婚約破棄されたい悪役令嬢は、今日も愛人の子を愛でる

紅位碧子 kurenaiaoko

文字の大きさ
1 / 14

1 王立学園

しおりを挟む
ここは、トレイニー国にある唯一の王立学園であるトレイニー王立学園。

主に貴族階級が通う学園で、伯爵令嬢である私も15歳になるともれなく入学した。

卒業まではあと半年余り。

(しっかし、ここは嫌な思い出ばっかり……)

自分では割りと気に入っている漆黒のストレートヘアーが、風にふんわりと流された。特別美人とまではいかないが、皆に愛される大きなブラウンの瞳は気に入っていた。


ランチタイムには人目を避けるように図書館近くの芝生でランチボックスを広げていたが、風がだいぶ強くて食べるのは遠慮したい気分だった。

レジャーシートが飛ばないように片付けしていると、近くを通りかかった女生徒達が私を見ながら何やら噂しているようだ。

(もう慣れたからあれだけど……)

いつの間にか、私は学園ではいわゆる悪役令嬢になっていたのだ。

のに……。

ーー妹を平気で虐げる冷酷な姉

ーー愛し合う2人を引き裂く卑劣な女

故意に流された噂だけが一人歩きし、誰も本質を見てくれようとはしなかった。

(実の両親だって、妹の主演女優賞総ナメの演技にはイチコロよね……)

学園でも、屋敷でも味方はいない。

「あれ?お姉様?またこんなところに一人でいたの?」

同じ顔をした妹に言われると本当に腹が立つ。

無視しながら片付けを急ぐが、もう一人めんどくさい相手もやって来た。

「ジョセフィーヌ、オリーブが話しかけてるのに無視かい?何で君みたいな女と私は結婚しなくてはいけないのか、本当に分からないよ……」

ため息をつきながら私の婚約者であるホワイティア伯爵家次男のエリオット様が、毎度の如く嫌味を放つ。

(そもそも、私の婚約者であるあなたが、いつも私の妹とイチャイチャしてるのがおかしいって、何で分からないのかが分からない……!)

私はエリオット様も無視し片付けを終えた。

私とエリオット様の婚約は政略的なもの。

私が伯爵家の長女で婿が必要だから母親同士が仲が良く、以前から交流があった次男のエリオット様に決まっただけ、だ。

昔から私と一卵性双生児の妹であるオリーブ、エリオット様は一緒に遊ぶ幼馴染だったし、そこに恋愛感情は全くない。

その上、昔から妹は何かと私を敵視していて、私が幸せになることを許してくれなかった。

時に病弱令嬢になり、時に庇護欲誘う令嬢になりーー。

あの手この手で、私に差し伸べられようとする手を払い、両親の愛情を奪っていった。

今回は婚約者を奪いたいだけーー。

学園に入学してからは、わざと私が孤立するように、エリオット様と元々愛しあっていた恋人設定にしたようだ。

私とエリオット様の婚約は遥かに昔になされているにも関わらず……。

更に、エリオット様が絵に描いたような女好きのダメ人間と来たものだから相手をするのも時間の無駄だった。

「…ですから、エリオット様。何度も申し上げておりますが、オリーブと婚約されたらいかがですか?早く私と婚約破棄して下さい。あなた有責でっ!」

私だってこんな男と結婚したくない。
だから、2人の設定にわざと応えるフリをしてきたのに。

「……じょ、ジョセフィーヌ!何かあればすぐに婚約破棄を持ち出す。この結婚は政略的なものだ。私はオリーブを愛しているんだ。でも、オリーブも私も領地経営はしたくない。ジョセフィーヌが領地経営しなくて誰がするんだっ!」

またまたエリオット様は無茶苦茶な理論を展開する。

はぁ……。

私は確かに小さい頃から領地経営の英才教育を受けてきた。それは、我がボールドワルド家に後継になる男児がいないから、だ。

妹のオリーブも最初は一緒に教育を受けていたが、教師が匙を投げた。

妹に甘い両親は、お金もかかることなので教育を私一人に絞ったのだ。

(……私のこと、何だと思ってるんだか)

領地経営は私にやらせ、自分とオリーブは贅沢三昧するつもりなのだろうか?

(…はぁ。この会話自体が無駄……)

エリオット様からしたら、次男のため実家の伯爵家を継げない。が、楽して贅沢だけしたい。

となれば、領地経営の才能がある私を捕まえる必要がある。

それだけのことだ。

何度も両親に婚約者変更を願い出たが、聞き入れてもらえなかった。

両親としても、オリーブには領地経営が無理なことは理解しているのだ。

おまけに、最近では学園での噂を信じ、私がオリーブを虐めている、と言い出す始末。

「領地経営でございますか?オリーブとされれば良いのではないですか?」

「お前みたいな可愛げのない、傷モノ令嬢は、婚約破棄されたら行く場所すらないだろう?だから、優しい私がお前と結婚してやるんだっ!」
傷モノって…。

「そうですよ、お姉様?エリオット様と仲良くして下さいな。いつもそんな態度だから、エリオット様は、私ばかり大切にして下さるんですっ!」

「……話はそれだけですか?私は、私にふさわしい婚約者と仲良くするつもりですので……。時間が勿体ないので失礼します」

一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

「お、おい!話はまだだ…!ジョセフィーヌっ!戻って来い!」

後ろでハエが喚いているが無視するに限る。

おかげで貴重な昼休みを台無しにされてしまった。

スタスタと午後の授業がある校舎に向かっていると、草陰から呼び止められた。

「フィー?」

この学園で私をフィーと呼ぶのはただ一人。

同じような境遇で、この芝生でいつからか意気投合している唯一の仲間……クラスメイトの公爵令息であるカイトライトが声を掛けてきた。

柔らかな金色の髪に深い海のようなシャープな瞳は、見るものを魅力してやまない。


「また、派手にやってたな……」

「……聞いてたの?」

「ここで静かに寝てたら雑音が聞こえてきたからな」

「ふふふ。雑音って」

「相変わらずな連中だな……。フィーが少し笑顔になったから良かった」

「……ありがとう」

「……なぁ、俺さ、考えてみたんだけどさ」

「何?」

「お見合いしてみないか?」

「お、お見合い?」

驚いて声が裏返ってしまった。

「あんな男と結婚したいのか?」

「……したいわけないでしょう」

「なら、アイツよりも優秀な婚約者を見つければ可能性があるかも知れないだろう?」

ようは、私とオリーブを交代するのではなく、エリオット様の代りを探す作戦だ。

「まあ、そうだけど……。カイトは知り合いにいるの?そんな都合の良い相手が?」

「……とりあえずは、アイツよりまともな奴を数人見繕うよ。その中からフィーが会いたい奴がいたら教えて?」

「あ、ありがとう」

カイトはいつだって私に優しくしてくれる。

でも、婚約者を探してくれる、と言われて胸がチクリと痛む。

「でも、私……。カイトにお礼出来ないよ?」

「それなら、一つお願いがあるんだ。紹介したら、久しぶりに以前話してくれた森に連れて行ってくれないか?」

「そんなお願いでいいの?というか……」

逆に、カイトと二人っきりで森に行くことが出来るのが嬉しい、なんて言えなかった。

「じゃあ、準備出来たら連絡する。お見合い作戦、上手くいくといいな」

私は頷くと複雑な気持ちでカイトとその場で別れた。

本当は一緒に校舎まで歩きたかったけど、一応お互い婚約者がいる身分。これ以上の醜聞は避けたかった。

私は気持ちを落ち着けるため、無理矢理授業に集中することにした。

そして、その日の放課後にまた事件が起きた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。 「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」 ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。 本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約破棄。それは悪役令嬢にとって、終わりではなく始まりだった。名を奪われ、社会から断罪された彼女が辿り着いたのは、辺境の小さな学び舎だった。そこには“名前を持たなかった子どもたち”が集い、自らの声と名を選び直していた。 かつて断罪された少女は、やがて王都の改革論争に巻き込まれ、制度の壁と信仰の矛盾に静かに切り込んでいく。語ることを許されなかった者たちの声が、国を揺らし始める時、悪役令嬢の“再生”と“逆襲”が静かに幕を開ける――。

処理中です...