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とこしえの音※
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「澪、あけてみてください」
ある夜の晩、寝る前に、百夜は澪子の目の前にいくつもの小さい箱と並べた。
「なんでしょう…わ、すごい」
中には、金の編み紐で束ねられた小さい花束が入っていた。しかしよく見ると本物ではなく、布で作られた花だった。
「花挿しという髪飾りだそうです。澪の角を隠すのに、ちょうどいいかと思って」
「なるほど…ありがとうございます」
澪子は前髪を突きでるようになった角を撫でてため息をついた。ここは町中の家なので、普段は頭に布をまいて隠している。
「私も百夜様やましろのように…早く術が使えるようになりたいです」
百夜は幻術でその角を見えぬように隠していた。昔、大陸で人にまじって薬の修行していたころに身に着けた術だという。
「いいのですよ、急かなくて。澪は変化したばかりなのですから、慣れるには時間がかかって当然です」
鬼に変化して、腕力は前より強くなったが、術や風に乗る才能などはからきしのようだった。ならばせめて力仕事をと澪子は思うのだが、百夜もましろも澪子を病人扱いして、家を出る事すら許してくれない。
「でも私…そろそろ角も伸びてきたかなと思うんですが」
澪子はちらりと百夜を見た。すると百夜は指先で澪子の角につっと触れた。
「っ…」
自分で触れるとなんともないのに、百夜にそっと撫でられると、びくんと体が震えた。
「澪は知らなかったでしょうが…ここも一応、神経が通っているので、『感じる』んですよ」
「そ、そうなんで…っあ、」
久々にそんな風に触られて、澪子は思わず体をよじった。頭を少し触られただけなのに、と澪子は恥ずかしく思った。
「ふふ…どうしたんですか」
わかっているくせに、百夜はそう澪子の耳元でささやく。
「っ…百夜、さま…」
澪子は睨むように上目遣いで百夜を見上げた。すると彼はふと真剣な顔つきになった。
「ど、どうされました…?」
「鬼になったあなたとするのは、初めてだと思いまして」
「そ、そうです、ね…でもたぶん、中身は変わらないと思います」
「ですが…もしまた初めての身体になっていたらと思うと」
百夜は澪子の身体からそっと手を引いた。
「また澪を傷つけてしまったら…」
「そんな事、ないですよ」
澪子は思わず拗ねた表情になった。
「本当ですか?」
「夫婦じゃないですか。今まで何度も…その、したじゃないですかっ」
「ですが、私は最初の時の事を…ずっと後悔しているのです」
そういわれて、澪子の脳裏にあの時の記憶がよぎった。
澪子がいいというまでは、決して百夜は手を触れなかった。澪子が飢えないように食事を与え、髪や肌を気遣って長い間薬をくれた。
「もしかして、百夜様がずっと私を待ってくれたのは…一番最初の事を気にしていたからなんですか…?」
澪子が聞くと、百夜は少し唇を噛んでうなずいた。
「そうです。本当の最初の時、私は無理やり体を拓いて、あなたに辛い思いをさせました。だから…やり直せるのなら、澪に嫌な思いをさせたくなくて」
澪子は眉を下げて笑った。
「そうだったんですね…ありがとうございます、百夜様…」
百夜はふっと頬をゆるめた。
「その甲斐あって、澪から求めてくれるようになった…嬉しいです」
そういわれると恥ずかしくて、澪子は下を向いた。
「そ、それは…だって…」
「だって?」
百夜は初めての時、澪子の身体に優しく触れ、その熱を呼び覚ました。何度も抱き合った結果、こうして体を寄せ合っていれば澪子も欲しくなってしまうようになった。
「私も…百夜様のことが、好きですから」
そう告げることはまだ気恥ずかしかった。やっぱり彼の笑顔は美しすぎて、澪子はどうしても気後れしてしまうのだ。何度抱き合った後でも。
「ふふ…私もですよ」
百夜はそう言って、澪子の頬に触れた。それだけでは足りなくて、澪子は自分から彼の唇に唇を重ねた。
「んっ…」
久々の口づけ。澪子は目を閉じてその熱を味わった。彼の手が澪子の頭の後ろに回り、もう片手は腰をぎゅっと抱き寄せた。
「ああ…よかった…澪……あなたが生きていて」
澪子も彼の背に手をまわした。
「それは、私もです。これからは私も、百夜様のこと、守ります。一人になんて、させませんから…」
その言葉は、百夜の耳を伝い、心の奥深くまで沁みとおった。
―――ずっと一人で崖に座っていた幼い自分にまで、その声が届いた気がした。
そして百夜は初めて、目をそらし続けていた自分の願いと向き合った。
(私は…ずっと、求めていた。自分と共に生きてくれる、誰かを…)
火ノ原を出たのも、不老不死の薬を求めたのも、結局はそのためだった。
―薬を完成させれば、家族が認めて仲間に入れてくれるかもしれない。
―ここでない世界に行けば、誰か受け入れてくれる人がいるかもしれない。
ずいぶん遠回りをした。様々な傷を負い、許されない罪を犯し、後悔の日々を送った。
だがそれも、全部はこの時のためだったのだ。
命の大切さも、悲しさも、澪子はすべてを教えてくれた。彼女がいなければ、自分の行いを悔いることも、償う事もできなかったのだ。
そう思うと、百夜は全ての事を受け入れられるような気がした。苦しみ抜いたが、最後に澪子を得る事ができたのだから。
(…あなたは…私のすべてを、救ってくれた女神)
万感の思いを込めて、百夜は澪子へ告げた。
「愛しています…澪」
澪子が林檎のような頬に笑みを浮かべた。
「私も、愛しています、百夜様」
そう言って目を閉じた澪子の頬に、百夜はそっと口づけた。愛らしい寝息をまた聞ける事が嬉しい。彼女の胸に収まる心臓が、これからもずっと鼓動を打ってくれることが嬉しい。
その心臓の響きを感じていると、たまらなくなって百夜の瞳からじわりと涙がにじんだ。
(ああ、澪が生きている。これからもずっと、長い間、私のそばに居てくれる――…。)
百夜は澪子を守るようにそっと抱き寄せ、いつまでもその音に聞き入っていた。
ある夜の晩、寝る前に、百夜は澪子の目の前にいくつもの小さい箱と並べた。
「なんでしょう…わ、すごい」
中には、金の編み紐で束ねられた小さい花束が入っていた。しかしよく見ると本物ではなく、布で作られた花だった。
「花挿しという髪飾りだそうです。澪の角を隠すのに、ちょうどいいかと思って」
「なるほど…ありがとうございます」
澪子は前髪を突きでるようになった角を撫でてため息をついた。ここは町中の家なので、普段は頭に布をまいて隠している。
「私も百夜様やましろのように…早く術が使えるようになりたいです」
百夜は幻術でその角を見えぬように隠していた。昔、大陸で人にまじって薬の修行していたころに身に着けた術だという。
「いいのですよ、急かなくて。澪は変化したばかりなのですから、慣れるには時間がかかって当然です」
鬼に変化して、腕力は前より強くなったが、術や風に乗る才能などはからきしのようだった。ならばせめて力仕事をと澪子は思うのだが、百夜もましろも澪子を病人扱いして、家を出る事すら許してくれない。
「でも私…そろそろ角も伸びてきたかなと思うんですが」
澪子はちらりと百夜を見た。すると百夜は指先で澪子の角につっと触れた。
「っ…」
自分で触れるとなんともないのに、百夜にそっと撫でられると、びくんと体が震えた。
「澪は知らなかったでしょうが…ここも一応、神経が通っているので、『感じる』んですよ」
「そ、そうなんで…っあ、」
久々にそんな風に触られて、澪子は思わず体をよじった。頭を少し触られただけなのに、と澪子は恥ずかしく思った。
「ふふ…どうしたんですか」
わかっているくせに、百夜はそう澪子の耳元でささやく。
「っ…百夜、さま…」
澪子は睨むように上目遣いで百夜を見上げた。すると彼はふと真剣な顔つきになった。
「ど、どうされました…?」
「鬼になったあなたとするのは、初めてだと思いまして」
「そ、そうです、ね…でもたぶん、中身は変わらないと思います」
「ですが…もしまた初めての身体になっていたらと思うと」
百夜は澪子の身体からそっと手を引いた。
「また澪を傷つけてしまったら…」
「そんな事、ないですよ」
澪子は思わず拗ねた表情になった。
「本当ですか?」
「夫婦じゃないですか。今まで何度も…その、したじゃないですかっ」
「ですが、私は最初の時の事を…ずっと後悔しているのです」
そういわれて、澪子の脳裏にあの時の記憶がよぎった。
澪子がいいというまでは、決して百夜は手を触れなかった。澪子が飢えないように食事を与え、髪や肌を気遣って長い間薬をくれた。
「もしかして、百夜様がずっと私を待ってくれたのは…一番最初の事を気にしていたからなんですか…?」
澪子が聞くと、百夜は少し唇を噛んでうなずいた。
「そうです。本当の最初の時、私は無理やり体を拓いて、あなたに辛い思いをさせました。だから…やり直せるのなら、澪に嫌な思いをさせたくなくて」
澪子は眉を下げて笑った。
「そうだったんですね…ありがとうございます、百夜様…」
百夜はふっと頬をゆるめた。
「その甲斐あって、澪から求めてくれるようになった…嬉しいです」
そういわれると恥ずかしくて、澪子は下を向いた。
「そ、それは…だって…」
「だって?」
百夜は初めての時、澪子の身体に優しく触れ、その熱を呼び覚ました。何度も抱き合った結果、こうして体を寄せ合っていれば澪子も欲しくなってしまうようになった。
「私も…百夜様のことが、好きですから」
そう告げることはまだ気恥ずかしかった。やっぱり彼の笑顔は美しすぎて、澪子はどうしても気後れしてしまうのだ。何度抱き合った後でも。
「ふふ…私もですよ」
百夜はそう言って、澪子の頬に触れた。それだけでは足りなくて、澪子は自分から彼の唇に唇を重ねた。
「んっ…」
久々の口づけ。澪子は目を閉じてその熱を味わった。彼の手が澪子の頭の後ろに回り、もう片手は腰をぎゅっと抱き寄せた。
「ああ…よかった…澪……あなたが生きていて」
澪子も彼の背に手をまわした。
「それは、私もです。これからは私も、百夜様のこと、守ります。一人になんて、させませんから…」
その言葉は、百夜の耳を伝い、心の奥深くまで沁みとおった。
―――ずっと一人で崖に座っていた幼い自分にまで、その声が届いた気がした。
そして百夜は初めて、目をそらし続けていた自分の願いと向き合った。
(私は…ずっと、求めていた。自分と共に生きてくれる、誰かを…)
火ノ原を出たのも、不老不死の薬を求めたのも、結局はそのためだった。
―薬を完成させれば、家族が認めて仲間に入れてくれるかもしれない。
―ここでない世界に行けば、誰か受け入れてくれる人がいるかもしれない。
ずいぶん遠回りをした。様々な傷を負い、許されない罪を犯し、後悔の日々を送った。
だがそれも、全部はこの時のためだったのだ。
命の大切さも、悲しさも、澪子はすべてを教えてくれた。彼女がいなければ、自分の行いを悔いることも、償う事もできなかったのだ。
そう思うと、百夜は全ての事を受け入れられるような気がした。苦しみ抜いたが、最後に澪子を得る事ができたのだから。
(…あなたは…私のすべてを、救ってくれた女神)
万感の思いを込めて、百夜は澪子へ告げた。
「愛しています…澪」
澪子が林檎のような頬に笑みを浮かべた。
「私も、愛しています、百夜様」
そう言って目を閉じた澪子の頬に、百夜はそっと口づけた。愛らしい寝息をまた聞ける事が嬉しい。彼女の胸に収まる心臓が、これからもずっと鼓動を打ってくれることが嬉しい。
その心臓の響きを感じていると、たまらなくなって百夜の瞳からじわりと涙がにじんだ。
(ああ、澪が生きている。これからもずっと、長い間、私のそばに居てくれる――…。)
百夜は澪子を守るようにそっと抱き寄せ、いつまでもその音に聞き入っていた。
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