4 / 6
4
しおりを挟む
目が少し大きめになった三白眼。顔の輪郭はより丸く、首はやや細く。山下さんの描くシュートくんは原作に近い絵柄だけれど全体的に幼く、だからかちょっと生意気そうに見えた。普通に制服を着ているものもあれば、山下さんがコーディネートしたであろう私服姿のものもあった。クロッキー帳のどのページをめくっても、見たことのあるような絵は、一枚も出てこない。原作を意識しつつ、「山下さんなりのシュートくん」が確立されていた。
ゴールデンウィークが明けてすぐ、私たちはそれぞれに絵を持ってきた。早速見せてもらった山下さんの絵を見て、私は感心していた。
「上手だね」
「ありがとう。あの、迫田さんのも、見せてくれる?」
うん。つっかかりそうな声を無理矢理押し出した。クロッキー帳を机に置いて開くと、山下さんが、わぁ、と言った。
「すごい、シュートくんそのまんま。佐々木さんの言ってた通りだ」
佐々木さん、という単語が、また胸を抉った。
「優ちゃん、そんなに私のこと話してるの?」
うん、と応えた山下さんの口調は、急に弱々しくなっていた。
「シュートくんの絵は本当に上手だって、すごく褒めてたよ」
「シュートくんの絵は」ということは、その他の部分は貶していたんだろう。何でも他人に任せる子。だから嫌い。そんな風に話す優ちゃんの姿がありありと浮かんできた。
「嫌い」
山下さんの声が、頭の中で考えていたことへ重なった。ドキリとして視線を上げる。まっすぐにこちらを見る目と、目が合った。
「私、佐々木さんのこと、嫌い」
きっぱりした口調に、もう一度驚いた。大人しいばかりと思っていた子が、こんなにも堂々と他人を批判するなんて。
山下さんは深く息をつき視線を下げると、自分のクロッキー帳のページをめくり始めた。
「だって、勝手すぎるよ。自分の都合だけで、友だちに擦り寄ったり切り捨てたり。お兄さんの自慢話もめんどくさい」
「でも、優ちゃんのお兄さんは――」
「迫田さんって、優しいね」
山下さんは、また私を見た。
「あの時も、優しい人だなって思ったんだ。ほら、小学生の時の。あの時、私に申し訳なさそうにしてくれたのも、謝ってくれたのも、迫田さんだけだった。ずっと私のこと気にして、他のグループの子に、私を入れてあげてって、話してくれたんでしょ。他の子は、嫌なことは全部迫田さんに押し付けて、私を仲間に入れないのを当たり前みたいにしてた。佐々木さんも」
最後のフレーズが強調されていた。止まっていた手が、またページを繰り始める。
「佐々木さん、たぶんまた私のこと嫌だって思い始めてたと思う。私がいつまでたっても苗字で呼び続けるから。でも、頼まれたからって好きじゃない人のこと仲良さげに下の名前で呼んだりしたくないから」
そこで、再び手が止まった。山下さんが、にこっと笑う。
「これ、見て」
差し出された絵を見て、あ、と声が漏れた。
シュートくんと女の子が背中合わせに立っている絵だった。まっすぐにこちらを見つめる女の子は、肩ほどまでありそうな髪を一つに束ねたところも、丸い眼鏡も、今すぐそこにいる人と重なった。
そっと視線を上げて、山下さんを見る。
「これ、山下さん?」
「うん」
山下さんは頷いた後、ちょっとたどたどしい、けれど語尾のしっかりした調子で続けた。
「私ね、佐々木さんたちにどれだけ避けられても、絶対に他人に合わせて自分を変えたりしないって、決めてたの。どれだけ嫌な思いをしても自分を貫いていれば、いつか同じことが好きな人、同じ場所を目指してる人に会えるって、ずっとそう考えてたんだよ」
山下さんは目を伏せ、自身の描いたシュートくんの姿へ指を這わせた。そっと、撫でるように。
「そういうの全部、シュートくんに教えてもらったんだよ。シュートくんは、ずっと孤高って感じの存在で一人ぼっちの時間が長かったけど、それで自分を変えたりしなかった。折れて妥協して、他人に合わせてみんなと同じものを目指したりしなかった。そうやってたから、本当に大事な友だちに会えたし、同じ方を向いてる仲間がたくさんできたんだよ」
山下さんの言葉が、直に胸に来た。
違う。
そう、違った。山下さんの思うシュートくんと私の思うシュートくんは、まるで違った。
私の思うシュートくん。それは視野を広げ他人を受け入れて、成長していく人だ。自分を変えないって信念を貫いていた訳じゃなく、彼には変える術がなかったんだと思う。選択肢が、なかった。だけど、仕方なくでも一つのことを続ける内に、いろんな人と関わって、その関わりを通していろんな人の考えや人柄に触れて、自分がいかに狭い世界にいたかを知っていく。頑なに心を閉ざしていたせいで見えていなかったものに気がついていく、その様に惹かれた。どれだけ辛くても、苦しいのは自分だけじゃないと他人の事情にも思いを馳せることができるようになっていく。そういう優しさが大好きだった。優しいことは、かっこいいことだと思った。
その瞬間、私の心は脱皮した。
「私のシュートくん」は私だけのものだった。私だけの解釈だった。私は私にしかないものの見方を、持っていたんだ。心になみなみと海が広がっていくようだった。推しをどんな風に捉えるか、それはその人が何を大事にしたいかを表しているんだ。
「山下さん」
私は声を深めた。
「私、山下さんみたいに自分だけの絵が描けるようになりたい。教えてくれる?」
ゴールデンウィークが明けてすぐ、私たちはそれぞれに絵を持ってきた。早速見せてもらった山下さんの絵を見て、私は感心していた。
「上手だね」
「ありがとう。あの、迫田さんのも、見せてくれる?」
うん。つっかかりそうな声を無理矢理押し出した。クロッキー帳を机に置いて開くと、山下さんが、わぁ、と言った。
「すごい、シュートくんそのまんま。佐々木さんの言ってた通りだ」
佐々木さん、という単語が、また胸を抉った。
「優ちゃん、そんなに私のこと話してるの?」
うん、と応えた山下さんの口調は、急に弱々しくなっていた。
「シュートくんの絵は本当に上手だって、すごく褒めてたよ」
「シュートくんの絵は」ということは、その他の部分は貶していたんだろう。何でも他人に任せる子。だから嫌い。そんな風に話す優ちゃんの姿がありありと浮かんできた。
「嫌い」
山下さんの声が、頭の中で考えていたことへ重なった。ドキリとして視線を上げる。まっすぐにこちらを見る目と、目が合った。
「私、佐々木さんのこと、嫌い」
きっぱりした口調に、もう一度驚いた。大人しいばかりと思っていた子が、こんなにも堂々と他人を批判するなんて。
山下さんは深く息をつき視線を下げると、自分のクロッキー帳のページをめくり始めた。
「だって、勝手すぎるよ。自分の都合だけで、友だちに擦り寄ったり切り捨てたり。お兄さんの自慢話もめんどくさい」
「でも、優ちゃんのお兄さんは――」
「迫田さんって、優しいね」
山下さんは、また私を見た。
「あの時も、優しい人だなって思ったんだ。ほら、小学生の時の。あの時、私に申し訳なさそうにしてくれたのも、謝ってくれたのも、迫田さんだけだった。ずっと私のこと気にして、他のグループの子に、私を入れてあげてって、話してくれたんでしょ。他の子は、嫌なことは全部迫田さんに押し付けて、私を仲間に入れないのを当たり前みたいにしてた。佐々木さんも」
最後のフレーズが強調されていた。止まっていた手が、またページを繰り始める。
「佐々木さん、たぶんまた私のこと嫌だって思い始めてたと思う。私がいつまでたっても苗字で呼び続けるから。でも、頼まれたからって好きじゃない人のこと仲良さげに下の名前で呼んだりしたくないから」
そこで、再び手が止まった。山下さんが、にこっと笑う。
「これ、見て」
差し出された絵を見て、あ、と声が漏れた。
シュートくんと女の子が背中合わせに立っている絵だった。まっすぐにこちらを見つめる女の子は、肩ほどまでありそうな髪を一つに束ねたところも、丸い眼鏡も、今すぐそこにいる人と重なった。
そっと視線を上げて、山下さんを見る。
「これ、山下さん?」
「うん」
山下さんは頷いた後、ちょっとたどたどしい、けれど語尾のしっかりした調子で続けた。
「私ね、佐々木さんたちにどれだけ避けられても、絶対に他人に合わせて自分を変えたりしないって、決めてたの。どれだけ嫌な思いをしても自分を貫いていれば、いつか同じことが好きな人、同じ場所を目指してる人に会えるって、ずっとそう考えてたんだよ」
山下さんは目を伏せ、自身の描いたシュートくんの姿へ指を這わせた。そっと、撫でるように。
「そういうの全部、シュートくんに教えてもらったんだよ。シュートくんは、ずっと孤高って感じの存在で一人ぼっちの時間が長かったけど、それで自分を変えたりしなかった。折れて妥協して、他人に合わせてみんなと同じものを目指したりしなかった。そうやってたから、本当に大事な友だちに会えたし、同じ方を向いてる仲間がたくさんできたんだよ」
山下さんの言葉が、直に胸に来た。
違う。
そう、違った。山下さんの思うシュートくんと私の思うシュートくんは、まるで違った。
私の思うシュートくん。それは視野を広げ他人を受け入れて、成長していく人だ。自分を変えないって信念を貫いていた訳じゃなく、彼には変える術がなかったんだと思う。選択肢が、なかった。だけど、仕方なくでも一つのことを続ける内に、いろんな人と関わって、その関わりを通していろんな人の考えや人柄に触れて、自分がいかに狭い世界にいたかを知っていく。頑なに心を閉ざしていたせいで見えていなかったものに気がついていく、その様に惹かれた。どれだけ辛くても、苦しいのは自分だけじゃないと他人の事情にも思いを馳せることができるようになっていく。そういう優しさが大好きだった。優しいことは、かっこいいことだと思った。
その瞬間、私の心は脱皮した。
「私のシュートくん」は私だけのものだった。私だけの解釈だった。私は私にしかないものの見方を、持っていたんだ。心になみなみと海が広がっていくようだった。推しをどんな風に捉えるか、それはその人が何を大事にしたいかを表しているんだ。
「山下さん」
私は声を深めた。
「私、山下さんみたいに自分だけの絵が描けるようになりたい。教えてくれる?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる