オー、ブラザーズ!

ぞぞ

文字の大きさ
32 / 46

第31話 ビンセントの罪と野望

しおりを挟む
 みんなの願いを聞き終えてから、デレクとジョンはサミーと別れ、バード戦車長と連絡を取った。ビンセントと再び対決すると告げると、戦車長は詳しい説明も待たずに言った。
「分かった。待ってろ。今からそっちに行く」
 いつも気持ちの良い開けっ広げな話し方をするバード戦車長の声が、ジョンにはひどく落ち着いて聞こえた。なんとなく不吉な気持ちに駆られてしまう。もしかしたら……と脳裏を掠める。もしかしたらまた戦車長のところに犠牲が出たのかもしれない。

 小一時間もすると、熱に淀んだ空気をかき回すようなエンジン音が響いてきた。バード戦車長だ。明後日の計画を話し合っていたデレクとジョンは、はっと顔を見交わし頷き合った。急いでハッチから外へ出る。
 戦車長も、ちょうど顔を出したところだった。彼はブンブン音が鳴りそうなほど大きく手を振ってくれた。ちょっとだけ、さっきの不安が和らいでいく。
「昨日は大変だっただろう。みんな無事か?」
 顔を合わせてすぐ、バード戦車長はそう口にした。
「大丈夫です。ダンの他は、みんな怪我もありません」
 戦車長の目が、弓なりに細まる。機嫌よく、優しい笑顔だ。ジョンの気持ちもすっかりほぐれ、口角が上がっていく。
「戦車長の方は大丈夫? 誰か怪我したりしてませんか?」
 自然と言葉が出ていた。戦車長は相変わらず大らかな笑みを湛えて、
「ああ、平気だよ。それより、役に立てなくて本当にすまなかった」
 そんなことありません! と口を開きかけた時、デレクが応えてしまっていた。ものすごく事務的な口調で。
「別にいい。オレたちの計画がまずかったんだ。あんたのせいじゃない。それより――」
 彼は一度言葉を切って、少し視線を下げる。そして、ちょっと逡巡するように宙を見つめた後、再びバード戦車長と目を合わせて、
「またあんたに協力してもらいたいんだ」
 戦車長はきょとんとした。でも一瞬を置いて、声を上げて笑いだす。嫌な感じが一つもない、きっぷのいい大きな笑い方だ。
「改めてそんなこと言われるなんてな。もちろん協力はする。一度組んだんだ。最後まで付き合うよ」
 ジョンの気持ちを晴れやかにした笑顔は、しかし、そこで急にくもった。
「でもな、お前らビンセントって男をもう少し理解した方がいい。あいつは自分の思い通りにするためには、何でもする奴だ」
「そんなこと、分かってる」
 噛み付くようにデレクが言う。戦車長の目が鋭くなった。
「分かってねえから言ってんだ」
 彼は深く息を吸って吐き出し、表情をゆるめた。
「お前らは、あいつがどういう風にして今みたいになったか知らないだろう。だから『何でもする』ってことの意味が分からないんだよ。それに、もしかしたら弱点になるかもしれんことをな」
 急に呼び覚まされたような驚きに、ジョンとデレクはそろって目を見張った。デレクが食い付くように戦車長を見る。
「弱点なんて、あんのか?」
 バード戦車長は少したじろいだ。
「いや、『もしかしたら』って言っただろ。はっきり言い切れないが、可能性はある。まあ、オレの話を聞け」
 戦車長は確かめるように二人の顔を見た。そして、そこに肯定の意味を見つけたらしく、ゆっくりと話し始める。
「ビンセントは昔、掃除兵だったんだよ。オレとは歳も近いからな、同じ時期に働いてて、乗ってる戦車同士が戦うこともよくあった。だからお互いに相手のことは目にしていたし、オレの方は、友達ってわけじゃないが似たような境遇にいる同志みたいな気持ちを、なんとなく持ってた。でも、あいつにとっちゃ、オレなんかどうでも良かったんだ。奴が関心を持ってたのは、オレらの戦車の縄張り辺りで水を売り歩いてた孤児だった。ケンって名前の、オレやビンセントと同じくらいの子どもで、水の買い付けを任された掃除兵にはちょっと多めに水を分けてくれてな。おかげでその辺りの掃除兵はみんな水に飢えることがなかった。心根の優しい、いい奴だったよ」
 戦車長は一度口をつぐみ、小さな目をそっと伏せた。
「ケンは水売りの他に、体も売ってたらしくてな。そうやって、なんとか生きていけるだけ稼いでたんだ。でも中には、孤児なんていつ犯してもいいと思ってる連中もいた。まあ、ランディみたいな輩さ。そういう奴が、真昼間っからケンを犯そうとしたことがあってな。たまたまオレとビンセントは水を買いに行ってたんだ。恥ずかしいけどオレは体がすくんでしまってな、何にもせずに見てるしかできなかった。でもビンセントは――あいつは持ってた水入れ振り回して、大人相手に向かっていった。下手したら自分だって犯されかねない状況でな。でも、運よくその時のそいつは腰抜けで、ビンセントにぶん殴られて慌てて逃げてったよ。それがきっかけで、ビンセントとケンはどんどん親しくなってったらしくて、その内にこんな噂を聞いた。『ビンセントが水売りのケンと逃亡した』ってな」
 戦車長はまた話すのを止め、物憂げに視線をゆらゆらさせた。少年時代を、きっと辛かったであろう日々を漂っている戦車長の心をこの場へ引き戻すのがためらわれ、ジョンはじっと待った。しばらくすると、再び戦車長が話し始める。
「何か月も、ビンセントとケンの行方は分からなかった。だがある日、ビンセントが仲間を大勢引き連れて現れた。奴は自分が掃除兵として働いてた戦車を襲ったんだ。襲撃は成功、ビンセントはその戦車を乗っ取った。それで、仕事で外に出されたオレのところにやって来た。『仲間のならないか』って誘いにな。でも、オレはそんなことよりもケンのことが気になっちまって、聞いたんだ。そしたらあいつは『死んだ』って答えた。なんでだって聞いたら……あいつ、『オレが殺して喰った』って言いやがった」
 言いようのない、ざわざわとした恐怖が、ジョンの皮膚の上を這っていった。戦車長は大きく息をつき、かぶりを振った。
「そん時はオレもびっくりしちまって、当然誘いは断った。それで、長いことビンセントとは関わらないようにしてきた。今もできれば近寄りたくないって気持ちが、ちょっとはある。けどな、ケンとのことを聞いてから何年も経ってから、ビンセントが孤児を何人も拾って面倒見てるって話を聞いたんだ。それで、やっと気がついた。『あれ』はビンセントにとって生きるための最終手段だったんだって。本当はケンのことを殺したくなんて、まして食いたくなんて、なかったんだってな。でも、そうしなきゃならなかった。あいつには生き延びて叶えるべき野望があったんだよ。それで今、みんなが恐れて逆らえないくらいの男になったんだ」
 しん、と沈黙が耳の深くにまで届いてくる。そうやってどれほど経った頃か、デレクが口を開いた。
「じゃあ、弱点ってのはトミーのことか?」
 戦車長は頷いた。
「ああ。もし、あいつがちょっとでも情のあるところを見せるとしたら、相手はトミーだ。トミーの方だって、口にはしないが料理長の敵を取りたいだろうしな」
 ジョンは何と言ったらいいか分からず、俯いていた。野望があるからって、友達を、大切な友達を殺して食べるなんてどうしても信じられなくて、心の表面まで、ぞくりと粟立った。

「あと――」
 ジョンが足元へ視線を落としていると、デレクが口を開いた。
「妙なことがあったんだ。ビンセントに撃たれて頬を弾がかすったみたいなんだけど、その時、ビンセントは手に銃を持ってなかったんだ。どういうことか、あんたに分かるか?」
 バード戦車長は少し怪訝そうな顔をしたけれど、すぐに眉間を解いた。
「おそらく、不可視化膜だ。薄っぺらい布みたいなもんなんだけどな、表面が反射された光の経路を変える働きをするらしい。そうするとその膜の下にある物は見えなくなる。かなり高価だからな、普通は特定の職業の人間しか持ってないもんなんだが」
 バード戦車長は深く息をついた。
「確かに、戦闘に使えればかなり便利だな」
 戦車長は頭をちょっとかくと、「頑張れよ」と言って踵を返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

古書館に眠る手記

猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。 十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。 そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。 寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。 “読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...