オー、ブラザーズ!

ぞぞ

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第24話 故郷と現在

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 ジョンとビリーとディッキーは戦車の元へゆっくり歩いた。急ぎたいのは山々だったが、少年の遺体を担いだジョンには早く足を動かすのは難しい。ビリーが横から少年の体を支えてくれているおかげで、何とかまともに進むことができた。
 濃紺の空を彩る星々は、空高く上るにつれて鋭さを増した。今では強く地上を照らし、砂の隆起したところにはくっきりとした影ができている。暗闇ももちろん恐ろしいけれど、星明りが強すぎる夜は自分がひどく無防備に思えてしまう。ジョンの心が不安の靄に覆われていく。
 ビリーはそういった不安を紛らわせたいのか、一人でずっとしゃべり続けていた。
「オレん家は村でも有名な大家族でさ、父さんと母さんとじいちゃんとばあちゃん、それから足の悪いおじさんがいて、兄弟は七人。オレは一番上だったんだよ。今は一番下だけどな。そんで、父さんが油田で働いてみんなを養ってたんだけど、怪我しちゃったんだ。噴き出た油が爆発しちゃったんだって。そのせいで父さんが働けなくなっちゃったから、オレは売られたんだ。父さんは最後まで反対してたけどね」
 なかなかに辛い話だったが、ビリーの口ぶりはそれに相応しくない明るいもので、ジョンはどう反応すべきか迷ってしまった。しかたなく、そうなんだ、と軽く相槌を取っておく。ビリーはにっこりと笑った。
「うん。けどな、オレ、絶対に帰るって約束してんだ。みんながびっくりするくらいでっかくなって、帰るって。だって、オレ、歳は一番上だったんだけど、体はすぐ下の弟と妹の方がでかくてさ。それでずっとからかわれてたんだ。だから二人を見返してやるんだ」
 ビリーの目は頭上で鋭く輝く星々と同じくらいにらんらんとしていた。彼は本気でそうなると――大きく成長して故郷に帰れると、信じているのだ。ジョンにはその期待が眩しかった。眩し過ぎて、気づかぬ内に目を逸らしていた。
 ジョンも「いつか帰る」という約束を父と交わしていて、一年前のあの時は確かに信じていたけれど、今は……。繰り返される戦闘と革命の重圧に、彼個人の願望や希望は押しつぶされてしまっていた。もう、故郷に戻って父や母と再会する自分の姿を思い描くことはできない。この一年で自分は変わってしまったのかもしれない。はじめてそのことに気がついて、ジョンは胸が潰されたようになった。

「じゃあ、普通に掃除兵として働いてた方が良かったんじゃないか?」
 ずっと黙っていたディッキーが急に口を開いた。
「その方が安全じゃん。お前はオレみたいにされてたわけじゃないんだから」
 ビリーは目を丸くしてディッキーを見て、それから不満げに眉を寄せた。
「お前さあ、そういうの、あんま良くないよ。そりゃ、お前が特別ひどい目に合ってたのは分かってるけど、だからってお前以外のみんなが辛くないって訳じゃないし。オレだってオレなりに辛かったんだよ。こっちの方がずっといい」
 ディッキーはバツが悪そうに目を背けた。
「そんなつもりじゃないけど……。ただ、オレだったら帰るところがあるんだったら、死ぬかもしれない場所になんかいたくないなって思っただけだよ。それに――」
 ディッキーの伏せた瞳に、悲し気な気配が過ぎった。
「たぶん、お前は分かってないよ。オレがやられてたことは火傷の件だけじゃない。どんなだったか、オレは絶対に誰にも知られたくない」
 今度はビリーの眉間が気まずそうに歪んだ。
「ごめん、ただ、オレ……怖いんだよ。それで気持ちが変にギスギスしてんの。言いたくないこと言わなくていいよ」
 ビリーは一度大きく息をつく。そうして再び話し始めた時には、彼の声は普段通りに明るかった。
「お前とダンってさ、故郷ではどんな感じだったの?」
 ディッキーはきょとんとして顔を上げ、それから表情をほころばせる。
「しょっちゅう二人で、いろんな奴にいたずらしかけてたよ。オレがやると半分くらいはバレちゃうんだけど、ダンだと全然バレないんだ。あいつは本当にすごいんだよ」
 ディッキーが言葉を切ると、その目に嬉しいような寂しいような感じの、ひどくやわらかい光がさした。
「あいつがいたから、オレはいじめられなかったんだよ。オレ、もらわれっ子だったからさ。近所に母親違いの十一人きょうだいの家があって、三つとかそんくらいの時に、その中に放り込まれた。そいつらが、軒並みオレのこと嫌ってたんだけど、すぐ隣にダンの家があって、仲良くしてくれたんだ。あいつの親父は『何でも屋』で、盗みとか殺しとか、そういうのを引き受けててさ、後継がせるつもりで小さい頃からダンにもいろいろ仕込んでたみたいなんだ。ダンは親父から教わったことをオレにも教えてくれて、二人でそれ使って周りの奴を困らせてたんだ。特にオレの里親んとこの奴が多かったけど」
 ディッキーは懐かしそうに口元を緩める。それを見て、ジョンはふと切ない気持ちに駆られた。ディッキーとダンの間に横たわる思い出は、二人にとってとても大切なものなのだ。ジョンが想像していたよりも、ずっと。なのに、ディッキーはダンを無視せずにはいられなくなってしまい、ダンはそれを受け入れられずに今でもディッキーのために何かしなければと思っている。
「でも、後継がせるつもりだったなら、なんでダンの親父はあいつのこと売ったりしたんだよ?」
 ジョンが心を痛めている横から、ビリーがもっともな質問をした。
「あいつ、手伝わされた仕事で何かヘマしちゃったらしいんだよ。そのせいで仕事は台無し。親父は大怪我してしばらく働けなくなったんだって。それで怒って、人買い探し出してダンを売っちゃったんだよ」
「自分からわざわざ人買い探して売ったのか?」
 ビリーは信じられないというように目を見張った。でも、すぐにその目元に疑問の色が降りてくる。
「人買いがやって来たんじゃなきゃ、どうしてお前は売られたんだよ? 一緒に売られたって言ってたじゃん」
 ディッキーは不意を突かれたように苦い顔をした。
「ああ……『一緒に』っていうのは、あんま正確じゃないんだ。オレは……ダンが売られたの知って、こっそりついてっちゃったんだ。一緒に働けるって勘違いしてたんだよ。後でダンにすげえ勢いで怒られた」
 ジョンとビリーは驚いて顔を見合わせた。ビリーはぽっかりと口を開けて、目をぱちぱちさせている。
「お前、何やってんだよ」
 ビリーがディッキーに向き直って言うと、ディッキーは悔しそうに唇を噛んだ。
「こんな風になるなんて、思ってなかったんだよ」
 こんな風――。その言葉が一体何を意味しているのか、ジョンには分からなかった。ランディたちに酷く虐待されたことか、そのために残った傷のことか、それともダンとまともに顔も合わせられなくなってしまったことなのか。
 ディッキーはちらりとジョンの背後に目をやった。
「そいつも、こんなとこで死んじゃうなんて、きっと思ってなかったよな」
 ぽつんと零れるように出た言葉。それがジョンの耳の奥に、深く深く沈んでいった。背に感じる少年の重さが急に増したような気がした。
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