創造世界の道化英雄《ジェスター・ヒーロー》

帯来洞主

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第一幕「道化の英雄」・Hero de Jester・

行間02「いつもの日常」

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 PM18:05 創伍の部屋

 部屋の電気を点け、真っ先に時計を確認した時には、創伍はかなりの虚無感に襲われていた。どうやら長時間眠っていたらしく、体を起こして大欠伸すると、電気を纏っていたかのような痺れが抜け出て、妙に心地良い。

「はぁ……もうこんな時間か」

 既に一日の四分の三が過ぎている。部屋を見回しても、いつも通りの自分の部屋だが……。

「……何か変だな」

 本当に昨日から今まで寝続けていたのかと気にかける。しかし昨日のことも思い出そうにも何故か思い出せない。ならば仕方ないとそれ以上の思考を止めた。

「まぁいっか、とりあえず晩飯食おう」

 食事の準備をしながら夕方のアニメを見ようと、テレビの電源を入れた時だった。


『――日本各地で残忍なテロ行為が勃発しており、警察と自衛隊、特殊部隊が出動中です。現場は非常に危険なため、こちら報道ステーションから情報をお送りしております。避難場所に関しましては……』

「は??」

 テレビを点けた途端、夢でも見ているのかと錯覚した。突然のテロ報道に、昨日まで平和だった日常が、一瞬にして崩し落とされていたのだ。

「どうなってんだこりゃ……!?」

 どのチャンネルに変えても、緊急速報の生中継のみ。最早アニメどころではない。

「織芽……!」

 鬼気迫る映像を前に、真っ先に浮かんだのは幼馴染の姿。創伍は急いで携帯を取り出して電話を掛ける。数秒のコーリングが、今だけは何倍も長く感じるのであった。

「頼む、頼む頼む頼む頼む……!!」

 ガチャ――

「織芽! 無事か!!?」
『ソ……ウ……ちゃ……! 今…………こ? 私……』
「おい、今何処にいる!? これ一体どうなってんだ」
『ソ……ちゃ……。ど…………う…………人…………ころ…………』

 電話機越しに聞こえるのは、街中の人々の叫び声。どうやら織芽はパニック状況下の都内に居るため、全くその声が聞き取れない。

「織芽!? 織芽!!」
『助……け……ソウ……ちゃ……』

 ブツン――

「…………!!」

 織芽の助けを求めるような声が、最後だけ微かに聞き取れて通話は終了した。

「冗談じゃねぇぞ……!」

 昨日まで誰より接しやすかった幼馴染を、訳の分からない事件で失うなんて堪ったものじゃない。もう一度電話を掛け直そうと――

「ん?」

 持っていた携帯の画面を見た時だ。握っていた携帯の手に、何かが付着していたのだ。色の付いた液体を拭ったような跡があり、じっくりと手の平を眺める。

 ――それは血だった。

「……えぇ!?」

 両手共に血に染まっていた。怪我でもしたかと見回すが、特に痛いところも無く、血は既に乾いている。何故こうなったのか、自分の身に何があったのかと昨日の記憶を真剣に遡った。

「痛っ――」

 ……しかしどうだろう。脳裏の映像には靄が掛かり、耳にはノイズが走る。それに少し頭も痛くなってきた。だがその映像の中で、ある人物がひたすら何かを語り掛けてくる。

『……創伍……ごめ……』
『じゃあ……が…………を付け……よ!』
『やっぱり何も…………ないんだ…………』

 幼い少女の声だ。声は創伍に何かを思い出させようと、少しずつ鮮明になってくる。まるで声そのものが回想の中で生きており、核心に近づく扉をノックしているようだった。

(誰の声なんだ……?)

 そして……声はより鮮明となって一番聞きたくない言葉を思い出させた。


『創伍は、誰かを舞台に立たせる為だけに生まれた不幸な道化師ピエロ。そして私は、創伍の願いを叶える為に仕えし道化師ジェスター……』


 声の主は、道化師――創伍以外に自分を道化師と受け入れ、どれだけ忌み嫌われた存在であろうとも、創伍のみに忠誠を誓う、創伍が生み出した作品――

「……シ、シロぉ!!」

 忘れてた。全部思い出した。シロに窮地を救われたことも、今こうしている間に「作品」という者達によって殺戮が行われていることも。
 創伍は、自分が主人公となるためのきっかけと巡り合っていたのだ。なのに、突然現れたアイナと守凱という二人に阻まれ、気が付けば数時間も呑気に寝てしまっていた。


『創伍――私、待っているからね』


 シロは今も何処かで待っている。けれど創伍はそんな彼女の想いに応えられず、今も待たせてしまっている。

「行かなくちゃ……シロのところへ!」

 もう何も迷わない。過去の自分を忘れたまま、大事な日常を失いたくなんかない。だからシロの元へ向かおう、そして織芽も助けよう――その覚悟には、一片の迷いも無かった。

 シロが何処にいるかなんて宛てはない。それでも絶対に見つけてみせる。そう心に誓って、創伍は部屋から飛び出して、夜の暗い花札町の中を疾走した。


 * * *
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