ダンジョンの管理人さん

市藤 弐鷹

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初級者用ダンジョン編

【4】ロスト・エルフ

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汽車を降りると白い息が高く昇った。上下左右、何処に瞳を転がせど消えぬ白銀。

ラウンウッド。其処は雪原の中にぽつりと構える駅の名前。あるのは一面に広がる雪、尚も降り止まぬ雪、そして小屋。小屋がある。

雪に覆われた木や岩である可能性も十二分にあったが、管理人はあれが小屋である事を知っていた。小屋には誰が居て、何があるのかを。

それを裏付ける様に、管理人の手土産に小屋の主人は「相変わらず安い酒だ」と悪態をついた。

小屋には暖は無い。主人も毛皮に毛皮を重ねるが、鼻は赤く、髭も氷柱の様に固まっている。

そして、長居は無用と言わんばかりに主人は羅針盤コンパスとランタンを放った。

四輪箱型馬車クーペを停めてある。シェゴールも満腹さね」

「いつもすみません」

「お嬢ちゃんに宜しくな」

此処で幾つか補足するならば、まずシェゴールとは馬科に属する動物を指す。

最大五メートルにも及ぶ巨躯を覆う、一本一本が太く長い茶毛。頑丈な四本の足。爪。その外見は熊や河馬にも見えるが、馬である。

そして四輪箱型馬車クーペとは、二人乗りの馬車を指す。箱の内側には耐寒素材が施されている為、毛布を三枚程羽織れば、短時間であれば凍える事は無いだろう。

シェゴールに箱を引かせ、ある・・・場所へと誘うのが小屋の、いや、主人の役目。羅針盤コンパスとランタンは、万が一の命綱と言った所か。

揺れは無かった。滑走。窓枠一面を飾る白い景色は一変とせず、ただ窓を打つ吹雪がその激しさを物語る。

管理人はまた本を読んでいたが、暫くして、読み終えずその本を閉じたのは、理由があった。

「ピノ、起きろ」

その声色には緊張と余裕が混在する。ピノは「はい、エルさん」と管理人の名前を返すと、欠伸をし、目を擦り、一本だけ跳ねた毛を手櫛で直した。直した毛は、すぐにまた跳ねたのだが。

馬車が停まったのは、箱を打つ吹雪の音が弱まった事ですぐ気づいた。ここまで。シェゴールはこの先を進まない。

馬車を降りると、雪景色の向こうに何かが見えた。

山だろうか。否、管理人はあれが何かを知っている。そして、これから起こる事すらも。

「此処は初めてだったな」

「はい。あそこに見えるのがレイヴさんが管理する迷宮ダンジョン白麗の奏ホワイト・カノン”ですか」

「ああ。正確にはもう始まってる・・・・・・

言葉の終わりと同時、突如、雪原を割く様に一枚の背鰭せびれが姿を現した。

まるでバターナイフの様に雪原を波打ちながら割く其れは、一度潜り、そして、跳ねた…────。

「な……っ」

銀の資格者シルバーライセンス、ガンビェットシャーク」

体長八メートルの巨大鮫。分厚い鱗が一枚一枚巨躯を纏い、赤黒く汚れた鋭利的な牙が過剰に並ぶ。

白く剥かれた目は飢えた狩猟者ハンターの其れである。

宙で体躯を捻りながら、速度、重量任せの突進が二人を襲う。

ピノが雪原に足を取られている傍らで、管理人は腕を組み、ガンビェットシャークの鼻先を見据える。

刹那、管理人が左足を軸に身体を旋回させると、右の踵がガンビェットシャークの鼻っ面を捉えた。

雪煙が舞う電光石火の一撃。六トンに及ぶ巨躯は弧を描き、尾鰭が天を指して、ゆっくり、ゆっくりと雪原に沈む。

先述した通りの、一撃である。

八メートルの巨大鮫は黒い泡を立てながら雪原と混ざり、白に溶けた。

「流石ですね、エルさん」

「管理人たるもの従業員モンスターの範たれ、だ。ドロップアイテムは《ガンビェットの牙》か。この素材で造る短剣の評判が良いらしい」

そして七匹目のガンビェットシャークが雪原に溶けた頃、其れは眼前に高く聳え建っていた。

点在する石柱。その間を縫う様に伸びる石道。その先にある、戦痕残る円形闘技場。

吹雪に侵される事も無く聳えるその闘技場には、氷柱が垂れ、手招きしている様な、喰らわんとしているかの様な、怪異的な入口が有る。

歩を進める二人。突然空間が歪んだ。

こっち・・・から入れとさ」

「空間転移魔法、ですか」

「上級、のな」

空間のひずみに身を託す。一瞬。瞬きの間に、二人は其処にいた。

其処とは、管理人室である。

迷宮ダンジョン、”白麗の奏ホワイト・カノン”の管理人室。

高級皮張りの椅子で足を組むのは、管理人フロアマスター、レイヴ・キルケットである。

潤う銀髪を耳に掛け、豊満な胸を出し惜しみせぬ気丈さ、目尻の黒子が魅せる妖艶さに、思わずピノの鼻の下が伸びる。

「景気が良さそうだな、レイヴ」

「不景気そうだな、エル」

「相変わらずだ。頼まれてた回復薬ポーション一箱、持ってきた」

「ふふ、ああ助かるよ。お前が作る回復薬ポーションは効能が高いらしくてな、巷では高能回復薬ハイポーション何て呼ばれてるみたいだ」

「そうか」と荷解きをするエルを、物陰からこっそりと眺める者がいる。

腰まで真っ直ぐ伸びる、絹の様な月色の髪。陶器の様に滑らかで、透明感のある肌。宝石の様な翡翠色の瞳。果肉の様に潤う薄い桜色の唇。長い耳。

神の悪戯により産まれた、美の終焉。

細部にまで拘った黒のドレスを纏うのは、白麗の奏ホワイト・カノン従業員モンスター禁断の小精霊ロスト・エルフである。

「(ど、どどどどど、どうしよう。エルさんだ。エルさんだ。こ、声掛けたい。触りたい。触られたい。で、でもでも、髪の毛跳ねてないかな。け、化粧変じゃないかな。ド、ドド、ドレス似合ってるかな)」

脳内で展開される機関銃マシンガンの如く自問自答。

形の良い胸に手を添え、深呼吸。深呼吸。深呼…───。

「───…よう、エヴァ」

「きゅ、きゅうっ」
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