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久々のご主人様
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「宰相様!? いつお戻りに」
何日かぶりに見る彼は、ますます眼光が鋭く見えた。ヘンリエッタと目が合うと、彼はふっと目をそらした。
「今だ」
ヘンリエッタは彼に、疑問をぶつけた。
「あの、私、こちらの使用人……? として、雇ってもらえたということでしょうか?」
すると彼は、目を合わすことなく言った。
「使用人……? いや」
「えっ、違うんですか?」
ヘンリエッタはちらりとレイズを見たが、もう彼女はそこにいなかった。
「レイズさん!? どこに……?」
「見回りだろう。私が今かえってきたから」
「見回り」
「あとをつけてくる輩がいないか、屋敷の周りに不審なものがないか」
一国の宰相ともなると、そんな危険がつきまとうのか。ヘンリエッタは少し肝が冷えた。
「ぶ、物騒ですね……お疲れ様です」
すると宰相は、床を見てつぶやいた。
「……ずいぶんきれいになっているな」
静かなその声に、ヘンリエッタは控えめに笑んだ。
「レイズさんも手伝ってくれて――。素敵なお屋敷ですね、この場所は」
すると宰相は切り返した。
「なぜそう思う」
「どなたが使っていたかはわかりませんが――大事に住まれていたんだなと思いました。静かで、くつろげるようなお家で。お庭も素敵ですし」
ヘンリエッタは居間を見渡してそう言った。丁寧に煤を取られていた跡のある暖炉。使い込まれた箒に、パッチワークキルトのベッドカバー。前の住人が残したそれらが、そのまま居心地の良い雰囲気を作り出していた。数日住んでみて、ヘンリエッタはそれを感じていた。
「――お前は、しばらくここにいなさい」
唐突に、宰相がそう言った。
「あの、でも、もう家中掃除はしてしまいましたし、このお屋敷にはお世話をする人もいませんし……せっかく紹介状もいただきましたし、仕事を探しに行こうかとおもうのですが」
すると宰相の目つきが鋭くなった。その目で見すえられて、ヘンリエッタは肩をびくっとすくませた。
(わ、私……何か気に障ることを言ってしまった……?)
しかし宰相は、疲れたように目を伏せ、眉を解いた。
「これから冬が来る。こんな時期にろくな職はみつからないだろう。それでも行くと?」
その問いに、ヘンリエッタは考えながら答えた。
「それは、その通りかもしれませんが……でも」
ずっとここに居座るわけにもいかない。言い淀むヘンリエッタを前に、宰相はふと窓を見た。
「――窓はまだ、掃除していないのか」
ヘンリエッタはぱっと顔を上げてそちらをみた。ガラスは昨日磨いていたが、昼間の風が強かったせいで、砂埃をかぶって少し曇っていた。
「あ……ごめんなさい。見落としていたようです。すぐに綺麗にしますね」
すると宰相は、片手でそれを止めた。
「いい。次私が来るときまでに、きれいにしておけ」
「あ……わ、わかりました。もっときれいにします、すみません」
おそるおそるヘンリエッタがそういうと、宰相は軽く肩をすくめた。
「別に謝らなくていい。掃除も――そこまで根を詰めずともいい」
見逃してもらった。そう思ったヘンリエッタは頭を下げた。
「ありがとうございます。あの、恐縮なのですが……掃除はきっちりするとお約束しますので、外出は、許していただけないでしょうか」
すると宰相の眉間に、とたんに厳しい皺がよった。
「ダメだ。私の許可なく、ここから出てはいけない」
ヘンリエッタは困惑した。
「あの……な、なぜでしょうか……? 私は身分もありませんし、宰相様のような危険な目にあう事もないかと思うのですが……」
怒られるだろうか。びくびくしながら聞くと、宰相は軽くため息をついた。
「私は――私のプライベートを他の者に知られたくはない。どこも城のように、身の回りの者が買収されては困るからだ」
ヘンリエッタははっとした。たしかにヘンリエッタが城に忍び込んだ時、宰相の仮眠室に案内してくれるメイドがいた。
(たしかに、使用人がいちいち買収されたら、息がつけないだろうな……)
自分の寝室に、かわるがわる他人が送り込まれるのはいい気がしないだろう。そう思ったヘンリエッタはうなずいた。ここにいるのも、どうせ短い間のことだ。そのくらいの不便は目をつぶるべきだろう。
「わかりました。あの、それなら、お買い物などはレイズさんに任せます。ただ一回だけ、許してはいただけませんか。どうしても、取りに行きたい……ものがあって」
「なんだ、それは」
「ええと、その……子猫です」
すると宰相は一瞬の沈黙の後、聞いた。
「それなら私が取りに行く」
「えぇ!?」
何日かぶりに見る彼は、ますます眼光が鋭く見えた。ヘンリエッタと目が合うと、彼はふっと目をそらした。
「今だ」
ヘンリエッタは彼に、疑問をぶつけた。
「あの、私、こちらの使用人……? として、雇ってもらえたということでしょうか?」
すると彼は、目を合わすことなく言った。
「使用人……? いや」
「えっ、違うんですか?」
ヘンリエッタはちらりとレイズを見たが、もう彼女はそこにいなかった。
「レイズさん!? どこに……?」
「見回りだろう。私が今かえってきたから」
「見回り」
「あとをつけてくる輩がいないか、屋敷の周りに不審なものがないか」
一国の宰相ともなると、そんな危険がつきまとうのか。ヘンリエッタは少し肝が冷えた。
「ぶ、物騒ですね……お疲れ様です」
すると宰相は、床を見てつぶやいた。
「……ずいぶんきれいになっているな」
静かなその声に、ヘンリエッタは控えめに笑んだ。
「レイズさんも手伝ってくれて――。素敵なお屋敷ですね、この場所は」
すると宰相は切り返した。
「なぜそう思う」
「どなたが使っていたかはわかりませんが――大事に住まれていたんだなと思いました。静かで、くつろげるようなお家で。お庭も素敵ですし」
ヘンリエッタは居間を見渡してそう言った。丁寧に煤を取られていた跡のある暖炉。使い込まれた箒に、パッチワークキルトのベッドカバー。前の住人が残したそれらが、そのまま居心地の良い雰囲気を作り出していた。数日住んでみて、ヘンリエッタはそれを感じていた。
「――お前は、しばらくここにいなさい」
唐突に、宰相がそう言った。
「あの、でも、もう家中掃除はしてしまいましたし、このお屋敷にはお世話をする人もいませんし……せっかく紹介状もいただきましたし、仕事を探しに行こうかとおもうのですが」
すると宰相の目つきが鋭くなった。その目で見すえられて、ヘンリエッタは肩をびくっとすくませた。
(わ、私……何か気に障ることを言ってしまった……?)
しかし宰相は、疲れたように目を伏せ、眉を解いた。
「これから冬が来る。こんな時期にろくな職はみつからないだろう。それでも行くと?」
その問いに、ヘンリエッタは考えながら答えた。
「それは、その通りかもしれませんが……でも」
ずっとここに居座るわけにもいかない。言い淀むヘンリエッタを前に、宰相はふと窓を見た。
「――窓はまだ、掃除していないのか」
ヘンリエッタはぱっと顔を上げてそちらをみた。ガラスは昨日磨いていたが、昼間の風が強かったせいで、砂埃をかぶって少し曇っていた。
「あ……ごめんなさい。見落としていたようです。すぐに綺麗にしますね」
すると宰相は、片手でそれを止めた。
「いい。次私が来るときまでに、きれいにしておけ」
「あ……わ、わかりました。もっときれいにします、すみません」
おそるおそるヘンリエッタがそういうと、宰相は軽く肩をすくめた。
「別に謝らなくていい。掃除も――そこまで根を詰めずともいい」
見逃してもらった。そう思ったヘンリエッタは頭を下げた。
「ありがとうございます。あの、恐縮なのですが……掃除はきっちりするとお約束しますので、外出は、許していただけないでしょうか」
すると宰相の眉間に、とたんに厳しい皺がよった。
「ダメだ。私の許可なく、ここから出てはいけない」
ヘンリエッタは困惑した。
「あの……な、なぜでしょうか……? 私は身分もありませんし、宰相様のような危険な目にあう事もないかと思うのですが……」
怒られるだろうか。びくびくしながら聞くと、宰相は軽くため息をついた。
「私は――私のプライベートを他の者に知られたくはない。どこも城のように、身の回りの者が買収されては困るからだ」
ヘンリエッタははっとした。たしかにヘンリエッタが城に忍び込んだ時、宰相の仮眠室に案内してくれるメイドがいた。
(たしかに、使用人がいちいち買収されたら、息がつけないだろうな……)
自分の寝室に、かわるがわる他人が送り込まれるのはいい気がしないだろう。そう思ったヘンリエッタはうなずいた。ここにいるのも、どうせ短い間のことだ。そのくらいの不便は目をつぶるべきだろう。
「わかりました。あの、それなら、お買い物などはレイズさんに任せます。ただ一回だけ、許してはいただけませんか。どうしても、取りに行きたい……ものがあって」
「なんだ、それは」
「ええと、その……子猫です」
すると宰相は一瞬の沈黙の後、聞いた。
「それなら私が取りに行く」
「えぇ!?」
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