『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ

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九話

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 アイゼン帝国の建国記念祭が近づき、皇城内はどこか浮足立った空気に包まれていた。
 城の至る所に飾られた旗が冬の風にたなびき、厨房からは保存食や焼き菓子の香ばしい匂いが漂ってくる。

「フィオーレ、少し時間をくれないか」

 温室で、新しく芽吹いたミントの植え替えをしていたフィオーレのもとに、ヴォルフラムがやってきた。
 最近の彼は、公務の合間を縫ってはこの温室に顔を出す。そのたびに、フィオーレの頬に触れたり、髪を撫でたりするのが習慣のようになっていた。

「はい、ヴォルフラム様。どうかなさいましたか?」
「今度の記念祭、大広間の装飾をお前に任せたい。例年、あの部屋は無機質で華やかさに欠けると不評でな。……お前の感性で、この国らしい『温かさ』を添えてほしい」

 フィオーレは目を丸くした。大広間といえば、各国の使節や国内の有力貴族が集まる、最も重要な場所だ。

「私なんかが、そんな大役を……。でも、やらせていただけるなら嬉しいです。精一杯、お花たちと相談してみます」

 フィオーレの控えめながらも真っ直ぐな言葉に、ヴォルフラムは満足げに目を細めた。
 彼はフィオーレの腰に手を回し、引き寄せると、その耳元で低く囁く。

「失敗など恐れるな。お前が選ぶ花なら、俺はすべて良しとする」

 その数日後。
 フィオーレはグンターや数人の若い庭師たちと共に、大広間で作業をしていた。
 高い天井から吊るされる燭台には、冬の間も青々とした常緑樹の蔓を。そしてテーブルには、温室で育てた色鮮やかなカレンデュラと、白銀の雪を思わせるカスミソウを。
 フィオーレがテキパキと指示を出す姿は、かつての怯えていた王子とは思えないほど生き生きとしている。

「あら、これは……。ずいぶんと『野蛮』な飾り付けですこと」

 冷ややかな声が、広間に響いた。
 振り返ると、扇子を手に持った一人の婦人が立っていた。名を**クローディア**男爵夫人。伝統を重んじる古参貴族の一人だ。

「……えっと、貴女は?」
「フィオーレ様。この広間は帝国の威信を示す場所です。このような、その辺に生えているような草花を並べるなんて。もっと大輪の、派手なバラを敷き詰めるのが礼儀というものですわ。これでは、まるで田舎の収穫祭ではありませんか」

 クローディアは、フィオーレが丁寧に活けた花瓶を一瞥し、鼻で笑った。
 フィオーレは、ギュッとエプロンの端を握りしめた。
 かつての彼なら、ここで何も言えずに俯いていただろう。けれど、今の彼には「守りたいもの」があった。

「……バラも素敵ですが、このカレンデュラは、厳しい寒さの中でも春を待つ領民の皆さんの強さを表しているんです。派手ではありませんが、灯火のように皆さんの心を温めてくれると思ったから、選びました」

 フィオーレの碧い瞳には、強い光が宿っていた。
 だが、クローディアは不快そうに顔を歪めた。

「口答えをするなんて。やはり、教育の行き届いていない小国の王子は……」

 クローディアが扇子を振り上げようとした、その時だった。

「――俺の庭師に対して、随分な物言いだな。クローディア」

 大広間の入り口から、氷のように冷徹な声が降ってきた。
 ヴォルフラムだ。
 彼は足音も立てずにクローディアの背後に立つと、その鋭い金の瞳で彼女を射抜いた。

「へ、陛下っ!? いつの間に……」
「この広間を飾る花は、俺がフィオーレに直々に頼んだものだ。彼の選定を侮辱することは、俺の審美眼を疑うということか?」

 ヴォルフラムの放つ圧に、クローディアは顔を青白くさせ、膝を震わせた。
 彼はゆっくりと歩み寄ると、フィオーレの隣に立ち、当然のように彼の肩に腕を回す。

「伝統、伝統と喚くのは構わんが、俺が求めているのは形骸化した豪華さではない。この花を見て『野蛮』だと言うのなら、貴公の感性こそが冬の土のように乾いている証拠だ」
「も、申し訳ございません! 私はただ……」
「二度と彼の仕事を邪魔するな。下れ」

 ヴォルフラムの一喝に、クローディアは脱兎のごとく広間を去っていった。
 静寂が戻った広間で、フィオーレはホッと大きな溜息をついた。

「……ヴォルフラム様。ありがとうございました。でも、あんなに強く言わなくても」
「言わねば、あの手の輩は付け上がる。……それより、フィオーレ」

 ヴォルフラムは、フィオーレの肩を掴んでいた手を、ゆっくりと頬へと滑らせた。
 彼の指先が、フィオーレの髪を愛おしげに弄る。

「さっきの言葉。俺の国を想って花を選んだと言ったな。……あれは、本心か?」
「はい。この国は、私を拾ってくれた大切な場所ですから。ヴォルフラム様が愛しているこの国を、私も大切にしたいんです」

 フィオーレが少し照れくさそうに微笑む。
 その瞬間、ヴォルフラムの瞳に揺るぎない独占欲が宿った。
 彼はフィオーレを抱き寄せ、その白い首筋に顔を埋める。

「……狡い男だ。お前がそう言うたびに、俺は自分を抑えるのが難しくなる」
「えっ……あの、ヴォルフラム様? 皆が見て……っ」

 グンターたちが気まずそうに目を逸らす中、ヴォルフラムは構うことなくフィオーレを抱きしめ続けた。
 彼の低い笑い声が、フィオーレの体に心地よく響く。

「良い。俺が何をしようと、この城で文句を言う奴はいない。……フィオーレ、明日の祭典が楽しみだ。お前が飾ったこの場所で、お前と踊れることを」

 フィオーレは、ヴォルフラムの広い背中にそっと手を回した。
 不遜な影など、この人の腕の中にいれば恐れることはない。
 祭典の前夜。二人の距離は、花の蕾が綻ぶように、また少しだけ近づいていた。
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