オー、ブラザーズ!

ぞぞ

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第25話 デレクの怒り

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 ジョンたちが仕掛けた罠の辺りまで戻ると、小ぶりな戦車の影が見えた。デレクたちが迎えに来てくれていたのだ。三人で顔を見交わした時、ビリーの目には喜びが、ディッキーの目には不安が光っていた。
 ビリーがハッチの蓋を開け、その後に少年の遺体を担いだジョンが続く。倒れないよう、後ろからディッキーが支えてくれた。背後でバタンと蓋が閉められると、鼓膜の奥を震わせていた深い夜の音が消える。ジョンは硬い床を見つめ、はあと安堵の息をついた。すると、
「大丈夫か?」
 胸がどきりと跳ねた。デレクの声だ。顔を上げて彼と目が合うと、先ほどの安堵が四肢にまで広がってくる。
「うん」
 応えた自分の声は、思いがけないほど弾んでいた。同時に、命を落とした少年や、ディッキー、ダンのことが脳裏を掠め、気が咎めてしまう。その時、はっとなった。
「この子は……ランディたちの戦車の掃除兵の子だよ。ダンが――」
「分かってる。トミーから聞いた」
 デレクが説明を遮った。おそらく、トミーはバード戦車長のところへ行く前に、デレクへ状況を知らせに来たのだろう。
 デレクはしばらく無言で目を伏せていたが、そのうちにゆっくりとディッキーを見た。眉一つ動かさず、唇だけを僅かに開いて問いかける。
「なんで逃げた?」
 その瞬間、ディッキーの表情がまるで鳩尾にパンチでも食らったかのように歪んだ。
「デレク! 仕方なかったんだよ。ディッキーだって好きでそうしたわけじゃないよ。あの状況じゃ――」
 ジョンがいくら話しても、デレクは彼になど見向きもしない。ただじっと、鷹のように鋭い目でディッキーを凝視し続けた。そして再び、静かな静かな声で言った。
「喧嘩してたから、ダンはどうなっても良かったのか?」
「違う!」
 ディッキーの上げた声が、戦車の狭い通路を反響しながら走っていく。金属の壁の引きずるジィンという音がいやに耳についた。ジョンも、そしておそらくビリーも、ぐっと言葉を飲み込んでしまった。
「そんなこと、考えてなかった。何も……何も、考えられなかった」
 今度は声を絞り出すようにしてディッキーが言葉を紡ぐ。けれどデレクはディッキーの悲痛な様子にも、一切気色を変えない。
「ダンは泣きながらオレに謝ってた。全部自分のせいだってな。人質の子が死んだのも、お前がいなくなったのも。お前はそう思うか?」
 ディッキーはぎゅっと目をつむり、首をブンブン振った。
「そうだよな。少なくともお前が逃げたのはダンのせいじゃない。お前が卑怯だからだ」
「そんないい方しなくていいだろ」
 ビリーがデレクに食って掛かった。だが、その声は言葉とは裏腹に頼りなく、重い雰囲気に飲まれてしまっていた。それでも、ビリーはなんとか続ける。
「ディッキーがどんな気持ちで戻ってきたと思ってんだよ? ここに来るのがどんだけ怖かったと思ってんだよ?」
 すると、はじめてデレクの表情に色がさした。彼は深く息を吐くと、ビリーの方を向く。
「そうだな。お前の言う通りだ」
 それから、彼はくるりと背を向けると、何も言わずに通路を歩いていった。カン、カン、カン、と靴が床を叩く。その遠のいていく音へ向けて、ディッキーが言った。
「嘘だ。ダンは泣かない。あいつが泣いたりするわけない」
 ディッキーの調子はずれな言葉に、それまで張り詰めた気持ちでいたジョンとビリーはきょとんとしてしまった。
「お前、そこじゃないだろ」
 ビリーが嘴を入れてもディッキーは石みたいに頑なに、ダンが泣いたという言葉を、否定し続けていた。

 ジョンはしばらくビリーと共にディッキーを励ましていたのだけれど、どうしてもデレクのことが気にかかってしまった。
 ――そうだな、お前の言う通りだ―― 
 そう言った時、僅かに緩んだ彼の顔。あの感情の一端は何を意味しているのだろう? それで、ジョンはその場はビリーに任せて、デレクの後を追った。

「デレク」
 デレクは階下の大広間にいた。以前、彼を探していた時にここにいたのを思い出し、来てみたのだ。デレクはあの時と同じように入口に背を向けていた。ジョンの声にピクンと肩をいからせると、彼は胸元に何かをしまい、振り返る。
「分かってるよ。ディッキーが悪いわけじゃない。あれは――」
 デレクは続く言葉を一度ぐっと飲み込んで、肩を上下させた。そうしてまた息を吸い込むと、押し出すように声にした。
「オレのせいだ。ディッキーに八つ当たりしたんだ」
「違う!」
 考えるより先に大きな声が出て、ジョンは自分で驚いてしまった。ちょっと遅れて、口から飛び出た言葉の意味が脳に沁み込んでくる。彼はもう一度、一つ一つの単語を意識して言った。
「仕方なかったんだ。誰も悪くなんてない」
 デレクは悲し気な目をジョンへ向けた。
「仕方なくなんてない。お前がディッキーを外した方がいいって言ったのを、オレは聞かなかった。誰の意見も聞かずに作戦もメンバーも決めたんだ。責任が全部オレにあるのは当然だ」
 そんなの結果論だ。ジョンは思った。誰もこうなるなんて予想はできなかったんだから。でもそれ以上に――。
 デレクの痛みに触れたことで、ジョンの心の脆い部分も急にせり上がってきた。
「デレクが悪いって言うなら、ぼくだってそうだ。ぼくは……ダンを一人で戦わせてしまったんだ。ぼくの方が三つも年上で、体だってずっと大きいのに。ぼくがもっとしっかりしてたら、ダンはあんな目に合わなかった。ぼくも、怖がってないで、ダンみたいに――」
「バカなこと言うな」
 デレクの低く強い口調に心臓がぎゅっとなる。とっさに顔を上げた時、視線がデレクのそれと重なる。彼のその目には、ついさっきまでの力なさとは打って変わって、咎めるような鋭さが宿っていた。
「あいつのしたことは、正しくなんてない。お前が真似する必要なんてないんだ」
 デレクは言葉を切り、視線を落として彷徨わせた。けれど、それはほんの一瞬で、すぐに顔を上げる。
「ダンはよくやったよ。本当によく頑張った。頑張りすぎたくらいだ。でもな、あいつのせいでっていうのは、半分は当たってる。結果だけ見ればあいつのやったことは何も生んでないんだからな。もっと慎重に手段を選ぶべきだったんだ」
「そんな言い方……! ダンがかわいそうだよ!」
「だからダンにはそうは言わなかったんだ。言えるわけない。それに――そんなこと、言わなくてもあいつが一番分かってる」
 デレクは、また俯いた。口から漏れた白い息が、彼の輪郭を撫でながら上っていく。
「お前があんなことする必要はない。絶対にするな。もしやったら、許さない。いいな?」
 ジョンは答えなかった。答えたくなかった。
 きっと自分はダンのようなことはしない。けれど、それはジョンが自分自身を抑えて、我慢するからではない。勇気がなくて、臆病で、そうできないだけだ。それが無性に悔しかった。
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