4 / 6
初級者用ダンジョン編
【4】ロスト・エルフ
しおりを挟む
汽車を降りると白い息が高く昇った。上下左右、何処に瞳を転がせど消えぬ白銀。
ラウンウッド。其処は雪原の中にぽつりと構える駅の名前。あるのは一面に広がる雪、尚も降り止まぬ雪、そして小屋。小屋がある。
雪に覆われた木や岩である可能性も十二分にあったが、管理人はあれが小屋である事を知っていた。小屋には誰が居て、何があるのかを。
それを裏付ける様に、管理人の手土産に小屋の主人は「相変わらず安い酒だ」と悪態をついた。
小屋には暖は無い。主人も毛皮に毛皮を重ねるが、鼻は赤く、髭も氷柱の様に固まっている。
そして、長居は無用と言わんばかりに主人は羅針盤とランタンを放った。
「四輪箱型馬車を停めてある。シェゴールも満腹さね」
「いつもすみません」
「お嬢ちゃんに宜しくな」
此処で幾つか補足するならば、まずシェゴールとは馬科に属する動物を指す。
最大五メートルにも及ぶ巨躯を覆う、一本一本が太く長い茶毛。頑丈な四本の足。爪。その外見は熊や河馬にも見えるが、馬である。
そして四輪箱型馬車とは、二人乗りの馬車を指す。箱の内側には耐寒素材が施されている為、毛布を三枚程羽織れば、短時間であれば凍える事は無いだろう。
シェゴールに箱を引かせ、ある場所へと誘うのが小屋の、いや、主人の役目。羅針盤とランタンは、万が一の命綱と言った所か。
揺れは無かった。滑走。窓枠一面を飾る白い景色は一変とせず、ただ窓を打つ吹雪がその激しさを物語る。
管理人はまた本を読んでいたが、暫くして、読み終えずその本を閉じたのは、理由があった。
「ピノ、起きろ」
その声色には緊張と余裕が混在する。ピノは「はい、エルさん」と管理人の名前を返すと、欠伸をし、目を擦り、一本だけ跳ねた毛を手櫛で直した。直した毛は、すぐにまた跳ねたのだが。
馬車が停まったのは、箱を打つ吹雪の音が弱まった事ですぐ気づいた。ここまで。シェゴールはこの先を進まない。
馬車を降りると、雪景色の向こうに何かが見えた。
山だろうか。否、管理人はあれが何かを知っている。そして、これから起こる事すらも。
「此処は初めてだったな」
「はい。あそこに見えるのがレイヴさんが管理する迷宮”白麗の奏”ですか」
「ああ。正確にはもう始まってる」
言葉の終わりと同時、突如、雪原を割く様に一枚の背鰭が姿を現した。
まるでバターナイフの様に雪原を波打ちながら割く其れは、一度潜り、そして、跳ねた…────。
「な……っ」
「銀の資格者、ガンビェットシャーク」
体長八メートルの巨大鮫。分厚い鱗が一枚一枚巨躯を纏い、赤黒く汚れた鋭利的な牙が過剰に並ぶ。
白く剥かれた目は飢えた狩猟者の其れである。
宙で体躯を捻りながら、速度、重量任せの突進が二人を襲う。
ピノが雪原に足を取られている傍らで、管理人は腕を組み、ガンビェットシャークの鼻先を見据える。
刹那、管理人が左足を軸に身体を旋回させると、右の踵がガンビェットシャークの鼻っ面を捉えた。
雪煙が舞う電光石火の一撃。六トンに及ぶ巨躯は弧を描き、尾鰭が天を指して、ゆっくり、ゆっくりと雪原に沈む。
先述した通りの、一撃である。
八メートルの巨大鮫は黒い泡を立てながら雪原と混ざり、白に溶けた。
「流石ですね、エルさん」
「管理人たるもの従業員の範たれ、だ。ドロップアイテムは《ガンビェットの牙》か。この素材で造る短剣の評判が良いらしい」
そして七匹目のガンビェットシャークが雪原に溶けた頃、其れは眼前に高く聳え建っていた。
点在する石柱。その間を縫う様に伸びる石道。その先にある、戦痕残る円形闘技場。
吹雪に侵される事も無く聳えるその闘技場には、氷柱が垂れ、手招きしている様な、喰らわんとしているかの様な、怪異的な入口が有る。
歩を進める二人。突然空間が歪んだ。
「こっちから入れとさ」
「空間転移魔法、ですか」
「上級、のな」
空間の歪みに身を託す。一瞬。瞬きの間に、二人は其処にいた。
其処とは、管理人室である。
迷宮、”白麗の奏”の管理人室。
高級皮張りの椅子で足を組むのは、管理人、レイヴ・キルケットである。
潤う銀髪を耳に掛け、豊満な胸を出し惜しみせぬ気丈さ、目尻の黒子が魅せる妖艶さに、思わずピノの鼻の下が伸びる。
「景気が良さそうだな、レイヴ」
「不景気そうだな、エル」
「相変わらずだ。頼まれてた回復薬一箱、持ってきた」
「ふふ、ああ助かるよ。お前が作る回復薬は効能が高いらしくてな、巷では高能回復薬何て呼ばれてるみたいだ」
「そうか」と荷解きをするエルを、物陰からこっそりと眺める者がいる。
腰まで真っ直ぐ伸びる、絹の様な月色の髪。陶器の様に滑らかで、透明感のある肌。宝石の様な翡翠色の瞳。果肉の様に潤う薄い桜色の唇。長い耳。
神の悪戯により産まれた、美の終焉。
細部にまで拘った黒のドレスを纏うのは、白麗の奏の従業員、禁断の小精霊である。
「(ど、どどどどど、どうしよう。エルさんだ。エルさんだ。こ、声掛けたい。触りたい。触られたい。で、でもでも、髪の毛跳ねてないかな。け、化粧変じゃないかな。ド、ドド、ドレス似合ってるかな)」
脳内で展開される機関銃の如く自問自答。
形の良い胸に手を添え、深呼吸。深呼吸。深呼…───。
「───…よう、エヴァ」
「きゅ、きゅうっ」
ラウンウッド。其処は雪原の中にぽつりと構える駅の名前。あるのは一面に広がる雪、尚も降り止まぬ雪、そして小屋。小屋がある。
雪に覆われた木や岩である可能性も十二分にあったが、管理人はあれが小屋である事を知っていた。小屋には誰が居て、何があるのかを。
それを裏付ける様に、管理人の手土産に小屋の主人は「相変わらず安い酒だ」と悪態をついた。
小屋には暖は無い。主人も毛皮に毛皮を重ねるが、鼻は赤く、髭も氷柱の様に固まっている。
そして、長居は無用と言わんばかりに主人は羅針盤とランタンを放った。
「四輪箱型馬車を停めてある。シェゴールも満腹さね」
「いつもすみません」
「お嬢ちゃんに宜しくな」
此処で幾つか補足するならば、まずシェゴールとは馬科に属する動物を指す。
最大五メートルにも及ぶ巨躯を覆う、一本一本が太く長い茶毛。頑丈な四本の足。爪。その外見は熊や河馬にも見えるが、馬である。
そして四輪箱型馬車とは、二人乗りの馬車を指す。箱の内側には耐寒素材が施されている為、毛布を三枚程羽織れば、短時間であれば凍える事は無いだろう。
シェゴールに箱を引かせ、ある場所へと誘うのが小屋の、いや、主人の役目。羅針盤とランタンは、万が一の命綱と言った所か。
揺れは無かった。滑走。窓枠一面を飾る白い景色は一変とせず、ただ窓を打つ吹雪がその激しさを物語る。
管理人はまた本を読んでいたが、暫くして、読み終えずその本を閉じたのは、理由があった。
「ピノ、起きろ」
その声色には緊張と余裕が混在する。ピノは「はい、エルさん」と管理人の名前を返すと、欠伸をし、目を擦り、一本だけ跳ねた毛を手櫛で直した。直した毛は、すぐにまた跳ねたのだが。
馬車が停まったのは、箱を打つ吹雪の音が弱まった事ですぐ気づいた。ここまで。シェゴールはこの先を進まない。
馬車を降りると、雪景色の向こうに何かが見えた。
山だろうか。否、管理人はあれが何かを知っている。そして、これから起こる事すらも。
「此処は初めてだったな」
「はい。あそこに見えるのがレイヴさんが管理する迷宮”白麗の奏”ですか」
「ああ。正確にはもう始まってる」
言葉の終わりと同時、突如、雪原を割く様に一枚の背鰭が姿を現した。
まるでバターナイフの様に雪原を波打ちながら割く其れは、一度潜り、そして、跳ねた…────。
「な……っ」
「銀の資格者、ガンビェットシャーク」
体長八メートルの巨大鮫。分厚い鱗が一枚一枚巨躯を纏い、赤黒く汚れた鋭利的な牙が過剰に並ぶ。
白く剥かれた目は飢えた狩猟者の其れである。
宙で体躯を捻りながら、速度、重量任せの突進が二人を襲う。
ピノが雪原に足を取られている傍らで、管理人は腕を組み、ガンビェットシャークの鼻先を見据える。
刹那、管理人が左足を軸に身体を旋回させると、右の踵がガンビェットシャークの鼻っ面を捉えた。
雪煙が舞う電光石火の一撃。六トンに及ぶ巨躯は弧を描き、尾鰭が天を指して、ゆっくり、ゆっくりと雪原に沈む。
先述した通りの、一撃である。
八メートルの巨大鮫は黒い泡を立てながら雪原と混ざり、白に溶けた。
「流石ですね、エルさん」
「管理人たるもの従業員の範たれ、だ。ドロップアイテムは《ガンビェットの牙》か。この素材で造る短剣の評判が良いらしい」
そして七匹目のガンビェットシャークが雪原に溶けた頃、其れは眼前に高く聳え建っていた。
点在する石柱。その間を縫う様に伸びる石道。その先にある、戦痕残る円形闘技場。
吹雪に侵される事も無く聳えるその闘技場には、氷柱が垂れ、手招きしている様な、喰らわんとしているかの様な、怪異的な入口が有る。
歩を進める二人。突然空間が歪んだ。
「こっちから入れとさ」
「空間転移魔法、ですか」
「上級、のな」
空間の歪みに身を託す。一瞬。瞬きの間に、二人は其処にいた。
其処とは、管理人室である。
迷宮、”白麗の奏”の管理人室。
高級皮張りの椅子で足を組むのは、管理人、レイヴ・キルケットである。
潤う銀髪を耳に掛け、豊満な胸を出し惜しみせぬ気丈さ、目尻の黒子が魅せる妖艶さに、思わずピノの鼻の下が伸びる。
「景気が良さそうだな、レイヴ」
「不景気そうだな、エル」
「相変わらずだ。頼まれてた回復薬一箱、持ってきた」
「ふふ、ああ助かるよ。お前が作る回復薬は効能が高いらしくてな、巷では高能回復薬何て呼ばれてるみたいだ」
「そうか」と荷解きをするエルを、物陰からこっそりと眺める者がいる。
腰まで真っ直ぐ伸びる、絹の様な月色の髪。陶器の様に滑らかで、透明感のある肌。宝石の様な翡翠色の瞳。果肉の様に潤う薄い桜色の唇。長い耳。
神の悪戯により産まれた、美の終焉。
細部にまで拘った黒のドレスを纏うのは、白麗の奏の従業員、禁断の小精霊である。
「(ど、どどどどど、どうしよう。エルさんだ。エルさんだ。こ、声掛けたい。触りたい。触られたい。で、でもでも、髪の毛跳ねてないかな。け、化粧変じゃないかな。ド、ドド、ドレス似合ってるかな)」
脳内で展開される機関銃の如く自問自答。
形の良い胸に手を添え、深呼吸。深呼吸。深呼…───。
「───…よう、エヴァ」
「きゅ、きゅうっ」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる