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償い
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目覚めると、そこは薄暗い焦土だった。澪子ははっと周りを見渡して、直感した。
(ここ…青井山じゃない)
空は薄い墨汁を流したように暗く、どこもかしこも灰色に見える。澪子は体をさすりながら立ち上がった。
(どこなんだろう?私、あのあと…どうしたのかな)
もしかして…死んでしまったのだろうか?澪子はぞっとした。
(だとしたらここは…)
「そう、地獄だよ」
「ひっ…!」
ふりかえると、後ろに眼光の鋭い老婆が立っていた。
「あんた鬼になったんだね」
「えっ…?」
澪子は耳を疑った。鬼?私が?
「気づいてなかったのかい。おおかた誰かを殺そうと願掛けでもしたんだろ」
そういわれ、澪子はましろとした話を思い出した。嫉妬に狂い、鬼となった女の話を。澪子はまじまじと両手を見た。
「わ、私…鬼になったから、あんな力が出せたって、こと…?」
「で、何人殺したんだ?」
考えている所を話しかけられて、澪子はしどろもどろ答えた。
「誰も殺してはいないです、私は、びゃ…いえ、夫を助けたくて…」
「浮気女から?」
老婆が根ほり葉ほり聞いてくるので、澪子は正直に全部説明した。
「地震が起こって、夫が瓦礫に押しつぶされて。なのに封印がしてあって助けられなくて。それでかっとなって…鬼になってしまったみたいです」
話すうちに、澪子もだんだん自分の身の上がわかってきた。つまり自分は鬼に堕ち、この地獄にいる。
「私…罰を受けないといけないでしょうか…?」
老婆は顔をしかめた。
「…あんたみたいな奴は初めてだよ。鬼になったくせに、まったく血の匂いも、嘘の匂いもしないんだからねぇ」
老婆が考えあぐねている所に、すっと誰かの手が澪子の肩に置かれた。
「…手違いです。この娘は鬼になりましたが、誰も殺めてはいません。これからもないでしょう」
老婆は澪子の肩越しの誰かに目をやり、面倒くさそうにうなずいた。
「ああ、そんな事だろうと思ったよ。間違いで善人の衣をはぎとっちゃ、叱られちまうよ。早くそっちで引き取っておくれ」
その誰が、軽く頭を下げる気配がした。一体誰なのだろうと澪子が振り向こうとしたその瞬間、ふわりと体が浮いた。
「さあ、行きましょう」
澪子とその誰かはぐんぐんと飛翔していった。後ろのその女性からは、極上の白檀のような良い香りがした。
「あ、あの、私…戻っていいのですか?」
「ええ。あなたの命は、まだ尽きる時ではありません。あなたにはまだやる事があります」
「や…やる事?」
「私の封印を破ったのですから、その責任をお取りなさい」
その言葉に、澪子は後ろの人物が誰であるか悟った。
「す、すみません…勝手に破って。ですが」
「ええ、わかっています。封印を壊した事自体は、私は何も思っていません」
「そう…なんですか?」
巫女がかすかに苦笑した気配がした。
「何度も時間をさかのぼって、あの封印自体限界が来ていましたし…あなたの命をめぐって試行錯誤をくりかえし、行われてきた事が、皮肉にも私の悲願と合致したのです」
「巫女様の…悲願?」
巫女はしっとりとした声で語った。
「ええ。私はあの鬼に殺された人たちを、助けたかった。でも…取られた命は、どう足掻こうと元には戻らない。それならば―…うばった分だけの命を、彼が新しく救うのが一番良いと考えるようになったのです」
「百夜様が―…人の、命を?」
「ええ。私は天から見たのです。彼の薬が病んだ人の手へと渡り、その命を救う所を」
その言葉に、私ははっと息を飲んだ。そういえば百夜は手紙に、一生困らないほどの薬の在庫を残したと書いていたのだ。
「その薬たちを、全部使えば―…」
「ええ、彼がこれからも邪な心を持たず、薬を作り続ければきっといつか、助けた命が奪った命を上回ることでしょう。だからあなたは、そばに居て彼が邪心を持たぬよう見張り、手助けするのですよ」
その言葉を、かみしめるように澪子はじっと黙って聞いた。…大事な事だった。
死んで償うより、生きて償ったほうが、きっと意味がある。だって生きている時しかできない事は、たくさんあるからだ。
「はい…!私、頑張ります…!」
「ええ、見守っていますよ、澪子。私の遠き血をひく娘-」
その声は神々しいが、優しかった。ふわりと暖かな風に包まれて、その心地よさに澪子は目を閉じた。
(ああ…いい香りがする…極楽って、こんな感じなのかなぁ…)
その余韻を味わったまま再び目を開けると、そこはどこかの座敷だった。
「澪…!体は、どうですか」
「ダイジョウブ?」
百夜とましろが上から覗き込んでいる。澪子は目をぱちくりさせて布団から起き上がった。
「あ…わ、私…!?百夜様のほうこそ、お体は…!」
百夜はほっとしたように微笑んで説明した。その目の下は少し青くなっていた。
「あなたは3日眠り続けていたのですよ。私は…少し痛めた部分もありましたが、封印から出る事ができたのですぐに起き上がれるようになりました」
話によると、あの後風来が百夜と澪子を担いで、ましろと共にこの下町の家へと運んでくれたらしい。青井山はがけ崩れを起こしたが、神社は無事で、従兄妹をはじめ村のひとたちに死人は出ていないらしい。
そこまで聞いて、澪子もやっと安心することができた。蝶子の事については、なんとも言えない複雑な気持ちもあるが、とりあえず誰も死んでいない方が良いに決まっている。
百夜は目を細めて、心配げにそんな澪子を見た。
「封印を破って、人間から変化して…あなたの身体が無事か、その方がずっと心配でした。もう目覚めないかもしれない…と。一体何があったのですか」
少し迷ったが、澪子は自分の身に起こった事を話した。百夜を助けられる見込みがなく、怒りから力が沸いた事。その怒りのまま鏡を噛んで壊した事。地獄らしき場所で、巫女に会った事――…
「百夜様がお作りになった薬で、人の命を救ってほしいから…もう閉じ込めなくてもよいと巫女様は言っていました」
それを聞いて、百夜は悔し気に唇を噛んだ。
「そんな事が…澪…すみません。私の罪滅ぼしのために、地獄にまで…」
「それは違いますよ。私はただ百夜様の命をお助けしたくて必死だっただけで…。だって…私の唯一の夫(かぞく)なんですから。」
百夜はあっけにとられたように澪子を見た。
「それは…それは私の台詞です」
澪子は言い返そうとしたが、その必要がない事に気が付いた。
(ふふ。つまり私と百夜様は、お互いをこんなに必要としている…これからもきっと、仲の良い夫婦でいられるって事かな…)
心の中でひそかに笑ったその時、澪子のお腹がくぅとなった。
「あ…す、すみません」
顔を赤くした澪子に、百夜はくしゃりと顔をほころばせて、後ろに置いてあった膳を澪子の前に置いた。
「きっとお腹が空いているだろうと思って、ずっと用意していたんです」
「この良い匂いは…鮭雑炊…!」
すきっ腹にその温かさは、実に沁みた。澪子はあっという間に椀を空にして、ほうっとため息をついた。いろんな思いが胸に押し寄せる。思えばこの雑炊も…
「作り方…私が百夜様にお教えしたんですね」
「な…ぜ、それを」
「封印を解いた時に…鏡がすべて教えてくれました。今までの事を…」
その言葉に、百夜は目を見開いた。彼に言わなければいけない。澪子はまっすぐその目を見つめ返して、礼を言った。
「百夜様、今まで一人で何度も繰り返していたんですよね。おかげで今、こうしてまた一緒にいられる。…ありがとうございます」
百夜は感に堪えないといように顔を歪ませた後、澪子を布団ごと抱き寄せた。
「…礼を言うのは、私の方です。また生きて……会えるとは、思わなかった」
絞り出すように切れ切れに、百夜はそう言った。澪子はその背に手をまわした。
「百夜様が…今まで辛かった事が、やっと私にもわかりました。だから」
澪子は顔を上げて百夜を見た。露草の花の中に朝露が浮いているように、百夜のその目は濡れていた。
「これからは、ずっと一緒に生きていきましょう。もう、隠し事はなしです」
澪子が指先でそっと百夜の目頭を拭うと、百夜はびくっとその身を震わせて、顔をそむけた。その頬が少し赤い。彼はちらりと澪子を睨んだ。
「…そういう事は…私の方から、言いたかったのですが…」
澪子は困ったように微笑んだ。昔の記憶のどこかで、澪子が朝、先に起きだして不満気だった彼をつい思いだしてしまった。
「…百夜様って、妙な所にこだわりますよね?」
百夜は少し拗ねたような顔になった。
「妙じゃありませんよ。私は…もともとこういう性分なのです。自分勝手で、独占欲が深くて…本来なら、あなたにふさわしい男などではない」
「そんな事、おっしゃらないでください。私、百夜様とまた夫婦に戻るために頑張ったのですから」
そういう澪子の前髪を、百夜はすっとかきあげて額に触れた。髪の生え際には、まだ幼い桃色の角が2本、生えてきていた。
「そうですね。まさか…あなたが鬼になるなんて。私などの…ために」
悲しげな顔になった百夜に、澪子は笑ってみせた。
「私は嬉しいです!これで、百夜様とずっと一緒に居られるじゃないですか」
その言葉に、百夜もやっと微笑んだ。
「子もできるかも…しれませんね」
子ども。新しい家族が増える。自分が失ったものを、また作っていける―…澪子の胸に暖かいものが満ちた。
「えへへ…楽しみです」
満面の笑みとなった澪子の愛おしい頬に、百夜はそっと口づけた。ましろは首を振ってすたすたと部屋を出て行った。
「夕餉ノ支度、シテキマス」
澪子は思わず立ち上がろうとした。
「あ、私もするよ、ましろ…」
「ダメ、みおこ、休ム」
ましろはそっけなくも、優しく言い放って去った。
それを見送ったあと、澪子はそっと百夜を見上げた。期待がないと言えば嘘になる―…が、百夜は困ったように笑った。
「ましろのいう通り、休まないといけませんよ」
心のうちを見透かされたようなその言葉に、澪子は思わず赤面した。
「そっ…そういう、わけじゃ」
百夜は嬉しそうに目を細めた。
「あたなとまたこんなやり取りができるだけで、私は嬉しいです」
澪子を優しく横たえ、百夜はその上に布団をかけた。
「もうしばらくは、安静にしているべきです。変化は体力を使うものですから…澪の角がもっと伸びるころまで、私は我慢することにします」
「っ…は、はい」
さすがに恥ずかしくて、澪子は布団を目の上まで引き上げた。
百夜が笑いながら部屋を出て行ったのが、わかった。
(ここ…青井山じゃない)
空は薄い墨汁を流したように暗く、どこもかしこも灰色に見える。澪子は体をさすりながら立ち上がった。
(どこなんだろう?私、あのあと…どうしたのかな)
もしかして…死んでしまったのだろうか?澪子はぞっとした。
(だとしたらここは…)
「そう、地獄だよ」
「ひっ…!」
ふりかえると、後ろに眼光の鋭い老婆が立っていた。
「あんた鬼になったんだね」
「えっ…?」
澪子は耳を疑った。鬼?私が?
「気づいてなかったのかい。おおかた誰かを殺そうと願掛けでもしたんだろ」
そういわれ、澪子はましろとした話を思い出した。嫉妬に狂い、鬼となった女の話を。澪子はまじまじと両手を見た。
「わ、私…鬼になったから、あんな力が出せたって、こと…?」
「で、何人殺したんだ?」
考えている所を話しかけられて、澪子はしどろもどろ答えた。
「誰も殺してはいないです、私は、びゃ…いえ、夫を助けたくて…」
「浮気女から?」
老婆が根ほり葉ほり聞いてくるので、澪子は正直に全部説明した。
「地震が起こって、夫が瓦礫に押しつぶされて。なのに封印がしてあって助けられなくて。それでかっとなって…鬼になってしまったみたいです」
話すうちに、澪子もだんだん自分の身の上がわかってきた。つまり自分は鬼に堕ち、この地獄にいる。
「私…罰を受けないといけないでしょうか…?」
老婆は顔をしかめた。
「…あんたみたいな奴は初めてだよ。鬼になったくせに、まったく血の匂いも、嘘の匂いもしないんだからねぇ」
老婆が考えあぐねている所に、すっと誰かの手が澪子の肩に置かれた。
「…手違いです。この娘は鬼になりましたが、誰も殺めてはいません。これからもないでしょう」
老婆は澪子の肩越しの誰かに目をやり、面倒くさそうにうなずいた。
「ああ、そんな事だろうと思ったよ。間違いで善人の衣をはぎとっちゃ、叱られちまうよ。早くそっちで引き取っておくれ」
その誰が、軽く頭を下げる気配がした。一体誰なのだろうと澪子が振り向こうとしたその瞬間、ふわりと体が浮いた。
「さあ、行きましょう」
澪子とその誰かはぐんぐんと飛翔していった。後ろのその女性からは、極上の白檀のような良い香りがした。
「あ、あの、私…戻っていいのですか?」
「ええ。あなたの命は、まだ尽きる時ではありません。あなたにはまだやる事があります」
「や…やる事?」
「私の封印を破ったのですから、その責任をお取りなさい」
その言葉に、澪子は後ろの人物が誰であるか悟った。
「す、すみません…勝手に破って。ですが」
「ええ、わかっています。封印を壊した事自体は、私は何も思っていません」
「そう…なんですか?」
巫女がかすかに苦笑した気配がした。
「何度も時間をさかのぼって、あの封印自体限界が来ていましたし…あなたの命をめぐって試行錯誤をくりかえし、行われてきた事が、皮肉にも私の悲願と合致したのです」
「巫女様の…悲願?」
巫女はしっとりとした声で語った。
「ええ。私はあの鬼に殺された人たちを、助けたかった。でも…取られた命は、どう足掻こうと元には戻らない。それならば―…うばった分だけの命を、彼が新しく救うのが一番良いと考えるようになったのです」
「百夜様が―…人の、命を?」
「ええ。私は天から見たのです。彼の薬が病んだ人の手へと渡り、その命を救う所を」
その言葉に、私ははっと息を飲んだ。そういえば百夜は手紙に、一生困らないほどの薬の在庫を残したと書いていたのだ。
「その薬たちを、全部使えば―…」
「ええ、彼がこれからも邪な心を持たず、薬を作り続ければきっといつか、助けた命が奪った命を上回ることでしょう。だからあなたは、そばに居て彼が邪心を持たぬよう見張り、手助けするのですよ」
その言葉を、かみしめるように澪子はじっと黙って聞いた。…大事な事だった。
死んで償うより、生きて償ったほうが、きっと意味がある。だって生きている時しかできない事は、たくさんあるからだ。
「はい…!私、頑張ります…!」
「ええ、見守っていますよ、澪子。私の遠き血をひく娘-」
その声は神々しいが、優しかった。ふわりと暖かな風に包まれて、その心地よさに澪子は目を閉じた。
(ああ…いい香りがする…極楽って、こんな感じなのかなぁ…)
その余韻を味わったまま再び目を開けると、そこはどこかの座敷だった。
「澪…!体は、どうですか」
「ダイジョウブ?」
百夜とましろが上から覗き込んでいる。澪子は目をぱちくりさせて布団から起き上がった。
「あ…わ、私…!?百夜様のほうこそ、お体は…!」
百夜はほっとしたように微笑んで説明した。その目の下は少し青くなっていた。
「あなたは3日眠り続けていたのですよ。私は…少し痛めた部分もありましたが、封印から出る事ができたのですぐに起き上がれるようになりました」
話によると、あの後風来が百夜と澪子を担いで、ましろと共にこの下町の家へと運んでくれたらしい。青井山はがけ崩れを起こしたが、神社は無事で、従兄妹をはじめ村のひとたちに死人は出ていないらしい。
そこまで聞いて、澪子もやっと安心することができた。蝶子の事については、なんとも言えない複雑な気持ちもあるが、とりあえず誰も死んでいない方が良いに決まっている。
百夜は目を細めて、心配げにそんな澪子を見た。
「封印を破って、人間から変化して…あなたの身体が無事か、その方がずっと心配でした。もう目覚めないかもしれない…と。一体何があったのですか」
少し迷ったが、澪子は自分の身に起こった事を話した。百夜を助けられる見込みがなく、怒りから力が沸いた事。その怒りのまま鏡を噛んで壊した事。地獄らしき場所で、巫女に会った事――…
「百夜様がお作りになった薬で、人の命を救ってほしいから…もう閉じ込めなくてもよいと巫女様は言っていました」
それを聞いて、百夜は悔し気に唇を噛んだ。
「そんな事が…澪…すみません。私の罪滅ぼしのために、地獄にまで…」
「それは違いますよ。私はただ百夜様の命をお助けしたくて必死だっただけで…。だって…私の唯一の夫(かぞく)なんですから。」
百夜はあっけにとられたように澪子を見た。
「それは…それは私の台詞です」
澪子は言い返そうとしたが、その必要がない事に気が付いた。
(ふふ。つまり私と百夜様は、お互いをこんなに必要としている…これからもきっと、仲の良い夫婦でいられるって事かな…)
心の中でひそかに笑ったその時、澪子のお腹がくぅとなった。
「あ…す、すみません」
顔を赤くした澪子に、百夜はくしゃりと顔をほころばせて、後ろに置いてあった膳を澪子の前に置いた。
「きっとお腹が空いているだろうと思って、ずっと用意していたんです」
「この良い匂いは…鮭雑炊…!」
すきっ腹にその温かさは、実に沁みた。澪子はあっという間に椀を空にして、ほうっとため息をついた。いろんな思いが胸に押し寄せる。思えばこの雑炊も…
「作り方…私が百夜様にお教えしたんですね」
「な…ぜ、それを」
「封印を解いた時に…鏡がすべて教えてくれました。今までの事を…」
その言葉に、百夜は目を見開いた。彼に言わなければいけない。澪子はまっすぐその目を見つめ返して、礼を言った。
「百夜様、今まで一人で何度も繰り返していたんですよね。おかげで今、こうしてまた一緒にいられる。…ありがとうございます」
百夜は感に堪えないといように顔を歪ませた後、澪子を布団ごと抱き寄せた。
「…礼を言うのは、私の方です。また生きて……会えるとは、思わなかった」
絞り出すように切れ切れに、百夜はそう言った。澪子はその背に手をまわした。
「百夜様が…今まで辛かった事が、やっと私にもわかりました。だから」
澪子は顔を上げて百夜を見た。露草の花の中に朝露が浮いているように、百夜のその目は濡れていた。
「これからは、ずっと一緒に生きていきましょう。もう、隠し事はなしです」
澪子が指先でそっと百夜の目頭を拭うと、百夜はびくっとその身を震わせて、顔をそむけた。その頬が少し赤い。彼はちらりと澪子を睨んだ。
「…そういう事は…私の方から、言いたかったのですが…」
澪子は困ったように微笑んだ。昔の記憶のどこかで、澪子が朝、先に起きだして不満気だった彼をつい思いだしてしまった。
「…百夜様って、妙な所にこだわりますよね?」
百夜は少し拗ねたような顔になった。
「妙じゃありませんよ。私は…もともとこういう性分なのです。自分勝手で、独占欲が深くて…本来なら、あなたにふさわしい男などではない」
「そんな事、おっしゃらないでください。私、百夜様とまた夫婦に戻るために頑張ったのですから」
そういう澪子の前髪を、百夜はすっとかきあげて額に触れた。髪の生え際には、まだ幼い桃色の角が2本、生えてきていた。
「そうですね。まさか…あなたが鬼になるなんて。私などの…ために」
悲しげな顔になった百夜に、澪子は笑ってみせた。
「私は嬉しいです!これで、百夜様とずっと一緒に居られるじゃないですか」
その言葉に、百夜もやっと微笑んだ。
「子もできるかも…しれませんね」
子ども。新しい家族が増える。自分が失ったものを、また作っていける―…澪子の胸に暖かいものが満ちた。
「えへへ…楽しみです」
満面の笑みとなった澪子の愛おしい頬に、百夜はそっと口づけた。ましろは首を振ってすたすたと部屋を出て行った。
「夕餉ノ支度、シテキマス」
澪子は思わず立ち上がろうとした。
「あ、私もするよ、ましろ…」
「ダメ、みおこ、休ム」
ましろはそっけなくも、優しく言い放って去った。
それを見送ったあと、澪子はそっと百夜を見上げた。期待がないと言えば嘘になる―…が、百夜は困ったように笑った。
「ましろのいう通り、休まないといけませんよ」
心のうちを見透かされたようなその言葉に、澪子は思わず赤面した。
「そっ…そういう、わけじゃ」
百夜は嬉しそうに目を細めた。
「あたなとまたこんなやり取りができるだけで、私は嬉しいです」
澪子を優しく横たえ、百夜はその上に布団をかけた。
「もうしばらくは、安静にしているべきです。変化は体力を使うものですから…澪の角がもっと伸びるころまで、私は我慢することにします」
「っ…は、はい」
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