創造世界の道化英雄《ジェスター・ヒーロー》

帯来洞主

文字の大きさ
8 / 44
第一幕「道化の英雄」・Hero de Jester・

第02話「終わりの始まり」3/3

しおりを挟む

 床に伏せた創伍が顔を上げる。目の前のシロは、彼の背後へ片手を伸ばしていた。

「シロ……?」

 強く険しい表情をしたシロの瞳は、再び赤色に発光している。その視線の先を追い、創伍は後ろに振り向いた。

「な、なんじゃこりゃあ?!」

 目と鼻の先、鍵を掛けていた筈の玄関扉がボロ雑巾の如く変形して宙に浮いていた。状況的には、飛来してきた扉をシロが念力で食い止めたというところだ。
 そしてシロがゆっくり手を降ろし、重い音を立てて扉を床に置くと、襲撃を仕掛けた張本人の姿があった。

「ワイルド・ジョーカー、大人しく投降しろ」

 スラリとした長身の青年。漆黒のロングコートに身を包み、腰にまで伸ばした金色の長髪が異様に目立つ。見た目は人間と変わらないが、この人間離れした力から察するに……言うまでもないのだろう。
 青年はワイルド・ジョーカーという名を呼んでシロを睨み、彼女も同じく睨み返していた。

(まさかアイツも……シロが言ってた『作品』って奴か?)

「心配するな。不本意ではあるが、創り主の真城ソイツも保護してやることにした。ある意味、今一番死なれては困るだからな」
「………………」
共の暴動はいずれ各英雄達により全て鎮圧される。貴様の謀略もこれまでだ。投降するなら命までは取らん」
「悪いけど、勝手に全部私の所為にしないでよっ! 私は他の作品達のことなんて知らないもん!」
の道化師の残滓ではないと言いたいのか? 口八丁、手八丁に現場を混乱させておきながら、よく言えたもんだ」

「――お……おいっ!!」

 だが、自分の部屋を壊された挙句、許可なく上がり込まれて黙る創伍ではなかった。

「勝手にドア壊した上にヒトんちにあがり込んで……ふざけんなよ! 誰なんだアンタ! 不法侵入だぞ不法侵入! 警察呼ぶぞ!?」

 この状況下、警察がまともに機能していると思えない中では無意味な虚勢。だが青年の目は創伍など視界にすら入れず、シロだけを捉えていた。

「事は非常に深刻な状況にある。ここでじゃれ合っている時間など無いことくらい、貴様も分かっている筈だ」
「それなら今すぐにでも作品達を止めに行けばいいよ」
「……貴様を半殺しにした後で良いのならな」

 創伍を蚊帳の外に、一触即発の空気が張り詰めた。

「――ダメよ守凱かい。傍から見てても、殺気が抑え切れてないわ」

 しかし、落ち着いた柔らかな声が割って入る。声の主は身長も年齢も創伍と変わらないくらいの少女で、奇抜な容姿で守凱という男の横に立つ。
 桃色の髪という派手さとは逆に、清楚を飾るような白帽子、白地に黒ラインの薄着、白いロングブーツに身を包んでいる。服装的にはと呼ぶのが相応しい。

「すまない、アイナ。交渉はどうも苦手でな。骨の二、三本へし折ってやりたいとこだが……生憎こんな狭い部屋では、真城が怪我人になり兼ねない」
「それでよく大隊長ね。クールなのか猪武者なのか分かったものじゃない。相方の苦労も考えてよ」

 守凱は何も返せずに閉口してしまう。今度はアイナという少女が交替し、シロを諭してきた。

「ワイルド・ジョーカー、お願い……。あなたはただ個人的な願望で動いて、事態を混乱させているだけなの。私達はあなたに協力して欲しいだけ――」
「私をその名で呼ばないで」
「え?」
「私はシロ――創伍だけに仕える道化師ジェスター! 歴史の逸話に蔓延る過去の災厄なんかと一緒にしないでっ!!」
「どういうこと……? あなたには元々自分の呼び名など無いはずよ」

 シロは他人からワイルド・ジョーカーと呼ばれる事に強い嫌悪を示す。そしてこの二人組に対しても……。

「なるほど……そういうことか」
「守凱?」 
「この道化は、俺達がここへ来るまでの間に真城に付け入り唆したんだ。そして名前を貰い、主従の契りを交わして自分の力を貸与しようとしている」
「何ですって……ワイルド・ジョーカー、それだけは止めて! 彼だけは巻き込まないで!!」

「あっかんべー!」

 だが、どちらが正しいのか間違っているかは知る由もなかった。そんな傍観者である創伍を余所に、シロは指を差して念力で窓を開けると、一気に部屋の外へ飛び退き、彼の名を呼ぶ。

「創伍――」 
「シロ!」
「もしも創伍が、いつも通りの日々に戻りたかったら、今日だけこの部屋を出なければ大丈夫。創伍は死なないよ」
「え……」

 いつも通りの日々――不幸が来ても耐え忍び、道化として生きる日々。

「でも…………もし私を受け入れてくれるなら、を追いかけて。きっと創伍の宿命が導いてくれるから!」

 誰がどう言おうと関係ない。シロは自らの使命を優先にし、創伍に戦う決心を付けさせようとしていた。

「ほう……道化師の癖に、随分と潔いな」
「主君を危険から守るのも、私の役目だもん」

 ただ創伍はその決心を付けられなかった。自分の事であるはずなのに、どちらが最善の選択なのか分からないのだ。

「――だが貴様を逃すつもりはない!!」

 そんな躊躇をしている間に、二人を離さんとする守凱が駆け出し、シロを捕らえようと襲い掛かる。瞬きが終わる瞬間には、守凱とシロの距離は1メートルもなかった。

「シロぉ!」

 その守凱から逃げようと踵を返したシロは、去り際に創伍に笑顔を向けて――


「創伍――私、待っているからね」


 想いを言い残し、飛び去った。突風の如く守凱とシロの姿は消え、慌ただしかった部屋は無音に包まれる。残されたのは創伍とアイナだけだった。

「ちくしょう……!」

 何故差し伸べられた手を取らなかったのか、今となっては遅すぎる後悔。シロがどこに行ったかもわからないのに、今の創伍には彼女を追うことしか頭に無い。数刻前の自分を殴り飛ばしたいと自責の念に駆られながらも、部屋を後にしようとした――

「――うぁっ」

 が……阻まれる。首から全身に軽い衝撃と電流が走り、そのまま床に突き伏すように倒れた。
 そんな創伍の視界に、アイナの足元が映る。

「が……あ……」
「ごめんなさい。あなたには、このまま全部忘れてもらうわ。私達や創造世界の存在を知ることは、人間の愚かさをも知ることになるから……」

 心から詫びている。創造世界は、この現実世界の裏側――シロが言っていた世界の真実は、人間達に一切知られてはならない。アイナは、その一端を垣間見た創伍に、然るべき処置を施そうとしている。

「後はあなた次第の話だけれど……どうかこのまま忘れることを願ってるわ」
「ふ……ざけ……」

 徐々に暗くなる視界からアイナが消えていく。
 創伍はこのまま何も無かったことになんかしたくない。もし自分がこんなことを願ったせいで皆死んでしまうとしたら、どう責任を取ればいい。何も知らずに呆けたまま生きるのかと、今の出来事を忘れてしまうことに壮絶な罪悪感を抱く。

「シ……ロ……」

 無念にも、自らの想いも口に出来ぬまま、創伍は意識を落とすのであった。


 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...