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二章 少年は絶対零度の花を摘む
少年は授かった力に苦悩する
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チャイムが学校全体に響く。
これで今日の授業は全て終わった。
久々の授業だったので思いのほか疲労感を覚えながらも、それを心地よく感じていた。
今日は清掃がないので帰りの支度を始めたり、友達とお喋りし始めたりと各々が別々の過ごし方をしていた。
僕はというとあちらの世界のことが頭から離れず、気になって仕方がなかったので早く帰るためにも帰りの支度を始めていた。
教科書を鞄に詰め込みながら、僕はふと先週の出来事を思い返していた。
(そういえば、早川さんにあの時結局お礼が言えなかったんだっけ……)
ちらと視線を向けると、早川さんは友達と楽しそうに歓談していた。
このままお礼を言えず仕舞いでいることは良くない。けど、大勢の目があるこの場でお礼を言うのは少し照れ臭かった。
じっと見つめていると、早川さんと歓談していた佐々木さんと目が合ってしまった。
「あ……」
思わず声が漏れるが、幸い小さな声だったので周りの喧騒に掻き消された。
佐々木さんは少し驚いたような顔を見せた後、くすりと悪戯っぽい笑みを浮かべると「私ちょっと!」と言い残して教室を後にしてしまった。
そうして一人残された早川さんはロッカーから鞄を持って、隣の席についた。
(今は恐らく誰の目もないはず……)
僕はちっぽけな勇気を振り絞ると、早川さんに話しかけた。
「あの、早川さん。ちょっといいかな……?」
「ん? うん。どうかした?」
「その……ここだと少し言い難いから後で校舎裏に来てくれないかな?」
やっぱり照れくさくて、少し顔が熱くなるのを感じる。
伏目がちにそう言うと、先程までクラスの中で木霊していた喧騒が嘘のように止み、クラスメイトから突き刺さるような視線を感じた。
(え!? なんで皆僕のことをそんなに見るんだろう……)
不思議に思っていると、それまで沈黙を守っていた早川さんが口を開いた。
「えと……うん。あとで行くね」
「うん、よろしく」
早川さんが了承してくれたことに安堵する。
これで断られていたら、永遠とお礼を言う機会を模索し続けることになっていたこと間違いなしだ。
胸につかえていたもやもやが取り除けると思うと自然と心が軽くなった。
♢♢♢
帰りのホームルームが終わり、早々に塵が出た教室の中で生徒達は興奮気味に皆が一様に同じ話題について話していた。
「なあさっきの聞いたか?」
「聞いた聞いた! あれって絶対告白だよな!」
「まさか風間が早川に告白するとは思ってなかったわ~」
そう、話題の渦中にあったのは塵と楓だった。
二人共話題になりやすい人物ではあったが、今回の話は瞬く間に学年全員が知るほどの大事件へと変化していった。
その理由というのは、まず楓は男子人気が高く、告白が後を絶たない。そのためによく楓に告白しようと呼び出そうとする男子生徒がこれまで数多く存在したのだが、その悉《ことごと》くを楓は断ってきた。
つまり、今回塵が校舎裏に呼び出し、楓がそれに応えたというのが前例にないことなのだ。
第二に、楓を呼び出したのがあの風間塵であるということ。
塵は楓とは違った意味で学年で広く認知されていた。英雄《ヒーロー》が大好きな変わった奴、という認識で。
勉強は出来るわけでも、出来ないわけでもなく、運動はとことん苦手で容姿も平々凡々。中学一年生になっても未だに英雄《ヒーロー》が大好きであることを除いてこれといって特筆すべき点の無い少年だった。
そんな男子生徒の呼び出しをあの早川楓が了承したということに話を聞いた者は一様に驚き、それ故に瞬く間に拡散されていった。
ただ、塵についての評価は今日、少しばかり変わっていた。
「いやあ、でも今日の風間はなんか違ったよな!」
「うん、私もそう思った。体育ではすっごい速いタイム出してたし、英語はめっちゃ流暢に話してたしね」
また一方では。
「なんか前に見た時よりもちょっとでかくなってたよな、あいつ」
「それにちょっと顔もすっきりしたっつうか……。むかつくけど凛々しくなってたような気がする」
「私、ちょっと風間君のこと見直しちゃったよ」
「うん、私も!」
それまで塵について回っていた評価が好転し始めていた。
要因は一時間目の体育にて起こった出来事などが最たるものだった。
そして、噂は広まっていき放課後に校舎裏で塵が楓に告白すると分かると、それを聞いた生徒たちが移す行動は分かりきったことであった。
♢♢♢
殆どの生徒達が塵の告白を見に行くと出て行った教室。ただ一人残っていたのは枢だった。
「クソッ!!」
枢は湧き上がる激情を堪えきれず、目の前の机を蹴り飛ばす。
派手に音を立てて転がった机を忌々しく見下ろしながら、枢は吐き捨てるように呟いた。
「なんなんだよッ! あの野郎はッ!!」
床に散乱した教科書を踏みつけ、枢も教室を後にした。
向かう先は校舎裏。
瞳が憤怒の色に染まり、きらりと赤く輝いた。
♢♢♢
人気のない校舎裏。
鞄を持って一人、塵が木に寄り掛かっていると、そこにもう一つ影が現れた。
「あ、ごめんね、待たせちゃって……」
「ううん、大丈夫だよ。それよりわざわざこんなところに呼び出しちゃってごめんね。教室で言うのは恥ずかしくてさ……」
「だ、大丈夫だよ。それより話って……?」
両手をぶんぶんと横に振る楓は話の本題を切り出した。
大勢の生徒達が校舎の窓や、木陰から見守る中、塵は照れ臭そうに首に手を当てた。
「実は――」
そう、塵が楓に対して言おうとした瞬間だった。
塵の後頭部目掛けて金属製のバットが勢いよく振り下ろされた。しかし、【気配探知】によって予め背後に人がいることを察知していた塵は鍛えられた反応速度を駆使してひらりと身を躱した。
振り下ろされた金属バットは勢いよく地面のコンクリートと激突し甲高い音が閑散とした校舎裏に響いた。
塵は楓を自分の背後に庇いながら、自分にバットを振りかざした相手の名を呼んだ。
「どういうつもりなの、東郷君……?」
「避けてんじゃねえよ……」
物陰からすっと姿を現したのは、金属バットを右手に握り締めた東郷枢だった。
その顔は憎悪に歪み、楓を背後に庇う塵の姿を見て音を鳴らすほど歯を食いしばった。
「おらァッ!」
力任せに金属バットから振り回される。
塵はそれらを避けながら、楓を背後に庇い、じりじりと後退していった。
「なんでこんなことをするの!?」
「なんで? なんでだと……?」
ぴくりと眉を動かした枢の動きが止まる。
代わりに歪んだ笑みを浮かべると、忌々しいと言わんばかりの眼差しを塵に向けた。
「全部お前のせいだよ」
「……え?」
緊張していた塵の身体から不意に力が抜ける。
「ついこの間まで、気弱で、鈍間《のろま》で、中学生にもなってヒーローが大好きとか言って気持ち悪かったお前が……! どうしてお前が尊敬されるっ!? 何故お前が認められるっ!? なんで早川は俺じゃなくお前を選ぶッ!!」
「……っ、それは……」
言葉に詰まった。だって、それは本当の意味で僕の力じゃないから。
僕は何も変わってはいない。
気弱で、鈍間《のろま》で、中学生にもなってヒーローが大好きなままだ。
でも、【英雄伝説《ヒーロークロニクル》】が僕のことを強くしてくれた。いや、してしまったんだ。
「気に食わねえ……。何なんだよ、お前はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「……ッ!」
咆哮を上げ、枢は金属バットを振り下ろした。
だが、ほんの一瞬塵の反応は遅れた。
(間に合わない……っ!)
瞬間的に感じ取った塵は楓のことを身を挺して守るため、楓のことを抱き寄せた。
そして、塵の背中に金属バットが振り下ろされる――。
だが、衝撃が塵を襲うことはなかった。
恐る恐る瞳を開き、塵が背後を振り返るとそこには体育教師である鈴木の姿があり、枢が振り上げた右腕を力強く押さえていた。
「離せッ!!」
「話は聞いてる。何もしていない風間に対してお前が突然金属バットを振り下ろしたそうだな、東郷?」
「俺だけが悪者か!? あいつらはどうなる!」
鈴木はちらと視線を塵の方へ向けると、再び枢に向き直った。
「あいつらは被害者、お前は加害者……それだけだ。話があるなら指導室でじっくりと聞かせてもらうぞ」
静かにそう言い放った鈴木の言葉には怒気が含まれていた。危うく自分の生徒が、自分の生徒を殺しかねなかったのだ。
背後で腕を掴まれ、身動きを制限された枢は去り際に背後にいる塵達のことを睨みつけた。憎悪の込められたその瞳は一瞬、赤光を迸った。
緊張が解けてか、楓はへたりとその場に座り込んでしまった。
咄嗟に塵が楓の身体を支える。
「おっと、大丈夫早川さん?」
「う、うん……」
そう答えた楓の身体は震えていた。顔は血の気が引いて青白くなってしまっている。
塵は自分の上着を脱ぐと、楓の肩にそっと掛けた。
「風間君……?」
「もう大丈夫だよ、早川さん」
諭すように優しく微笑みかけられた楓は、赤面し、思わず顔を伏せてしまった。
しばし沈黙が続き、静寂の支配する校舎裏に多くの足音が聞こえてきた。
「楓っ!」
その集団の中でも先頭を走っていた女生徒が楓に勢いよく抱き着いた。
楓の友達である佐々木恵だ。
彼女はその円《つぶ》らな瞳に涙を堪えながら笑みを浮かべる。
「よかった、無事で……。ありがとう、風間君。風間君のおかげだよ」
「い、いやそんなことないよ。僕は何も……」
「ふふ、そんなことなかったって。ね? 楓?」
「え!? う、うん……」
聞こえないくらいか細い声で楓は答えた。
塵の告白を陰ながら見ていた生徒達のほとんどがこの場に駆けつけており、次々に楓を心配する言葉が掛けられていた。
「あ、そうだ……。さっきは言いそびれちゃったんだけど、早川さんに言いたいことがあったんだ」
その塵の言葉に、この場に集まっていた者達の意識が集中した。
「こんな状況になっちゃったけど、僕早川さんに……お礼が言いたかったんだ」
「……え?」
「先週僕が東郷君に馬鹿にされてた時に、庇ってくれたでしょ? でも僕、そのお礼を言えてなかったから……」
塵が恥ずかしさを堪《こら》えるようにそう言うと、楓は苦笑を浮かべていた。
「私こそありがとう、風間君。風間君のおかげで何ともなかった。さっきの風間君、まるで英雄《ヒーロー》みたいだったよ?」
少し悪戯っぽく笑う楓に塵はどきりとさせられた。
はやる心臓を抑え、頭を振って雑念を払う。
「ごめん、早川さん。僕もう行かないといけないんだ! また明日ね!」
「あ……」
最後はあっけなく、早々に別れを告げて走って行ってしまった塵の背中に楓は手を伸ばしかけたが、その手を引いた。
♢♢♢
「ジン」
「なにアレク……?」
僕は今、帰路についていた。
誰もいない閑散とした住宅街を一人歩いている。
「お前、【英雄伝説《ヒーロークロニクル》】で手に入れたものは自分の力なんかじゃない……そんな風に思っていないか?」
「……」
「沈黙は肯定ととるぞ。確かにジンが考えていることも分かる」
だがな、そうアレクは続けた。
「お前が手に入れた力はお前が手に入れようと努力したから手に入れたものだ。その力は他の誰でもない、お前のものだ」
「……。ありがとう、アレク……。元気出たよ!」
僕が笑いかけると、アレクは優しく僕の頭を撫でた。
それが心地好くて、話を聞いてもらえたのが、僕のことを認めてもらえたのが嬉しくて。
心が温かくなるのを感じた。
これで今日の授業は全て終わった。
久々の授業だったので思いのほか疲労感を覚えながらも、それを心地よく感じていた。
今日は清掃がないので帰りの支度を始めたり、友達とお喋りし始めたりと各々が別々の過ごし方をしていた。
僕はというとあちらの世界のことが頭から離れず、気になって仕方がなかったので早く帰るためにも帰りの支度を始めていた。
教科書を鞄に詰め込みながら、僕はふと先週の出来事を思い返していた。
(そういえば、早川さんにあの時結局お礼が言えなかったんだっけ……)
ちらと視線を向けると、早川さんは友達と楽しそうに歓談していた。
このままお礼を言えず仕舞いでいることは良くない。けど、大勢の目があるこの場でお礼を言うのは少し照れ臭かった。
じっと見つめていると、早川さんと歓談していた佐々木さんと目が合ってしまった。
「あ……」
思わず声が漏れるが、幸い小さな声だったので周りの喧騒に掻き消された。
佐々木さんは少し驚いたような顔を見せた後、くすりと悪戯っぽい笑みを浮かべると「私ちょっと!」と言い残して教室を後にしてしまった。
そうして一人残された早川さんはロッカーから鞄を持って、隣の席についた。
(今は恐らく誰の目もないはず……)
僕はちっぽけな勇気を振り絞ると、早川さんに話しかけた。
「あの、早川さん。ちょっといいかな……?」
「ん? うん。どうかした?」
「その……ここだと少し言い難いから後で校舎裏に来てくれないかな?」
やっぱり照れくさくて、少し顔が熱くなるのを感じる。
伏目がちにそう言うと、先程までクラスの中で木霊していた喧騒が嘘のように止み、クラスメイトから突き刺さるような視線を感じた。
(え!? なんで皆僕のことをそんなに見るんだろう……)
不思議に思っていると、それまで沈黙を守っていた早川さんが口を開いた。
「えと……うん。あとで行くね」
「うん、よろしく」
早川さんが了承してくれたことに安堵する。
これで断られていたら、永遠とお礼を言う機会を模索し続けることになっていたこと間違いなしだ。
胸につかえていたもやもやが取り除けると思うと自然と心が軽くなった。
♢♢♢
帰りのホームルームが終わり、早々に塵が出た教室の中で生徒達は興奮気味に皆が一様に同じ話題について話していた。
「なあさっきの聞いたか?」
「聞いた聞いた! あれって絶対告白だよな!」
「まさか風間が早川に告白するとは思ってなかったわ~」
そう、話題の渦中にあったのは塵と楓だった。
二人共話題になりやすい人物ではあったが、今回の話は瞬く間に学年全員が知るほどの大事件へと変化していった。
その理由というのは、まず楓は男子人気が高く、告白が後を絶たない。そのためによく楓に告白しようと呼び出そうとする男子生徒がこれまで数多く存在したのだが、その悉《ことごと》くを楓は断ってきた。
つまり、今回塵が校舎裏に呼び出し、楓がそれに応えたというのが前例にないことなのだ。
第二に、楓を呼び出したのがあの風間塵であるということ。
塵は楓とは違った意味で学年で広く認知されていた。英雄《ヒーロー》が大好きな変わった奴、という認識で。
勉強は出来るわけでも、出来ないわけでもなく、運動はとことん苦手で容姿も平々凡々。中学一年生になっても未だに英雄《ヒーロー》が大好きであることを除いてこれといって特筆すべき点の無い少年だった。
そんな男子生徒の呼び出しをあの早川楓が了承したということに話を聞いた者は一様に驚き、それ故に瞬く間に拡散されていった。
ただ、塵についての評価は今日、少しばかり変わっていた。
「いやあ、でも今日の風間はなんか違ったよな!」
「うん、私もそう思った。体育ではすっごい速いタイム出してたし、英語はめっちゃ流暢に話してたしね」
また一方では。
「なんか前に見た時よりもちょっとでかくなってたよな、あいつ」
「それにちょっと顔もすっきりしたっつうか……。むかつくけど凛々しくなってたような気がする」
「私、ちょっと風間君のこと見直しちゃったよ」
「うん、私も!」
それまで塵について回っていた評価が好転し始めていた。
要因は一時間目の体育にて起こった出来事などが最たるものだった。
そして、噂は広まっていき放課後に校舎裏で塵が楓に告白すると分かると、それを聞いた生徒たちが移す行動は分かりきったことであった。
♢♢♢
殆どの生徒達が塵の告白を見に行くと出て行った教室。ただ一人残っていたのは枢だった。
「クソッ!!」
枢は湧き上がる激情を堪えきれず、目の前の机を蹴り飛ばす。
派手に音を立てて転がった机を忌々しく見下ろしながら、枢は吐き捨てるように呟いた。
「なんなんだよッ! あの野郎はッ!!」
床に散乱した教科書を踏みつけ、枢も教室を後にした。
向かう先は校舎裏。
瞳が憤怒の色に染まり、きらりと赤く輝いた。
♢♢♢
人気のない校舎裏。
鞄を持って一人、塵が木に寄り掛かっていると、そこにもう一つ影が現れた。
「あ、ごめんね、待たせちゃって……」
「ううん、大丈夫だよ。それよりわざわざこんなところに呼び出しちゃってごめんね。教室で言うのは恥ずかしくてさ……」
「だ、大丈夫だよ。それより話って……?」
両手をぶんぶんと横に振る楓は話の本題を切り出した。
大勢の生徒達が校舎の窓や、木陰から見守る中、塵は照れ臭そうに首に手を当てた。
「実は――」
そう、塵が楓に対して言おうとした瞬間だった。
塵の後頭部目掛けて金属製のバットが勢いよく振り下ろされた。しかし、【気配探知】によって予め背後に人がいることを察知していた塵は鍛えられた反応速度を駆使してひらりと身を躱した。
振り下ろされた金属バットは勢いよく地面のコンクリートと激突し甲高い音が閑散とした校舎裏に響いた。
塵は楓を自分の背後に庇いながら、自分にバットを振りかざした相手の名を呼んだ。
「どういうつもりなの、東郷君……?」
「避けてんじゃねえよ……」
物陰からすっと姿を現したのは、金属バットを右手に握り締めた東郷枢だった。
その顔は憎悪に歪み、楓を背後に庇う塵の姿を見て音を鳴らすほど歯を食いしばった。
「おらァッ!」
力任せに金属バットから振り回される。
塵はそれらを避けながら、楓を背後に庇い、じりじりと後退していった。
「なんでこんなことをするの!?」
「なんで? なんでだと……?」
ぴくりと眉を動かした枢の動きが止まる。
代わりに歪んだ笑みを浮かべると、忌々しいと言わんばかりの眼差しを塵に向けた。
「全部お前のせいだよ」
「……え?」
緊張していた塵の身体から不意に力が抜ける。
「ついこの間まで、気弱で、鈍間《のろま》で、中学生にもなってヒーローが大好きとか言って気持ち悪かったお前が……! どうしてお前が尊敬されるっ!? 何故お前が認められるっ!? なんで早川は俺じゃなくお前を選ぶッ!!」
「……っ、それは……」
言葉に詰まった。だって、それは本当の意味で僕の力じゃないから。
僕は何も変わってはいない。
気弱で、鈍間《のろま》で、中学生にもなってヒーローが大好きなままだ。
でも、【英雄伝説《ヒーロークロニクル》】が僕のことを強くしてくれた。いや、してしまったんだ。
「気に食わねえ……。何なんだよ、お前はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「……ッ!」
咆哮を上げ、枢は金属バットを振り下ろした。
だが、ほんの一瞬塵の反応は遅れた。
(間に合わない……っ!)
瞬間的に感じ取った塵は楓のことを身を挺して守るため、楓のことを抱き寄せた。
そして、塵の背中に金属バットが振り下ろされる――。
だが、衝撃が塵を襲うことはなかった。
恐る恐る瞳を開き、塵が背後を振り返るとそこには体育教師である鈴木の姿があり、枢が振り上げた右腕を力強く押さえていた。
「離せッ!!」
「話は聞いてる。何もしていない風間に対してお前が突然金属バットを振り下ろしたそうだな、東郷?」
「俺だけが悪者か!? あいつらはどうなる!」
鈴木はちらと視線を塵の方へ向けると、再び枢に向き直った。
「あいつらは被害者、お前は加害者……それだけだ。話があるなら指導室でじっくりと聞かせてもらうぞ」
静かにそう言い放った鈴木の言葉には怒気が含まれていた。危うく自分の生徒が、自分の生徒を殺しかねなかったのだ。
背後で腕を掴まれ、身動きを制限された枢は去り際に背後にいる塵達のことを睨みつけた。憎悪の込められたその瞳は一瞬、赤光を迸った。
緊張が解けてか、楓はへたりとその場に座り込んでしまった。
咄嗟に塵が楓の身体を支える。
「おっと、大丈夫早川さん?」
「う、うん……」
そう答えた楓の身体は震えていた。顔は血の気が引いて青白くなってしまっている。
塵は自分の上着を脱ぐと、楓の肩にそっと掛けた。
「風間君……?」
「もう大丈夫だよ、早川さん」
諭すように優しく微笑みかけられた楓は、赤面し、思わず顔を伏せてしまった。
しばし沈黙が続き、静寂の支配する校舎裏に多くの足音が聞こえてきた。
「楓っ!」
その集団の中でも先頭を走っていた女生徒が楓に勢いよく抱き着いた。
楓の友達である佐々木恵だ。
彼女はその円《つぶ》らな瞳に涙を堪えながら笑みを浮かべる。
「よかった、無事で……。ありがとう、風間君。風間君のおかげだよ」
「い、いやそんなことないよ。僕は何も……」
「ふふ、そんなことなかったって。ね? 楓?」
「え!? う、うん……」
聞こえないくらいか細い声で楓は答えた。
塵の告白を陰ながら見ていた生徒達のほとんどがこの場に駆けつけており、次々に楓を心配する言葉が掛けられていた。
「あ、そうだ……。さっきは言いそびれちゃったんだけど、早川さんに言いたいことがあったんだ」
その塵の言葉に、この場に集まっていた者達の意識が集中した。
「こんな状況になっちゃったけど、僕早川さんに……お礼が言いたかったんだ」
「……え?」
「先週僕が東郷君に馬鹿にされてた時に、庇ってくれたでしょ? でも僕、そのお礼を言えてなかったから……」
塵が恥ずかしさを堪《こら》えるようにそう言うと、楓は苦笑を浮かべていた。
「私こそありがとう、風間君。風間君のおかげで何ともなかった。さっきの風間君、まるで英雄《ヒーロー》みたいだったよ?」
少し悪戯っぽく笑う楓に塵はどきりとさせられた。
はやる心臓を抑え、頭を振って雑念を払う。
「ごめん、早川さん。僕もう行かないといけないんだ! また明日ね!」
「あ……」
最後はあっけなく、早々に別れを告げて走って行ってしまった塵の背中に楓は手を伸ばしかけたが、その手を引いた。
♢♢♢
「ジン」
「なにアレク……?」
僕は今、帰路についていた。
誰もいない閑散とした住宅街を一人歩いている。
「お前、【英雄伝説《ヒーロークロニクル》】で手に入れたものは自分の力なんかじゃない……そんな風に思っていないか?」
「……」
「沈黙は肯定ととるぞ。確かにジンが考えていることも分かる」
だがな、そうアレクは続けた。
「お前が手に入れた力はお前が手に入れようと努力したから手に入れたものだ。その力は他の誰でもない、お前のものだ」
「……。ありがとう、アレク……。元気出たよ!」
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