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第32話 騙されたディッキー

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 視察口から、じっと外へ目を凝らす。視線の先をゆっくりと進む三台の戦車は砂埃を巻き上げていて、キャタピラが黄味がかった雲をまとっているように見える。ちょうど午後七時。既に日は沈み、すぐにでも夜の帳が下りてくるはずの時間だった。砂色の戦車はバードさんの、それと対峙するひと回り大きなものはビンセントという人の戦車だ。そしてもう一台は……。ちょっとでもそのことを考えると、全身の毛が逆立ち、手が、そして心臓が小刻みに震え始める。ディッキーは視察口から離れた。
 目をつむり、ゆっくりと空気を肺に吸い込んで、吐き出す。何度か繰り返すと、恐怖に委縮していた体から変な力が抜けていった。もうあんなことはしたくない。落ち着かなくては。

     *****

 バードさんたちはビンセントの戦車と戦っている。少年たちではどうやっても、あの厳つく巨大な戦車には太刀打ちできない。けれど、バードさんたちだったら、打ち負かすのは無理でも、数時間なら持ち堪えられるはずだ。
 少年たちの相手はランディだ。大きさでは劣るが、ランディの戦車には掃除兵がいない。戦車砲でまともに応戦することはできないのだ。機銃の攻撃だけならば、もちろんこの戦車でも耐えられる。だから、なるべく早くランディたちを倒そうと話していた。そして――
 トミー、サミー、ビリーの三人でビンセントの戦車へ侵入する。戦車同士の撃ち合いでは、遅かれ早かれビンセントに軍配が上がるだろう。二台で対抗しても勝ち目があるとは思えない。デレクはそう言っていた。だから、トミーたち三人でビンセントの首を取りにいくのだ。
 ディッキーが真っ先に疑問に思ったのは、前の時、あれだけ反対されたサミーが、なぜ選ばれたのかということ。サミー自身同じように感じたらしく、デレクに尋ねていた。返ってきた答えは「不測の事態に対応できる奴がいた方が良い」というものだった。たぶん、この前の反省からということなのだろう。サミーがいれば、誰かが無鉄砲に突っ込んでいったり、パニックになって逃げ出したりしようとしたらすぐに止めて、何か新しい策を考えただろうから。
 もう一つ不思議なのは、なぜデレクではなくトミーなのか? けれど、周りの仲間たちが口々に「やっぱり」と言うのを耳にし、なんとなく分かった。ビンセントにやられそうになった少年たちの戦車を救ったのはトミーだったという話だ。それに、デレクはランディたちを何とかしたら、すぐに三人に合流するというから納得だ。

 ディッキーとダンは隠れているように言われていた。ランディはこの前のことで相当頭に来ているらしい。今回はその仕返しのために参戦しているというから、間違いなく狙われるのはダンだ。でも、まだ傷の癒えていないダンには、あの時みたいに戦うのは難しい。
 ディッキーだって、当然怒りを買っている。彼らの元から逃げて、反乱を起こそうとするグループの一員になっているのだから。対ランディのことで言えば、ディッキーとダンは非常に危険な状況なのだ。
 けれど、戦車内には一般民が避難するためのシェルターがいくつかある。デレクは、二人でその中の一つに隠れているように言ったのだ。「ダンと二人で」と聞いて、ディッキーは胸がどきりと緊張した。だが、同時に、これで仲直りできるかもしれない、という期待が木漏れ日のようにちらちらとしてもいた。
 
     *****

「おい」
 急に呼びかけられて、飛び上がりそうになった。とっさに目を開ける。ダンの冷たい視線にぶつかった。思いがけないことに、つい顔をそむけてしまう。
「お前、デレクとジョンがなんでここに残ってるか、分かってんのか?」
 質問の意図がつかめなかった。それで顔がくもったからか、ダンは素っ気ない口ぶりで答えを教えてきた。
「オレたちを見張ってんだよ。また、こないだみたいなヘマすると思われてんだ。なめやがって」
 ダンはイライラと息をついた。
「ムカつくから、お前、あいつら閉じ込めて来いよ」
 あまりに突飛な発言に、ディッキーは目を白黒させてしまった。
「でも……だって、そんなことしたら――」
「平気だ。この戦車がありゃ、オレ一人だって十分やれる」
 ダンのきっぱりした強い口調に気圧されて――いや、それ以上に、断ってまたダンを怒らせてしまうことが怖くて、ディッキーは首を横に振ることができなかった。

 ディッキーはダンに言われた通り「シェルターのドアが壊れた」と言ってデレクとジョンを呼び出した。
「でも、ぼく、昨日全部確認したよ」
 シェルターへ走りながら、ジョンは終始腑に落ちない様子だった。けれど、デレクは冷たい口調で突っぱねる。
「いいから、急ぐぞ」
 デレクが足を速め、ジョンとディッキーはハッとして後を追った。自分たちの足音が、反響しながら背後へ流れていく。
 一つ目のシェルターに着いた。
「ここはオレが見るから、ジョン、先に行ってもう一つを――」
「だめだ!」
 ディッキーが思わず声を上げると、デレクとジョンはそろって目を丸くした。慌てて頭をフル回転させ、理由を組み立てる。
「あの……本当にすごくおかしいんだ。二人で見た方がいいと思う」
 デレクは眉間を険しくし、乱暴なくらい強く息を吐き出すと、シェルターの中へ入った。ドアのロック部分を確認しながら、
「別におかしなところはないぞ」
「そんなことないよ」
 と言い、ディッキーはジョンの背中を軽く押す。
「ジョンも見てみて」
 ジョンは振り返り、訝しげに目を細めたけれど、言われた通りに確認しようと中へ。
 すかさず、ディッキーはシェルターのドアを閉めた。ピシャリと音がする直前、目を見開いてこちらへ手を伸ばすジョンの姿が見えた。だめだ、という気持ちが突き上げたが、手はそれを無視してロックボタンを押していた。これで中からは絶対に開けられない。ガコン、ガコン、と内側からドアを叩く音が響いてくる。胸がキリキリとした。大変なことをしているのだという自覚が身体中に染み広がり、もうじっとしていられなくなる。彼は背を向け全速力で走った。ドアを叩く音がどんどん遠のいていき、逆に耳の奥で脈打つ何かが、次第に強く、早くなっていった。
 
 元いた砲塔階に戻った。ディッキーは辺りを見回し、ダンを探す。けれど彼の姿は見当たらなかった。
「ダン」
 呼びかけてみる。その声は、一瞬響いた後、壁に吸い込まれるみたいに虚しくかき消えた。心を満たしていた罪悪感に、どろりと不安が降りてくる。どうにかしなければならないのに、どうしたらいいか全然分からなくて、目に涙が溜まってきた。
「ダン」
 もう一度呼んでみる。返事はない。でも、
「ディッキー」
 砲塔から一人の仲間が顔を出した。
「ダンだったら出てったよ。作戦が変わったんだって。お前に伝えとけって言われたんだ。『デレクとジョンを早く出してやれ』って。それで『お前はシェルターに一人で入ってろ』って。なあ、デレクとジョンがどうかしたのか? ダンは急いでたみたいだから聞けなかったんだけど……」
 脳が彼の言葉の意味をゆっくり咀嚼し、今のこの状況と照らし合わせていく。答えに近づくにつれて、胸で渦巻いていた不安が、やばいという焦りに変わっていく。頭に血がのぼる。
「ハメられた……」
 ディッキーは小さく呟くと、踵を返してシェルターへ走った。
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