不滅の誓い

小達出みかん

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アサギリとの誓い(2)

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「どういうものなのですか?」


 アジサイは説明した。


「ええ。本当ならこのように使うものではないのだけれど…。ここで、女神様がその誓いを受け入れてくれれば、必ずそれは叶う。決してやぶれることがなくなるのよ」


 ずっとウツギの教えにふれることのなかったセレンはにわかには信じがたかった。だが良い方法だと思った。

 私はミリア様も、アジサイも守る。神様とこのことを約束するのは、良いことのように思えた。やぶれないのなら、なおさら。


「やりましょう。それでアサギリも納得するのなら」


 アサギリは、アジサイを睨んだ。


「…本気で言っているのかよ?」


「ええ。私もセレンも本気よ。それは女神さまもわかっておられるわ。わからないのは、あなただけ」


 だがアサギリはさらに憤慨した。


「こいつは素人だ!何も知らないんだぞ、それがどんなに危険なことかー!」


 セレンは2人の間にわって入った。


「待ってください、何が起きるというのですか?アサギリは女神を信じてはいないのでしょう?」


「そういう問題じゃねえ。危険だ。俺たちの母親は、それで死んだ」


 それを聞いて、アジサイは薄く笑ってふっと息をついた。その視線が宙へうく。ただならぬ空気が彼女のまわりにただよった。うたように彼女は言った。

「いいえ…?あなたは勘違いしているわ。母が命を落としたのは…誓いではない。契約よ。誓いで命を落とすことはないわ」


 そう語るアジサイの目は暗く、底光りしていた。彼女の居る場所だけ別の空間であるようにどこからか風がふき、彼女の長い黒髪を揺らした。彼女はそして淋しげに笑った。それはぞっとするが、また目が離せないような魅力、暗い美しさを秘めていた。


 まるで、この世のものではない、美しい幽霊のようだった。


 さすがのアサギリもこの迫力に黙った。セレンは逆に不安になって、アジサイに手をのばした。どこかへ消えてしまうのではないかと。


 セレンの気持ちがわかったのか、伸ばされたその手を、アジサイはしっかりと握った。


「大丈夫よ…怖がらせたわね、ごめんなさいセレン」


 セレンは首を振った


「いえ…いえ、つまり誓いは、命をかけるほどの真剣な誓いということ、でしょうか?それならばむしろ、望むところです。アサギリにもそれをわかってほしい」


 言い切ったセレンに、アジサイは握った手を持ち上げた。


「アサギリ、この上に手を」


 セレンもアジサイもここで引く気は微塵もない。アサギリもしぶしぶ手を出した。セレンがするというのに、疑った自分が拒否するわけにはいかない。

 セレンとアサギリの手が重ね合わさり、その上にアジサイが手をかざした。


「さあ、アサギリ


 アジサイが彼に促した。その瞬間、流れる水温が遠ざかり、ふっとあたりがしずまりかえり、光も暗くなった。


 セレンは驚いたが、アサギリは覚悟を決めたように口を開いた。


「セレン、あんたはこのウツギを救うために、戦い続けると、誓うか」


「はい」


「后かウツギ、どちらか選ばなければいけなくなっても、ウツギのために動けるか」


 アサギリは、じっと返答を待った。


「…動きます。最後まで私は、ウツギとアジサイ、そしてミリア様。大事な物を守るため働きます。どれかを裏切ることは決してしません。それができないのは、死ぬときです」


 アサギリは厳しい顔のままでうなずいた。

 アジサイはそれを認め、ひしゃくで池の水をすくい、2人の合わさった手の上にしたたらせた。


(あつい…!)


 その水の熱さに、セレンは驚いて手を離しそうになったが、アサギリはそんなセレンの手をぎゅっとつかんだ。その手の力強さと熱さがないまぜになって、セレンはめまいがした。だが、ぐっと耐えた。


「これでいいわ…2人とも」


 そのアジサイの声とともに、2人のまわりに音と光が戻ってきた。

 セレンは放した手をまじまじと見つめた。火傷するかと思うほどの熱さだったのに、手にはなんの痕ものこっておらず、痛みもない。


 不思議な現象だったが、ここはアジサイのいる地下だ。そういうものなのだろうとセレンは納得した。…そろそろ、帰らねば。セレンは2人を見た。


「アジサイ、アサギリ、私は明日から数日、イベリスを離れトリトニアへ行きます」


 怪訝な顔をする2人に、セレンはいきさつを話した。


「…というわけなのです。ミリア様が進言をして、兵もいくらか出払って手薄なので、この間にウツギに手をだすことはないと思いますが…断言はできません。いざとなったら、ミリア様に助けを求めてください」


 それがいかに危ない策であるかわかっているセレンは、言い終えて唇を噛んだ。


「こんな時にそばにいられず、すみません、アジサイ」


「わかったわ。セレン、どうか気をつけてね」


「アジサイも…どうかご無事で」


 別れをかわす2人を尻目に、アサギリはさっと背を向けセレンにむかってあごをしゃくった。

 セレンは黙ってその背中についた。さすがに一人では、出口にたどり着ける自信がない。

 暗い洞窟を歩きながら、前をゆくアサギリもまた無言であった。一方セレンは、必死に道を覚えようとしていた。


「つっ…」


 来た道のことばかり考えていたセレンは、濡れた岩に足をとられてすべった。アサギリはそんなセレンをちらりと見て言った。


「道を覚えることなんかねぇ。初心者には無理な話だ」


 セレンは膝をさすりながら立ち上がった。


「それでは今日のようなとき、アジサイに会いに行くことができないじゃないですか」


「もっといい方法がある。この前やった翠玉を使え」


「あれが、導いてくれるのですか?」


 アサギリは少し顔をしかめた。 


「アジサイみてぇな事をいいやがる。そんなんじゃねぇ、ちゃんと仕組みがある。翠玉には、この洞窟で水にとけている青い光の成分が含まれている。この成分は、白くも光るが、同じ成分があつまると同じ青い色に輝く。惹きあうんだな…。この洞窟の最深部には、でっけぇ湖がある。そこへ近づくほど、翠玉は惹きあって光が増すんだ。だから翠玉の反応を見て進んでいけば、滝の間にも最深部にもたどり着ける」


 ずっと無言だった彼だが、その口調はいつものものだった。誓いのことでセレンを認めてくれたのだろうか。


 それは別として、その不思議な話にセレンは歩きながら興味をひかれた。


「最深部?それはどのくらい下にあるのですか」


「俺も行ったことはねぇ。というか巫女しか入れねぇ。お前も、行ってみようなどという考えは、起こすなよ」


「なぜですか?」


 アサギリは少し口ごもった。


「いうなれば…墓場みてぇなもんだからだよ。ウツギの人間の魂はそこに帰るといわれている。ああ、お前もバカな誓いを立てちまったもんだよ」


「ですが誓いをしたことによって、私を信用する気になったでしょう」


「ああ、そうだな、悪かったよ…俺もリンドウのことでついカッとなっちまった。アンタが誓いを立てて…本気だとわかったよ」


 アサギリは珍しく歯切れの悪い口調になった。あの不思議な現象は、女神が2人の誓いを受け入れたということなのだろう。アサギリはアジサイのやりかたを否定しながらも、女神が受け入れたことによってセレンの本気がわかったのだ。


「…ということは、アサギリも女神さまのことを信じているのですね」


「それは…そうだ。すべて信じているわけではないけどな。女神を感じることもある。俺達は祖先から、この山に生かされてきたからな」


 そこでアサギリはくるりとセレンを振り向いた。


「だが信じることと、行動は別だ。信じているだけでは、何も進まない。俺はそう思う」


「ですが…アジサイのしていることもまた正しいとは思いませんか?ずっとこんな場所で暮らして、人々のために一日も休まず祈って、治療をしている。アジサイでなければできないことですよ。二人でもっと話し合って、共に行動することはできませんか?」


「たしかに、アジサイのしていることは正しい…ウツギの民は、彼女がいることによって希望をもっている。だが、彼女は狂信的すぎる。お前も、今日見てわかったろう」


 セレンは黒髪をなびかせる幽霊のような彼女の姿を思い出した。だが不思議とそんな彼女を見ても、怖いとは思わなかった。彼女が消えてしまうのではと不安にはなったが。


「…巫女とは神秘的なもので、時には人のように見えないとも聞きます。なのでアジサイがああして神がかって見えるのも、仕方がないのではないでしょうか」


 アサギリは首をふった。


「そういう表面的な話じゃねえんだ。彼女はああして祈っているだけでウツギがどうにかなるって本気で信じてるんだよ。神がなんとかしてくれると思っている。そして実際、神がどうにかするかもしれねぇ」


 セレンは首をかしげた。そんな非現実的な言葉が彼の口から出るとは。


「神がどうにかしてくれるのなら、それは…かえって好都合ではないですか?」


「いいや。トリトニアはどうか知らんが、俺達の女神ってのは願ったらかなえてくれるような、お気楽な神様じゃねえんだ」


「…つまり、どういうことでしょう?」


「はぁ、こんな事、俺が話す柄じゃねえんだが」


 そういってから、アサギリは歩きながら語りだした。


 お前らの新トリトニア公国…いや、白霧山脈以西の地は、昔は「神に見捨てられた地」と呼ばれていたことは知っているな?

 ウツギの歴史は、それよりも前にさかのぼる。なぜここが「神に見捨てたれた地」であったかというと、それは昔、大災害が起こったからだ。地が割れ、海は荒れ、嵐がいくつも起こった。人がたくさん死に、多くの国が滅んだ。


 残った人々は生き残るため、皆必死に東を目指した。未曾有の危機の中、人々の中で大小さまざまな争いが起きた。少ない食料や、道の奪い合い・・・騙しや強奪、裏切りが横行した。強い人々は白霧山脈を越え、東の地にいくつもの国を築いた。旧トリトニア王国もそのひとつだ。

 ウツギの民族はその争いの中で、敗れた。だがなんとか西の地を渡り、白霧山脈までたどりついた。そう、この山だ。


 族長の巫女は争いや災害を避けてこの洞窟までみんなを連れて避難した。皆虫の息で、もう生き延びることは考えていなかった。ただ静かに召される場所を探していただけだ。

 そんな中、洞窟の中なのに水色の光が見えた。その光に望みを見出した巫女は、光と契約した。自分の命と引き換えに、人々を生き長らえさせてくれと。


…それで今、俺達がいる。


「…つまり、生贄を必要とする神だと?」


「生贄というより、代償だ。かなえるかわりに持って行く。アジサイは違うというが、俺にはそうとしか思えない」


「では、私がもし、誓いを破った場合…」


「…わからねぇ。だが無事では済まんだろう。なぁ、こんな方法でずっとウツギがやっていけると思うか?今の俺達はイベリスやトリトニア、他の国の人間を相手にしているんだ。あいつらは女神も翠玉も関係ねえ。アジサイだっていつまでもつか。翠玉の存在が外に明らかになってしまった今、祈りと女神の力に頼っていても行き詰るだけだ…」


 その苦しげな声に、セレンはうなずいた。彼には彼の苦しみがあったのだろうとわかる声だった。人であって人でない姉のアジサイ。その上ウツギの民を彼もまた背負っている。姉とは違う形で。そして過去になくなったという、母の存在…。


 アサギリのいう事も、アジサイの意見も、わかる。


(2つの意見の、ちょうど中間点があるといいのだけれど…)


 だがそんな良い考えがうかぶはずもなく、セレンはただ黙っているしかなかった。
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