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つがいになった
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ぎ、と音をたて、扉が開く。中は夢で見た通り、花畑だ。
知っていたとはいえ、実際に目にすると信じられない。太陽の光も無い、誰も世話していないだろうここに、どうしてこんな色とりどりの花が咲くのだろう。
中に入ると、暖かな日差しに似た光で満ちていて空気が澄んでいる。先ほどの空気の淀んだ地下が嘘みたいだ。
足元の花を踏むのを躊躇している俺と違って、ルークはどんどん奥へ進む。
そして、何も刻まれていない墓石の前に立つと、その場に屈んだ。
「何してる、早くこっちに」
手に小さな箱を持って、俺を呼ぶ。ここまできて小さなことに構っている場合でもない。ルークのもとへ歩みを進めると違和感に気が付いた。
踏みしめた花が光の粒子になって散っていくではないか。この部屋の光景はもしや幻? その場で足踏みしていると、ルークが冷たい目で俺をみていた。こんな経験なかなかないんだから、許せよ。
指輪の交換をするだけだ。愛情云々は今もまだ分かってないが、きっと俺はこの人と一緒に居たいと思っている。それを感情を言語化できるほどの語彙を、今のところ持っていない。
手のひらにおさまるサイズの白い小箱には、金と銀の指輪がおさめられていた。シンプルな何の装飾も無いそれに、俺は首を傾げる。
売ると高いってソフィアは言っていたけど、それすらも嘘なのではないか? そう疑うくらいには質素なものだ。いや、でも金や銀ってその時で価値が違うっていうよな。庶民には分からない値段が付くのだろう。
「レノ、左手を」
「はい」
ルークの手に自分の手を乗せる。犬になった気分だ。ルークも同じことを考えたのか、口元が笑ってる。
指輪の交換って、よくある教会でやるやつで良いのかな。僅かな緊張とともに自分の薬指にはめられていく銀の指輪を見つめた。
サイズなんて測っていないし、自分たちのために作られたものではないのに、まるで誂えたようにぴったりだ。
交換だから、次は俺がルークに指輪をつければいい。差し出された箱から金の指輪を取る。
「これ、伸縮自在だったりするのか?」
「それに近いだろうな」
原理を考えてはいけない。ルークの左手を取って、恐る恐る指輪をつける。この陶器のような肌が、どうしてあんな毛むくじゃらになるんだろう。骨とかどうなっているんだ。
根元まで着けたところで、手を離す。これで終わり、何事もなければ俺たちは地上に帰れる。
冷たく輝く指輪が、きん、と光を放つ。
まばたきをする間に、鮮やかに咲き乱れていた花が、どんどん色を無くしていった。
「ルー……あれ?」
居ない。代わりに墓の上に一人の女性が腰掛けていた。
黒い長い髪の毛、白い肌に赤い瞳。白いローブ。外見だけ見ると、ルークに似ている。彼を女性にしたらこうなるのだろう。
「大丈夫、今のところ何もしないから」
「あ、はい」
「きみたちは合格だとは思っているの」
試験官、ではないな。先祖の墓と言っていたから幽霊。これもゴーストなのか。
「私は指輪に宿る思念体だから、ゴーストとは違う」
「いまいち違いが分からないな。それで、どういう状況だ」
「質問を少しさせて」
体重を感じさせない動きで、女性が床に立つ。
「つがいになることで、ルークの呪いは抑えられます。だけど、ルークの愛情が別の人に向いた時点でつがいの契約は破棄となります」
「え、俺が別の人を好きになったら、とかじゃなくて?」
「貴方はオーガストと関係ないじゃない」
そうだけど、同じくらいリスクが無いと不公平な気がする。別に、ルーク以外についていく予定は無いから良いんだけど、心に引っ掛かりが残った。
「契約が破棄された時点で彼は獣に逆戻り、その場で暴走することもあり得る。もしそうなったとき、貴方はどうする?」
つまり、ルークが俺への愛を失った場合で良いのだろうか。いや、この言い方だと別の人を好きになったら、か。ようは浮気したら契約が切れる。
つがいになったら、ルークは人の肉をほぼ必要としなくなるんだっけ、となるとタイミング次第では暴走に巻き込まれて死ぬな。
どうするって、どうもしない。悲しいけど、人の心は移ろうものだ。
ルークのおかげで、俺は今生きることに少なからず楽しみを見出し始めている。それと同じように、ルークを変える人が現れる可能性はあるだろう。
「何もしない。もしそれで俺が食い殺されても受け入れる」
「怒らないの? 裏切りじゃない」
裏切りか、そうかも。でも、一時でも愛して沢山の物を与えてくれた人、を恨むことはしない。何より、怒り程生命力を使う感情はないから、怒りたくない。
無言で頷く俺に、女はもう一つ質問をする。
「貴方が彼の元を離れることはありそう?」
「想像できないな。たぶん、よっぽどのことが無いと離れない」
俺の顔をじいっと見つめたあと、女性は花が綻ぶような笑みを浮かべる。
「そう、よかった! 彼もずっと貴方と一緒にいるつもりみたい。私の血を濃く受け継いでるわね。とても共感できる考えをしている」
やはり、こいつが魔女か。ルークとこの人の意見が合致しているって、かなり恐ろしい。何かあったらルークも呪ってくるのだろうか、気をつけよう。
とはいえ、ルークはちゃんと俺を好いていてくれているのか、それは嬉しい。
「貴方はちょっと足りない部分があるけれど、正直でまっすぐね。なら大丈夫」
感情が足りていない自覚はある。それはその内なんとかなるような気もしている。
魔女の手のひらが光りを集めたのを見て、俺からも質問をする。
オーガスト家はずっと呪われたままなのか、またこの屋敷を使う人間が出るのかが気になった。また何人も死人がでるのは、殺す方も殺される方も可哀想だ。
「一つ良いか? 初代さんの呪いって」
「あの男? 呪いにのまれて死んだの。街の人に成敗されていて愉快だったな。誰が教えてくれたんだっけ、彼の首が今も教会に保管されてるって」
いや、その人の末路ではない。にこにこしているけど、夫である人物の最期を楽しそうに語るな。そして首が保管してあるって、それはもう呪物だろう。
「言い方が悪かった。あなたがかけた呪いって、もう永遠に解けないのか?」
「ああ、もうだいぶ薄まったでしょ? 永遠ではないわ。私が用済みになる日も近いなぁ。そしたらお墓を上に戻してって言っておいて、あの悪魔に」
「悪魔?」
「青髪の、ほら、ユエだっけ」
あいつ悪魔なのか、恨みつらみの籠った魂を集めて作るものは、きっと人にとって恐ろしい物なのだろう。
魔女が手を合わせると、光が強くなる。話は終わりということか。
「もう良い? それじゃ、私の子孫をよろしくお願いします」
お幸せに、と微笑んだのを最後に、世界に色が戻っていく。
「おかえり」
「あ、ああ、ルークも彼女と話したのか」
「最終面談みたいなものだな。指輪をつけた時点で彼女も俺たちの感情を把握しているはずなんだけど……」
質問の答え方に気に食わないところがあったら、儀式失敗なんてことがあったのか。良かった変なこと言わなくて。
男は浮気する生き物ってお客さんが言っていた、とか伝えたらどうなっていただろう。
左手を見ると、指輪が消えていた。代わりに指輪があった場所に火傷痕のようなものが残っている。
「これで、終わり?」
「そう」
「思ったよりあっさりだったな」
終わって安堵していると、ルークが呆れをはらんだ視線を向けてくる。
「下手したら死んでいたんだ。もう少し緊張感を持て」
「彼女がルークは自分に似ている、と言った時はひやっとした」
「……あの人のように呪ったりはしない、安心しろ」
それを聞けてよかった。だが、極力怒らせない方が良いんだろうな。
ルークの手が俺の頬に触れる。少し高い位置に顔を見上げると、彼女によく似た笑顔があった。少しばかり恐ろしいが、綺麗な笑みだ。
触れるだけの口づけをして、ルークは俺の手を引く。そうか、誓いのキスっていうものがあるよな。必要だったのか。
「ユエの所に行こう。荷物を最低限纏めてさっさと出るぞ」
「えっ、そんな急ぎなのか?」
「ああ、僕は一旦家に行く。きみはユエと待機だ」
「ご両親にご挨拶とか」
「いらない」
こちらを振り返ることなく、ルークは前に進む。
ユエは街を出るのと何か関係があるのか。あの男信用していいのだろうか。
「二人で暮らすんだよな?」
「当然」
今とそんなに変わらない生活だとは思うけど、監視して嫌がらせをしてくる男が居なくて知り合いのいない土地に行くのだとしたら、今よりも開放感がありそうだ。
家の仕事をするのも嫌いではないが、どうせなら俺も仕事をしたい。使用人と主ではない関係になるんだし、生活を変えてみるのも悪くないだろう。ルークは面倒だと言いそうだ。
「ルーク、生活が落ち着いたらで良いから、勉強教えて欲しい」
「勉強?」
「そう、俺もできることを増やした方が良いと思って」
「別に今のままで構わない」
「字の読み書きだけでも良いんだけど」
「レノ、今のきみはなんだか楽しそうだね」
ルークが階段の途中で、こちらを振り返った。逆光になって、表情がちゃんと確認できないが笑ってはいない。
楽しいのかもしれない。父親という枷も無く、雇用関係も無い。ただお互いが好きだから一緒に居る、手を取り合って生きていく。そんな生き方が自分にできるなんて、思ってもいなかった。だから、自分でもらしくないと思うくらい、気分が高揚している。
「楽しい、と思う」
「どうして?」
「え、それは、なんだろうな。これからも一緒に居られるのが嬉しいからかな」
俺の言葉に、ルークが息だけで笑ったのが分かる。
「可愛いね」
「馬鹿にしてるだろ」
子供にするように、俺の頭を撫でてルークは再び地上を目指す。
薄暗い地下から地上に戻る。この屋敷はどこも陰鬱な空気だと思っていたのだが、下よりもはるかにましに感じた。たぶん、もう一つの部屋のせいもあるだろう。あそこからは死の臭いがした。
「レノ」
「うん?」
「指輪、後でちゃんとしたものを渡す」
薬指にできた火傷の跡を指でなぞって、ルークは小さく呟いた。
俺はそういうの気にしないが、この人はそういうの拘りそうである。こういうとき、どういう反応するのが普通なんだろう。
ありがとう嬉しい愛してる? そう言うべきだと思うのに、ルークの表情がどうにも穏やかに見えなくて口を開くことができなかった。
笑っているのに、目元は笑みの形ではない。大丈夫か、何かあるのか、そう問おうとしたのだが、
「おわったぁ?」
「ああ、待たせたな」
「よーし、じゃあ予定通り行こう」
「レノを頼む」
俺の手を離し、ルークは俺たちに背を向ける。
なんだろう、ざわざわする。どうにも落ち着かない。ユエがどうのではなく、ルークが妙に急いでいること、いつもと様子が違うことが俺の中の不安を煽る。
「レノ、いい子にしているように」
「あ、ああ、……っ? う?」
ルークが指で空気を撫でるように動かすと、俺の口は縫い付けられたみたいにぱたりと閉じた。なんとか開こうとしても開けられない。
なんだこれ、これも魔法か、動揺している間にルークはどこかに行ってしまうし。ユエは哀れな生き物を見る目をしている。
「彼はああ見えて独占欲強いタイプだよ。私と二人きりにするのも嫌なんだろうね」
「んん?」
「頑張ってね」
ユエの声は、いつもよりも低い。だけど、そこに堪えきれない笑い声が含まれていた。
知っていたとはいえ、実際に目にすると信じられない。太陽の光も無い、誰も世話していないだろうここに、どうしてこんな色とりどりの花が咲くのだろう。
中に入ると、暖かな日差しに似た光で満ちていて空気が澄んでいる。先ほどの空気の淀んだ地下が嘘みたいだ。
足元の花を踏むのを躊躇している俺と違って、ルークはどんどん奥へ進む。
そして、何も刻まれていない墓石の前に立つと、その場に屈んだ。
「何してる、早くこっちに」
手に小さな箱を持って、俺を呼ぶ。ここまできて小さなことに構っている場合でもない。ルークのもとへ歩みを進めると違和感に気が付いた。
踏みしめた花が光の粒子になって散っていくではないか。この部屋の光景はもしや幻? その場で足踏みしていると、ルークが冷たい目で俺をみていた。こんな経験なかなかないんだから、許せよ。
指輪の交換をするだけだ。愛情云々は今もまだ分かってないが、きっと俺はこの人と一緒に居たいと思っている。それを感情を言語化できるほどの語彙を、今のところ持っていない。
手のひらにおさまるサイズの白い小箱には、金と銀の指輪がおさめられていた。シンプルな何の装飾も無いそれに、俺は首を傾げる。
売ると高いってソフィアは言っていたけど、それすらも嘘なのではないか? そう疑うくらいには質素なものだ。いや、でも金や銀ってその時で価値が違うっていうよな。庶民には分からない値段が付くのだろう。
「レノ、左手を」
「はい」
ルークの手に自分の手を乗せる。犬になった気分だ。ルークも同じことを考えたのか、口元が笑ってる。
指輪の交換って、よくある教会でやるやつで良いのかな。僅かな緊張とともに自分の薬指にはめられていく銀の指輪を見つめた。
サイズなんて測っていないし、自分たちのために作られたものではないのに、まるで誂えたようにぴったりだ。
交換だから、次は俺がルークに指輪をつければいい。差し出された箱から金の指輪を取る。
「これ、伸縮自在だったりするのか?」
「それに近いだろうな」
原理を考えてはいけない。ルークの左手を取って、恐る恐る指輪をつける。この陶器のような肌が、どうしてあんな毛むくじゃらになるんだろう。骨とかどうなっているんだ。
根元まで着けたところで、手を離す。これで終わり、何事もなければ俺たちは地上に帰れる。
冷たく輝く指輪が、きん、と光を放つ。
まばたきをする間に、鮮やかに咲き乱れていた花が、どんどん色を無くしていった。
「ルー……あれ?」
居ない。代わりに墓の上に一人の女性が腰掛けていた。
黒い長い髪の毛、白い肌に赤い瞳。白いローブ。外見だけ見ると、ルークに似ている。彼を女性にしたらこうなるのだろう。
「大丈夫、今のところ何もしないから」
「あ、はい」
「きみたちは合格だとは思っているの」
試験官、ではないな。先祖の墓と言っていたから幽霊。これもゴーストなのか。
「私は指輪に宿る思念体だから、ゴーストとは違う」
「いまいち違いが分からないな。それで、どういう状況だ」
「質問を少しさせて」
体重を感じさせない動きで、女性が床に立つ。
「つがいになることで、ルークの呪いは抑えられます。だけど、ルークの愛情が別の人に向いた時点でつがいの契約は破棄となります」
「え、俺が別の人を好きになったら、とかじゃなくて?」
「貴方はオーガストと関係ないじゃない」
そうだけど、同じくらいリスクが無いと不公平な気がする。別に、ルーク以外についていく予定は無いから良いんだけど、心に引っ掛かりが残った。
「契約が破棄された時点で彼は獣に逆戻り、その場で暴走することもあり得る。もしそうなったとき、貴方はどうする?」
つまり、ルークが俺への愛を失った場合で良いのだろうか。いや、この言い方だと別の人を好きになったら、か。ようは浮気したら契約が切れる。
つがいになったら、ルークは人の肉をほぼ必要としなくなるんだっけ、となるとタイミング次第では暴走に巻き込まれて死ぬな。
どうするって、どうもしない。悲しいけど、人の心は移ろうものだ。
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「何もしない。もしそれで俺が食い殺されても受け入れる」
「怒らないの? 裏切りじゃない」
裏切りか、そうかも。でも、一時でも愛して沢山の物を与えてくれた人、を恨むことはしない。何より、怒り程生命力を使う感情はないから、怒りたくない。
無言で頷く俺に、女はもう一つ質問をする。
「貴方が彼の元を離れることはありそう?」
「想像できないな。たぶん、よっぽどのことが無いと離れない」
俺の顔をじいっと見つめたあと、女性は花が綻ぶような笑みを浮かべる。
「そう、よかった! 彼もずっと貴方と一緒にいるつもりみたい。私の血を濃く受け継いでるわね。とても共感できる考えをしている」
やはり、こいつが魔女か。ルークとこの人の意見が合致しているって、かなり恐ろしい。何かあったらルークも呪ってくるのだろうか、気をつけよう。
とはいえ、ルークはちゃんと俺を好いていてくれているのか、それは嬉しい。
「貴方はちょっと足りない部分があるけれど、正直でまっすぐね。なら大丈夫」
感情が足りていない自覚はある。それはその内なんとかなるような気もしている。
魔女の手のひらが光りを集めたのを見て、俺からも質問をする。
オーガスト家はずっと呪われたままなのか、またこの屋敷を使う人間が出るのかが気になった。また何人も死人がでるのは、殺す方も殺される方も可哀想だ。
「一つ良いか? 初代さんの呪いって」
「あの男? 呪いにのまれて死んだの。街の人に成敗されていて愉快だったな。誰が教えてくれたんだっけ、彼の首が今も教会に保管されてるって」
いや、その人の末路ではない。にこにこしているけど、夫である人物の最期を楽しそうに語るな。そして首が保管してあるって、それはもう呪物だろう。
「言い方が悪かった。あなたがかけた呪いって、もう永遠に解けないのか?」
「ああ、もうだいぶ薄まったでしょ? 永遠ではないわ。私が用済みになる日も近いなぁ。そしたらお墓を上に戻してって言っておいて、あの悪魔に」
「悪魔?」
「青髪の、ほら、ユエだっけ」
あいつ悪魔なのか、恨みつらみの籠った魂を集めて作るものは、きっと人にとって恐ろしい物なのだろう。
魔女が手を合わせると、光が強くなる。話は終わりということか。
「もう良い? それじゃ、私の子孫をよろしくお願いします」
お幸せに、と微笑んだのを最後に、世界に色が戻っていく。
「おかえり」
「あ、ああ、ルークも彼女と話したのか」
「最終面談みたいなものだな。指輪をつけた時点で彼女も俺たちの感情を把握しているはずなんだけど……」
質問の答え方に気に食わないところがあったら、儀式失敗なんてことがあったのか。良かった変なこと言わなくて。
男は浮気する生き物ってお客さんが言っていた、とか伝えたらどうなっていただろう。
左手を見ると、指輪が消えていた。代わりに指輪があった場所に火傷痕のようなものが残っている。
「これで、終わり?」
「そう」
「思ったよりあっさりだったな」
終わって安堵していると、ルークが呆れをはらんだ視線を向けてくる。
「下手したら死んでいたんだ。もう少し緊張感を持て」
「彼女がルークは自分に似ている、と言った時はひやっとした」
「……あの人のように呪ったりはしない、安心しろ」
それを聞けてよかった。だが、極力怒らせない方が良いんだろうな。
ルークの手が俺の頬に触れる。少し高い位置に顔を見上げると、彼女によく似た笑顔があった。少しばかり恐ろしいが、綺麗な笑みだ。
触れるだけの口づけをして、ルークは俺の手を引く。そうか、誓いのキスっていうものがあるよな。必要だったのか。
「ユエの所に行こう。荷物を最低限纏めてさっさと出るぞ」
「えっ、そんな急ぎなのか?」
「ああ、僕は一旦家に行く。きみはユエと待機だ」
「ご両親にご挨拶とか」
「いらない」
こちらを振り返ることなく、ルークは前に進む。
ユエは街を出るのと何か関係があるのか。あの男信用していいのだろうか。
「二人で暮らすんだよな?」
「当然」
今とそんなに変わらない生活だとは思うけど、監視して嫌がらせをしてくる男が居なくて知り合いのいない土地に行くのだとしたら、今よりも開放感がありそうだ。
家の仕事をするのも嫌いではないが、どうせなら俺も仕事をしたい。使用人と主ではない関係になるんだし、生活を変えてみるのも悪くないだろう。ルークは面倒だと言いそうだ。
「ルーク、生活が落ち着いたらで良いから、勉強教えて欲しい」
「勉強?」
「そう、俺もできることを増やした方が良いと思って」
「別に今のままで構わない」
「字の読み書きだけでも良いんだけど」
「レノ、今のきみはなんだか楽しそうだね」
ルークが階段の途中で、こちらを振り返った。逆光になって、表情がちゃんと確認できないが笑ってはいない。
楽しいのかもしれない。父親という枷も無く、雇用関係も無い。ただお互いが好きだから一緒に居る、手を取り合って生きていく。そんな生き方が自分にできるなんて、思ってもいなかった。だから、自分でもらしくないと思うくらい、気分が高揚している。
「楽しい、と思う」
「どうして?」
「え、それは、なんだろうな。これからも一緒に居られるのが嬉しいからかな」
俺の言葉に、ルークが息だけで笑ったのが分かる。
「可愛いね」
「馬鹿にしてるだろ」
子供にするように、俺の頭を撫でてルークは再び地上を目指す。
薄暗い地下から地上に戻る。この屋敷はどこも陰鬱な空気だと思っていたのだが、下よりもはるかにましに感じた。たぶん、もう一つの部屋のせいもあるだろう。あそこからは死の臭いがした。
「レノ」
「うん?」
「指輪、後でちゃんとしたものを渡す」
薬指にできた火傷の跡を指でなぞって、ルークは小さく呟いた。
俺はそういうの気にしないが、この人はそういうの拘りそうである。こういうとき、どういう反応するのが普通なんだろう。
ありがとう嬉しい愛してる? そう言うべきだと思うのに、ルークの表情がどうにも穏やかに見えなくて口を開くことができなかった。
笑っているのに、目元は笑みの形ではない。大丈夫か、何かあるのか、そう問おうとしたのだが、
「おわったぁ?」
「ああ、待たせたな」
「よーし、じゃあ予定通り行こう」
「レノを頼む」
俺の手を離し、ルークは俺たちに背を向ける。
なんだろう、ざわざわする。どうにも落ち着かない。ユエがどうのではなく、ルークが妙に急いでいること、いつもと様子が違うことが俺の中の不安を煽る。
「レノ、いい子にしているように」
「あ、ああ、……っ? う?」
ルークが指で空気を撫でるように動かすと、俺の口は縫い付けられたみたいにぱたりと閉じた。なんとか開こうとしても開けられない。
なんだこれ、これも魔法か、動揺している間にルークはどこかに行ってしまうし。ユエは哀れな生き物を見る目をしている。
「彼はああ見えて独占欲強いタイプだよ。私と二人きりにするのも嫌なんだろうね」
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