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なかよくしろよ
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「止まれ、それ以上は駄目だ」
俺を庇おうとしているスノウを止めて、立ち上がる。
自分は別に傷ついても良い。猫が傷つくのは嫌だし、ルークが誰かを傷つけるのも嫌だ。
勝手な理想かもしれないが、ルークはあまり人を襲いたくない人だと思っている。だから使用人は逃がしたし、ソフィアさんのことがあった後も、一人で暮らしていた。なんだかんだ、俺にも優しい。
完全にルークの注意が俺の方に向く。さすがにこんなでかい犬に噛まれたことも、引っかかれたこともない。肌を裂かれて無事でいられる自信はない。
ルークが吠えて、こちらに向かって突進してくる。スノウが俺の服を噛んで引っ張るのを無視して、前に出た。
歪で大きな手が振り上げられたのを視界にとらえつつ、大きな毛むくじゃらに掴みかかる。というよりも抱きつく。逃げるとスノウが傷つきそうだし、今逃げてはいけないような気がした。
酔っ払いの取っ組み合いに巻き込まれた時よりも重くて力が強い。服を掴んでしがみつくが、すぐに吹っ飛ばされてしまいそうだ。
いつもより体温が高くて、匂いが獣臭になってしまっている。早く戻したい。
「ルーク、お、ち、つけ……!」
一思いに切り裂かれるのを覚悟していたが、その痛みは襲ってこなかった。かわりに背中にじりりと火傷に似た熱が走る。
ルークの爪が皮膚に食い込み肉を裂いているのだろう。意識すると自分に負けそうだ。
「クリス、さん。早く、出ていけ」
「ほら、俺の言った通りだ。あーあ、きみも死ぬんだろうな。二人目だなルーク」
こいつ、わざとか? 嫌味を言うために体を張って逃げなかったのか? 意味が分からない。その度胸別の場面で使ったらどうだ。
吐く息が震える。額に脂汗が浮いてきた。大丈夫、父親に瓶で殴られたって生きてたし、ユエの付き人にもぼこぼこにされた時も歯が抜けたくらいで済んだ。他にもパンを盗んで店主に投げ飛ばされたこともある。他にもいろいろ、これくらいは何の問題もない。
「れ、の」
苦し気な声に、顔を上げる。そこには、人の顔に戻ったルークが頬を引き攣らせてこちらを見ていた。
良かった。まだ瞳孔開きっぱなしだけど正気だ。安心して、変な笑いが口から漏れた。
ルークが息を整え、クリスの方を向く。耳もしっぽも手もそのままだ。何かあれば、またすぐに戻ってしまうだろう。
「つまらないな、そのまま殺せばよかったのに」
「何の、つもりだ」
クリスが額の血を拭うと、そこには傷の一つもついていなかった。血も止まっていて、怪我など存在しなかったかのようだ。この一族は、傷の治りも早いのか、なるほど確かに便利だ。
まだ獣化の解けないルークを前に、クリスは嘲笑に似た表情を作る。
「別に? 彼を狂暴なお前から救いたかった」
「いい加減にしろ、嘘を吐くな」
「嘘じゃないさ、外に連れ出してあげようと思ったのに」
クリスはなおもルークが悪だという姿勢を崩さない。
「違うねぇ、クリスはあわよくばレノを連れ出して殺したかった。上手くいかなくとも、ルークが暴走してくれたらそれだけで二人の間に疑念が生まれると思った。総合して言うと、儀式の失敗をしてほしかった。最高は、ルークがレノを殺すこと」
ユエがのんびりと室内に足を踏み入れる。お前どこに行っていたんだ。ティアドロップのサングラスを頭に乗せて、楽しそうに兄弟を眺めて手を叩く。
「ルークの戻りもクリスは知っていたでしょ。やりたいことはできた? ていうか、そういうことするならもっと早い段階でやらないと」
「……たしかにのんびりしすぎたな。ルークがこれをここまで大事にするとは、予想外だ」
これとは、俺か、もの扱いだな。
それよりも、なんでユエはクリスの心を読めたんだ。クリスはどうしてそれを受け入れているのか。なんで儀式の失敗をさせたかったのか。人ならざるものの嗜好は理解ができない。
「驚いてるねぇレノ。私は心読めちゃうんだ」
「じゃあ俺の疑問を読んで全部答えてください」
「悪意だけは読めるんだ。きみはそれが足りない」
悪意を持った質問ってなんだ。
だんだん背中の傷が痛んできた。買ってもらったシャツもびりびりだ。大事にしたかったのに、どうしてこうなるのやら。
佇まいを整えたクリスが、ルークを一瞥する。
「儀式、失敗することを祈っているよ」
「どうしてですか、兄弟なのに」
「やめてくれ、俺はこいつが大嫌いだ。死ねば良いと思うくらいには」
「僕もお前に死んでほしいよ」
「いいねぇ、好きだよそういうの。クリスはルークの才能が羨ましいよね、ルークはクリスみたいに呪いが控えめに生まれたかったよね」
兄弟が同時にユエを睨む。ユエは袖の余ったコートで口を隠した。しかしその表情は悪びれた様子が欠片もない。
クリスは舌打ちをすると、部屋を足早に出る。革靴の音が徐々に遠くなって、次第に聞こえなくなった。
三人と一匹の部屋に静寂が訪れ、スノウが控えめに鳴いた。
「レノ、手当を」
「ルークは先に着替えたらどうだ」
「馬鹿かきみは」
「はいはい、レノは私が治すからルークは着替えて、ご先祖様の前に行くんだから」
ユエの言葉に、ルークは口を閉ざす。しばし不満そうにしていたが、何も言わずクローゼットに向かう。
手招きされるまま、俺はユエと共にルークの部屋を出た。廊下はずたぼろで、壁紙や床にはひっかき傷、花瓶は粉々、飾ってあった絵も床に落ちていた。
「前から痛みに強い子だ」
「慣れてる。それより、二人の事詳しいのか、ですか」
「普通に喋れよ、気色悪いから」
ユエは迷うことなく階段に向かい、下に降りていった。
「ルークは魔法の才能がずば抜けていて、獣化も強い」
「獣化って、呪いだろ」
「そ、でも悪いことばっかじゃないって、オーガストのご当主様が言ってたよ。傷の治り早いのは利点だしね」
オーガスト兄弟は昔から喧嘩ばかり、ルークが呪いを抑えられないと発覚したのは八歳の頃。クリスと大喧嘩をした時。
初代の再来を期待し、しばらくはルークを本家に置いていたが、感情が乱れるたびに暴れてしまう。
その原因は必ずクリスだった。と、ユエは語る。
「ルークをわざと怒らせて家から追い出したんだよ。クリスは」
「何が何でもルークの人生を悪い方向に持っていきたいのかあいつ」
「ルークが幸せになるのは気に入らないんだろうね、ルークもルークでそんなクリスが嫌いだし、クリスを長男というだけで庇う家も好きではない」
「詳しいな」
「オーガストとは三代目くらいからのお付き合いですからぁ」
三代目、今何代目なんだろう。考えて足を止めた。
長いみつあみを揺らして、ユエが俺を振り返る。どう見ても老人ではない。何歳だこの男。
「ユエは、何者なんだ」
「実はマフィアでは無いんだ。趣味で金を貸すし武器も売る、薬も作る。その実態は……手当の後で!」
面倒だなこいつ。ルークとは別の方向で会話がし難い。
スキップのような足取りで、ユエはダイニングに向かった。早く座れと促されるまま椅子に腰かけると、破けたシャツを捲られた。
傷は痛むが、気にするほどではない。例えば骨が砕けて中が出てきてしまってるなら大事だが、歩けるなら騒ぐ必要は無いだろう。
「結構深くいってるけど、どう」
「痛い」
「うーん、つまらない男だ」
どんな返事を期待していたんだろう。
ユエはそれ以上何も言わず、俺の背中に触れる。手当をするのに、救急箱も何もない。傷の状態でも見ているのか、黙っていると背中がじんわりと温かくなってくる。
疼痛が消え、僅かに体が軽くなったような気すらした。
「おわりー、お代はルークにもらうか」
伸びをしたユエは、俺の隣の椅子を引く。よっこらしょ、と年寄りじみた声とともに座る姿に、先ほどの何歳なんだこいつという疑問が再び浮上した。
「ルークがまさかお前さんを気に入るとは、さっさとご飯にして次の人を買ってもらいたかったなぁ」
「今更だけど、俺が来るのをルークは知っていたのか」
「え? ご家族には言っておいたよ。屋敷の状態が心配だからって使用人を欲しがっててね」
なるほど、家族もルークのものぐさ加減は知っていたか、面倒くさがりじゃなくてもこんな屋敷一人で管理は無理だ。俺も全然追いついていない。
ユエはしっかり俺を捨て駒として、ここに送り込んだんだ。俺もそのつもりだっだけど、どうしてこうなったんだろう。ルークが思いのほか、優しかったということか。
「で、どーよ。ルークをちゃんと愛せる?」
「うーん、たぶん」
「たぶんって、いや、まあ平気でしょ。駄目でも私はたのしいし」
ユエは、コートのポケットから何かを取り出す。黒くて丸い水晶みたいなものだ。
指で弄んでいるそれを眺めていると、頭の中がかき混ぜられるような感覚に陥った。汚泥のように濁り、混ざり、溶けていく。
「ああ、無能一般人はあんまり見ない方が良いよ。普通の人間は引っ張られる」
「それは?」
水晶を手の中に隠したユエは、玩具を与えられた子供みたいな笑みを浮かべる。この時点で聞くべきではなかったと後悔した。
「ゴースト、ここのは活きが良いんだよ。オーガストには極力祓わないでってお願いしてて、長年溜まった恨みつらみが一つに混ざって良い感じだ」
「ゴースト……」
「スノウが食べちゃうかと思ったけど、結構残ってるね。気を使ってくれたのかな」
「なんで、その、ゴーストを?」
「後悔と無念、憎悪と恐怖。それらに満ちた魂は良い素材になる」
ユエは水晶に耳をあててにこにこ上機嫌だ。なんの素材、という質問は喉で引っかり出てこない。
スノウがゴーストを追い払うだけにとどめていたのも、ルークがゴーストへの対処をしなかったのもこいつのせいか。
「文句ありそうな空気だ」
不満げなのが伝わったのか、ユエが俺の方を見る。
「俺、ゴーストに追いかけられまくって今ルークの部屋に軟禁状態だ。ゴーストを飼育なんてしてるからこんなことになったんだろって思った」
言うと、ユエは軽快に笑って自分のせいではないと首を横に振った。
「自分の部屋にレノを置いたのは、そうしたかっただけだと思うよ? 彼女もそれが不愉快なのかな」
「彼女って」
聞き返すんじゃなかった。蛇のように笑う隣の男を見て、俺は己の迂闊さを悔いた。
ユエは視線を落とすと無言で俺の俺の額に人差し指をあてる。すると、ぱちん、と電気を落としたように視界が暗くなる。
俺を庇おうとしているスノウを止めて、立ち上がる。
自分は別に傷ついても良い。猫が傷つくのは嫌だし、ルークが誰かを傷つけるのも嫌だ。
勝手な理想かもしれないが、ルークはあまり人を襲いたくない人だと思っている。だから使用人は逃がしたし、ソフィアさんのことがあった後も、一人で暮らしていた。なんだかんだ、俺にも優しい。
完全にルークの注意が俺の方に向く。さすがにこんなでかい犬に噛まれたことも、引っかかれたこともない。肌を裂かれて無事でいられる自信はない。
ルークが吠えて、こちらに向かって突進してくる。スノウが俺の服を噛んで引っ張るのを無視して、前に出た。
歪で大きな手が振り上げられたのを視界にとらえつつ、大きな毛むくじゃらに掴みかかる。というよりも抱きつく。逃げるとスノウが傷つきそうだし、今逃げてはいけないような気がした。
酔っ払いの取っ組み合いに巻き込まれた時よりも重くて力が強い。服を掴んでしがみつくが、すぐに吹っ飛ばされてしまいそうだ。
いつもより体温が高くて、匂いが獣臭になってしまっている。早く戻したい。
「ルーク、お、ち、つけ……!」
一思いに切り裂かれるのを覚悟していたが、その痛みは襲ってこなかった。かわりに背中にじりりと火傷に似た熱が走る。
ルークの爪が皮膚に食い込み肉を裂いているのだろう。意識すると自分に負けそうだ。
「クリス、さん。早く、出ていけ」
「ほら、俺の言った通りだ。あーあ、きみも死ぬんだろうな。二人目だなルーク」
こいつ、わざとか? 嫌味を言うために体を張って逃げなかったのか? 意味が分からない。その度胸別の場面で使ったらどうだ。
吐く息が震える。額に脂汗が浮いてきた。大丈夫、父親に瓶で殴られたって生きてたし、ユエの付き人にもぼこぼこにされた時も歯が抜けたくらいで済んだ。他にもパンを盗んで店主に投げ飛ばされたこともある。他にもいろいろ、これくらいは何の問題もない。
「れ、の」
苦し気な声に、顔を上げる。そこには、人の顔に戻ったルークが頬を引き攣らせてこちらを見ていた。
良かった。まだ瞳孔開きっぱなしだけど正気だ。安心して、変な笑いが口から漏れた。
ルークが息を整え、クリスの方を向く。耳もしっぽも手もそのままだ。何かあれば、またすぐに戻ってしまうだろう。
「つまらないな、そのまま殺せばよかったのに」
「何の、つもりだ」
クリスが額の血を拭うと、そこには傷の一つもついていなかった。血も止まっていて、怪我など存在しなかったかのようだ。この一族は、傷の治りも早いのか、なるほど確かに便利だ。
まだ獣化の解けないルークを前に、クリスは嘲笑に似た表情を作る。
「別に? 彼を狂暴なお前から救いたかった」
「いい加減にしろ、嘘を吐くな」
「嘘じゃないさ、外に連れ出してあげようと思ったのに」
クリスはなおもルークが悪だという姿勢を崩さない。
「違うねぇ、クリスはあわよくばレノを連れ出して殺したかった。上手くいかなくとも、ルークが暴走してくれたらそれだけで二人の間に疑念が生まれると思った。総合して言うと、儀式の失敗をしてほしかった。最高は、ルークがレノを殺すこと」
ユエがのんびりと室内に足を踏み入れる。お前どこに行っていたんだ。ティアドロップのサングラスを頭に乗せて、楽しそうに兄弟を眺めて手を叩く。
「ルークの戻りもクリスは知っていたでしょ。やりたいことはできた? ていうか、そういうことするならもっと早い段階でやらないと」
「……たしかにのんびりしすぎたな。ルークがこれをここまで大事にするとは、予想外だ」
これとは、俺か、もの扱いだな。
それよりも、なんでユエはクリスの心を読めたんだ。クリスはどうしてそれを受け入れているのか。なんで儀式の失敗をさせたかったのか。人ならざるものの嗜好は理解ができない。
「驚いてるねぇレノ。私は心読めちゃうんだ」
「じゃあ俺の疑問を読んで全部答えてください」
「悪意だけは読めるんだ。きみはそれが足りない」
悪意を持った質問ってなんだ。
だんだん背中の傷が痛んできた。買ってもらったシャツもびりびりだ。大事にしたかったのに、どうしてこうなるのやら。
佇まいを整えたクリスが、ルークを一瞥する。
「儀式、失敗することを祈っているよ」
「どうしてですか、兄弟なのに」
「やめてくれ、俺はこいつが大嫌いだ。死ねば良いと思うくらいには」
「僕もお前に死んでほしいよ」
「いいねぇ、好きだよそういうの。クリスはルークの才能が羨ましいよね、ルークはクリスみたいに呪いが控えめに生まれたかったよね」
兄弟が同時にユエを睨む。ユエは袖の余ったコートで口を隠した。しかしその表情は悪びれた様子が欠片もない。
クリスは舌打ちをすると、部屋を足早に出る。革靴の音が徐々に遠くなって、次第に聞こえなくなった。
三人と一匹の部屋に静寂が訪れ、スノウが控えめに鳴いた。
「レノ、手当を」
「ルークは先に着替えたらどうだ」
「馬鹿かきみは」
「はいはい、レノは私が治すからルークは着替えて、ご先祖様の前に行くんだから」
ユエの言葉に、ルークは口を閉ざす。しばし不満そうにしていたが、何も言わずクローゼットに向かう。
手招きされるまま、俺はユエと共にルークの部屋を出た。廊下はずたぼろで、壁紙や床にはひっかき傷、花瓶は粉々、飾ってあった絵も床に落ちていた。
「前から痛みに強い子だ」
「慣れてる。それより、二人の事詳しいのか、ですか」
「普通に喋れよ、気色悪いから」
ユエは迷うことなく階段に向かい、下に降りていった。
「ルークは魔法の才能がずば抜けていて、獣化も強い」
「獣化って、呪いだろ」
「そ、でも悪いことばっかじゃないって、オーガストのご当主様が言ってたよ。傷の治り早いのは利点だしね」
オーガスト兄弟は昔から喧嘩ばかり、ルークが呪いを抑えられないと発覚したのは八歳の頃。クリスと大喧嘩をした時。
初代の再来を期待し、しばらくはルークを本家に置いていたが、感情が乱れるたびに暴れてしまう。
その原因は必ずクリスだった。と、ユエは語る。
「ルークをわざと怒らせて家から追い出したんだよ。クリスは」
「何が何でもルークの人生を悪い方向に持っていきたいのかあいつ」
「ルークが幸せになるのは気に入らないんだろうね、ルークもルークでそんなクリスが嫌いだし、クリスを長男というだけで庇う家も好きではない」
「詳しいな」
「オーガストとは三代目くらいからのお付き合いですからぁ」
三代目、今何代目なんだろう。考えて足を止めた。
長いみつあみを揺らして、ユエが俺を振り返る。どう見ても老人ではない。何歳だこの男。
「ユエは、何者なんだ」
「実はマフィアでは無いんだ。趣味で金を貸すし武器も売る、薬も作る。その実態は……手当の後で!」
面倒だなこいつ。ルークとは別の方向で会話がし難い。
スキップのような足取りで、ユエはダイニングに向かった。早く座れと促されるまま椅子に腰かけると、破けたシャツを捲られた。
傷は痛むが、気にするほどではない。例えば骨が砕けて中が出てきてしまってるなら大事だが、歩けるなら騒ぐ必要は無いだろう。
「結構深くいってるけど、どう」
「痛い」
「うーん、つまらない男だ」
どんな返事を期待していたんだろう。
ユエはそれ以上何も言わず、俺の背中に触れる。手当をするのに、救急箱も何もない。傷の状態でも見ているのか、黙っていると背中がじんわりと温かくなってくる。
疼痛が消え、僅かに体が軽くなったような気すらした。
「おわりー、お代はルークにもらうか」
伸びをしたユエは、俺の隣の椅子を引く。よっこらしょ、と年寄りじみた声とともに座る姿に、先ほどの何歳なんだこいつという疑問が再び浮上した。
「ルークがまさかお前さんを気に入るとは、さっさとご飯にして次の人を買ってもらいたかったなぁ」
「今更だけど、俺が来るのをルークは知っていたのか」
「え? ご家族には言っておいたよ。屋敷の状態が心配だからって使用人を欲しがっててね」
なるほど、家族もルークのものぐさ加減は知っていたか、面倒くさがりじゃなくてもこんな屋敷一人で管理は無理だ。俺も全然追いついていない。
ユエはしっかり俺を捨て駒として、ここに送り込んだんだ。俺もそのつもりだっだけど、どうしてこうなったんだろう。ルークが思いのほか、優しかったということか。
「で、どーよ。ルークをちゃんと愛せる?」
「うーん、たぶん」
「たぶんって、いや、まあ平気でしょ。駄目でも私はたのしいし」
ユエは、コートのポケットから何かを取り出す。黒くて丸い水晶みたいなものだ。
指で弄んでいるそれを眺めていると、頭の中がかき混ぜられるような感覚に陥った。汚泥のように濁り、混ざり、溶けていく。
「ああ、無能一般人はあんまり見ない方が良いよ。普通の人間は引っ張られる」
「それは?」
水晶を手の中に隠したユエは、玩具を与えられた子供みたいな笑みを浮かべる。この時点で聞くべきではなかったと後悔した。
「ゴースト、ここのは活きが良いんだよ。オーガストには極力祓わないでってお願いしてて、長年溜まった恨みつらみが一つに混ざって良い感じだ」
「ゴースト……」
「スノウが食べちゃうかと思ったけど、結構残ってるね。気を使ってくれたのかな」
「なんで、その、ゴーストを?」
「後悔と無念、憎悪と恐怖。それらに満ちた魂は良い素材になる」
ユエは水晶に耳をあててにこにこ上機嫌だ。なんの素材、という質問は喉で引っかり出てこない。
スノウがゴーストを追い払うだけにとどめていたのも、ルークがゴーストへの対処をしなかったのもこいつのせいか。
「文句ありそうな空気だ」
不満げなのが伝わったのか、ユエが俺の方を見る。
「俺、ゴーストに追いかけられまくって今ルークの部屋に軟禁状態だ。ゴーストを飼育なんてしてるからこんなことになったんだろって思った」
言うと、ユエは軽快に笑って自分のせいではないと首を横に振った。
「自分の部屋にレノを置いたのは、そうしたかっただけだと思うよ? 彼女もそれが不愉快なのかな」
「彼女って」
聞き返すんじゃなかった。蛇のように笑う隣の男を見て、俺は己の迂闊さを悔いた。
ユエは視線を落とすと無言で俺の俺の額に人差し指をあてる。すると、ぱちん、と電気を落としたように視界が暗くなる。
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