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4 オレと勝負しろ(ポッキーゲーム)

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 二度目の再会は、今から二ヶ月ほど前だ。高校の入学式の翌日、教室に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、ちょうど、真ん中あたりの席に座ってる野郎の横顔だった。幅広いつり目に眉間から綺麗に通った鼻。薄くて控えめな唇っていう、相変わらずの猫顔。けど、昔と違って首のラインには立派な喉仏の出っ張りができてた。
 そいつを見た途端、情けねぇが、心臓飛び上がった。
「おい、てめぇ。友矢斗歩」
 ノートに何か書いてた斗歩が、顔上げてこっち見た。
「お、久しぶり」
「はァッッ!?」
 つい出た声は、めちゃくちゃ語気強くなってた。だって、ありえねぇだろ。驚きもしねぇで、クソほど普通のトーンで返してきやがって。しかも、やたら低くて甘い感じのイケボじゃねぇか。
「『久しぶり』じゃねぇよ。しれっとオレの視界で座ってんじゃねぇ。つーか、まず驚け」
 とんでもなく理不尽なこと言ってんのは、分かってた。でも、本当に信じらんなかった。またこいつに会ったことも、こいつの落ち着き払った態度も。
 斗歩を目にしたオレの脳裏には、最後に見たこいつの姿が――歯ァへし折られて、血やらゲロやらで汚れた顔が、浮かんできてた。あんなことがあったのに、なんで何食わぬ顔で喋ってやがんだ。
 斗歩は平然とした態度を一切崩さず、応えた。
「驚かないよ。お前がいんの、知ってたし。昨日、クラス発表された時、お前の名前、見てたんだ。それと、」
 と言って、斗歩は少し頬を掻いた。
「オレ、今は『友矢』じゃない。本名は、まだ『友矢』だけど、『サワカミ』で通してる。今の家、『サワカミ』って苗字だから」
「サワカミィ?」
 繰り返してすぐ、斗歩の手元のノートに『澤上斗歩』って書かれてるのが目に入った。
「ちったぁマシな名前になったじゃねぇか。澤上くんよぉ」
「ああ。苗字は『と』が最初じゃないし、お前とも被んないから分かりやすいだろ」
 斗歩が頬を柔らかくして言ったの見て、オレはまた面食らった。ずいぶん人当たり良くなってやがる。
 斗歩は、うっすら口元に笑みを浮かべた。
「またよろしくな」

 高校生んなってからの斗歩は、物静かではあったが、ちゃんと喋るし団体行動もとれる、普通の奴だった。小五ん時の周り寄せつけねぇ雰囲気は、すっかり消えていた。
 けど、それとなく様子を窺ってたオレは、すぐに気づいた。斗歩は、あんまり笑わねぇ。いや、笑うっちゃ笑うんだが、他の奴みてぇに楽しそうには笑わねぇ。オレに「よろしくな」つった時と同じ。唇の端に、「笑み」って言われればそう見えなくもない、くらいのもんを浮かべるだけだ。本気で笑ってないわけでも、作り笑いなわけでもねぇんだろうが、なんつーか、そういう笑い方しか知らねぇみてぇな感じがする。
 最初こそ「なんだそのモナ・リザみてぇな絶妙な表情は」って思ったが、別にそれはそれでいい。あんなことがあったんだ。考えてみりゃ、上手く笑えないくらいのトラウマはあんだろう。それは斗歩のせいじゃねぇ。時間かけて直してきゃいいもんだ。
 オレが一番気に入らなかったのはそこじゃねぇ。斗歩がオレに対して他の奴らに向けんのと同じ顔しかしねぇことだ。アレを目撃したオレに、臆面もなく、平然と接してくんのがマジでふてぶてしい。いつまでたっても、再会した時の態度と変わらねぇ。このオレを他の大多数と同じ――あいつの人生ん中で取るに足らねぇ脇役みてぇに扱ってくる。
 オレは、その辺のモブじゃねぇ。絶対、斗歩にオレを見させてやる。胸ん中に決意固め――今から思うとクソくだらねぇ決意なんだが、でもはっきり決め、オレは挑む気持ちで斗歩と向かい合った。
 
   *   *   *

「オレの相手はてめぇだ、澤上」
 斗歩の背へ向かって言った。眉間へ異様に力が入ってて、睨み潰すくれぇの剣幕んなってんのが分かった。
 帰り支度してた手ぇ止めて振り返った斗歩は目ぇまん丸くしやがった。マジで予想外って感じの面で、マジでムカついた。マジでオレのこと眼中にねぇんだな、こいつは。

 オレと斗歩が「勝負」することんなったのは、ひと通り授業が終わった放課後だった。オレは、まだ斗歩が残ってること確認してから鞄にしまってたポッキーの箱取り出して、教室全体に聞こえるよう、声張った。
「おい! この後暇な奴、男限定でコレやらねぇか?」
 ざわめきが静まり、オレの掲げたポッキー箱に視線が集まる。瞬きぐれぇの間ぁ置いて、教室がワッと沸いた。
「もしかして、ポッキーゲーム? ヤバ……!」
「いいじゃん! オレ、超ヒマ!」
「どうせなら女子とやりたくね?」
「それ、マジでクズ発言だから……」
 いろんな声があちこちから上がってきた。でも、斗歩の方へチラッと目をやれば、奴は周囲の楽しげな雰囲気には一切構わず、鞄に荷物詰めてやがった。それで、オレは斗歩へ近づいてって、喧嘩腰に声かけたってわけだ。

 斗歩はきょとんとしたまま、何の話だ? っつった。
「オレ、これからバイトあるんだけど」
「別に時間なんてかかんねぇよ。ポッキー一本食い合ったら終わりだ」
 斗歩の眉間に、困り切ったような気配が差した。
「つーか、オレ、ポッキーゲームって、よく知らねぇ」
 はっ、と嘲り込めて笑い飛ばし、オレは説明してやった。
「クソだせぇな、お前は。いいか、ポッキーゲームってのは、両端からポッキー食い合うゲームだ。顔背けたり、口離したりしたら負け。どっちも引かずに口と口がくっついちまったら引き分けだ」
「それって、どこが楽しいんだ?」
「どっちが腰抜けか分かんだろ。先によけたほうが負けってことなんだからよ。チキンレースだ」
「その楽しさが分かんねぇんだけど……」
「てめぇが腰抜けだって証明できれば、オレは楽しいんだよ。いいからやれ」
 斗歩は眉を八の字に下げ、あー、と漏らしつつ頬掻いた。
「バイトが――」
「だから、ポッキー食ったら終わりだっつってんだろ」
 オレが遮ると、斗歩は目ぇ閉じ、肩上下させて息ついた。
「分かった、やるよ」
 よし。オレは心で呟き、手に持った箱開けた。中袋も開け、一本ポッキーを抜き取る。チョコついた側を斗歩へ向け、
「おら、咥えろ」
 オレが言うと、どこからか女子の声が上がった。抑えた、けどやたら楽しげに浮き立った口調だった。
「ね、今、『咥えろ』つった?」
「これ、北島ちゃん大好きなヤツじゃない?」
「ホント! イケメンがヤンキーにヤられるって、超たぎる!」
 ヤンキーって、オレのことか? って疑問が頭の端っこ掠めたが、んなこた、どうでもいい。オレの視界には、片頬を苦い笑いでひきつらせた斗歩の顔しか映ってなかった。みんなの前でこいつを負かして――いや、この際、口が触れちまっても構わねぇ。とにかく、オレを無視できねぇようにしてやる。
 斗歩がポッキーの端に歯ぁ立てた。オレも反対側を咥えて、どんどんかじってく。ポリポリポリポリいう音が耳に響き、口ん中が甘ったるくなり、そんで斗歩の顔が迫ってくる。ビビってんのか驚いてんのか知らねぇが、目ぇまん丸くした顔が。このまま、口と口がくっついたら、こいつはどんな顔すんだろうって疑問が、頭に浮かんだ。
 見てみてぇ。
 オレはかじるスピードを速めた。斗歩がギョッと目ぇひん剥く。やっぱ、ビビってやがる。そう思うと、自然と口角が上がった。かじってかじって、あと一口で唇同士が触れ合う、って間際に、斗歩が顔を下へ向けた。パキッて音がして、ポッキーが折れる。
「おおぉぉー! 高橋強ぇ!」
 周囲の気配が、いっぺんに動き出した。
「勝負強いな、お前!」
「ヤバい! 今の、尊い!」
「あー、澤上くんと高橋くんのキス、見たかったなぁ」
 男子のはしゃぎ方は活気ばっかなのに対し、女子の方はキャーキャーうるせぇ奴も残念そうな奴もいた。
 残念か。
 気づくと、緊張の余韻か、オレの心臓はドッ、ドッ、ドッ、ってすげぇ強く打ってた。
 また、口元が変に緩んだ。
 向こうだって、きっと同じ――
 と思って斗歩の方へ目ぇ向ければ、あいつはいつの間にか帰り支度に戻ってて、荷物担いで背中向けたところだった。
「てめぇ! 待ちやがれ!」
「ポッキー食ったら終わりだろ? オレ、バイトあるんだって」
 斗歩は振り返りもせずに言うと、さっさと教室から出ていった。
 こンの野郎ォ……。ぐっと拳を握り込む。爪が皮膚に食い込んで、痛かった。
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