18 / 28
一章 少年は英雄の夢を見る
少年は迷宮を攻略する
しおりを挟む
♢♢♢
「まったく……グレイもジン君も大人に何の相談もせずに行ってしまったよ。そんなに僕たちは頼りないかったのかなぁ」
王城の一室、月明かりに照らされた王都を駆け抜けるジンとグレイの姿を窓越しに見ながらツヴァイは独り言を零した。
「迷宮は危険だ、迷宮変異で生み出された区画は特に。でも、ジン君がいるなら大丈夫だろう。彼には初代様が憑いているようだし」
右手に持ったグラスを傾ける。グラスの中に満たされた葡萄酒に月光が差し込み、紅紫色に輝いた。
♢♢♢
迷宮の中に入った僕たちは見覚えのある道を駆け抜けていく。道中魔物が出てくるが構っている暇は無い、最低限の戦闘のみ行い、遂に迷宮変異によって生み出された区画に辿り着いた。
「ようやくここまできたな……」
「うん……。僕たちが前に見たときは塞がれてた道も今では元通りになってる。これなら簡単に進めそうだね」
分岐路を曲がり、新区画に踏み入った瞬間、僕たちが来た道に壁が現れ退路を断たれた。
「どうやら俺たちのことを逃がす気は無いみたいだな?」
「もともと最深部まで向かうつもりだったんだ、別に退路が消えてもやることは変わらないよ」
「お、かっこいいこと言うなジンっ!」
グレイは笑みを浮かべて僕の背をばしりと叩いた。
これまでは少しでも重量を軽くするために【アイテムボックス】の中にしまっていたけど、もうその必要は無い。
僕は“アーテル・ニテンス”を取り出し、肩に担いだ。“マギア・インディクム”のような幻想的な美しさとは異なる品のある美しさを放つ黒い刀身のずしりとした重みが伝わってくる。
「うえっ!? なんだよその大剣っ!」
「ああ、そっかグレイには初めて見せたもんね。これも“マギア・インディクム”と一緒に、とある知り合いの人から貰ったんだ」
迷宮を進みながら話していると、【気配探知】に反応があった。反応は五つ、速さはそこまでないが、確実に僕たちの方に向かってきている。
「グレイ、どうやら魔物はもう来るみたいだよ! 構えてっ!」
「おう!」
前方から二匹の魔物が地面を食い破り姿を現した。
「KISYAAAAAAAAッ!」
忘れもしない、僕たちが苦戦させられた魔物酸蟻だ。続いて後方に三匹の酸蟻が地面から現れ、僕たちは完全に包囲された。
「前回の続きってわけだな」
「僕が後ろの三匹を、グレイは前の二匹をお願い」
「任せろっ!」
互いに背を合わせ、僕とグレイは同時にその場を飛び出した。
【縮地】を使い、一気に距離を詰めながら大剣を大きく横薙ぎに振るう。剣は酸蟻の身体を容易く断ち切り、勢いの衰えない刃が隣の酸蟻をも両断した。
右から左へ大剣を振った勢いをそのまま利用し、身体を回転させ、流れるように三匹目の酸蟻目掛けて大剣を振り下ろした。
「KISYAA……?」
魔物の理解が追い付かないほど迅速に勝利を収めることができた。やはり、この数日間の修練は決して無駄ではなかったと、そう実感できる。
グレイの方も二匹の酸蟻を屠り、戦闘が終わっていた。
「お疲れさん、どうやら城から抜け出してから相当強くなったみたいだな」
「そういうグレイこそ」
お互いに顔を見合わせ笑いあうと、表情を引き締め前へと進む。
「基本的に迷宮の中で魔物が沸くのには一定時間が必要になる。だから、魔物を倒してから少しの間は安全に進めるはずだぜ」
「そうなの? それなら、余計今のうちにできるだけ進んでいかないとね」
「ああ、そういうわけだ。【ファイアースピード】」
グレイの魔法がグレイ自身と僕の身体を赤く包み込んだ。
身体が軽い、身体強化系の魔法だろうか?
「これで少しは探索速度が速くなるだろ?」
「ありがとうグレイ!」
そこから僕たちは手当たり次第に迷宮の中を探索していき、運よく次の層へと下る階段を見つけることができた。
階段を下った先に広がっていたのは先ほどまでと何ら変わらない石造の廊下。変わらず光源は見当たらないため、効果時間が切れる前に【エンバース】を唱えておく。
「迷宮変異で出来た区画って何階層くらいあるの?」
「えーっと、確かものにもよるけど四・五層だったと思うぞ。だから最低でもあと二回は手当たり次第に探索して階段見つけないといけねえな」
「うへぇ……」
正直この階段を見つけるという行為が思いのほか大変なのだ。
ゲームのように自動で来た道をマッピングしてくれるわけではないのでしっかりと道を覚えておく必要があるし、いつ魔物がどこから襲ってくるか分からないので、常に警戒している必要もある。
「とりあえず魔物が出てこない間にもう少し先に進んでおこうか?」
「そうだな」
僕たちは休む間もなく再び駆けだした。
これだけ走り回っているというのに息が上がる様子が見受けられないのはこれもまたLVアップの恩恵だろう。
すると、前でグレイが声を漏らし、立ち止まった。
「どうかした?」
「いや、あれ……」
グレイが指した方向に見えたのは下層に通じる階段だった。先程あれだけ苦労した階段探索がこうもあっさりと終ってしまうと嬉しい気持ちも勿論あるが少し複雑な気持ちになる。
「……とりあえず進もうか」
「……おう」
次の層もこれまでと同じ代わり映えのしない密閉空間が続くのだろうと階段を降りると、僕は目にした光景に口を思わず開いてしまった。
視界に広がっているのは広大な大地。草木が枯れ果て、生命の気配は感じられないが、これまでの階層のような石造の、どこか人工的な造りとは少し違う。
「迷宮にはこんなものまであるの……?」
「ああ……俺も話でしか聞いたことがなかったけど、稀にこういう広い空間の階層もあるらしい」
グレイの方を向いて話を聞いていると、ふと壁に違和感を感じて、何かと思い壁に近づいた。
すると見つかったのは石壁に開いた大きな穴。大きいとはいえ人が通れる程の大きさは無く、通れたとしても子供が這いつくばってようやくというほどの大きさだ。
そのような穴が石壁に無数に存在している。ざっと見たところ視界の範囲内だけでも三十は下らない。
「なんだこの穴?」
「分かんないけど……。なんだか嫌な予感がするな、とりあえずまた階段を探そう」
壁伝いに歩き、階段を探しているとそれらしきものを発見した。ならばと下層へ降りようと歩みを進めると足が何かにぶつかった。
不思議に思い足元に視線を向けるがそこには何も見えない。もう一度踏み出そうとすると同じように何かに足がぶつかった。
「……? グレイ、ちょっと先に行ってくれないかな?」
「おお、いいぞ」
グレイが僕を追い越し、階段を降りようとすると、グレイの身体が何かに衝突した。
「うおっ!?」
横から見ていたから分かる、どうやら階段に目視出来ない膜のようなものが張られているみたいだ。
折角下層に降りる階段を見つけてもこれでは先に進むことが出来ない。
「なんだこれ……? 階段のところに何かあるみたいだな」
「うん、そこに見えない壁みたいなものがあって、先に進めないようになってるんだよ」
「それだと次の層に進めないな……。でも、迷宮で次の階層に絶対に進めないってことは流石に無いはずだ。ならこの層のどこかにこの見えない壁をどうにかする仕掛けがあるんじゃないか?」
グレイの意見は最もだ。流石に攻略不能の迷宮ということはあり得ない。だとすればグレイの言う通りこの階層のどこかに透明な膜を消す仕掛けがあるはずだけど……。
この階層はこれまでの層に比べて明らかに広大だ。しかも、これまでの階層は通路が続いていたが、この層は辺りが開けている。常に全方位に警戒する必要があるし、囲まれる危険性も大きい。
加えてこの一面に立ち込めている霧、これのせいで視界を満足に確保することもおぼつかない。
こんな状況でこれまで通り探索していては絶対に時間が掛かりすぎてしまう。
通常ならばどれだけ時間を掛けようと構わない、でも今の僕たちにはそれが許されない。
こうしている間にも刻一刻と刻限は近づいてきている。エミリーに掛けられた呪印の効果が発動するのは呪印を受けてから丁度一週間後。
エミリーが呪印を受けてから今日で丁度七日が経つ、僕たちが迷宮に忍び込んだのが夜明けごろでそれから少なくとも五時間は経過している。
エミリーが呪印を受けたのは夕方頃だから残された時間は八時間と少しと考えていい。
残り八時間の間にこの階層を探索し、迷宮最深部にいる守護者を倒さなければならない。運が悪ければこの層の下にもう一つ階層が残っている可能性もある。
唇を強く引き締め、悩みに悩んだが末に僕は口を開いた。
「グレイ……二手に分かれてその仕掛けを探そう」
「……分かった、それじゃあ俺は左回りに探索してくる!」
「あ……」
普段のように笑みを浮かべるとグレイは走って行ってしまった。その姿は霧に包まれ、あっという間に見えなくなる。
グレイは何でもないように笑みを浮かべていってしまった。グレイも分かっているんだろう、二手に分かれることの危険性も、そうしなければエミリーを助けることが出来ないことも。
「アレク、僕たちも行こう」
「ああ、気を引き締めろよジン。友の心配をするのは構わないが、それでお前が死んでしまっては意味がないからな」
「分かってるよ」
僕は苦笑を浮かべながらアレクに答えると、背に背負った“アーテル・ニテンス”を抜いた。
「どうやら早速お出ましみたいだ」
【気配探知】に反応が三つ。一つは前方から、二つは左から迫ってきている。
僕が大剣を構えるのと同時に霧の海を掻き分け、魔物が姿を現した。
「KISYAAAAAAAAA!!」
忘れもしない、酸蟻の姿がそこにはあった。酸の涎を垂らしながら大きく口を開き、僕のことを丸呑みせんと飛び掛かってくる。
【気配探知】で魔物が来ることを予期していた僕は予め構えていた剣を振り下ろした。刃はするりと酸蟻頭へと通り、断末魔をあげる隙さえ与えず軽く両断する。
正面から迫る酸蟻を片付けると、左から迫る二匹の魔物の方へ意識を向ける。大剣を肩に置き、一呼吸すると霧を突き破り勢いよく二匹の酸蟻が姿を現した。
「「KISYAAAAAAAAAAAAAAA!!」」
「はあぁぁっ!!」
気合一閃、酸蟻が飛び込んでくるタイミングを見計らい、大剣を大きく横に一薙ぎする。
飛び掛かってきた酸蟻達は空中で成す術も無く大剣に断ち切られ、黄土色の血液を溢れさせながらその場で絶命した。
「ふぅ……もう酸蟻には慣れてきたかも」
「この迷宮《ダンジョン》に入ってから酸蟻ばかりだからな。まあ、あの時の意趣返しだと思えばいいのではないか?」
「あはは、そうだね」
ひとまず周囲に魔物の反応が消えたことを確認し、“アーテル・ニテンス”を背のホルダーに戻した。
ここまでは霧で方向感覚を狂わない為にも壁伝いに進んできたが、特に仕掛けらしきものは見当たらなかった。となれば透明な壁を消す仕掛けがあるのはこの階層の中央付近だと考えられる。
「仕方ない……かぁ……」
この霧の中だ、無暗に動き回れば方向感覚を失って霧の中で彷徨うことになるかもしれない。ただ、こうする他に方法は無い。
腹を決め、僕は霧の立ち込めるこの階層の中央へと向かい、歩みを進めた。
「まったく……グレイもジン君も大人に何の相談もせずに行ってしまったよ。そんなに僕たちは頼りないかったのかなぁ」
王城の一室、月明かりに照らされた王都を駆け抜けるジンとグレイの姿を窓越しに見ながらツヴァイは独り言を零した。
「迷宮は危険だ、迷宮変異で生み出された区画は特に。でも、ジン君がいるなら大丈夫だろう。彼には初代様が憑いているようだし」
右手に持ったグラスを傾ける。グラスの中に満たされた葡萄酒に月光が差し込み、紅紫色に輝いた。
♢♢♢
迷宮の中に入った僕たちは見覚えのある道を駆け抜けていく。道中魔物が出てくるが構っている暇は無い、最低限の戦闘のみ行い、遂に迷宮変異によって生み出された区画に辿り着いた。
「ようやくここまできたな……」
「うん……。僕たちが前に見たときは塞がれてた道も今では元通りになってる。これなら簡単に進めそうだね」
分岐路を曲がり、新区画に踏み入った瞬間、僕たちが来た道に壁が現れ退路を断たれた。
「どうやら俺たちのことを逃がす気は無いみたいだな?」
「もともと最深部まで向かうつもりだったんだ、別に退路が消えてもやることは変わらないよ」
「お、かっこいいこと言うなジンっ!」
グレイは笑みを浮かべて僕の背をばしりと叩いた。
これまでは少しでも重量を軽くするために【アイテムボックス】の中にしまっていたけど、もうその必要は無い。
僕は“アーテル・ニテンス”を取り出し、肩に担いだ。“マギア・インディクム”のような幻想的な美しさとは異なる品のある美しさを放つ黒い刀身のずしりとした重みが伝わってくる。
「うえっ!? なんだよその大剣っ!」
「ああ、そっかグレイには初めて見せたもんね。これも“マギア・インディクム”と一緒に、とある知り合いの人から貰ったんだ」
迷宮を進みながら話していると、【気配探知】に反応があった。反応は五つ、速さはそこまでないが、確実に僕たちの方に向かってきている。
「グレイ、どうやら魔物はもう来るみたいだよ! 構えてっ!」
「おう!」
前方から二匹の魔物が地面を食い破り姿を現した。
「KISYAAAAAAAAッ!」
忘れもしない、僕たちが苦戦させられた魔物酸蟻だ。続いて後方に三匹の酸蟻が地面から現れ、僕たちは完全に包囲された。
「前回の続きってわけだな」
「僕が後ろの三匹を、グレイは前の二匹をお願い」
「任せろっ!」
互いに背を合わせ、僕とグレイは同時にその場を飛び出した。
【縮地】を使い、一気に距離を詰めながら大剣を大きく横薙ぎに振るう。剣は酸蟻の身体を容易く断ち切り、勢いの衰えない刃が隣の酸蟻をも両断した。
右から左へ大剣を振った勢いをそのまま利用し、身体を回転させ、流れるように三匹目の酸蟻目掛けて大剣を振り下ろした。
「KISYAA……?」
魔物の理解が追い付かないほど迅速に勝利を収めることができた。やはり、この数日間の修練は決して無駄ではなかったと、そう実感できる。
グレイの方も二匹の酸蟻を屠り、戦闘が終わっていた。
「お疲れさん、どうやら城から抜け出してから相当強くなったみたいだな」
「そういうグレイこそ」
お互いに顔を見合わせ笑いあうと、表情を引き締め前へと進む。
「基本的に迷宮の中で魔物が沸くのには一定時間が必要になる。だから、魔物を倒してから少しの間は安全に進めるはずだぜ」
「そうなの? それなら、余計今のうちにできるだけ進んでいかないとね」
「ああ、そういうわけだ。【ファイアースピード】」
グレイの魔法がグレイ自身と僕の身体を赤く包み込んだ。
身体が軽い、身体強化系の魔法だろうか?
「これで少しは探索速度が速くなるだろ?」
「ありがとうグレイ!」
そこから僕たちは手当たり次第に迷宮の中を探索していき、運よく次の層へと下る階段を見つけることができた。
階段を下った先に広がっていたのは先ほどまでと何ら変わらない石造の廊下。変わらず光源は見当たらないため、効果時間が切れる前に【エンバース】を唱えておく。
「迷宮変異で出来た区画って何階層くらいあるの?」
「えーっと、確かものにもよるけど四・五層だったと思うぞ。だから最低でもあと二回は手当たり次第に探索して階段見つけないといけねえな」
「うへぇ……」
正直この階段を見つけるという行為が思いのほか大変なのだ。
ゲームのように自動で来た道をマッピングしてくれるわけではないのでしっかりと道を覚えておく必要があるし、いつ魔物がどこから襲ってくるか分からないので、常に警戒している必要もある。
「とりあえず魔物が出てこない間にもう少し先に進んでおこうか?」
「そうだな」
僕たちは休む間もなく再び駆けだした。
これだけ走り回っているというのに息が上がる様子が見受けられないのはこれもまたLVアップの恩恵だろう。
すると、前でグレイが声を漏らし、立ち止まった。
「どうかした?」
「いや、あれ……」
グレイが指した方向に見えたのは下層に通じる階段だった。先程あれだけ苦労した階段探索がこうもあっさりと終ってしまうと嬉しい気持ちも勿論あるが少し複雑な気持ちになる。
「……とりあえず進もうか」
「……おう」
次の層もこれまでと同じ代わり映えのしない密閉空間が続くのだろうと階段を降りると、僕は目にした光景に口を思わず開いてしまった。
視界に広がっているのは広大な大地。草木が枯れ果て、生命の気配は感じられないが、これまでの階層のような石造の、どこか人工的な造りとは少し違う。
「迷宮にはこんなものまであるの……?」
「ああ……俺も話でしか聞いたことがなかったけど、稀にこういう広い空間の階層もあるらしい」
グレイの方を向いて話を聞いていると、ふと壁に違和感を感じて、何かと思い壁に近づいた。
すると見つかったのは石壁に開いた大きな穴。大きいとはいえ人が通れる程の大きさは無く、通れたとしても子供が這いつくばってようやくというほどの大きさだ。
そのような穴が石壁に無数に存在している。ざっと見たところ視界の範囲内だけでも三十は下らない。
「なんだこの穴?」
「分かんないけど……。なんだか嫌な予感がするな、とりあえずまた階段を探そう」
壁伝いに歩き、階段を探しているとそれらしきものを発見した。ならばと下層へ降りようと歩みを進めると足が何かにぶつかった。
不思議に思い足元に視線を向けるがそこには何も見えない。もう一度踏み出そうとすると同じように何かに足がぶつかった。
「……? グレイ、ちょっと先に行ってくれないかな?」
「おお、いいぞ」
グレイが僕を追い越し、階段を降りようとすると、グレイの身体が何かに衝突した。
「うおっ!?」
横から見ていたから分かる、どうやら階段に目視出来ない膜のようなものが張られているみたいだ。
折角下層に降りる階段を見つけてもこれでは先に進むことが出来ない。
「なんだこれ……? 階段のところに何かあるみたいだな」
「うん、そこに見えない壁みたいなものがあって、先に進めないようになってるんだよ」
「それだと次の層に進めないな……。でも、迷宮で次の階層に絶対に進めないってことは流石に無いはずだ。ならこの層のどこかにこの見えない壁をどうにかする仕掛けがあるんじゃないか?」
グレイの意見は最もだ。流石に攻略不能の迷宮ということはあり得ない。だとすればグレイの言う通りこの階層のどこかに透明な膜を消す仕掛けがあるはずだけど……。
この階層はこれまでの層に比べて明らかに広大だ。しかも、これまでの階層は通路が続いていたが、この層は辺りが開けている。常に全方位に警戒する必要があるし、囲まれる危険性も大きい。
加えてこの一面に立ち込めている霧、これのせいで視界を満足に確保することもおぼつかない。
こんな状況でこれまで通り探索していては絶対に時間が掛かりすぎてしまう。
通常ならばどれだけ時間を掛けようと構わない、でも今の僕たちにはそれが許されない。
こうしている間にも刻一刻と刻限は近づいてきている。エミリーに掛けられた呪印の効果が発動するのは呪印を受けてから丁度一週間後。
エミリーが呪印を受けてから今日で丁度七日が経つ、僕たちが迷宮に忍び込んだのが夜明けごろでそれから少なくとも五時間は経過している。
エミリーが呪印を受けたのは夕方頃だから残された時間は八時間と少しと考えていい。
残り八時間の間にこの階層を探索し、迷宮最深部にいる守護者を倒さなければならない。運が悪ければこの層の下にもう一つ階層が残っている可能性もある。
唇を強く引き締め、悩みに悩んだが末に僕は口を開いた。
「グレイ……二手に分かれてその仕掛けを探そう」
「……分かった、それじゃあ俺は左回りに探索してくる!」
「あ……」
普段のように笑みを浮かべるとグレイは走って行ってしまった。その姿は霧に包まれ、あっという間に見えなくなる。
グレイは何でもないように笑みを浮かべていってしまった。グレイも分かっているんだろう、二手に分かれることの危険性も、そうしなければエミリーを助けることが出来ないことも。
「アレク、僕たちも行こう」
「ああ、気を引き締めろよジン。友の心配をするのは構わないが、それでお前が死んでしまっては意味がないからな」
「分かってるよ」
僕は苦笑を浮かべながらアレクに答えると、背に背負った“アーテル・ニテンス”を抜いた。
「どうやら早速お出ましみたいだ」
【気配探知】に反応が三つ。一つは前方から、二つは左から迫ってきている。
僕が大剣を構えるのと同時に霧の海を掻き分け、魔物が姿を現した。
「KISYAAAAAAAAA!!」
忘れもしない、酸蟻の姿がそこにはあった。酸の涎を垂らしながら大きく口を開き、僕のことを丸呑みせんと飛び掛かってくる。
【気配探知】で魔物が来ることを予期していた僕は予め構えていた剣を振り下ろした。刃はするりと酸蟻頭へと通り、断末魔をあげる隙さえ与えず軽く両断する。
正面から迫る酸蟻を片付けると、左から迫る二匹の魔物の方へ意識を向ける。大剣を肩に置き、一呼吸すると霧を突き破り勢いよく二匹の酸蟻が姿を現した。
「「KISYAAAAAAAAAAAAAAA!!」」
「はあぁぁっ!!」
気合一閃、酸蟻が飛び込んでくるタイミングを見計らい、大剣を大きく横に一薙ぎする。
飛び掛かってきた酸蟻達は空中で成す術も無く大剣に断ち切られ、黄土色の血液を溢れさせながらその場で絶命した。
「ふぅ……もう酸蟻には慣れてきたかも」
「この迷宮《ダンジョン》に入ってから酸蟻ばかりだからな。まあ、あの時の意趣返しだと思えばいいのではないか?」
「あはは、そうだね」
ひとまず周囲に魔物の反応が消えたことを確認し、“アーテル・ニテンス”を背のホルダーに戻した。
ここまでは霧で方向感覚を狂わない為にも壁伝いに進んできたが、特に仕掛けらしきものは見当たらなかった。となれば透明な壁を消す仕掛けがあるのはこの階層の中央付近だと考えられる。
「仕方ない……かぁ……」
この霧の中だ、無暗に動き回れば方向感覚を失って霧の中で彷徨うことになるかもしれない。ただ、こうする他に方法は無い。
腹を決め、僕は霧の立ち込めるこの階層の中央へと向かい、歩みを進めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる