『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ

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十四話

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 鏡の中に映る自分は、日に日に見知らぬ誰かへと変わっていくようだった。
 フィオーレは、浴室の大きな鏡の前で立ち尽くし、自分の髪に触れた。これまでは陽の光に透けるだけの銀髪だったはずが、今は月の光を凝縮したかのように、髪の一本一本が真珠のような光沢を放っている。

「……また、少し伸びたかな」

 指先を滑らせると、髪は生き物のようにしなやかに指に絡みつく。覚醒が進むにつれ、フィオーレの体はより「番」として相応しい、神秘的な美しさを帯び始めていた。
 そこへ、背後から音もなく現れた逞しい腕が、フィオーレの腰を横から抱き寄せた。

「お前は、自分の美しさを自覚するべきだな。それとも、俺が毎分毎秒、言葉にして教え込まねばならないか?」

 耳元で囁かれる低く深い声。ヴォルフラムはフィオーレの肩に顎を乗せ、鏡越しに彼を凝視した。金の瞳は、獲物を逃さないと決めた獣のような鋭さと、底なしの慈しみを同時に孕んでいる。

「ヴォルフラム様……。鏡の中の私が、私じゃないみたいで、少しだけ不思議なんです」
「お前の真実の姿だ。ラングリスの澱んだ空気がお前の輝きを隠していただけだ。……だが、困ったな。城の連中が、廊下ですれ違うお前に目を奪われている。俺以外の視線が、お前の肌を汚していくようで我慢ならん」

 ヴォルフラムはフィオーレの髪に鼻先を埋め、深く息を吸い込んだ。昨夜のサシェと同じ、いや、それよりもずっと甘く、本能を揺さぶる「フィオーレの香り」がそこにはあった。
 ヴォルフラムの指が、フィオーレのうなじをゆっくりとなぞる。フィオーレは、そこから背筋を駆け上がる痺れるような熱に、思わず呼吸を止めた。

「……今夜は、西の離宮へ行くぞ。あそこなら、月光を遮るものは何もない」

 アイゼン帝国の西側に位置する「月影の離宮」。
 そこは、歴代の皇帝が最も愛する伴侶とだけ過ごすとされる、神聖な場所だ。
 二人は夜の帳が降りる頃、誰にも邪魔されない離宮へと足を踏み入れた。

 離宮の中央には、空を鏡のように映し出す広大な水盤があり、周囲は真っ白な大理石の回廊で囲まれている。天井はなく、夜空から降り注ぐ星屑がそのまま二人の足元を照らしていた。

「わぁ……。お城の中よりも、ずっと空が近いです」
「ここは、お前を真の皇后として迎えるための準備をする場所だ。……フィオーレ、こちらへ」

 ヴォルフラムは、回廊に用意された柔らかなクッションが敷き詰められた寝椅子に腰を下ろすと、フィオーレを自分の膝の間へ招き入れた。
 フィオーレはおずおずと彼の足の間に座り、その逞しい太ももに背中を預けた。
 ヴォルフラムはどこからか取り出した、透き通った琥珀色の櫛を手にし、フィオーレの長い髪を丁寧に梳き始めた。

「……あ、ヴォルフラム様、ご自分でなさるのですか?」
「お前の髪に触れていいのは、俺だけだ。テレーゼにも、今後は許さんと伝えてある」
「ふふ、ヴォルフラム様は心配性ですね」

 フィオーレが小さく笑うと、ヴォルフラムの手がぴたりと止まった。
 彼は櫛を置き、フィオーレの髪を掬い上げると、その銀の束に深く唇を寄せた。

「心配性ではない。俺は、お前という宝石を、誰にも、一瞬たりとも、視界に入れさせたくないだけだ。……お前が笑うたびに、俺の中の理性が削られるのが分かるか?」

 ヴォルフラムの手が髪から離れ、フィオーレの両頬を包み込んだ。
 無理やり顔を上向かせられ、フィオーレは視界いっぱいに広がるヴォルフラムの金の瞳に呑み込まれた。その瞳の奥には、抑えきれない情熱が渦巻いている。
 フィオーレは、ヴォルフラムの掌に伝わる自分の心音を隠すことができなかった。

「……私を見てください、ヴォルフラム様。私は、ここにいます。貴方の隣にしか、居場所なんてないんですから」

 フィオーレが勇気を出して、ヴォルフラムの首筋に手を回した。
 ヴォルフラムの喉仏が、大きく上下する。
 彼は逃げ場を塞ぐように、フィオーレを抱き寄せ、唇を重ねた。

 今までの、挨拶のような穏やかなくちづけではない。
 フィオーレの内の甘さをすべて奪い去ろうとするような、深く、熱いくちづけ。
 離宮に響くのは、二人の重なる吐息と、水盤のさざなみの音だけだった。

「……フィオーレ。お前を愛している。この命が、星の光のように尽きるまで、俺はお前を離さない」

 ヴォルフラムの誓いは、フィオーレの肌に直接刻み込まれるように届いた。
 フィオーレは、ヴォルフラムのシャツをぎゅっと握りしめ、彼の胸に顔を埋めた。

「私も……貴方のことが、大好きです。ヴォルフラム様」

 離宮の月光が、寄り添う二人の影を静かに照らし続ける。
 フィオーレの髪は、その愛を祝福するように、暗闇の中でいっそう強く、神々しく輝いていた。
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