鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん

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初夜※

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(いいって言っちゃったけど…言っちゃったけど…どうしよう…!!)



 自分の部屋で澪子は頭を抱えていた。

 あの後川を渡って無事屋敷に帰り着いたが、百夜は準備をしますと言って別れたきりで、じりじりと日が沈み夜になりつつあった。



(準備って…準備って何)



 何かとんでもない事をされてしまうのだろうか。

 澪子も一応の性知識はある。しかしなにしろ経験がないのでこれから起こる事を想像しても動揺するばかりだ。

 一人で焦っても仕方ない。澪子はそう念じてふうと深呼吸をした。



(お風呂はさっき入りなおしたし、ちゃんと着物も着たし…)



 くまなくごしごしこすり過ぎて、肌が少しひりひりするぐらいだ。澪子は自分の手をまじまじと眺めた。

 あかぎれは消え、昔よりはいくらか綺麗な手になった。百夜があれこれと渡してくるものを律儀に塗っているおかげで、少ししっとりとしているような気もする。

 しかし、澪子は過去に諦めてしまったのだ。綺麗な着物をきることも、自らを労り美しく保とうとすることも。

 そんな事を気にしていても、生きていく事の邪魔になるだけだ。なにしろ毎日の食事にさえ事欠いていたのだから。

―生き抜ければそれでいい。汚くとも、醜くとも。

 過去、澪子はそう腹をくくった。一度決めたその腹を覆すのは、それなりの胆力がいるものだった。澪子は手をぱたんと膝におとした。



(こんなみすぼらしい私を…百夜様が欲しているなんて)



 澪子ははぁとため息をついた。きらきらしい彼の紫の目に、あきらめきった自分の醜い裸身が映ると思うとぞっとした。



(いまさら…いまさら自分の身にこんな事がおこるなんて…)



 だが、今はもう夜だ。灯を消せば、体が貧相なのも、肌の艶がないのもそうそうわからないだろう。澪子は必死に自分にそう言い聞かせた。



「澪子、入ってもいいですか」



 その時、几帳の外から声がした。澪子は声が裏返りそうになりながらも答えた。



「は、はい。どうぞ」



 几帳をめくり、百夜が入ってきた。彼は縮羅しじらの紗うすぎぬ一枚を纏ったしどけない姿であった。抜かれた襟から覗く胸元がなんともいえずなまめかしい。角さえなければ、まるで都の殿上人のようだ。いいや、殿上人にも、ここまで美しい男はいないにちがいない…。

 思わず見とれてしまった澪子は、恥ずかしくなって目をそらした。自分はお姫様などではないのに、隣にこうして居る事に。



「澪、これをどうぞ」



 そういって百夜は手にしていた高坏たかつきを澪の前へと動かした。その紅い皿の上に乗っている、銀色の小さな四角いものに澪子は目を落とした。



「これは…何でしょう?」



「初めて見るでしょう。これは大陸に伝わる飴菓子なのですよ」



 そういって百夜は菓子をつまみ、澪子の口元へさしだした。



「澪、あーんとしてください」



少しためらいはあったが、好奇心の方が勝った澪子は口をあけた。爪の先2枚分ほどのその小さな菓子は、一口で澪子の口へと収まった。百夜はにこにこしながら澪子の口元から手を引いた。



「どうです?」



 その未知の菓子の舌触りに、澪子は仰天していた。固い飴だと思ったが、違う。銀の飴は細い細い糸のように伸ばされ巻かれていて、舌の上に乗せたとたん甘味とともにふわりと儚く溶けた。その味と見た目に、澪子は思わず百夜の髪を思い浮かべていた。



「こ、これは…こんなの初めて食べました」



「美味しいですか?」



 澪子は強くうなずいた。



「はい!!すごく、すごくおいしいです!これは、なんというお菓子なのでしょう?」



 すると彼は苦笑いで首を振った。



「これは龍鬚糖ロントーソンという飴なのです。龍の髭…といった意味ですね。練り上げた水飴の塊を細く引き伸ばして、糸状の飴の形にして丸めてあります」



 澪子は目を丸くした。



「百夜様が作ったんですか…?すごい…!」



 その工程を想像して、澪子は気が遠くなった。



 百夜ははにかんだような表情を浮かべた。



「そうですね、たしかに手間がかかります。でも今夜は特別な晩ですから」



 自分のためだったのか。そういわれて、澪子は恥ずかしくなって少しうつむいた。



「…あの、百夜様もどうぞ」



 澪子は皿を差しだした。こんなとんでもないもの、独り占めできない。が、百夜は妖しく笑んで言った。



「澪、食べさせてくれますか」



「ええっと…、はい」



 澪子は飴をひとつとり、おずおずと百夜の口元へ差し出した。百夜はなんのためらいもなく澪子の指ごと唇で食んだ。



「ん…」



 飴は一瞬で溶け、彼の唇は澪の指先を捉えた。



「あっ…あ、の、」

 

 その感触に、澪子は手を動かす事ができず固まった。熱く柔らかな彼の舌を指先に感じて、背筋が疼くようにぞくぞくとした。



「澪…」



 彼は指を口から離すと素早く澪子を抱き寄せ、再び口づけを落とした。ゆっくりと舌が入ってくる。澪子も今度は百夜の舌を受け入れ、自ら舌をからませた。すると抱きしめる彼の腕に、ぎゅっと力が入ったのがわかった。そのまま口づけも深くなり、澪子は余裕を失ってただされるがままになった。ようやく彼が口を離したので、澪子ははぁはぁと息をついた。自分の顔が上気しているのがわかる。



「澪…あなたをすべて食べてしまいたい」



 百夜が耳元でそうささやいて澪子の耳朶を唇で食んだ。



「あっ…ひっ…」



 くすぐったさと同時にもどかしいような切ないようなじれったい感触がして、澪子は思わず声を上げていた。彼はそのまま指を舐めたように、耳朶を舐めた。



「ひゃっ…あっ、百夜、さまっ…」



「なんです?」



 耳元の濡れたささやきに身を震わせながらも、澪子は懇願した。



「灯を、消させて、くだ、さ…っ」



「わかりました」



 百夜は澪子を抱いたまま、手を伸ばして指で灯りを消した。あたりは真っ暗になった。



「何も見えません、澪…いいですか」



 まったくためらいがないといえば嘘になる。けれど、先ほど約束したのだ。澪子はうなずいた。



「はい…わ、私の身体なんて…大したものでもありませんが、どうぞ使って、ください。百夜様に、喜んでいただけるなら……私も、嬉しい、です」

「澪……」
 

 衣擦れの音で、彼が自分の紗うすぎぬを脱いだのがわかった。彼の手が澪子の襟を寛げ、肩からはらりと単衣が落ちた。お互い素裸だ。ごくんと唾をのんだ澪の身体を横たえ、百夜の体が覆いかぶさる。直に触れた彼の肌はしなうように瑞々(みずみず)しく、その快さに澪子は思わず目を閉じた。


 何をされてもいい、この優しい人になら――。




 ◆◆◆




「すみません、澪…無理をさせてしまいました…」



 横たわる澪子の額を拭い、百夜はそっとつぶやいた。しかし澪子はぐったりと目をつぶったままだった。よほど消耗したのか、彼女はすでに寝入ってしまっていた。



 百夜は起き上がり、あらかじめ用意していた手拭きで汗に濡れた澪子の身体を軽く清めた。そしてしっとりとした髪を、百夜はうっとりと撫でた。



(澪…ああ、嬉しい)



 初めてだと言うのに、彼女が自分から百夜を受け入れてくれたことが嬉しかった。


 肉体よりも、澪子の心がこちらを向いている事の方が百夜には嬉しかった。先刻澪子が言った言葉が、思い出された。



『百夜様に、喜んでいただけるのなら……私も嬉しいのです』



 百夜の喜びが、自らの喜びだと彼女は言ってくれたのだ。この言葉が、百夜を何よりも安心させ、喜ばせた。



(よかった、澪―…ああ、あなたは本当に優しい)



 彼女は決して望んでここに来たのではない。その気になれば、帰る事もできる。だが自らの意思で百夜を選んでくれたのだ。



(―…あなたを必要としているのは、私の方だけなのに…。私は、あなたなしでは生きていけないのだから)



彼女が隣にいて、生きたその心臓の鼓動が、肌を通して聞こえる。愛おしいその音。この律動が、ずっと永遠に続いてくれればいいのに。そう思うと気持ちが抑えきれず、百夜の瞳から熱く零れ落ちるものがあった。



「澪、澪…愛しています、何よりも」



 頬につたう雫をぬぐって、百夜は眠る澪子にそう呟いた。






 
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