とした。
「なんだよ・・・けちだな」
「ミリア様も仰ってしましたが、アサギリとアジサイが反目し、ウツギが内部分裂している状況は良くないと思います。2人が意見をすり合わせて和解すれば、ウツギも一枚岩になりますし、ミリア様も長として2人の意見を聞いて取引すると思います」
アサギリは盛大にため息をついた。
「こっちの揉め事はこっちで解決してから来い、ってか。まぁわかるけどな・・・簡単に言ってくれるなよ。俺を遠ざけているのは、むしろアジサイの方だぜ。一見優しくみえるだろうが、あの頑固さときたら、村一番だぜ。俺の意見を聞く気なんて頭からねえんだ」
「そうでしょうか?なら、一度私も交えて三人ではなしませんか。部外者がいれば、アジサイもあなたの意見をきくかもしれません」
「ああ。ぜひそうしてくれ。・・・だがアンタ、今日はもう帰ったほうがいいぜ、そろそろ兵士の交代の時間だ」
アサギリがそういって立ち上がった。
「毎日、この時間なのですか?」
「そうだ、夜中の3時。覚えておけよ。あとあんな目立つところから入ってくるのはやめろ。次からはここを使え」
そういってアサギリは倉庫の隅にある藁の山を指差した。
「ここが?出口?」
驚くセレンに、アサギリは干草を掻き分けて地面にある扉を見せた。
「ここは外につながっている。ほら、これをやるからもってけ」
アサギリは懐から石を出してセレンに渡した。手のひらに握れるほどの大粒のジュエルー翠玉だった。あまりに軽い調子で言うのでセレンは慌てて拒否した。
「も、もらえません、こんなの、見つかったらー!」
「よく見ろ。ほら、こいつは翠玉だが、あんたらが見慣れてるのとは違うだろう」
セレンはアサギリの手のひらのそれをじっと見た。たしかに、あの輝くばかりの青い宝石ではなく、ただの青い玉に見える。
「だがこうして手でこすると――」
するとその石が見違えたように光を放った。外の光の反射しているのではない。その石そのものが内側から光っていた。薄暗い土壁の小屋の中を、その明かりが照らした。
セレンは大公が言っていたことを思い出した。
「すごい、これが光る翠玉・・・?!」
アサギリは少し得意そうだった。
「そうだ。お前はウツギだから教えてやる。キラキラしているのだけが、翠玉じゃねえ。種類や磨き方を誤らなければ、翠玉はどうにでも変化できるんだ。外の連中にはわざわざ言わねぇけどな。お前も言うなよ」
「ありがとうございます・・お借りします」
「別に返さんでいい。それよりお前、間諜としちゃあぶなっかしいからもっと慎重に行動しろよ。この間だって・・・まぁ、用心するに越したことはない。もうお前と俺らは一蓮托生だからな、そこんとこわかってくれよ」
たしかに姫のこととなるとついカッとなってしまう。前回解毒薬を探しに来たときも夢中でよく回りに目を配っていなかった。捕まらなかったのは運がよかったとしか言いようがない。
「・・・忠告、感謝します」
「あと、ミリア様の周囲によく気を配れ、案外思ってもみなかったところに敵が潜んでいる可能性があるぞ。お前の正体を知ってるやつだっているかも知れねぇ。」
その言葉に、セレンは重くうなづいた。
セレンが降りたのを確認して、ガチャリと上のドアが閉められた。
(・・・まっくらだ・・・)
それは正真正銘、1かけらの灯もない暗闇だった。自分の手さえ、見えない。
さすがのセレンも寒気が走り、手にした石を必死でこすった。すると程なくして白い光が手のひらからこぼれた。
(まぶしい・・・)
まったくの暗闇の中で、それはまばゆく光った。遠くまで見渡せるほどの灯ではないが、足元くらいならばしっかりと見える。
(これは、すごい物だ・・・燃料のいらないランプってことじゃないか。とんでもない高値がつく・・・)
もし、これを実際に大公が目にすれば、彼もそう思うに違いない。
ジュエルの価値はもっと高まり、それをめぐる争いは今よりも激しくなるだろう。そう思うとセレンはぞっとした。
(私はこの事を知ってしまった・・!・・・ミリア様に伝えないのは、裏切りになる・・・でも、すぐには言えない・・・)
その時、今更ながら重い責任が自分の肩にずしりとかかっているのを感じた
(アサギリの言うとおり、慎重に行動しなくては。もし私が1つでも失敗すれば――)
ウツギはさらなる苦境に立たされ、ミリア様の命も危ない。
セレンはそう心に思いながら、暗い道を踏みしめ歩いていった。
(よし、今夜がチャンスだ)
侍女に戻った翌日の夜、セレンはこっそり城を抜け出し、ウツギの村へ向かった。
(まずはアジサイに相談しよう)
そう思いながら、セレンはいつも飛び越えているあの低い柵を探した。
(あ、ここだ)
木で出来ている柵なので、ゆがんでわずかに隙間のある箇所もある。セレンはそこから中をのぞいた。
(見たところ、人が歩いている気配はないな)
なにしろ真夜中だ。労働に疲れたウツギの人々はみな眠りの中だろう。起きているのは採掘口の入り口に立つ兵と、門兵くらいだ。
セレンは思いっきり跳躍し、そこから柵の上までよじ登った。
ところがてっぺんまで来たとき、思わぬものを目にした。
「あ・・・アサギリ」
まがり角から姿を現したアサギリとセレンの目が合った。彼は狙い済ましたようにセレンを下から見上げた。
「まぁ、降りて来いよ。ちょうど来るころかって、待ってたんだぜ」
セレンは柵のてっぺんから飛び降りた。
「よし、こっちへこい」
アサギリとセレンは、そばにあった掘っ立て小屋へ入った。
そこは人が住んでいる気配はなく、工具や農具、藁が雑多に置かれていた。どうやら倉庫のようだ。
「お前、侍女に返り咲いたんだって?よかったな。だが浅はかすぎるぜ。戻った次の日にここにくるなんて、俺の読みどおりの行動だ。間諜としては、お前ちっとお粗末だな」
セレンはそんな彼の言葉もかまわず問い詰めた。
「ミリア様が暗殺されかけたこと、知っていますか?」
ところが彼は飄々と肩をすくめた。
「おいおい、そんな怖え顔するなよ。俺は何もしらねぇぞ」
「・・・本当に?」
セレンは訝しげに聞いた。彼が手を下したとは思っていないが、頻繁に外に出入りしている彼なら何か手がかりくらいは得られるだろうと食い下がった。
「些細な事でもいいんです。何か心当たりがあれば教えてください、このまま犯人を野放しにしてはおけない」
「心あたりって言われてもな・・・。俺が関わっていないことはさすがにわかるだろ?」
「そうですが、あの花はウツギのものだとアジサイが言っていました。何か・・・知っていませんか?」
「いや、でもな・・・」
そういってアサギリはセレンから目をそらした。
――何かある。
――彼は何かを、隠している。
彼の表情から、セレンは直感的にそう感じた。
「お願いします、教えて下さい・・・!」
「だから、知らねえって」
なおも逃げようとする彼を、セレンは睨んだ。
「・・・・正直に言わないと後悔しますよ。私は、ミリア様に害を及ぼす人間を許しません」
アサギリはセレンを見下ろして笑った。
「威勢がいいな。アジサイとは大違いだ。なかなか面白い眺めだな、あれと同じ顔がこうして睨みつけてくるのは」
その獰猛な笑みに、セレンは不穏なものを感じた。彼はアジサイの事を憎んでいるのだろうか。
「アジサイとは、一体どういう関係なのですか」
アサギリはフンと鼻を鳴らした。
「そっか、お前何も覚えてねえんだもんな。俺とアイツは、姉弟だよ」
「え!姉弟・・・?」
セレンは少なからず驚いた。それならば、この男とも私は血がつながっているのか。
「そうだ。同じ母親の腹から生まれた。前も言ったが、俺はあいつが嫌いなわけじゃねえ。ただ考えが合わねぇだけだ。
俺達の母親は強い力を持った巫女だったが、狂信的な女だった。俺とあんたの母はにはなかった力が、アジサイにはあった。・・・だからアイツは母親のそれを受け継いじまったんだよ」
「・・・だからアジサイではなく、自分と取引しろと」
「そうだ。ミリア様は俺と取引すべきだ。そのほうがウツギのためにも、アジサイのためにもなる。俺はアジサイより現実を見ている。ウツギが前の生活を取り戻すためなら、何だってする。たとえどんな犠牲を払ってでもな」
その口調には脅しや強がりではなく、真に迫っていた。
「・・・ミリア様に会いてぇが、それにはお前をうんと言わせなきゃならねえ。だからお前には手の内を明かす。・・・俺がイベリス側で使っている手下は2人いる。一人は、翠玉を握らせて懐柔した兵士、エリックって奴だ。もう一人はリンドウ。こいつは宰相の愛人で―」
セレンははっとした。
「知ってます。この間会いました」
アサギリはうなずいた。
「だろう。リンドウから聞いたぜ。お前、あのジジイにくわれなくてよかったな。まぁヤツは熟女趣味だから、お前は守備範囲外だったんだろうな」
「リンドウはもうずっと・・・あそこにいるんですか」
「ああ。夫や子どもと引き離されてな。もう何年になるかな。母をしらないまま、子は大きくなっている。だが・・・そのおかげで俺は助かっている。あいつは気が利く女だから、スパイに向いているしな」
リンドウには夫と子どもがいたのか・・・。うすうす予測はしていたが、聞くとやはりかわいそうだった。
その気持ちを察したのか、アサギリは続けた。
「だがもちろん、あいつを助けてやりたいと思う。そのためにはイベリスごと倒さないといけねぇ。わかるな?」
「それには私も同意します。ですが・・・王を暗殺しようとしたというのは、本当ですか?」
「誰に聞いた?スグリか・・・」
アサギリは一瞬顔をそむけた。自信家なその表情が、一瞬曇った。
「そうだ。大昔のことだが、俺はイベリス王を殺そうとした。だが失敗した・・・。その時仲間が、俺をかばってイベリスの奴らに殺された」
彼はそこで言葉を切った。セレンを射抜くその目は、恐ろしいほど真剣だった。
「だから俺は、もうずさんな計画はたてない。時間を掛けて準備して、確実に成功させる・・・。血は流れるかもしれない。だが誰にも無駄死にはさせない」
その目にセレンは圧倒されそうになった。彼が過去に乗り越えてきたものが、感じられたから
だ。
「・・・俺はミリア様を暗殺しようとしたのが誰かは知らねぇ。けどできることならそいつを見つけ出して始末してやりたいと思っている。俺らにとっちゃ、彼女は希望の存在なんだからよ」
そこまで話を聞いて、セレンも彼の言い分を認めざるをえなかった。何か知っていることがあるにしても、彼は言わないだろう。
・・・・ならば自分で探すしかない。
「・・・わかりました。アサギリのいう事を信じます。とりあえず、ミリア様の暗殺のことについては何も知らないと」
「そうか、なら――」
「今日聞いたアサギリの言い分は、私も理解できました。なのでミリア様にしっかりとお伝えします。ですが・・・即、アジサイを差し置いて取引を、ということはできません」
アサギリは肩を落とした。
「なんだよ・・・けちだな」
「ミリア様も仰ってしましたが、アサギリとアジサイが反目し、ウツギが内部分裂している状況は良くないと思います。2人が意見をすり合わせて和解すれば、ウツギも一枚岩になりますし、ミリア様も長として2人の意見を聞いて取引すると思います」
アサギリは盛大にため息をついた。
「こっちの揉め事はこっちで解決してから来い、ってか。まぁわかるけどな・・・簡単に言ってくれるなよ。俺を遠ざけているのは、むしろアジサイの方だぜ。一見優しくみえるだろうが、あの頑固さときたら、村一番だぜ。俺の意見を聞く気なんて頭からねえんだ」
「そうでしょうか?なら、一度私も交えて三人ではなしませんか。部外者がいれば、アジサイもあなたの意見をきくかもしれません」
「ああ。ぜひそうしてくれ。・・・だがアンタ、今日はもう帰ったほうがいいぜ、そろそろ兵士の交代の時間だ」
アサギリがそういって立ち上がった。
「毎日、この時間なのですか?」
「そうだ、夜中の3時。覚えておけよ。あとあんな目立つところから入ってくるのはやめろ。次からはここを使え」
そういってアサギリは倉庫の隅にある藁の山を指差した。
「ここが?出口?」
驚くセレンに、アサギリは干草を掻き分けて地面にある扉を見せた。
「ここは外につながっている。ほら、これをやるからもってけ」
アサギリは懐から石を出してセレンに渡した。手のひらに握れるほどの大粒のジュエルー翠玉だった。あまりに軽い調子で言うのでセレンは慌てて拒否した。
「も、もらえません、こんなの、見つかったらー!」
「よく見ろ。ほら、こいつは翠玉だが、あんたらが見慣れてるのとは違うだろう」
セレンはアサギリの手のひらのそれをじっと見た。たしかに、あの輝くばかりの青い宝石ではなく、ただの青い玉に見える。
「だがこうして手でこすると――」
するとその石が見違えたように光を放った。外の光の反射しているのではない。その石そのものが内側から光っていた。薄暗い土壁の小屋の中を、その明かりが照らした。
セレンは大公が言っていたことを思い出した。
「すごい、これが光る翠玉・・・?!」
アサギリは少し得意そうだった。
「そうだ。お前はウツギだから教えてやる。キラキラしているのだけが、翠玉じゃねえ。種類や磨き方を誤らなければ、翠玉はどうにでも変化できるんだ。外の連中にはわざわざ言わねぇけどな。お前も言うなよ」
「ありがとうございます・・お借りします」
「別に返さんでいい。それよりお前、間諜としちゃあぶなっかしいからもっと慎重に行動しろよ。この間だって・・・まぁ、用心するに越したことはない。もうお前と俺らは一蓮托生だからな、そこんとこわかってくれよ」
たしかに姫のこととなるとついカッとなってしまう。前回解毒薬を探しに来たときも夢中でよく回りに目を配っていなかった。捕まらなかったのは運がよかったとしか言いようがない。
「・・・忠告、感謝します」
「あと、ミリア様の周囲によく気を配れ、案外思ってもみなかったところに敵が潜んでいる可能性があるぞ。お前の正体を知ってるやつだっているかも知れねぇ。」
その言葉に、セレンは重くうなづいた。
セレンが降りたのを確認して、ガチャリと上のドアが閉められた。
(・・・まっくらだ・・・)
それは正真正銘、1かけらの灯もない暗闇だった。自分の手さえ、見えない。
さすがのセレンも寒気が走り、手にした石を必死でこすった。すると程なくして白い光が手のひらからこぼれた。
(まぶしい・・・)
まったくの暗闇の中で、それはまばゆく光った。遠くまで見渡せるほどの灯ではないが、足元くらいならばしっかりと見える。
(これは、すごい物だ・・・燃料のいらないランプってことじゃないか。とんでもない高値がつく・・・)
もし、これを実際に大公が目にすれば、彼もそう思うに違いない。
ジュエルの価値はもっと高まり、それをめぐる争いは今よりも激しくなるだろう。そう思うとセレンはぞっとした。
(私はこの事を知ってしまった・・!・・・ミリア様に伝えないのは、裏切りになる・・・でも、すぐには言えない・・・)
その時、今更ながら重い責任が自分の肩にずしりとかかっているのを感じた
(アサギリの言うとおり、慎重に行動しなくては。もし私が1つでも失敗すれば――)
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