創造世界の道化英雄《ジェスター・ヒーロー》

帯来洞主

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第一幕「道化の英雄」・Hero de Jester・

第04話「道化の行進」1/3

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「はっ――」

 光に包まれた後、意識が戻った創伍は目を開けると、路上で一人佇んでいた。

「俺は一体……? それに、この腕……」

 本来ならマンティスの斬撃に両腕を斬り落とされ、出血多量でとうに死んでいる。だが彼は生きており両腕も現存していた。

「シロ……一体何処に――」

 そしてさっきまで目の前に居たシロも忽然と姿を消している。
 一人残された創伍は不安になり、彼女の名を呼ぶ――


「レディース! アーンド! ジェントルメーン!!」 

「っ!!」


 シロは消えてはいなかった。いつの間にか電気街の中心とも言える鉄橋の上で、軽快なステップで踊りながら元気溌剌に叫んでいるのだ。

「ご来場いただいた紳士淑女の皆々様! 今宵は英雄ヒーローの大活劇! 皆様に本日限りの愉快なパフォーマンスをお届けします! どうか最後までお楽しみください!」

 血で汚れていたシロの姿は変わっていた。白いワンピースの上に黒白こくびゃくのリバーシブルなドレスとフリルを重ね、白い羽衣は真っ赤に染めたリボンへと変わり、赤、白、黒の三色の艶やかな衣装を纏う。

「クソっ、道化め……!」
「あれが……ワイルド・ジョーカーの本当の姿……」

 舞台を盛り上げるシロの姿は、電気街ここで起きた血みどろの攻防も、今じゃサーカスのパレードの如き賑やかさで忘れさせるかのように、アイナや守凱を呆然とさせるのであった。

「シロ――!」
「創伍――!」

 だが創伍は違った。死の淵から救ってくれたことも勿論だが、彼女が無事だったことが何より嬉しいのだ。
 創伍がシロの下へ走り寄ると、シロは鉄橋からふわりと浮いてゆっくりと降下し、創伍の右肩へと掴まった。

「創伍、改めてありがとう。ようやく一つになれたね!」
「お礼はこっちの台詞だよ。だけどシロ、その格好は? それに俺の両手も……」
「私と創伍の契約の証だよ。運命に忌み嫌われた二人の道化が重なり、一人の英雄が生まれたんだ。創伍は悪を倒す英雄ヒーローで、私は舞台を盛り上げる道化ジェスター! 二人揃って……道化英雄ジェスター・ヒーロー!!」

 創伍は改めて自分の両腕を見つめる。彼の腕はではない。煌々と光る紅の右腕と、黒光りする漆黒の左腕を――つまりシロと『道化英雄ジェスター・ヒーロー』の契約を交わしたことで新たな両腕を貰い受け、死の淵から甦ったのだ。

「さ……さいですか。でも俺、こんな両腕貰っても力が湧いたような実感しないんだけど」
「心配しないで! この力は私だけが使うんじゃないの。創伍の想像力が武器なんだよ!」
「想像力……??」
「今回は初めてだから、私がサポートしてあげる。見てて!」

 シロが夜空に指を差す。闇夜の空に赤や緑、黄色などカラフルな彩りの花火が上がる。『ジェスター・ヒーロー見参』という文字が、コミカルなシロの顔イラストと共にサーチライトで映し出され、この場には到底不釣り合いな陽気な音楽が流れ始めた。そして何処からともなく歓喜の声援と拍手喝采が湧き起こり、歩道に連なる街灯がスポットライト代わりとなり、創伍を一点に照らし出す。

「これは『道化の行進ジェスター・パレード』。舞台装置の様なもので、実際には誰も私達を見ていないし、そういう演出をしているだけなんだ」
「………………」

 この地獄において不謹慎という言葉は……ご法度だろう。舞台が整うと、シロは役者の紹介へと入り始める。

「さぁ皆様! 本日新たに誕生した英雄ヒーロー……それはこの人『真城 創伍』! 運の無さは世界一! でも優しさも世界一! そんな彼の正体は、何処の世界にも二人といない――『道化英雄ジェスター・ヒーロー』です!」
「誰も見ていないのに小っ恥ずかしいな……」
「対する本日のゲストはぁ~、人々を恐怖に陥れる怪物達の一人!全身凶器の 『ヒュー・マンティス』! 手にかけたその数は三百以上っ! そんな恐ろしい怪物を、我らが道化英雄が討伐してご覧に入れます!」

 今度はスポットライトがマンティスへと映る。アイナの結界の輪に捕縛されていたが、その輪を自力で砕いて態勢を持ち直した頃には既に道化の舞台に立たされており、二人の姿を目に震えていた。

「真城……キサマ、キサマキサマキサマアァァァァッ!! ヨクモ道化ノ能力チカラヲォォォォォッ!!」

 血を注がれることで絶大な力を得られる道化の能力を、創伍の物とされてしまったと気付いた瞬間、激昂。ならば殺すまでと、マンティスは鉤爪と仕込み刀を繰り出して創伍目掛けて駆ける。
 だが向かう敵に動じることなく、シロは創伍に行動を促した。

「創伍、右手で足元にある石を拾って」
「えっ、石!? 石で戦えってのかよ!」
「大丈夫! 早く拾って!」
「あぁ、もう……」

 半ばヤケであるが、創伍は石を右手で拾い上げる。

「さぁさぁ、創伍の手には種も仕掛けもありません。今からこの小石を大岩に変えて見せましょう!」
「おいおいシロ! そんな手品やったことないって!!」

 シロが大声で宣う一方で――

「大きな岩を想像しながら、投げるよう振り翳してね♪」
「…………」

 創伍に耳打ちで指示する。石は本当に変哲のない小石で、こんなのを怪物に投げたところで怯ませられもしない。だが今のシロと一緒ならきっと大丈夫――そう信じて創伍は頭の中で大きな岩を浮かべながら、右手をマンティス目掛けて振り翳す。

 すると――

「ギィッ――ゴェエアガァアアアッ!?」

 マンティスの絶叫がグシャリという衝撃音と共に響く。瞬間、目を背けていた創伍は何が起きたのか分からず、顔を上げてみると……目の前に見えたのはマンティスではなく、視界一面に広がった巨大な岩だった。
 驚いたことに、その岩は創伍の右手が変化したものだったのだ。

「右手が……岩に!?」

 色合いもずっしりとした重量感もイメージ通り。右手は、創伍が想像した岩に変化して、マンティスに意表を突いたヘビーな殴打を撃ち込んだのだ。
 そして元に戻ると、目の前ではマンティスはまるでハエ叩きに打ちのめされたかのように、路上でのたうち回っている。

「ナ、何ダ今ノハァ……!? 突然……岩ガッ……ガフッ!」
「これが……俺とシロの能力ちから

 再び喝采の嵐。戸惑う創伍を余所に、シロは感謝の礼をして次の演目へと進行させる。

「いかがでしたか? でもまだまだこれだけじゃ終わりません! 次は――」

「クソガァッ……! フンッ!!」

 道化のペースに巻き込まれまいと、マンティスはすぐ様に起き上がり、驚くべき跳躍力で空へと姿を消した。
 ビルの壁からは、コンクリートを穿つ破砕音が聞こえる。あちこちに飛び移り、再び死角を突いた攻撃を行うつもりだ。

「……フフフフ、また不意打ちを狙ってるね」
「まずい! 何処に消えたか、早く見つけないと!」
「創伍。急いで左にあるアレを、また右手で触って!」
「アレ……って、?」

 電気街の路地に連なっているごく普通の街路樹だ。創伍はまた言われるがままに樹へ駆け寄り、幹に掌を付ける。

「大きくて長い樹の根を想像して♪」
「……あぁ」

 目を瞑って樹の根を想像する。大地にしっかりと根を張る、長い絡み根を――

「ギシェアァッ――!!」

「ひっ!!」

 しかし、その想像を阻むかのように奇声が迫る。背を向けられ、死角だらけの無防備な状況をマンティスが狙わないはずがない。
 鉤爪が振り下ろされ、今度こそ一巻の終わり――

「グアッ、エギィイイィ!?」

 ――と思いきや、創伍の頭上に数ミリ届かず鉤爪は地面に食い込んだ。

「なんだ……?」

 振り向けばマンティスはうつ伏せに倒れていた。創伍に迫ること適わなかった原因は、ヤツのにあった。

「オォッゲアァアアァ……!! 何ダコノ樹ノ根ハァァアァッ!?」
「おぉぉ……!」

 樹の根だ。根が触手の如く、マンティスの足を絡め取っていた。創伍が右手で触れたことで、根はそのまま次から次へとコンクリートを突き破っては、マンティスの足を、胴体を、首を絡め取る。いくら刀や鉤爪で斬り落とそうにも、木の根が束になって絡まっては使い物にならず、気付けば網に捕らわれた獲物同然であった。
 更には、創伍が触れていた大きな街路樹も意思を持ったように地面から抜け出し、細い樹の根に取り押さえられたマンティスの元へのっそのっそと歩き出す。

「ナ、ナンダ……!? ヤメッ、ヤメロォ!!」

 懇願は届かず、街路樹はそのままうつ伏せになっているマンティスの上へと倒れるのであった。

「ブギッ――! イィィンギャァアァアア……!!」
「すげぇ……!」

 完全に形勢が逆転した。

「ナイス想像力だよ創伍! この赤い右腕は、創伍が手に触れて想像した物を私が具現化するの! おかげで気持ち良く戦える!」
「お前、結構楽しんでるな……」

 まるで手渡した玩具で思い切り楽しんでいるようだった。創伍が想像したものをシロが手から具現化させる。まさに手品のような戦法に、創伍は存外悪いような気はしなかった。

「ん? ということは……」
「創伍、どうしたの??」
「シロ、ちょっといいかな」

 要は、この能力は頭の使いようだ。ならば正しいことに使いたい。
 創伍は街路樹の下敷きにもがくマンティスを放置し、やるべき事をしに守凱とアイナが居る場所へ向かった。


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