鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん

文字の大きさ
29 / 29

とこしえの音※

しおりを挟む
「澪、あけてみてください」



 ある夜の晩、寝る前に、百夜は澪子の目の前にいくつもの小さい箱と並べた。



「なんでしょう…わ、すごい」



 中には、金の編み紐で束ねられた小さい花束が入っていた。しかしよく見ると本物ではなく、布で作られた花だった。



「花挿しという髪飾りだそうです。澪の角を隠すのに、ちょうどいいかと思って」



「なるほど…ありがとうございます」



 澪子は前髪を突きでるようになった角を撫でてため息をついた。ここは町中の家なので、普段は頭に布をまいて隠している。



「私も百夜様やましろのように…早く術が使えるようになりたいです」



 百夜は幻術でその角を見えぬように隠していた。昔、大陸で人にまじって薬の修行していたころに身に着けた術だという。



「いいのですよ、急かなくて。澪は変化したばかりなのですから、慣れるには時間がかかって当然です」



鬼に変化して、腕力は前より強くなったが、術や風に乗る才能などはからきしのようだった。ならばせめて力仕事をと澪子は思うのだが、百夜もましろも澪子を病人扱いして、家を出る事すら許してくれない。



「でも私…そろそろ角も伸びてきたかなと思うんですが」



 澪子はちらりと百夜を見た。すると百夜は指先で澪子の角につっと触れた。



「っ…」



 自分で触れるとなんともないのに、百夜にそっと撫でられると、びくんと体が震えた。



「澪は知らなかったでしょうが…ここも一応、神経が通っているので、『感じる』んですよ」



「そ、そうなんで…っあ、」



 久々にそんな風に触られて、澪子は思わず体をよじった。頭を少し触られただけなのに、と澪子は恥ずかしく思った。



「ふふ…どうしたんですか」



 わかっているくせに、百夜はそう澪子の耳元でささやく。



「っ…百夜、さま…」



 澪子は睨むように上目遣いで百夜を見上げた。すると彼はふと真剣な顔つきになった。



「ど、どうされました…?」



「鬼になったあなたとするのは、初めてだと思いまして」



「そ、そうです、ね…でもたぶん、中身は変わらないと思います」



「ですが…もしまた初めての身体になっていたらと思うと」



 百夜は澪子の身体からそっと手を引いた。



「また澪を傷つけてしまったら…」



「そんな事、ないですよ」



 澪子は思わず拗ねた表情になった。



「本当ですか?」



「夫婦じゃないですか。今まで何度も…その、したじゃないですかっ」



「ですが、私は最初の時の事を…ずっと後悔しているのです」



 そういわれて、澪子の脳裏にあの時の記憶がよぎった。

澪子がいいというまでは、決して百夜は手を触れなかった。澪子が飢えないように食事を与え、髪や肌を気遣って長い間薬をくれた。



「もしかして、百夜様がずっと私を待ってくれたのは…一番最初の事を気にしていたからなんですか…?」



 澪子が聞くと、百夜は少し唇を噛んでうなずいた。



「そうです。本当の最初の時、私は無理やり体を拓いて、あなたに辛い思いをさせました。だから…やり直せるのなら、澪に嫌な思いをさせたくなくて」



 澪子は眉を下げて笑った。



「そうだったんですね…ありがとうございます、百夜様…」



 百夜はふっと頬をゆるめた。



「その甲斐あって、澪から求めてくれるようになった…嬉しいです」



 そういわれると恥ずかしくて、澪子は下を向いた。



「そ、それは…だって…」



「だって?」



 百夜は初めての時、澪子の身体に優しく触れ、その熱を呼び覚ました。何度も抱き合った結果、こうして体を寄せ合っていれば澪子も欲しくなってしまうようになった。



「私も…百夜様のことが、好きですから」



そう告げることはまだ気恥ずかしかった。やっぱり彼の笑顔は美しすぎて、澪子はどうしても気後れしてしまうのだ。何度抱き合った後でも。



「ふふ…私もですよ」



 百夜はそう言って、澪子の頬に触れた。それだけでは足りなくて、澪子は自分から彼の唇に唇を重ねた。



「んっ…」



 久々の口づけ。澪子は目を閉じてその熱を味わった。彼の手が澪子の頭の後ろに回り、もう片手は腰をぎゅっと抱き寄せた。




「ああ…よかった…澪……あなたが生きていて」



 澪子も彼の背に手をまわした。



「それは、私もです。これからは私も、百夜様のこと、守ります。一人になんて、させませんから…」



 その言葉は、百夜の耳を伝い、心の奥深くまで沁みとおった。

 ―――ずっと一人で崖に座っていた幼い自分にまで、その声が届いた気がした。

 そして百夜は初めて、目をそらし続けていた自分の願いと向き合った。



(私は…ずっと、求めていた。自分と共に生きてくれる、誰かを…)



 火ノ原を出たのも、不老不死の薬を求めたのも、結局はそのためだった。

  

 ―薬を完成させれば、家族が認めて仲間に入れてくれるかもしれない。

 ―ここでない世界に行けば、誰か受け入れてくれる人がいるかもしれない。



 ずいぶん遠回りをした。様々な傷を負い、許されない罪を犯し、後悔の日々を送った。

 だがそれも、全部はこの時のためだったのだ。



 命の大切さも、悲しさも、澪子はすべてを教えてくれた。彼女がいなければ、自分の行いを悔いることも、償う事もできなかったのだ。



 そう思うと、百夜は全ての事を受け入れられるような気がした。苦しみ抜いたが、最後に澪子を得る事ができたのだから。



(…あなたは…私のすべてを、救ってくれた女神)



 万感の思いを込めて、百夜は澪子へ告げた。



「愛しています…澪」



 澪子が林檎のような頬に笑みを浮かべた。



「私も、愛しています、百夜様」

 

 そう言って目を閉じた澪子の頬に、百夜はそっと口づけた。愛らしい寝息をまた聞ける事が嬉しい。彼女の胸に収まる心臓が、これからもずっと鼓動を打ってくれることが嬉しい。

その心臓の響きを感じていると、たまらなくなって百夜の瞳からじわりと涙がにじんだ。



(ああ、澪が生きている。これからもずっと、長い間、私のそばに居てくれる――…。)



 百夜は澪子を守るようにそっと抱き寄せ、いつまでもその音に聞き入っていた。

 
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

淡雪
2024.06.26 淡雪

素敵なお話でした。ハッピーエンドはすばらしい

2024.07.06 小達出みかん

ありがとうございます!励まされます……!

解除

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。