おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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年末年始と婚約公表

301.おっさん、婚約者になる

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 フィッティングルームに用意された衣装を正面から眺め、口を半開きにして呆然と眺める。
「マジか……」
 今日の夜会はダンスをしなければならないのに、用意されていたのは『男性用ドレス』だった。
 以前レイブンと踊った時は騎士服に近いセットアップで動きやすかった。おかげで衣装の裾を踏む、転ぶという失態を犯さずに済んだのだ。
 なのに、今日は床ギリギリまでの長さのローブがある。
 ウエスト部分で窄まり、裾にいくにつれて広がっているローブは、少し膝を曲げただけで確実に床に着く。
 前側はスリットが入り歩く分には邪魔にならないのだろうが、ダンスする時に後ろにスカートのように広がる布地は絶対に邪魔になると思った。

 呆然とその衣装を眺めていると、衣装担当のクロエが俺の様子に戸惑ったように声をかけてきた。
「お気に召しませんか…?」
「あ、いや…そういうわけでは」
 せっかく用意してくれたのに、嫌だなんて言えない。
 彼女は聖女らしさを演出するために一生懸命考えてくれている。
「ただ、俺はダンスが下手で…衣装を踏んでしまうんじゃないかと…」
「ああ、それは大丈夫ですよ。
 実はそうお聞きしていましたので、このデザインにしたのです」
 クロエがニコリと微笑むと、この衣装の利点を教えてくれた。

 この長めのローブが、多少ステップが乱れても、パートナーと合わなくても、足元を隠してくれると言った。
 さらに踊る相手がロイとディーという上級者であるため、裾を踏まないようにリードしてくれるし、万が一の時は足を浮かせ完全に体を預けても問題ないと言われた。
 両足が床を離れても、この衣装なら完璧に隠してくれるそうだ。

「なるほど…」
 踊れないから、踊っているように見せるための長さか、と俺は気遣いに感謝する。

 そうして、ヘアメイクの準備が整った所で椅子に座らされ、しっかりといつも以上に時間をかけて聖女へと変身して行った。


 出来上がった自分の姿に、俺はつくづく彼女達の腕前が超一流だと思った。
 39歳のおっさんの俺が、ここまで綺麗になれるのかと、鏡に近づいて自分の顔を覗き込む。
 いつも見慣れた顔が、詐欺メイクによって別人に見えてしまう。ベースは俺だとわかるのだが、目もいつもより大きく見えるし、鼻も高くなったような気がする。
 平凡な日本人の顔のはずで、ぼんやり顔だと思っているのだが、メイク後は欧米人風というのか、顔のパーツがいつもよりもはっきりしているような気がした。
 彼女達の手にかかると、どんなおっさんでも美しくなれるんじゃないかと思った。

 今日は特に力を入れたのか、3人は完成した聖女にご満悦の表情だった。





 午後4時。
 王宮の自室で準備をしてきたロイとディーが瑠璃宮まで迎えに来ることになっている。
 出発は5時だが、瑠璃宮にあるダンス練習用の小さなホールで、本番のように踊り、復習をすることになっていた。
 準備を終えて時間まで待っていると、バーニーが2人が到着したと知らせに来てくれる。

 ロイとディーは、階段をゆっくり降りてきた翔平の姿に、口を半開きにしたまま見惚れてしまった。
 細身の翔平の体を包む純白の豪華な刺繍入りの服。レースが入った半透明のフード型のベールが翔平の黒髪を包む。
 翔平が自分たちに微笑みを浮かべているのを、惚けたまま魅入ってしまい、目が離せなかった。

 俺は階段を降りながら自分と対になっている2人の衣装に微笑む。
 同じ色、同じ刺繍、形は違うが、誰が見てもお揃いの衣装に嬉しくなった。

「それじゃ練習しようか」
 エントランスに降りると、2人の前に行きホールへ移動しようと声をかけるが、全く反応しない。
「おい、どうした?」
 じっと俺を見たまま呆けている2人の目の前で手をヒラヒラと振ると、2人はハッとしてピクリと動いた。
 動いたと思ったら、2人とも顔を赤くする。
「ショーへー…」
「ショーヘイ…」
 同時に名前を呼ばれたと思った瞬間、2人の腕に包まれた。
「綺麗だ」
「ええ、すごく綺麗です」
 間近で囁くように言われ、俺は「服がね」と言い訳めいたことを言いながら照れ臭くて顔を赤くする。
「お前達もかっこいいよ」
 本当は俺もかっこいいとか言われたいが、今日のこの格好では無理だと笑った。



 きっちり1時間ダンス練習をすると、クロエが言ったように、2人ともしっかりと俺の下手さをカバーしてくれるおかげでローブの裾を踏むことも、転ぶこともなかった。
 何度かステップが乱れて、両足を浮かせて抱えられることになったが、その足元は衣装に隠されて誤魔化すことが出来ていた。


 午後5時、瑠璃宮を出発する。
 王城敷地内にあるルイス宮殿まで、ゆっくりと15分かけて馬車で移動した。

 夜会は6時からだが、すでに多くの馬車がルイス宮殿の前に到着していた。
 それを横目に、俺達が乗った馬車は正面入口を素通りし、別の入口へと移動する。
 多くの貴族達は客として正面入口を利用するが、主催者でホストである王族は専用の入口を利用する。
 馬車から降りると、会場内を通らずに、控室がある2階へと進むことが出来る。


 今から約3ヶ月前、このルイス宮殿で俺は国内の貴族へお披露目された。
 聖女教会の襲撃にあい、宮殿の一部が破壊されたが、現在は修復済みであり、内装も少しだけ変えられている。
 だが、王族の控室は以前と変わらぬ場所と内装で、廊下に敷かれた絨毯や飾られている造形物も変わっていなかった。
 やはりここでは魔法は使用出来ず、宮殿の中や外を騎士達が取り囲んでいる。
 今回は近衞騎士団が宮殿内部を。騎士団第4部隊、獣士団第1、第4部隊は建物周辺を、魔導士団第1、第2部隊が外周の警備にあたっていた。

 控室に入ると、先に来ていたアランとキースに出迎えられる。
「ショーヘイさん」
「キース」
 中に入ると、パートナーそっちのけで近寄り、互いに装いを褒め合う。
「やっぱり似合うなあ」
 アランとキースも対になった緑を基調とした衣装に身を包んでいた。
 俺よりも断然キースの方が『男性用ドレス』が似合っていると、しみじみと思った。
「ショーヘイさんも素敵です。やっぱり白が似合いますね」
 キースが俺が被っているフード型のベールに触れ、聖女様らしいと嬉しそうに笑った。
「ショーへー、ディーから新たな条件の話を聞いたぞ」
 アランがキースの隣に立ち、俺から奪い返すようにその腰に手を回すのを見て笑ってしまう。
「候補が上がった場合には、その生い立ちも調査するように指示を出した」
「絶対そうだとは言い切れないけどね」
「だが可能性はある。条件は多い方がいい」
 アランはニコリと笑う。
「まったくお前の頭の中はどうなっているんだ?よくそんなこと思いつくな」
 そう言われ、その言葉をアランにそっくり返したいと思ったが言わなかった。
「ジュノーであることも関係しているのかもしれませんね」
 ディーが俺の肩を抱き、この考えもジュノーの知識から来る、つまり元の世界の情報から導きだしたのではないか、と笑った。
 俺はそれを聞いて、確かにそうかもな、と漠然と思った。





 開始時刻15分前になって、レイブンやサイファー達も到着した。
 レイブンは赤を基調に、いつもは被っていない王冠を頭に乗せ、サイファー達は青を基調に、ユリアは黄色で金髪と合わせて華やかなイメージだった。
 さらにギルバートとロマも到着し、2人はお揃いの衣装を身に付けた俺達3人を見て、感慨深げな表情を浮かべた。

 全員揃った所で、キースが流れの説明を始める。

 王族の入場。
 王の挨拶。
 ロイのランドール公爵家継承の報告。
 そして、婚約発表。

 ロイが養子縁組によってランドール家の後継になったことは、国内の貴族にはすでに通達済みだが、今日の夜会には商会や組合、各ギルドの長など一般人も参加しているため、この夜会で有識者達へも正式に公表されることになる。
 ロイにとっては大勢の有力者の前で、ランドール家後継として立つ晴れ舞台ということになるらしく、珍しく緊張しているのかいつもと少し雰囲気が違って、口数も少なかった。

 開始時刻が近付くにつれて、どんどん心拍数が上がって行く。お披露目の時と同じように、大勢の前に姿を晒すことに緊張していた。
 今回は俺が挨拶するような機会はないのでまだマシではあるが、それでも王族と並んで立つことに、その資格が俺にあるのか、と考えてしまう。
「緊張してるのか?」
 廊下を移動しながらロイに肩を抱き寄せられ、顔を近づけて聞かれた。
「そりゃあな。お前だって緊張してるだろ」
 ロイを見上げ苦笑いを浮かべると、ロイも微妙な笑顔を浮かべる。
「リラックスさせてくれ」
 そう言うとベール越しに俺の耳元に鼻を寄せると、すうーっと俺の匂いを吸い込んでいた。
 俺の匂いにリラックス効果があるのかと笑いながら黙ってしたいようにさせていると、反対側からディーが俺の腰に手を回す。
「慣れてください。これから何度もこういうことがありますから」
 俺だけではなく、ロイに向けた言葉でもあったのか、俺達はディーを見て苦笑した。
「はあ~…」
 緊張をほぐすために大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。









「レイブン王のお出ましです!!」
 6時になり、会場であるホールに進行役の執事が声高らかに告げた。
 続けて、王族全員の名前が呼ばれ、さらにギルバートやロマ、最後に俺の名前も呼ばれた。

 ホールを見下ろせる2階に順番に並ぶ。
 俺もロイとディーにはさまれて並び、1階会場に居て、王族へ頭を下げている来客達を見下ろした。

「面をあげよ」
 レイブンがよく通る声で語りかけると、その言葉に従い、来客達は一斉に頭をあげて2階を見上げた。
 その視線が1列に並ぶ王族へと注がれ、当然、俺にも注がれる。
 何人かは「あ」と口を開け、俺の立ち位置と、その対になった衣装に、流れている恋物語の噂が本当であったと今理解したような顔をしていた。

「皆の者、今宵ここに集うてくれたことを感謝する」
 レイブンの挨拶が始まり、じっとその言葉に耳を傾ける。
 その間、給仕達が一斉に客達にグラスを配って周り、俺達もグラスを手にした。
 その様子を見ながら話していたレイブンは、ほぼ全員にグラスが行き渡った所で、話を締め括った。
「皆の献身を期待する。今宵は存分に楽しんでくれ」
「乾杯!」
 レイブンの言葉が終了した後、サイファーがグラスを掲げて乾杯の音頭を取った。
 皆が口々に乾杯と言い、公国を称え、繁栄を望む言葉を口にしていた。

「ロイ、前へ」
 言葉が止むと、続いてサイファーがロイを呼んだ。
 ロイが前に出ると、レイブンが一歩下がって場所を開ける。そのレイブンの隣にギルバートが立ち、ロイを背後から見守るように並んだ。
 俺は離れていったロイを目で追いかけ、その堂々とした態度に惚れ惚れし、微笑んだ。
「このロイがギルバートと血の盟約を結び、ランドール家嫡子となった」
 サイファーが告げ、ロイは右手を胸に添え、丁寧に頭を下げた。
 そして顔を上げると胸に手を添えたまま宣言する。
「私、ロイ・ランドールは、己を律し、より一層の努力を重ね、サンドラーク公国およびそれを支える国民のために邁進することを誓います。
 我が忠義は国と国民のため。我が命は皆を守るためにある」
 ロイが声を張って宣言すると、後ろに立つレイブンとギルバートを振り返り、その前に跪きながら、まずはギルバートの手を両手で取ると口付け、祈るように額へつけた。
「ランドール家への忠誠を誓います」
「許します」
 ロイは再び口付けると手を離し、ギルバートは嬉しそうに笑顔を浮かべながらロイの頭へその手を置いた。
 続いてロイはレイブンの前にも跪き、同じようにその手を取る。
「サンドラーク王家への忠誠を誓います」
「うむ。許そう」
 レイブンもにこやかに微笑みつつ、同じようにロイの頭へ手を置いた。
 静かにロイが立ち上がると、再びホールへ向き直った。その瞬間、大きな拍手が鳴り響き、ロイはもう一度深くお辞儀をすると俺の隣へと戻ってくる。
 レイブンはそれを見届けた後再び最前列に立った。



 次に語られる内容に、俺は緊張がピークを迎える。
 体が硬直してカチコチに固まっていた。
 そんな俺をディーが支えるように腰に手を回し、隣に戻ってきたロイが緊張をほぐすように背中を撫でてくれた。

 レイブンが話す前に、俺達へとチラリと視線を向け、微笑んだ。
「もうすでに聞き及んでいると思うが、今ここでワシの口から伝えておきたい。
 ディーゼルとロイ、そして聖女ショーへーは自分の気持ちに気付き、その想いを打ち明けあった。
 ワシは直接彼らから聞き、その想いが本物であると感じた」
 レイブンは恋物語の内容には敢えて触れず、結果だけを語る。
「ワシは彼らの想いを尊重することに決めた。
 ディーゼル・サンドラーク、ロイ・ランドールの聖女への愛。そして、聖女ショーへーの2人への愛を認める。
 今この時この場で、彼らは結婚を誓い合った婚約者であることを明言する」
 レイブンが宣言すると、わあっと会場内に声が響き、拍手と祝いの言葉が叫ばれた。
 俺は、嬉しくて恥ずかしくて、さらに注目を浴びたことの緊張で、顔を真っ赤にしていた。今すぐ蹲って顔を隠したいがそういうわけにもいかない。
「ショーへー」
「ショーヘイ」
 2人が両脇から翔平に寄り添い、優しい声色で名前を呼ぶ。
 翔平は赤い顔を2人へ向け、祝福してくれる声の中嬉しそうに微笑んだ。 










 レイブンの明言により、これで翔平達はようやく恋人関係であることが周知された。
 これにより、3人への求婚の申し出は止まることになるのだが、それは国内だけに限った話ではない。
 この日公表された関係はすぐに国外へも伝わることになる。

 すでに王子、英雄、聖女の恋物語は庶民の口によって諸外国にも広まりつつあり、レイブンが公の場で明言したことによって、庶民だけではなく他国の王族や貴族、有力者へも事実として知れ渡るのは必須だった。

 この日の明言後、3人に対して見合いを申込み、釣書を送ってきていた他国の王侯貴族や有力者達が問い合わせて来るのは確実で、サイファーとダリアはあらかじめ事態を想定して対外的な通知文を作成し、レイブンの明言と同時に送付するよう指示を出していた。
 文書が到着するよりも先に話を聞きつけた者から数件の問い合わせがあったが、事前対策のおかげで対応に追われることはなかった。
 通知文を受け取った者は正式な形での断りと謝罪に諦めざるを得なかった。

 だが、国内においては、実際に3人の姿を目にし、直接本人の口から愛の言葉を聞いて本物であると認め、諦める者が殆どだったのにもかかわらず、諸外国においては3人を公国に留めるための政略結婚だと考える者が多かった。
 
 現時点では結婚を約束した恋人であるというだけで、事実上はまだ他人である。
 正式な伴侶となるまでに、ディーゼル王子を。英雄ロイを。聖女ショーヘイを。
 奪えばいい。
 
 正式な通知文によって断られたため、表立って求婚することが出来なくなったことが、その者達に不穏な考えを抱かせることになった。










 挨拶が終わり、夜会の開催宣言が行われると、思い思いに散って行く。
 俺達も1階に降り、まずは腹ごしらえと、飲食コーナーに向かった。
 緊張が解かれると、途端にお腹が空いてきた。
「ここで待っててくれ。取ってくる」
 ロイにエスコートされて飲食コーナーの近くにあるソファに座ると、ロイとディーは食べ物を取りに行く。
 直前に俺達の関係を公表されたので、もう俺にちょっかいかけてくる輩もいないから、1人になっても問題はなかった。
 2人を目で追いながらも、俺は知り合いがいないかと辺りを見渡した。
 すると、一際体が大きく背の高い男がパートナーと共にこちらへ向かってくるのが見え、俺はすぐに立ち上がり、彼らに笑顔を向け、目の前に来た2人と挨拶する。
「ショーへー、良かったな」
「おめでとうございます」
 ジョンとシアが笑顔で俺と握手をかわす。

 ジョンは辺境伯家次男として出席しており、騎士服ではなく貴族らしい衣装だった。
 当然パートナーであるシアはいわゆる『男性用ドレス』で、ジョンに合わせられた焦茶色の落ち着きのある色合いがとてもよく似合っている。
 落ち着いて品のある姿に、綺麗な人だと改めて思った。

 ソファの前で立ち話をし彼らの近況を聞き、元気そうだと嬉しくなる。
「また近い内に訓練を始めるから、また会おう」
「騎士になるつもりなのか?」
 揶揄いを含めてそう言われ笑い合っているところに、2人が皿を持って戻ってくる。
「よお」
「小公爵様」
 ロイがジョンに親しげに声をかけると、ジョンがわざと丁寧に頭を下げ、ロイは止めてくれと笑った。
「なあ、シア」
 ジョンと2人が話し始めたので、俺はシアにススッと近づいてコソッと話しかける。
「はい」
「ジョンとはどうなんだ?」
「……私は…おそばにいられるだけで充分ですから…」
 シアは少しだけ頬を染めて微笑みながら答え、その儚げな表情に俺はさらに言った。
「うかうかしてると誰かに取られちゃうよ」
「ですが…私は……」
「駄目だよ。自分に素直にならないと」
 俺に言われ、シアは苦笑する。
 きっと彼は身分や自分が元男娼だということを気にしている。それも全てジョンのためなのに、彼を誰よりも愛しているだろうに、と俺は苦笑する。
「ジョンが好きなんだろ?
 誰が何と言おうと、ジョンにはシアしかいないよ。
 シアが一番ジョンを理解しているし、ジョンだってシアを心から信頼してる」
「信頼と愛は…」
 シアは苦笑しながら翔平の言葉を否定する。
「違う?」
 俺はクスッと笑う。
「シア。気付いてないんだな」
「え?」
「ジョンがシアを見る目だよ。シアがジョンに向ける目と同じだ」
 俺はじっとシアを見つめて諭す。
「ジョンがシアを見つめる目は、とても優しい。大切なんだって伝わってくるよ」
 シアは自分を見るジョンの目がどんなものかなんて考えたこともなかった。
「シアはさ、ジョンへの想いを信頼に変換して伝えていないか?」
 そう言われて何も言い返せなかった。
 確かに、自分はジョンへの想いを告げたことはない。
 ただ愛するジョンのためと考えて行動してきた。ジョンを絶対的に信頼すると示すことが自分なりの愛であり、身分の低い自分が出来ることだった。
「ジョンは真っ直ぐで、信頼には信頼を素直に返してくるような鏡のような人だ。
 だからシアの隠しきれない愛が含んだ眼差しを向けられて、ジョンも同じ目で返す」
 俺はにっこりと笑う。
「ジョンはもうとっくにシアを愛しているよ。
 俺が好きって聞いたけど、多分それは、俺がシアに似ていたからだ。
 ジョンは俺にシアを重ねてた。シアが愛してると言ってくれないから、俺にその言葉を求めたんだよ」
 シアは目を丸くしてポカンと口を開ける。

 オスカーを始め、シアと出会った人に、俺とシアが似ていると言われた。
 みんなは、シアが俺に似ていると言ったが、ジョンにとっては、俺がシアに似ているのだ。
 同じように聞こえるが、主体が違う。
 ジョンが求めていたのは、彼にとっての主体であるシアなのだ。

「シア」
 俺はポンポンとその背中を優しく叩くと、シアはハッとして口を閉じて俺を見た。
 俺は無言でニカッと笑うと、そのまま背中を押しジョンへ近付ける。
「それ、俺の?」
 シアをジョンへ押し出しつつ、俺はディーが持っていた皿の一つを受け取った。
「食事する所を邪魔したな。じゃあまた訓練場で」
 ジョンが笑顔で退散を告げると、シアを振り返る。
 シアはじっとジョンを見つめた後、静かにその腕に自分の腕を絡ませて寄り添った。
 ジョンはほんの一瞬だけ驚いたようだが、嬉しそうに目を細めるとそっと自分の手をシアの手に重ねた。

 俺は空いた手で2人に手を振って見送るとソファに座り、皿を膝の上に置く。
「美味そ」
 ロイとディーが左右隣に座り、じっと俺を見てきた。
「シアに何か言ったんですか?」
 ジョンと話している時、こそこそと2人で会話していたことと、別れ際、シアの行動と雰囲気が少しだけ変わったことを敏感に察しており、気になってしまう。
「いや別に。ただちょっと背中を押しただけ」
 翔平はそう言いながらパクパクと頬張る。
「ちょっとねえ…」
 ロイもディーも何となく察して苦笑すると、自分達も食べ始めた。










「シア」
 ジョンの挨拶周りに付き添いながら会場内を歩いていたが、不意に立ち止まったジョンがシアを振り向き、向かい合った。
「踊っていただけますか?」
 ジョンが胸に手を当てお辞儀をし、左手をシアに差し出す。
「…はい。喜んで」
 シアは嬉しそうに微笑み右手を添えた。

 2人は会場中央のホールに進み出ると、音楽に合わせて踊り出す。
 他にも大勢の来客が踊る中、大柄なジョンと細身のシアが踊る姿はとても目を引いた。
「辺境伯、ご子息と踊られている方はどちらの?」
 それをうっすら微笑みを浮かべて眺めていたショーンは、そばにいた男に話しかけられる。
「ああ、息子の大切な人だ」
 ショーンはそう返し笑顔を浮かべる。
「おお、それはそれは。殿下方に引き続きお目出度いですな」
 男はニコニコとシアがジョンの伴侶になる人だと受け取って笑う。
「是非その時は我が商会にお声がけくださると幸いです」
 男が恭しくショーンに頭を下げ、ちゃっかりと自分の店をアピールする。

 シアは辺境伯の知り合いの他国貴族の私生児であるという素性を捏造している。
 今現在誰もそれについて詮索してくる者はいないが、今後本当に伴侶となると決まったなら、やはり勘繰る者は現れる。
 ショーンは、そろそろ準備が必要かと、シアの素性を確実にするための算段を頭の中で考え始めた。


「上手いな~」
 華麗に踊っているジョンとシアを眺め、俺は素直に感想を言った。
 そんな俺の背後で、ロイとディーは密かにじゃんけんをする。
 そして勝ったロイが俺の正面に来て、負けたディーは舌打ちした。
「ショーヘー、踊っていただけますか?」
 お辞儀をし右手を差し出されて、俺は紳士な態度のロイに赤面しつつ、とうとうこの時が来たと一気に緊張する。
「は、はい。喜ん、で」
 声を裏返しながら返事をすると、そっと手を取った。

 ロイにエスコートされ、空いているスペースに進み出たのだが、俺たちに気付いた人たちがササッと場所を開けてくれる。
 その様子に、ちょこっと隅で踊るだけだから避けるなと冷や汗を掻いてしまう。
 場所が開けられてロイはどんどん中央へ進み、俺もそれに従うしかない。
「見て、ロイ様と聖女様よ」
「ああ~羨ましいわ~」
「僕もロイ様と踊ってみたい」
 そんな声が俺の耳に入り、頭の中でこんなど素人が相手ですみませんすみません、と何度も呟いた。
 ロイと向かい合いホールドの姿勢に入る頃には、緊張で翔平の目が泳ぎまくっていた。
 そんな翔平にロイはクスッと笑うと、そっと顔を近づけて囁く。
「任せろ」
 耳元で囁かれカアァッと赤面すると、周囲から顔を寄せあう姿に、きゃあ、と黄色い声が飛ぶ。

 そしてダンスが始まる。
 音楽に合わせ、俺は必死にステップの順番を声に出さずに呟きながらクルクルと踊る。
 だが、練習の時よりもリズムが早く、徐々にステップが合わなくなってきた。
 ロイはそんな俺の背中に回した手に力を込めると、より体を密着させて抱き上げるように踊り続ける。
 完全に足が浮くこともしばしばあり、俺はただロイに体を任せてクルクルと回った。
「ショーへー、俺を見ろ。ステップなんて気にするな」
 不意にロイに言われ、俺は目線をロイに向けると、綺麗な灰色の目に吸い込まれるように目が離せなくなった。
 ロイの俺を見る目が優しく、目で愛を示してくれていた。
 俺はロイと見つめ合い、だんだんと強張っていた体から力が抜けていくと同時に、うっとりとロイに向かって微笑んだ。
 楽しい、と心からそう思った。


 その様子をギルバートはレイブンとアルベルト公爵、ロマと4人で眺めていた。
「残念ですなあ…」
 不意にアルベルトがため息をつく。
 息子が翔平への求婚を取り下げたことを心から残念がっているようだった。
 もしかしたら、今翔平と踊っているのは息子だったかもしれないと考えたのだろう。
「ディーンは真面目な男です。いい人がすぐに見つかりますよ」
 ギルバートが笑いながら言い、優秀な補佐官だったと褒め称えた。
「ディーはまだかのお」
 レイブンは早く息子と交代して欲しいとそわそわし、ロマに笑われた。



 曲が終わり、ダンスが終わる。
 俺はそのまま呆然とロイを見つめ続けた。
「ロイ、交代です」
 そこへディーが歩み寄ると、声をかける。
「もうちょっと余韻に浸らせろ」
「すぐに次の曲が始まりますよ」
 ディーはロイの言葉にイラッとしつつ、翔平へ手を差し出した。
「ショーヘイ、私とも踊ってください」
「…はい…」
 余韻に浸っている翔平は、そのままディーの手を取った。
「今度は私を見て」
 ロイが下がり、ディーと抱き合うようにホールドの姿勢を取ると、言われるままディーをじっと見つめた。
 ディーはうっとりしている翔平に微笑むと、翔平もつられるように笑う。
「次はゆっくりした曲ですから」
 先ほどよりもテンポが遅く、ゆったりとした音楽が流れ始め、それに合わせて流れるように踊り始めた。

 ディーだけを見つめ、彼に身を任せて動くと、どんどん楽しくなってくる。
 ダンスがというよりも、2人で同じリズムで動くことが楽しいのだ。
「楽しい?」
「ああ」
 ステップはめちゃくちゃだが、しっかりと今日の衣装が足元を隠してくれる。
 後に広がるスカートのような長いローブが動くたびに揺れ、広がり、美しい弧を描く。
「綺麗…」
 見ていた女性がうっとりと呟いた。
 クルクルと回るたびに、ディーの銀髪も揺れる。
 ライトに照らされ、キラキラと輝く銀髪に俺も綺麗だと思った。


 レイブンは踊る息子の姿を見て、涙を浮かべていた。
 愛した人と踊るその表情は、最愛の人そのものだった。
「ソフィア…」
 レイブンはズズッと鼻を啜ると、ハンカチで目を拭う。


 ソフィア、見ているか。
 ディーゼルも生涯をかけて愛する人を見つけたぞ。


「レイブン…」
 ロマがレイブンに寄り添うと、そっと背中を摩る。
 レイブンは最後までしっかりとその姿を目に焼き付けるように見ながら、何度も涙を拭った。










 ダンスが終わると、すぐに場所を開ける。
 俺たちのダンスに感化されたのか、我先にとパートナーとともに進んで行く。
「上出来だ」
 脇で待っていたロイに出迎えられた。
「結構楽しかった」
 休憩席に移動しながら素直にそう感想を告げる。
 最初は緊張して仕方がなかったが、終わってみると楽しいという感想しかない。
 下手くそな俺でも一緒に体を動かすことが楽しいと感じたのは、2人が上級者でリードが上手だからだ。
「じゃあもう一曲」
「それは却下」
 もう一度と言われ、それは即答する。
 楽しかったが、また踊りたいかと言われるとそれは別の話だ。
 俺の即答に2人はあははと声に出して笑った。
「喉乾いたでしょう?取って来ますね」
 会場の外れにある休憩席に辿り着くと、ロイと俺をソファに座らせディーが離れて行く。
 ロイと2人で待っていると、そこへ近付いてこようとする2人組に気付いた。
「ショーヘイさん」
「聖女様」
 俺は2人の姿を見とめると、すぐにソファから立ち上がった。


 ティム・ディアス、そしてデニー・ドルキアが揃って現れた。



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公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
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魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
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小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

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