不滅の誓い

小達出みかん

文字の大きさ
21 / 33

街の広場で

しおりを挟む
東へと向かううちに、トリトニアに入った。街道はだんだんと広くなり、街道わきの街も大きくなっていった。ゆきかう人々の服も上等で、食べ物も洗練されて贅沢だ。


(久々だなぁ。もう少しで首都か)


 あと数日歩けば、首都エウレデにつくだろう。今夜の宿をおさえ、兵士たちの寝床を確保し余裕のできたセレンは一人暮れなずむ街に出た。シザリアやミリア様、姫君たちになにか土産を探そうと思ったのだ。


 だが、少し歩いて広場に出たとたん、その気持ちは見事に萎えた。

 トリトニアは、もうすぐ年越しの祭りの期間に入る。広場は月桂樹の葉や赤い実で飾り付けられ、駄菓子やおもちゃ、富くじの屋台がならび、人々も浮き足立って楽しい数週間だ。

 ところが今年は、この国の第一王子の喪に服すため、お祭りは中止だ。鮮やかな飾りつけは消え、広場の彫像も店の入り口も黒い喪章が掲げられている。


 その光景を見て、セレンの気持ちは沈んだ。歩くのも億劫になり、彫像のしたに腰かけた。


(ああ…去年は、ミリア様とシリル様と、年越しの花火をながめたのに。シザリアの富くじがあたって、お揃いのブローチを買いもしたっけ…なのにまさか今年、こんなことになるなんて)


 そう思うと、また胸の底が抜けたように冷たくなり、セレンはぎゅっと外套の襟をかきあわせた。


(…少し暇な時間があるとだめだ。こうして余計なことを考えてしてしまう…)


こんなことで葬儀に冷静に出席できるだろうか。セレンはそんな弱気な考えを振り払うために勢いよく顔をあげた。


 すると広場の向かいに、粗末だがけばけばしい色でぬりたくられた幌馬車が見えた。


(ああ、旅芸人たちかな…)


 果たして予想は当たっていた。中からがらの悪そうな男、はすっぱな女たち、そして子どもたちが出てきて営業の準備をはじめた。


 が、しばらくして異変に気が付いたらしい。頭らしき男が街の人をつかまえて悪態をつきはじめた。


「何!?王子が死んだって?!じゃ、今年の祭りはなしかいい!チッ、ここをあてこんではるばるクザーソから来たっていうのに!」


 その剣幕に、後ろの子ども達は小さくなって震えている。その怯えはセレンにはよくわかった。頭は虫の居所が悪いと平気で子どもたちを殴って放り出す。

 彼らの手足は枯れ木のように細く、肌も服も汚れている。せっかく何かにありつけるだろうと今日は期待していただろうに、これではあんまり可哀想だ・・・

 と、セレンはわがことのようにつらくなり、思わず目をそらした。


(全く…街へ出たっていいことなんかちっともない。大人しく旅籠に戻ろう)


 セレンはため息をついて立ち上がり、きびすを返した。するとドンと誰かにぶつかった。


「すみませ…って団長」


「こんなところで何をしている」


 トラディスはいつもどおりの仏頂面でセレンに聞いた。


「何って…座ってたんです」


「座って?なんのために」


 めんどうくさかったので、セレンは正直に白状した。


「あと少しでエウレデにつくと思うとほっとしまして。兵士たちのように店を見ようと出たんですが、なんだかいやになっちゃって」


 トラディスは困惑した顔になった。それもそうだろう。


「でも、もう戻ります。でも団長は少し街を見ていっては?まだ日没前ですし」


 が、彼もセレンと肩を並べて歩き始めた。


「いや、俺も戻る」


「…そうですか」


 二人は無言で歩き出した。うつむいて歩くセレンは不気味ほど静かで、トラディスはなにやら居心地が悪かった。彼女の沈んでいる原因は、やはり王子なのだろうか。


「その、お前が」


「はい?」


 セレンがトラディスのほうを向いた。夕日に照らされたその目が少し潤んでいるような気がして、トラディスは質問を飲み込んだ。


「その…そういえば広場に、旅芸人の子どもたちがいたな」


 ああ、とセレンはうなずいた。


「いましたね。かわいそうに。今夜は空きっ腹の上、殴られるかもしれません…」


 いくら恵まれた育ちのトラディスとはいえ、その光景は想像がついた。


(俺達も訓練でいやというほど殴られてきたが、あの子どもたちの受ける暴力とは、全く違う…)


 先ほどの子どもたちの目は暗く、どの子も卑屈な怯えた表情を浮かべていた。親もなく明日の希望もなく、大人たちの気まぐれに残酷に扱われていると、子どもは子どもらしらを失ってしまうのだとトラディスは思った。


「…可哀想なことだな」


 トラディスそのその言葉を、セレンは少し意外に思った。彼にそういった哀れみの感情があるのは、なんとなく腹立たしかった。


「団長でも、そう思うことがあるんですね」


 ウツギの子ども達も、あなたたちイベリス兵に殴られ、両親を殺されているんですよ、とセレンは言いたかったが、いえなかった。


「ああ。前はそんなこと、考えもしなかった」


「なぜです?」


 自分をおさえながら、セレンは聞き返した。


「このところいろいろな事がおこって、俺も考えるようになった…。そのきっかけは、お后様だ。お前も、そうかもしれん。前は考えなかったことを、考えるようになった」


「それは、どんなことです?」


 内心見下しながらも、セレンは優しい声を出してきいた。どんな恵まれた言葉を吐くのか、聞きたかったからだ


「俺はイベリスを任された軍人だ。当然、イベリスがこの世界の中で一番裕福で、すばらしい国だと教えられてきた。だから…お后さまとお前のことも、最初はよく思っていなかった。お前も知ってのとおりだが」



 本当にそうだ。ずいぶんな扱いをしてくれましたよ、とセレンは心の中でいった。


「だが、お后さまは、俺達の予想とはちがって、聡明で、公平な方だった。なにより陛下もお子達も、彼女をしんから気に入った。そしてお前だが…」


 セレンはちょっと身構えた。


「な、なんですか」


「まるで男のように口をきき、帯剣し、馬に乗り意見をする。西にはこんな女がいるのかと思うと…負けたと感じた」


「ま、負け?」 


「俺個人がお前に負けたという事ではない。国としてだ。昔から言われているが、イベリスの兵は最強だが、それ以外の強みがない。外交や経済面が弱い。今は宰相のおかげでもっているが、暗殺未遂が起こって、このままではまずいと俺は思った」


 セレンはうなずいた。


「そうですね…宰相さまがジュエルに目をつけたのは慧眼でしたが、ジュエルだよりでは後がなくなる。昨日も話していましたが」


「ああ。戦いがいの方法で、外へ打って出なくてはいけない。それなのに、俺たちは外の事を何も知らない…だから」


 そこでトラディスは、歩みを止めてセレンを見た。


「最初は疑ってすまなかった。これからは俺たちに手を貸してはくれまいか」


 予想外の態度に、セレンは驚いた。


(団長が、私に、頭を下げて…!?)


「い、いやいや、そんな、やめてくださいよ」


 セレンはおずおずと言った。


「では疑ったこと、許してもらえるか」


「そんなの、暗殺未遂のとき、水に流すって言ったじゃないですか」


「そうか」


 トラディスはようやく頭を上げた。


「ならよかった」


 その時、セレンは初めて団長の笑った顔を見た。


 いつも仏頂面かしかめた顔しか見たことがなかったので、驚きを通り越してセレンはうろたえそうになった。


 それはシリル王子の優しい笑みとも、アサギリの豪気な笑みとも違っていた。


 ちょっとバツが悪そうな、笑うことに慣れていない笑み。


「わ…笑うんだ…」


 セレンは思わずつぶやいた。


「何だ?もう行くぞ」


 先を行く団長のあとを追いかけながら、セレンは先ほどとはちがった思い気持ちを抱いていた。


(ごめんなさい。団長は、私を信頼してくれたのに…)


 そう、セレンは彼を裏切っている。最初から。


(ミリア様もきっと、こんな…いや、もっとお辛い気持ちになっているはずだ)


 何しろ裏切る予定の相手と、子までなしてしまったのだから。


(だから…この程度で、私は辛がってはいけない)


 セレンはそう、自分をいましめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...