ダンジョンの管理人さん

市藤 弐鷹

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初級者用ダンジョン編

【3】サイフォン式ポーションメーカー

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迷宮ダンジョンも解放時間を過ぎると、雨の唄声も風のあくびも無く、ただ、暗闇が溢れていた。

一方、管理人室では、風船型フラスコの水が沸騰を奏でている。その傍らで、漏斗に数種類の回復粉を入れる管理人。

ボールチェーンをフラスコに沈め、泡の伝わり方を確認すると、スタンドに漏斗を差し込む。

気圧の上昇により漏斗内に湯が侵入。回復粉と湯を馴染ませる様に素早く攪拌かくはんし、三十秒程弱火で抽出する。

火の調整は、フラスコの底で息を吹く二匹の火魔霊が行う。魔霊とは、妖精の姿を模した魔素マナの結晶。魔霊は用心深く、あまり人前で姿を見せる事は無い。その為、文献に残る魔霊の姿形は酷く曖昧である。

其の魔霊が、人間の手伝い・・・をしている。

上層から泡、粉、液体の三層になっている事を確認後、火魔霊をフラスコから離す。二回目の攪拌かくはんをし、風船型フラスコに落ち切った回復液を瓶に詰めれば”回復薬ポーション”の完成である。

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回復薬ポーションを木箱に詰め出荷準備をしていると、其処に一人の青年が足を運ぶ。

目に掛かる程の青磁色の髪。朱殷しゅあん色の瞳に柔らかな濁りを映す青年。

管理人フロアマスター、キャンプ跡の清掃終わりました」

青年の名は、ピノ・ローブレイブ。暗号名コードネーム、スライム。ご察しの通り、あの・・、スライムである。

従業員モンスターは業務時間外になると、人間と魔物モンスターの共存を謀る極秘組織、迷宮ダンジョン協会の《擬人化》と呼ばれる加護により獣から人間の姿に化ける。

彼らが身に纏う衣類や装飾品に関しては、其れ等を調達する者と、魔素マナの繊維でこしらえる者の二通りに別れるのだが、ピノは前者だ。

「助かる、ピノ」

「いいえ。銀製のスプーンとカップを拾いましたが、どうします。目立つ傷も無いようですが」

「どれどれ」

木箱の蓋を閉め、布を敷いた盆に並ぶ銀製の食器類に目を配る。顎先に指を添えては唸る様相は、まるで鑑定士を彷彿とさせる。

「この天体模様、そして草木や風を表現した左右非対称に流れる曲線、これはハッシュバルク製だな。全部売れば一晩の酒代にはなる」

「では、お付き合いしますよ」

「そうしたい所なんだが、これから汽車でラウンウッドに向かうんだ」

そう言って回復薬ポーションを詰めた木箱を指差す管理人。ピノは悟った様に頷くと、困った様に笑う。

「レイヴさん、ですか」

「ああ、お得意様だ」

「少しは休まれた方が」

そう言う間にもグレーのコートに袖を通す管理人。肩を落とすピノは、木箱をキャリーカートに乗せる。

其れを見た管理人が、今度は肩を落とした。

「お付き合いします」

「少しは休…────」

管理人は言葉を紡ぐ事を止め、首筋を掻く。数冊の本を鞄に入れると、最後に胸元の名札ネームプレートを仕舞った。

エル・ディアブロムと彫られた、銀の名札ネームプレート

道中、酒を二瓶買った。安酒ではあるが、二人の会話は賑やかなものだった。汽車の窓枠から覗く景色に時々目線を配る。大粒の雪が斜めに落ち、顔を近づけると窓は息で曇った。

ピノが硬綿の座席で小さな寝息を立てる頃、管理人は一冊の本を片手にしていた。南大陸の小民族に伝わる武術が記述された古い本。

迷宮ダンジョン経営とどう関係するのか。其れを悟る頃には、汽車はラウンウッドに着いていた。
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