悪役令息さん総受けルートに入る

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二年生へん

中級おわり

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 唸り声と共に地を駆け、一気に距離を詰める。炎の爪が目の前に振り下ろされたところで、
「クロエ、アル準備!」
「ん」
「はい!」
 治りきらない傷の痛みを無視して、思い切り地面を踏みしめ、魔法を発動させる。
『む?』
 空間が反転したかのようにサラマンダーの体が空に向かって浮き上がる。魔力の出力を高めたせいで遺跡に転がる焼け焦げた何者かたちもふわふわと宙を舞った。
 クロエのピアスが赤く瞬いたのを合図に、遺跡の空気が唸りを上げて渦を巻く。
 俺も巻き込まれそうで、魔法を発動させたまま、浮きかけの石柱にしがみついた。ビシビシと石が頬に当たって痛い。クロエ加減をしろ。いや、したら駄目か。
 浮かせたサラマンダーを見れば、炎の体が散り散りになり、脈動するように光る赤いコアが現れたところだった。
「せーの!」
 気の抜ける声が耳に届き、正面方向に居るアルへ視線を向ける。すると、やつの触媒である剣が真っ白に光り輝き魔力をため込んでいた。
 サラマンダーの体が修復されていくのにも心が焦るが、あれに巻き込まれる予感に俺は逃げ場を探す。だが、敵の拘束を解くわけにもいかない。寸前で伏せるくらいしかできないだろう。
 大きく振った剣から空を切り裂くような光刃が放たれる。
 それはサラマンダーごと飲み込むように進み、白光が炎と空の青を一掃していく。
 音も全てのみ込むような威力に、頭がぐわんぐわんする。
 反重力の魔法を解いてその場で屈み、ローブで身を守っているとクロエがのんびりと俺の傍にやってくる。
「思いっきり魔力解放できるとこって少ないから、たまにやると楽しいよね」
「魔力が多いやつは良いよな、俺はもうかつかつなのに」
 視界が戻ってきて、土煙が晴れていく。
 そこかしこで燃え盛っていた炎は鎮まり、祭壇であろう長方形の石の台の上に、赤い石が落ちた。
 おそらく、サラマンダーのコアだ。両手におさまるかどうかのサイズである。
 怪しく光るそれは、あれだけの光刃をうけたというのに、少しひびが入ったのみ。まだまだ強い魔力を感じる。
「二人とも、平気か!?」
「耳と目が痛い。アルのせい」
「ご、ごめん?」
 クロエが耳に手をあて、痛いと訴えるポーズをとる。でかい男がやっていいものではないが、何故か似合っている。
 そんな気の抜ける会話を聞いていると、再び空気が熱を帯びコアに炎が集まっていく。渦巻く火が先ほどより一回り程小さいサイズのとかげになった。
『なるほどな、妙な魔力だと思ったが、世界樹の眷属か』
 ここに来た時よりも穏やかな口調になった。
 この国は世界樹のマナの恩恵を受けている、となればこの国の精霊たちは、あれの影響を受けていてもおかしくない。
『あれに喧嘩を売る気にはなれんな、終わりだ終わり』
『ならなぜ戦おうとしたんですか』
『世界樹の魔力だと確信を持てなかったし、何より退屈をしていた。客人は久々だったからなぁ。そら、持っていけ』
 サラマンダーが言うと同時に祭壇の上に赤い石の欠片が現れる。これ、お前のコアの欠片では……。宝ってこれか、たしかに命だと思えば宝か?
 欠片に触れると、強い熱を持っていて素手では触れそうにない。魔法で浮かせ、持ってきた小瓶に入れる。
『あと、これを。少年、困ったときこの指輪に魔力を込めてみろ』
 とかげの口から、黒く焦げた指輪が吐き出された。それも触れそうもなく、アルに水の魔法で冷ましてもらうがかけた水が即蒸発していく。
『感謝する。急に来て、貴方の寝床を荒らして申し訳なかった』
『いいや、少しは楽しめた。あの木が関わっていなければ、どちらかが死ぬまでやりあえたのだがな』
 それは勘弁願いたい。いざとなったらクロエもんにお前を四次元収納してもらうことになる。
 クロエの竜としての能力は便利すぎる。影の世界に引きずり込んだり潜れたり、やはりチート。
 これで帰れる。先生だろうが試験官だろうが、このコアを見せれば文句は言えまい。だってちゃんと三人で戦ったし、素材だってもらえた。
『にしてもその癒しの力、人の身に与えて良いものではないだろう』
 おそらく、俺の足の事だろう。さっきこいつの攻撃を吸収した時服だけでなく、皮膚も爛れていた。だが、今は綺麗に元通りだ。
 本当にそうだ。俺は曖昧に笑って、頷く。それから一礼して、二人に帰れそうだと伝えた。

 魔力回復のために、世界樹の雫を鞄から取り出し一気に飲んだ。この虚無のようなよく分からない味をした回復薬にも、だいぶ慣れてきた。人に魔力を恵んでもらうよりまずい薬のがましだ。
「話終わったのか?」
「世界樹の使いと戦いたくないそうだ」
「この指輪、まだ温かいんだけど……」
「ああ、すまん。ありがとう」
 アルに冷ましてもらった指輪を受け取ると、たしかにほんのり温かい。これ指につけたくないな。
 祭壇の上で丸まるとかげをちらりと見て、またいつか、と声をかける。返事の代わりに赤い尻尾が揺れた。


 俺たちが学園に戻れたのは、サラマンダーと戦った数時間後、陽が傾きはじめた頃だった。
 それもこれも、試験終了判定がなかなかされず帰還装置が発動しなかったからだ。
 自分たちのいる場所がどの辺りかも分からない。聞いたことの無い遺跡周辺の地図しかない状況、下手にうろつくよりもクロエに乗せてもらい人里を探すのが良いか、と話がまとまりかけたころに、なんとお迎えが来た。
 無事に学園に帰った時、教室には生徒はおらずエドガー先生も席を外していた。
 薄暗くなった窓の外に、どっと疲労感を覚えたのは、ずっと荒地を彷徨っていたからだろう。
「試験精霊の居る位置は把握出来るようになってるんです、ただきみたちの精霊はなんだか上手く察知できなくて……対応が遅れて申し訳ありません」
 俺たちを迎えに来た審査官が、深々と頭を下げる。
「何もかもおかしいのですが、試験内容もこのただの石も」
「ええ、どうしてあんな場所に行ったのか……。魔石も学園側に渡す前ちゃんと検品をしたはずなのですが、本当に申し訳ない」
「人間のやることですし、そういう抜けもありますよね。ところで、これサラマンダーのコアです。貰ってきました。映像を見れば試験内容に沿った行動はしています」
「わ、すごいですね。じゃなくて、確かに受け取りました」
「再試験なんてこと、ないですよね?」
 圧をかけるつもりで問うと、試験官はややあってから何度も頷く。
 これで「ちょっとわからないですね」とか言われていたら、クレームものだった。
 こんな感じで、我々の試験は一旦幕を閉じたのである。
 三人してへろへろになって、食事もほぼ無意識で終えおやすみなさいと解散となった。
 

「あのさ、ユーリ。起きてるか?」
「寝てる」
「うそつき」
 変な集団も出てきたことで、ユーリ係は続行だ。
 一人部屋のはずの俺の自室は、護衛に選ばれた四人が当番制でお泊りにくる。
 俺の部屋、リビングの時点で共用状態だから、あまりにも一人部屋感が無い。もともと二人用の部屋だったから、別に良いけど。
 寝室も当然同室なわけで、本日はアルと共に就寝だ。
 昼間の疲れもあって、すぐに眠れそうだったのに幼馴染の声で夢から帰ってきてしまった。
 カーテンの隙間から漏れる月明りが、この部屋の光源だ。
 ベッドは窓を挟んで、両壁沿いに並べられている。俺たちの間にはぽっかりと空いた空間があり、そこに薄っすらとした月の光が佇んでいた。
「今日、ブローチ渡そうとしたのは、俺よりをお前を無事に帰すべきだと思ったんだ」
 その話、もう終わりで良いだろう。そうやって切り上げても良いのだが、今後にわだかまりを残したくない。もう面倒だし、拳で決着つけないか。勝ったほうが正義だ。
「これは、ユーリがこの国にとってどういう立場かとかじゃなくて、例えばクロエのブローチが使えなくても同じことをしたよ」
 アルの言葉に、閉じていたまぶたが勝手に開く。
 自分で掴めていなかった感覚が、今すとんと落ちてきた。
 俺は俺が思うより、世界樹の使いだの聖者だのと言われるのが、不愉快だったらしい。前はそれを利用して嫌がらせしてやろうとすら考えていたのに、何故嫌なのだろう。
 お前のおかげで自分が分かったよありがとう、と素直に言える人間になりたいものだ。こういう時、どう反応すれば良い。黙って寝たふりして良いか?
「起きてる?」
「寝た」
「おい」
「お前、俺の理解者面するな」
「してないよ、あ、いやしたいなとは思う」
 したいってなんだ。後方腕組み幼馴染にでもなるつもりか。
 再び俺が黙ると、アルがベッドの上に体を起こしたのだろう。ごそごそと物音が聞こえてきた。
「理解したいし、俺が一番ユーリを知っていたい」
「その話やめろ」
「やだ。ユーリは世界樹って単語に敏感になってるし、最近考えこむことが多くなってる。そして前より、大人しい」
「よく見てるな、観察日記でもつける気か」
「良いならつけるよ」
「見つけ次第燃やす」
 確かに、本編が近づいて、というかすでにその時間軸に入っている。
 だが、ヒロインである聖女は来ていないし、そもそも俺が聖女の代わりやっている時点でゲームシナリオとは違う。
 ゲームに出ていない、というか悠太が覚えていないだけかもしれないが、俺の知らない人物が増えているのも現実と物語は違うというのを現わしているだろう。
 問題は、俺がここから闇落ちする可能性と、もしかしたら俺の代わりに化け物になるものが出るのかも、という不安。後者はただの杞憂だ。
 ば神さまは通信を試みると大体通じず、要らん時に連絡が来る。返ってきたら埋めよう。木だし良いだろ。
「できることがあればしたい。話くらいは聞ける。力になれないかもしれないけど、悩んでることは話した方が楽になるよ」
「必要が無いから話していないんだ。面倒ごとが増えるのが憂鬱なんだよ。リーフの話だと俺は巻き込まれるのが確実だしな」
 選択肢がいくつかあるだのなんだの、マルチエンディングは回収が楽しいものだが面倒な部分でもある。現実では一つしか選べないのは、人生がクソゲーである理由の最たるものだろう。
「俺はユーリは死なないと思ってる。前みたいな馬鹿な事しなければ」
 前みたいな、とは、影の世界に行った時の話か。
「あれで助かったんだから文句言うな」
 俺が世界樹に、死んでも良いから助けてくれってお願いしなければ、アルもクロエも影の世界から出られてない。褒められはしても、責められるはずがない。なのに、俺は沢山の人から説教を食らった。世界はおかしい。
「生きて貰わないと困る。それで、今度こそちゃんとした理由で、えーと」
「振ってくれって?」
「振らないでくれ……」
 上体を起こしてアルを見ると、顔を覆って呻いていた。
 死ぬ心配が無ければ、考える余裕が出るだろうか。友情は愛情に変わるのかとか、愛とは恋とはという深淵の哲学。
 再び寝る体勢に戻って、まぶたを閉じる。
「考えるだけはする。考えるだけな」
「結果は言葉にして伝えてほしい」
「善処する」
 ヴィルも最近ぐいぐいどころじゃないし、アルもこれだし、カイル先輩とは恋人擬態した。俺の癒しがクロエしかいない。やつは本能的に俺の感情を察知するのか、一緒に居て楽だ。
 カイル先輩はあくまでリリア嬢を騙すため、だから彼も安全な部類だろうが最近の様子を見ていると、俺まで気が逆立ちそうで前のように近づけない。
 彼は大らかに見えて、結構繊細なんだと思う。初代聖女の件や、兄弟との才能差、複雑な感情になる要素は普通より多いだろう。王子だし。
 なんて考えていると、アルが小声でおやすみ、と呟いた。それに掠れた声で返して、俺も今度こそ眠りについた。
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