推しのおかげで、脱皮できました。

ぞぞ

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 そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな、と山下さんは言った。けれど山下さんの絵は、私の絵にはないオリジナリティに溢れている。特に山下さん自身の絵は、垢抜けてなくて、大人しそうな雰囲気はあるけれど、まっすぐな視線には意志の強さが感じられた。それは私が初めて知った、はっきり物を言う彼女の姿勢と重なった。山下さんの描く山下さんは、ちょっと見ただけでは分からない本当の山下さんを、とてもよく表していた。それを描くのは、絶対に簡単なことじゃない。

 ベッドの中で目をつむっていても、瞼の裏にさっきまで描いていた絵が――描き上げたイラストの線画が、見えていた。内巻きボブヘアの女の子は正面を向いているのに、どこかまっすぐな視線を感じない。眉を下がりめに、瞳孔は小さく、目の中の光を抑えて描いたことで、自信のなさそうな雰囲気が生まれていた。
 そう、私は自信がない。だから他人と同じことをするしかなかった。それを非難されて直そうと思っても、「自分で何も決められない私が悪いんだ」と考えれば余計に自信がなくなり、どうすればいいか分からなかった。
 けれど、自分が「推し」を自分だけの目で見ていたのだと分かった途端、水晶みたいな透明度で曇りなく自分を信じられるようになった。だから「私」を描こうと思った。

 イラストの完成には、信じられないくらい時間がかかった。初めて描く、模写ではない絵。一筆引く度、一つ色を載せる度、ああ、やっぱり違う、とやり直した。それでも、三週間ほどたった頃、やっと一枚の絵が出来上がった。

「わぁ、すごい。真奈ちゃんだぁ」
 私の絵を見て、山下さん――かのちゃんは目を輝かせた。
「似てるし、なんか、雰囲気? すごく真奈ちゃんっぽい」
 山――かのちゃんは、声の調子を弱めた。
「ごめんね、上手く言えなくて」
「全然! 嬉しいよ。て言うか、褒められんの恥ずかしい。むしろ」
 山下さんはにこっと笑い、また絵の中の私へ目を向ける。
「もともと絵が上手だから、ポーズの付け方とか構図とかも、すごい。表情の作り方も――」
「ねぇ、恥ずかしいって――」
「背景の描き込みも、すごいよね。それに――」
「ちょっと、わざとやってるでしょ?」
 不思議なくらい会話の空気が軽かった。他の誰と話す時より。あんまり軽すぎて、口が勝手に打ち解けてしまったみたいだった。
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