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露天湯にて※
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鍋をすっかり平らげ、片付けを済ませてしまうと、百夜は澪子に言った。
「美味しい鍋を、ありがとうございます、澪。次は私が、澪にしてあげたいことがあるのです」
「ええ?何ですか」
楽しみ半分、ドキドキ半分でそう聞き返した澪子に、百夜は唇だけでちょっと微笑んだ。
「ついてからのお楽しみです」
百夜について、澪子は元来た道を引き返した。楽しい時間はあっという間で、すでに昼下がりとなっていた。そろそろ川が近くなってきたところで、百夜はひょいと河原の岩場を越えて逆の方向へと行った。岩場をしばらく上ると、ほわほわと湯気の上がる崖の上に出た。
「わ、温泉!」
岩間にふつふつと沸いたその湯は柔らかな乳色をしていて、浸かるといかにも気持ちよさそうだった。入ってみたいな、と思った澪子であったが…
(いやいや、百夜様の前で裸になるのはさすがにちょっと…たしなみがなさすぎるというか)
初日、薬を塗られた時でさえ恥ずかしくてたまらなかったのだ。が、彼はそんな澪子の気を知ってか知らずか、風呂敷を広げた。
「風呂道具を一式もってきたのですよ。さ、湯帷子ゆかたびらを」
百夜は澪子に淡い水色の浴衣を渡すと、自分はさっと着物を脱いだ。澪子は見まいとしたが、つい目が彼の裸身にくぎ付けとなった。
(わ…白い…でも、引き締まった体…)
澪子がその背中に見とれていると、ふいに彼から声がかかった。
「どうぞ、それに着替えてください。私は背を向けていますから」
澪子は慌てて着ていたものを脱ぎ、さっと浴衣をまとった。裾にいくにつれ水色は濃くなっていて、合間に雲と鳥の模様が抜かれている贅沢な浴衣だった。こんなもの自分が着るのは申し訳なかったが、裸になるわけにもいかない。澪子はそっと湯入り、彼の隣へと歩いていった。ちゃぷんと湯が体にまといつく。熱い湯が、冷えた足先を温めた。
「百夜様、お気遣いありがとうございます」
隣へ座った澪子を、百夜は優しく見下ろした。
「澪は恥ずかしがるだろうと思ったので」
百夜にそう言い当てられるのもまた恥ずかしく、澪子は照れて笑った。
「…その、私はこんな不器量なので。お目汚しになるかと思って」
「不器量…あなたが?」
澪子は少しうつむいて、笑い交じりに言った。
「…よく、言われていました。こんなのは嫁の貰い手もないって」
嫁の貰い手もない。つまりあの家を出ては生きていく術はなかった。澪子はしみじみと、今の状況に感謝をした。
「…だからありがとうございます。私を置いてくださって」
見上げて言った澪子をじっと見てから、百夜は微笑んだ。
「…私は、待っているんです」
「何を、ですか?」
「澪が恥ずかしくなくなるのを」
「…え?」
澪子からすっと目をそらして、百夜はふうと息をついた。
「本当はずっと、澪に触れたいと思っているのです」
その言葉に、澪子の肩は緊張にびくっと震えた。その上に、そっと百夜の手が置かれた。
「ほら、こうして体がこわばるでしょう…着物を剥けば、きっと澪ははずかしがって、体を隠そうとうずくまる」
たしかにそうするだろう。澪子はごくんと唾をのんだ。
「ど、どど、どうしてわかるんですか」
「澪の事をずっと見てましたから。わかりますよ。たぶんあなた自身よりも…。」
百夜は肩に置いた指をうごかし、つっと澪子の首筋を撫でた。
「だからあなたがもっと食べて、手入れして、肌も髪も自信をつけてから…と思ったのです」
そして、百夜は澪子の頬を指で包んだ。
「私からすれば…最初から澪は澪ですし、関係ないのですが。でもあなたが傷つくことはしたくないので」
その目はまっすぐに澪子を見ている。…優しいのに、情欲に濡れた目。
澪子は矢を射かけられる前の小鳥のように、その目を見て動けなくなってしまった。
「百夜…様」
p
かあっと体がどこもかしこも熱くなる。頬をなでる指先が熱い。彼のまなざしを受ける自分の目が熱い。体が、足先が、熱い。
自分が女として誰かに求められるなど、初めてのことだった。それも、相手は美しい鬼…。
(どうしよう…)
百夜様を喜ばせたい。もし自分がここで彼の腕に飛び込めば、彼を喜ばせる事ができるのだろうか。だけど澪子はためらった。
(やっぱり、恥ずかしいよ…)
こんな美しい生き物の目の前で、日の光の下で裸体をさらすと思うと全身がこわばった。彼はそれを見ても嗤ったりはしないだろう。だけど、どうしても裸をさらけ出すまであけすけにはなれないのだった。
しかし、百夜を喜ばせる機会をふいにするのは惜しい。澪子は熱い意識の中、じりじり考えた。
(そうだ…あの時)
最初の時、彼がしてくれたこと。澪子はそれを思い出して、考える前に澪子は彼の唇を自分の唇でふさいだ。
「っ―!!」
百夜の口から声にならない驚きが漏れた。澪子はそのまま目を閉じて、柔らかい彼の唇を食んだ。それ以上進む勇気はなかったが、それだけでも、十分に甘美な行為だった。彼にこんな近くで触れていると思うと、澪子の身体は緊張に震えた。彼からはかすかに、沙羅の匂いがした。少しは、喜んでくれただろうか。澪子はそう思いながらそっと唇を放した。
しかし、百夜は困ったように澪子から目をそらし、口元を手で覆っていた。その頬は耳まで紅く染まっている。澪子は焦った。
「す、すみません百夜様、いきなり、その…っ」
「み、澪…今のは」
「ええと、その、思いつき、で、深い意味があるわけでは…っ」
澪子は必死で言い訳した。
「百夜様に、喜んでいただきたくて、でも…ごめんなさい」
「これで…私が喜ぶと、考えたのですか?」
その言葉に、澪子の体は縮こまった。
「す、すみません…そんなわけ、ないのに。ひとりよがりな事をしました…」
澪子は恥ずかしくて消えたいような気持ちになった。穴があったら入りたい。
「…澪」
しかし、名前を呼ばれたのでそっと視線を上げて百夜を見た。百夜は苦し気な表情で澪子を見つめていた。普段乱れることなどないその息が、少し弾んでいる。
「だ、大丈夫ですか、百夜様」
澪子は思わず心配になって彼の方へ手を伸ばした。が、百夜は少し拗ねたような目つきで澪子から目をそらした。
「澪のせい…ですよ」
その言葉に固まった澪子の手を、百夜はぎゅっとつかんで自分の腕の中へと引き寄せた。お湯がざばりと波打ち、二人の肌に水しぶきが舞った。
「ひゃっ…ふっ…!」
そのまま百夜から口づけされて、澪子は息をつめた。澪子の唇を割って、百夜の舌が入ってくる。その舌は澪子の口内を荒々しく貪った。一方的な口づけに、澪子はただ唇を開けて受け止めるのが精いっぱいだった。
「はぁ…澪…」
唇を放した後、百夜はぎゅっと澪子を抱きしめ、体の線を手でさぐった。胸その手が触れ、澪子はびくりと身を固くした。
「み、見ないで下さ…っ」
余裕をなくして必死で声を絞り出す澪子を見て、彼は少し悲し気な声を出した。
「嫌ですか…?私に触れられるのは」
澪子は申し訳なさに、ぎゅっと胸が締め付けられたようになった。自分ごときの体で、彼が喜んでくれるのなら差し出す事に抵抗はない。だが…
「こ、こんな明るいところ、で、百夜様に見られるのは…っ」
百夜はそっと澪子の耳元で聞いた。
「明るくなければいい?」
耳元がぞくっと熱くなり、澪子は必死でうなずいた。
「は、はい、ここじゃなきゃ、いいです」
「では夜ならいい?」
「いいです、夜、なら!」
叫ぶように言った澪子から、彼はそっと腕を離した。その目には不安の色があった。
「本当にいいのですか?本心から私に抱かれてもいいと思っていますか?」
澪子は熱い水面をみつめながらこくんとうなずいた。
「はい。百夜様が、お望みなら、そうしたいのです。だって…」
そうだ。無理強いでも流されるのでもない、確固たる気持ちが澪子の中にはある。澪子は顔を上げてまっすぐ百夜を見た。
「百夜様が喜んでくださるのなら、私も嬉しいのです」
彼に悲しい顔をしてほしくない。喜んでほしい。その気持ちは本当だった。
(…それで差し出すのが私の身体っていうのは、ちょっとお粗末だけど)
すると百夜は、目じりを紅くしたまま首を少しかしげて笑った。困ったような嬉しいような笑顔だった。
「澪…ありがとうございます」
彼は立ち上がって湯から上がり、澪子の方を振り向いた。細い銀糸の髪が肩をつたい、腰まで流れる。あまりに妖艶なそのさまに、思わず澪子はたじろいだ。
「では今は我慢することにします。…夜が、楽しみです」
「美味しい鍋を、ありがとうございます、澪。次は私が、澪にしてあげたいことがあるのです」
「ええ?何ですか」
楽しみ半分、ドキドキ半分でそう聞き返した澪子に、百夜は唇だけでちょっと微笑んだ。
「ついてからのお楽しみです」
百夜について、澪子は元来た道を引き返した。楽しい時間はあっという間で、すでに昼下がりとなっていた。そろそろ川が近くなってきたところで、百夜はひょいと河原の岩場を越えて逆の方向へと行った。岩場をしばらく上ると、ほわほわと湯気の上がる崖の上に出た。
「わ、温泉!」
岩間にふつふつと沸いたその湯は柔らかな乳色をしていて、浸かるといかにも気持ちよさそうだった。入ってみたいな、と思った澪子であったが…
(いやいや、百夜様の前で裸になるのはさすがにちょっと…たしなみがなさすぎるというか)
初日、薬を塗られた時でさえ恥ずかしくてたまらなかったのだ。が、彼はそんな澪子の気を知ってか知らずか、風呂敷を広げた。
「風呂道具を一式もってきたのですよ。さ、湯帷子ゆかたびらを」
百夜は澪子に淡い水色の浴衣を渡すと、自分はさっと着物を脱いだ。澪子は見まいとしたが、つい目が彼の裸身にくぎ付けとなった。
(わ…白い…でも、引き締まった体…)
澪子がその背中に見とれていると、ふいに彼から声がかかった。
「どうぞ、それに着替えてください。私は背を向けていますから」
澪子は慌てて着ていたものを脱ぎ、さっと浴衣をまとった。裾にいくにつれ水色は濃くなっていて、合間に雲と鳥の模様が抜かれている贅沢な浴衣だった。こんなもの自分が着るのは申し訳なかったが、裸になるわけにもいかない。澪子はそっと湯入り、彼の隣へと歩いていった。ちゃぷんと湯が体にまといつく。熱い湯が、冷えた足先を温めた。
「百夜様、お気遣いありがとうございます」
隣へ座った澪子を、百夜は優しく見下ろした。
「澪は恥ずかしがるだろうと思ったので」
百夜にそう言い当てられるのもまた恥ずかしく、澪子は照れて笑った。
「…その、私はこんな不器量なので。お目汚しになるかと思って」
「不器量…あなたが?」
澪子は少しうつむいて、笑い交じりに言った。
「…よく、言われていました。こんなのは嫁の貰い手もないって」
嫁の貰い手もない。つまりあの家を出ては生きていく術はなかった。澪子はしみじみと、今の状況に感謝をした。
「…だからありがとうございます。私を置いてくださって」
見上げて言った澪子をじっと見てから、百夜は微笑んだ。
「…私は、待っているんです」
「何を、ですか?」
「澪が恥ずかしくなくなるのを」
「…え?」
澪子からすっと目をそらして、百夜はふうと息をついた。
「本当はずっと、澪に触れたいと思っているのです」
その言葉に、澪子の肩は緊張にびくっと震えた。その上に、そっと百夜の手が置かれた。
「ほら、こうして体がこわばるでしょう…着物を剥けば、きっと澪ははずかしがって、体を隠そうとうずくまる」
たしかにそうするだろう。澪子はごくんと唾をのんだ。
「ど、どど、どうしてわかるんですか」
「澪の事をずっと見てましたから。わかりますよ。たぶんあなた自身よりも…。」
百夜は肩に置いた指をうごかし、つっと澪子の首筋を撫でた。
「だからあなたがもっと食べて、手入れして、肌も髪も自信をつけてから…と思ったのです」
そして、百夜は澪子の頬を指で包んだ。
「私からすれば…最初から澪は澪ですし、関係ないのですが。でもあなたが傷つくことはしたくないので」
その目はまっすぐに澪子を見ている。…優しいのに、情欲に濡れた目。
澪子は矢を射かけられる前の小鳥のように、その目を見て動けなくなってしまった。
「百夜…様」
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かあっと体がどこもかしこも熱くなる。頬をなでる指先が熱い。彼のまなざしを受ける自分の目が熱い。体が、足先が、熱い。
自分が女として誰かに求められるなど、初めてのことだった。それも、相手は美しい鬼…。
(どうしよう…)
百夜様を喜ばせたい。もし自分がここで彼の腕に飛び込めば、彼を喜ばせる事ができるのだろうか。だけど澪子はためらった。
(やっぱり、恥ずかしいよ…)
こんな美しい生き物の目の前で、日の光の下で裸体をさらすと思うと全身がこわばった。彼はそれを見ても嗤ったりはしないだろう。だけど、どうしても裸をさらけ出すまであけすけにはなれないのだった。
しかし、百夜を喜ばせる機会をふいにするのは惜しい。澪子は熱い意識の中、じりじり考えた。
(そうだ…あの時)
最初の時、彼がしてくれたこと。澪子はそれを思い出して、考える前に澪子は彼の唇を自分の唇でふさいだ。
「っ―!!」
百夜の口から声にならない驚きが漏れた。澪子はそのまま目を閉じて、柔らかい彼の唇を食んだ。それ以上進む勇気はなかったが、それだけでも、十分に甘美な行為だった。彼にこんな近くで触れていると思うと、澪子の身体は緊張に震えた。彼からはかすかに、沙羅の匂いがした。少しは、喜んでくれただろうか。澪子はそう思いながらそっと唇を放した。
しかし、百夜は困ったように澪子から目をそらし、口元を手で覆っていた。その頬は耳まで紅く染まっている。澪子は焦った。
「す、すみません百夜様、いきなり、その…っ」
「み、澪…今のは」
「ええと、その、思いつき、で、深い意味があるわけでは…っ」
澪子は必死で言い訳した。
「百夜様に、喜んでいただきたくて、でも…ごめんなさい」
「これで…私が喜ぶと、考えたのですか?」
その言葉に、澪子の体は縮こまった。
「す、すみません…そんなわけ、ないのに。ひとりよがりな事をしました…」
澪子は恥ずかしくて消えたいような気持ちになった。穴があったら入りたい。
「…澪」
しかし、名前を呼ばれたのでそっと視線を上げて百夜を見た。百夜は苦し気な表情で澪子を見つめていた。普段乱れることなどないその息が、少し弾んでいる。
「だ、大丈夫ですか、百夜様」
澪子は思わず心配になって彼の方へ手を伸ばした。が、百夜は少し拗ねたような目つきで澪子から目をそらした。
「澪のせい…ですよ」
その言葉に固まった澪子の手を、百夜はぎゅっとつかんで自分の腕の中へと引き寄せた。お湯がざばりと波打ち、二人の肌に水しぶきが舞った。
「ひゃっ…ふっ…!」
そのまま百夜から口づけされて、澪子は息をつめた。澪子の唇を割って、百夜の舌が入ってくる。その舌は澪子の口内を荒々しく貪った。一方的な口づけに、澪子はただ唇を開けて受け止めるのが精いっぱいだった。
「はぁ…澪…」
唇を放した後、百夜はぎゅっと澪子を抱きしめ、体の線を手でさぐった。胸その手が触れ、澪子はびくりと身を固くした。
「み、見ないで下さ…っ」
余裕をなくして必死で声を絞り出す澪子を見て、彼は少し悲し気な声を出した。
「嫌ですか…?私に触れられるのは」
澪子は申し訳なさに、ぎゅっと胸が締め付けられたようになった。自分ごときの体で、彼が喜んでくれるのなら差し出す事に抵抗はない。だが…
「こ、こんな明るいところ、で、百夜様に見られるのは…っ」
百夜はそっと澪子の耳元で聞いた。
「明るくなければいい?」
耳元がぞくっと熱くなり、澪子は必死でうなずいた。
「は、はい、ここじゃなきゃ、いいです」
「では夜ならいい?」
「いいです、夜、なら!」
叫ぶように言った澪子から、彼はそっと腕を離した。その目には不安の色があった。
「本当にいいのですか?本心から私に抱かれてもいいと思っていますか?」
澪子は熱い水面をみつめながらこくんとうなずいた。
「はい。百夜様が、お望みなら、そうしたいのです。だって…」
そうだ。無理強いでも流されるのでもない、確固たる気持ちが澪子の中にはある。澪子は顔を上げてまっすぐ百夜を見た。
「百夜様が喜んでくださるのなら、私も嬉しいのです」
彼に悲しい顔をしてほしくない。喜んでほしい。その気持ちは本当だった。
(…それで差し出すのが私の身体っていうのは、ちょっとお粗末だけど)
すると百夜は、目じりを紅くしたまま首を少しかしげて笑った。困ったような嬉しいような笑顔だった。
「澪…ありがとうございます」
彼は立ち上がって湯から上がり、澪子の方を振り向いた。細い銀糸の髪が肩をつたい、腰まで流れる。あまりに妖艶なそのさまに、思わず澪子はたじろいだ。
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