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あの日から、優ちゃんの私に対する態度は変わった。本人に悪気はなかったのだと思う。でも、気持ちがそっくり態度に出ていて、嫌われたことがありありと伝わってきた。
二年生では優ちゃんとクラスが分かれて、内心ほっとした。でも、隣りのクラスから優ちゃんの声が響いてくると、いつもギュッと胸が痛くなった。
「山下さんって、話してみると面白いねー。かのんって呼んでいーい? あたしのことも下の名前で読んで!」
優ちゃんとの関係は修復できないまま、私は高校生になった。
「迫田さん」
教室へ入るなり声をかけられたのは、入学式翌日のことだ。振り返れば、眼鏡越しの大人しそうな丸い目と視線がぶつかった。山下さんだ。
「おはよう。その……同じクラスで、良かった」
そっと瞼が伏せられた。言葉と態度があべこべだ。話しにくいなら、声なんかかけなければいいのに、と思い、目を逸らして返す。
「おはよう」
思いがけない冷たい口調に、自分で驚いた。さっきの意地悪な気持ちの何倍もの申し訳なさが突き上げて、私は肩に提げたスクールバッグの持ち手をギュッと掴み、自分の席へ歩いていった。
小学校での班決めの時、私は山下さんに酷いことをした。その罪悪感は、ずっとお腹の底の方にあった。だから、山下さんと上手く話せなかった。
それからも、山下さんはよく話しかけてきた。けれど、会話はほとんど続かず、二人でぎこちない雰囲気を時間いっぱいやり過ごすだけ。話すこともないのに、どうしてこんなにも私に構おうとするんだろう? 気になって、ゴールデンウィーク直前にとうとう尋ねると、山下さんはお弁当の箸を止め、視線を下げた。
「ごめん、そうだよね。あのね、私、前からずっと迫田さんと話してみたかったんだ」
「なんで?」
山下さんは、うん、あのね、と続ける。
「佐々木さんが言ってたの。迫田さん、シュートくんが好きなんだって」
佐々木さん。
シュートくん。
二つの単語が心へ鋭く切り込んできた。
「佐々木さんって、優ちゃん?」
声が乱れた。
「うん。佐々木さん、私がシュートくんの絵を描いてたら、それちょうだいって言ってきて。見た目も性格もお兄さんに似てて、好きなんだって」
確かに、そうだ。六年生の夏、優ちゃんは私の描いたシュートくんの絵を見て「お兄ちゃんに似てる!」と言い、何のキャラなのか尋ねてきた。漫画のタイトルを教えるとすぐに読み始め、シュートくんを「性格も優しくてかっこよくて、ホントにお兄ちゃんみたい!」と大絶賛だった。それからだ。しょっちゅうシュートくんの絵をせがまれるようになったのは。
山下さんもシュートくんが好きなのだろうか。気持ちが高まってきて、声に力がこもった。
「山下さんも、好きなの?」
「うん」
「どこが?」
「そうだな……。いろいろあるけど、どれだけ傷ついてもめげないっていうか、へこたれずに頑張るところとか、健気でかっこいいなって思う」
「分かる!」
私が声を弾ませると、山下さんの頬にもフワッと幸せそうな気配が差した。
「そうでしょ。私、迫田さんとなら、シュートくんのこととか、漫画のこととか、絵のこととか、いろいろ話せるんじゃないかなって思って。佐々木さん、迫田さんも絵が上手だって、言ってたから」
「なら、早く話してくれれば良かったのに」
「うん、どう切り出したらいいか、分かんなくて。ごめんね」
「全然! 私もこういうこと話せる友だちができて、嬉しいもん。ありがとう」
二人で笑って、今度、描いた絵を見せ合ってみようと約束した。
二年生では優ちゃんとクラスが分かれて、内心ほっとした。でも、隣りのクラスから優ちゃんの声が響いてくると、いつもギュッと胸が痛くなった。
「山下さんって、話してみると面白いねー。かのんって呼んでいーい? あたしのことも下の名前で読んで!」
優ちゃんとの関係は修復できないまま、私は高校生になった。
「迫田さん」
教室へ入るなり声をかけられたのは、入学式翌日のことだ。振り返れば、眼鏡越しの大人しそうな丸い目と視線がぶつかった。山下さんだ。
「おはよう。その……同じクラスで、良かった」
そっと瞼が伏せられた。言葉と態度があべこべだ。話しにくいなら、声なんかかけなければいいのに、と思い、目を逸らして返す。
「おはよう」
思いがけない冷たい口調に、自分で驚いた。さっきの意地悪な気持ちの何倍もの申し訳なさが突き上げて、私は肩に提げたスクールバッグの持ち手をギュッと掴み、自分の席へ歩いていった。
小学校での班決めの時、私は山下さんに酷いことをした。その罪悪感は、ずっとお腹の底の方にあった。だから、山下さんと上手く話せなかった。
それからも、山下さんはよく話しかけてきた。けれど、会話はほとんど続かず、二人でぎこちない雰囲気を時間いっぱいやり過ごすだけ。話すこともないのに、どうしてこんなにも私に構おうとするんだろう? 気になって、ゴールデンウィーク直前にとうとう尋ねると、山下さんはお弁当の箸を止め、視線を下げた。
「ごめん、そうだよね。あのね、私、前からずっと迫田さんと話してみたかったんだ」
「なんで?」
山下さんは、うん、あのね、と続ける。
「佐々木さんが言ってたの。迫田さん、シュートくんが好きなんだって」
佐々木さん。
シュートくん。
二つの単語が心へ鋭く切り込んできた。
「佐々木さんって、優ちゃん?」
声が乱れた。
「うん。佐々木さん、私がシュートくんの絵を描いてたら、それちょうだいって言ってきて。見た目も性格もお兄さんに似てて、好きなんだって」
確かに、そうだ。六年生の夏、優ちゃんは私の描いたシュートくんの絵を見て「お兄ちゃんに似てる!」と言い、何のキャラなのか尋ねてきた。漫画のタイトルを教えるとすぐに読み始め、シュートくんを「性格も優しくてかっこよくて、ホントにお兄ちゃんみたい!」と大絶賛だった。それからだ。しょっちゅうシュートくんの絵をせがまれるようになったのは。
山下さんもシュートくんが好きなのだろうか。気持ちが高まってきて、声に力がこもった。
「山下さんも、好きなの?」
「うん」
「どこが?」
「そうだな……。いろいろあるけど、どれだけ傷ついてもめげないっていうか、へこたれずに頑張るところとか、健気でかっこいいなって思う」
「分かる!」
私が声を弾ませると、山下さんの頬にもフワッと幸せそうな気配が差した。
「そうでしょ。私、迫田さんとなら、シュートくんのこととか、漫画のこととか、絵のこととか、いろいろ話せるんじゃないかなって思って。佐々木さん、迫田さんも絵が上手だって、言ってたから」
「なら、早く話してくれれば良かったのに」
「うん、どう切り出したらいいか、分かんなくて。ごめんね」
「全然! 私もこういうこと話せる友だちができて、嬉しいもん。ありがとう」
二人で笑って、今度、描いた絵を見せ合ってみようと約束した。
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