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年末年始と婚約公表
302.おっさん、遠慮する
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「ティム様…」
日焼けした肌の爽やかイケメンが真っ直ぐ近付いて来て俺達の前で止まると、デニーと一緒に頭を下げ、丁寧に挨拶してくれる。
「ご無沙汰しております」
顔を上げ、俺とロイを見てニコリと笑う。
飲み物を取りに言ったディーは、休憩席に近付く2人を見つけ、咄嗟に給仕に5人分の飲み物を届けるように頼み、すぐに席まで引き返した。
「狩猟祭以来なので、2ヶ月ぶりですね」
「はい…」
ニコニコしているティムに話しかけられ、俺は笑顔で答えるが、自分でもその笑顔がぎこちなくなっているのがわかった。
ティムもデニーも、真剣に俺に求婚していた。
狩猟祭以降、何度も手紙を送ってきていて、文面の最後には必ず、会いたい、好きです、という言葉があった。
その手紙の返事は書いていた。
今は気持ちに応えられない、という内容とともに、さりげなく俺以外の人をということも書いてきた。
だが、彼らはいまだに熱心に俺へのラブレターを送り続けている。
挨拶後、無言が続いた。
ほんの数秒の間なのだが、とても長く感じる。俺がそう感じているだけかもしれないが、何とも微妙な空気に居た堪れなくなり、少しだけ俯いた。
「ティム、デニー」
そこにディーが慌てて戻ってくる。
その手にグラスはなく、2人が俺達に近付いたのを見て戻って来たのだと思ったが、すぐその後ろに給仕が人数分のグラスを持っているのを見つけた。
2人はディーにも頭を下げ、挨拶する。
「座ろう」
ロイが2人に笑いかけると、2人は顔を見合わせたかと思うと、デニーが口火を切る。
「殿下、小公爵様。出来ればお二方とお話しさせていただけませんか」
「…俺達と?」
「ショーヘイは?」
ロイとディーは翔平抜きと言ったことに驚き聞き返す。
俺は咄嗟に彼らの意図を理解した。
彼らは俺に充分その想いを伝えている。だから、俺が選んだ2人に対しても同じように自分の気持ちを伝えたいのだろうと思った。
「あー…、じゃあ俺はあっちに」
俺はすぐに辺りを見渡し、誰か知り合いがいないかと探すと、遠くに知った顔を見つけ静かに移動を始める。
「あ」
ディーが俺に向かって手を伸ばし引き止めようとする。
「1人で大丈夫か」
逆にロイはデニーの提案を受け入れ、俺に声をかける。
ディーはロイを見て、同じ男を愛した2人と腹を割って話し合うためだと理解した。
「大丈夫。ウィルを見つけたから挨拶してくるよ」
「申し訳ありません」
ティムとデニーが俺に会釈し、俺も会釈を返しながらその場を離れた。
再び会場に戻りながら、4人の視線が俺の背中に注がれているのがわかる。
その視線がとても熱くて、俺は平静を装いつつ、先ほど見かけたウィルを探す。
ティムとデニーは笑顔だがとても真剣で、いつものように真っ直ぐに俺への恋心を向けてくるのではなく、何かを決意したような目をしていた。
当事者である俺を抜きにして、真摯にその想いを打ち明けるつもりなのだろうか。
俺がその場にいれば、きっと言葉を選び取り繕ってしまうと考え、4人でと言ったのだと思った。
2人の人となりを考えると、取った取られたという言い合いにはならないと思うが、それでも不安になった。
2人が俺達の関係を知ったのは今日なのか。それともすでに噂が領地まで広まって数日前なのか。
どちらにしても、彼らにとっては寝耳に水だろう。
俺は彼らに「今は誰も選ぶつもりはない」とはっきり言ってしまっている。なのに、たった2ヶ月後にロイとディーを選んだ。
最初から選んでいたのに、騙し続けていた。
不安と共に、彼らに対する罪悪感が胸を締め付けた。
ウィルの姿を探し、視線の先ににこやかに話す彼の横顔を見つけ、足早に移動する。
「ウィル」
俺は声が届くと思った距離で名前を呼んだ。
「ショーヘイさん」
すぐにウィルは俺に気付いて振り向くと笑顔を向けてくれる。
俺はその優しそうなウィルの笑顔と声にホッとしつつ彼の元に向かった。
「聖女様?」
「聖女様だ」
そして、彼のそばにいた男女が俺を振り向き、満面の笑顔を浮かべた。
俺はウィルに近付くと、彼の話していた男女の顔を見渡し、一度立ち止まると胸に手を当てて丁寧に頭を下げ挨拶した。
「ご無沙汰しております。エリカ様、アントニー様」
ウィルと談笑していたのは、モーガン伯爵家長女で後継のエリカ(44)、狩猟祭で彼女に求婚し婚約者となったテイラー侯爵家長男(次子)アントニー(38)だった。
ということは、ウィルの隣に並ぶ男女は。
「ショーヘイさん、ご紹介します。
私の伴侶シルビアとイヴァンです」
エリカの妹、元モーガン伯爵家三女のシルビア(35)。平民出身で騎士団第4部隊班長のイヴァン(38)が嬉しそうな笑顔で俺に挨拶してくれる。
「初めまして、お会い出来て光栄です。ずっとお会いしたいと思っていました」
やっと会うことが出来たと笑顔で答える。
ウィルよりも頭一つ分背の低いシルビアは知的美女のエリカと雰囲気は似ているが、姉よりも小さく、笑顔がとても可愛らしい女性だった。
イヴァンは逆にウィルよりも頭一つ分背が高く、騎士らしく筋骨隆々のがっちりとした体格だった。大きな体に少年のような笑顔がとても眩しい。
ウィルはどちらかというと筋肉質であっても細身の部類で、彼を中心に3人が並ぶと何とも絶妙なバランスだと思った。
3人を取り巻く雰囲気がとても優しい。人を和ませるようなホワホワとした空気がある。
「俺は訓練場で聖女様をお見かけしていたんですが。なかなか話しかけるきっかけが…」
頭をかきながら言い、ウィルから俺の周囲にいる第1部隊の先輩騎士達が怖いと言っていたのを思い出してクスッと笑った。
「殿下とロイ様は?」
エリカが俺が1人で近付いてきたことに首をかしげ、2人の姿を探す。
「ああ…、あっちに…」
俺が少しだけ顔を動かして、隅の休憩席にいる4人へ視線を動かすと、イヴァンを除いた全員が状況を察した。
イヴァンだけはただ1人、ん?んん?と俺と4人を交互に何度も見る。
彼はどうやらティムとデニーが俺へ求婚していることを知らず、恋敵同士が面と向かって話し合うという状況を理解していないようだった。
「立ち話もなんですから移動しましょうか」
ウィルがいつものいい声で移動を勧め、6人でロイ達が見える2階のテラス席を選んで座った。
それぞれがフカフカのソファに座ると、テラス席担当の給仕がすぐに寄ってくる。
エリカが人数分の飲み物を頼み、話が始まった。
「ショーヘイ様、おめでとうございます」
シルビアが微笑みながら祝辞を述べ、俺は照れながらも礼を言った。
「わたくしはこうなるだろうと思っておりましたわ」
エリカはほほほと口元を扇子で隠しながら笑う。
ウィルはそんな義理の姉の鋭さに苦笑する。
狩猟祭の時、エリカは俺達の関係を疑っているような発言をし、俺は必死にバレないように誤魔化した。(172話参照)
会話の途中でアントニーがエリカにプロポーズしたため、話は最後まですることはなかったが、もしあのまま会話を続けていれば、きっと彼女には見抜かれてしまうことになっていただろうと思った。
給仕からグラスを受け取った後、エリカは扇子をひらりと降って、俺たちを取り囲むように遮音魔法をかけた。
これから話す内容が、他の誰にも聞かれたくないものであるのがわかる行動に、ウィルも俺も苦笑いを浮かべる。
「殿下とロイ様のショーヘイ様を見る目が全く違いましたもの」
「…そうですか?」
俺が苦笑しながら言うと、エリカは笑う。
「ええ。とても優しくて、大切なものを見る目です。あれは護衛としてやお立場を考えたものではありませんわ。
その目を見た時、ご本人は気付かれていないのかしらって不思議でしたの」
「……確かに…」
エリカの言葉を聞いて、アントニーも何かを思い出したように言った。
「狩猟祭の前、ロイ様に狩りをご教示いただいたのですが、その時に聖女様の話題になりまして」
思い出したアントニーは楽しそうに笑った。
「ショーヘイ様のことを素晴らしい人だと。優しくて、可愛くて、面白くて、そばにいると本当に楽しいし嬉しいと笑っておいででした。
本当に楽しそうにお話するので、聞いている私も楽しかったです。
今考えると、そういうことだったのですね。きっとロイ様はその時にはもうショーヘイ様のことを想ってらしたんですよ」
アントニーがクスクスと笑い、俺のいない所でそんな風に言われていたのかと、照れ臭くて顔を赤くする。
「ウィルも護衛で一緒にいたんだ。お前なら気付いたんじゃないか?」
イヴァンが1ヶ月以上一緒に旅をした伴侶に尋ねる。
「まあ、そうかもしれませんね」
ウィルは言葉を濁す。
最初から知っているが、それを言うわけにもいかない。だが、はっきりと否定もしない。
ウィルは俺が最初からロイと付き合っていたのを知っているし、途中でディーに告白され、俺が3人の関係に戸惑い悩んだ時には、相談に乗ってくれた。俺達が上手くいくきっかけを作ってくれた恩人でもある。
そう曖昧な返事をするウィルに、エリカは目を細めて微笑み何かを思ったようだ。
彼女はかなり洞察力が鋭い。
会話や表情などから、僅かな機微を感じ取る能力があるのだろうと思った。
だから彼女もまた黒騎士なのだろうかと思ったこともあった。実際は違うようだが。
「聖女様に求婚する方は多かったですけど、ほとんどは肩書き欲しさでしたわね」
エリカは故意に話を切り替える。
ウィルが言葉を濁したことで何かを察した彼女は、俺達の関係が王都に来る前からで、それを詮索をさせないようにしたのだと思った。
本当に頭の良い女性だと、俺は心の中で笑う。
「聖女様を伴侶にするということがどういうことか、理解していない人が多すぎる」
イヴァンが呟くように言い、言った後すぐに貴族を馬鹿にした言い方だと気付いて慌てた。
「すみません、貴族がどうのというわけではなくて…」
あわあわと弁解する様子に全員が笑う。
「イヴァン、大丈夫よ。皆同じように思っているから」
シルビアが笑いながら慌てる伴侶の腕に触れて撫でながら宥める。ウィルも笑いながらポンポンと背中を軽く叩いて落ち着かさせていた。
俺はイヴァンがとても素直で真面目で、なんとも愛嬌のある憎めない男なのだと思った。そして彼を宥める2人の姿に、3人がとてもいい関係で、愛し合っているのだと感じ、心が暖かくなる。
「おっしゃる通り、ショーヘイ様の伴侶になるには、覚悟が足りない方達ばかりでしたね」
アントニーがイヴァンを擁護するように言い、笑った。
「あの中でその意味を理解して真剣に考えているのは、ディーン様とジョン様、そして…あのお二人かしら」
エリカがチラリと階下へと視線を落とし、ロイとディーに向かい合って話しているティムとデニーを見た。
俺はこの場にいる人達も、俺を伴侶にするという意味を、その危険を正確に理解していると思った。
聖女の利用価値は、その肩書きだけではない。その力は、商用にも、政治的にも、そして戦争にも利用できる。
野望を抱える者にとって、聖女は喉から手が出る程欲しい。それこそ周囲を巻き込み、殺人も厭わないほどに。
聖女の伴侶になるということは、己自身も危険に晒されるということだ。
つい先日、10歳のダリルがミラー兄弟にその危険性を伝え、あの兄弟は初めて気付かされていた。
聖女の伴侶は、聖女をそして自分をも守る力がないといけない。
肉体的、精神的な強さ、そして政治的圧力にも屈しない強さが求められるのだ。
あんなに何十人も求婚してきたのに、そのことをきちんと理解しているのは、たった4人だけ。その事実に笑ってしまう。
おそらく、肩書は欲しいと思っても、理解している者は求婚してきていないのだ。最初から求婚しない。もしくは様々な聖女絡みの事件が起こって気付き、取り下げている。
何かが起こる度に贈り物や手紙が減っていったのはそういう理由もあるのだろう。
果たしてこの国の貴族の中に、そういうことを考えられる人が何人いるのだろうか。
貴族という特権階級制度に加え世襲制。
叙爵を受けた初代はその能力と功績でその地位を与えられているが、次代やさらにその先に同じ能力や思考が引き継がれるわけではない。
その地位だけが引き継がれ、能力を持たない者、ただ地位に胡座をかいている者たちが増えていることに、ディーは頭が痛いと言っていたのを思い出す。
それと同時にシェリーが言っていた世襲制度の廃止という言葉が蘇った。
シェリーは自ら爵位を返上し、世襲を断ち切った。
シギアーノ家を潰し、貴族ですらなくなった。
彼女は自らその制度から脱却し、悪法であると示したのだと思い至り、本当にすごい女性だと鳥肌が立った。
「ティム様もデニー様も、真剣にショーヘイ様を想ってらしたわね」
エリカの言葉に、俺の思考が中断される。
きっと彼女は彼らを見て、その機微を感じ取る能力から想いが本物であるとわかっているのだろう。
「きっとお二人は殿下方のお気持ちとお覚悟を確認したいのね」
シルビアが話の内容を想像し、それに同調するように俺以外が頷いた。
ティムがグラスを掲げる。
「殿下、ロイ様。おめでとうございます」
笑顔で2人に祝辞を述べ、2人は翔平に真剣に想い寄せている男からの言葉に苦笑しつつ、カチンとグラスを合わせて中身を飲んだ。
「私達は、ショーヘイさんを心からお慕いしております。
それは今も変わりません」
「ですが、聖女様が殿下とロイ様をお選びになられたことに、何も申しません」
2人は少しだけ悲しそうな表情になり、ロイとディーを見る。
そしてティムがはあと小さくため息をつくと、体から力を抜いた。
「数日前、去年の暮れに、王都邸の執事からの連絡で、キドナの件と噂を同時に知ることになりました」
「私もです。11月の襲撃は知っていましたが、まさかそんなことになっていたなんて…」
ティムもデニーも項垂れるように俯く。
2人とも狩猟祭以降は領地に戻っていて、それから一度も王都には来ていない。
それぞれ、いつものように領地管理の仕事をし、普段通りの生活を送っていた。
11月19日の聖女誘拐未遂事件は、定例議会に出席し、戻ってきた父親である領主に聞いた。
今すぐにでも王都へ駆けつけ守りたい。そばに行きたいと思うが、出来る筈もなかった。
ティムはディアス家の事業の一つである水産業の統括を担っている。12月から旬を迎えるルカの収穫に忙しく、採取量や品質チェックなどの管理に追われていた。
デニーもドルキア家次期当主として、領地の視察や領地内のインフラ整備、年末に領地で開催する夜会の準備に追われていた。
王都での出来事、聖女に関する事件は、何もかもを後になってから知ることになり、そばにいて守ることが出来ない自分に歯痒く、悔しい思いをした。
それぞれが己の責務を認識しており、聖女を想い守りたいと思っても、それらを投げ出すことなど出来なかった。
そして知ったキドナの謀略と恋の話。
ティムもデニーも打ちのめされた。
もしその時その場に居たなら。
全てを投げ出し、翔平への想いを貫いてそばに居たなら。
翔平が恋をしたのは自分だったかもしれない。
だが、それはあり得ない妄想だ。
翔平のために、今の自分を捨てることなど出来る筈もない。
愛というエゴのために、家族や領地、民を捨てるなんて出来ない。
己の立場を理解し、2人は泣いた。
「私は、ショーヘイさんよりも、立場を選んだんです」
「俺は、聖女様よりも、立場を選んだ」
「「捨てることが出来ない」」
ティムとデニーは正直に自分のこと、立場、思い、全てを2人に話し、自虐的に笑った。
ロイとディーは黙って2人の話を聞き、考えさせられた。
てっきり、他の者と同じように俺達の聖女への想いは立場から受け入れただけだ、翔平を利用するつもりだろう、と言われるかと思っていた。
だが、彼らが身を引くと言ったこと、そしてその理由が立場であることに驚いていた。
俺たちはずっと、翔平に対する愛は立場も肩書きも関係がないと思っているし、実際にそう口にもする。
翔平と立場、どちらかを選べと言われれば、翔平だと即答も出来る。
翔平のためなら、いつだってこんなもの捨ててもいいと思ってきた。
だが、ティムとデニーは真逆だった。
2人は立場を捨てられない。
それは、己の保身や特権階級への執着ではなく、一重に領主一族の1人として領民に対する責任がそうさせる。
立場があるから愛を得るのではなく、立場があるから想いを捨てた。
ティムとデニーの話を聞き、俺達は単純に恵まれているのだと悟った。
俺達が翔平のそばにいられるのは、その立場と肩書きがあるおかげだ。
彼らのようにどちらかを選ばなければならない環境ではなかった。
実際に立場も肩書きも捨てず、翔平からの愛を得た。
考え方を間違えていた。
この恵まれた境遇を当たり前に受け止めるだけで、立場や肩書きを深く考えようとしていなかった。邪魔だと感じることもあった。
俺達がすべきことは、この境遇も翔平も全てを含めて考え、守り抜くことだ。
簡単に立場を捨てるなどと思うことも、口にしてもいけなかったのだ。
翔平が最も優先であるのは変わらない。
だが、同じくらい自分の立場と肩書きも優先しなければならないのだ。
それに付随する責任を全うし、彼らのように、国を国民を守り導く義務がある。
優劣はつけるがそれはほぼ同格であり、俺達の立場は、どちらか一方を切り捨てることが出来ない、そうしてはならないのだと、2人から教えられた。
「はあ……」
ディーは深く吸い込んだ息をゆっくり吐き出した。その隣で、ロイも同じように静かに息を吐く。
「ティム。デニー」
ディーは真剣に2人を見る。
「お二人のショーヘイへの愛、そして領民へ対する思いをしかと受け取りました」
ディーは2人へ頭を下げた。
「殿下、頭をお上げください。我らは領地を預かる一族して当然の…」
「いや、当然とは言えない。ティムとデニーの思いに、俺は考えを改めさせられた。
ありがとう、感謝する」
ロイも2人に頭を下げる。
「ロイ様まで…」
ティムとデニーは困惑した。
彼らは当然の行動と考えを示しただけで、感謝されるようなことを言った覚えはまるでない。
ティムとデニーは顔を見合わせ、頭を下げる上位者に苦笑した。
「我らのような者の言葉を受け入れてくださるばかりか、そうやって頭を下げるなど…」
「聖女様がお二人を選んだ理由がわかります。
どうか頭を上げてください」
頭を上げて4人で目線を合わせると、自然と笑顔になった。
「こんなことを言う立場ではありませんが、どうかお願いします。
ショーヘイさんを幸せに」
「あの方を幸せにして差し上げてください。
身を引く我らからの願いです」
「約束します。必ず」
「任せろ。これ以上ないほど幸せにする」
笑顔で答えると、ティムもデニーも笑った。
「一つ、質問してもいいですか?」
「何でしょうか」
「ショーヘイのどの辺を好きに?」
ディーに聞かれ、2人は目を丸くし、そして照れるように頬を少しだけ赤くした。
「いや…その…」
「…一目惚れ…に近いですね」
ティムは頭を掻いて照れまくり、デニーは少し考えた後答えた。
「俺は国民へのヒールの時に、その場に居たんですよ。
実は少し前に訓練でヘマをして右腕を骨折してたんですが、その時に一瞬で治療していただいて」
デニーがその時見た翔平に衝撃を受けたと言った。
その美しい姿と神々しさに心を奪われ、腕が治ったことに気付いたのは、翔平が退場ししばらくしてからだったと笑った。
「私は最初の夜会で、ですね」
ティムはルカを美味しそうに食べる姿と、自分が心血注ぐルカの養殖事業に言及してくれたのが嬉しかったと言った。
「「とにかく可愛くて」」
2人の言葉が重なり、互いに顔を見合わせて笑った。
「あー…可愛いよな」
「可愛いですよね」
ロイとディーも笑い、表情がデレた。
「あら、笑ってらっしゃるわ」
2階のテラス席から、シルビアがロイ達へと視線を落とすと、笑い合っている4人を見て言った。
「ほんとだ」
イヴァンが驚いたような声を出す。
「話が上手くまとまったんですね」
ウィルが笑顔で言い、俺は4人が笑い合う姿と、ウィルの和む口調に胸がほんのりと温かくなるのを感じた。
「もう戻っても大丈夫ですわね」
エリカが笑顔で言い、遮音魔法を解除すると立ち上がる。
「ありがとうございました。お話出来て楽しかったです」
俺も立ち上がり、相手をしてくれたウィル達にお礼を言った。
「こちらこそ、楽しかったです。またお話してくださると嬉しいです」
シルビアがニコニコしながら言い、
「聖女様、次は訓練場でお会いしましょう」
イヴァンが今度は話しかけますと笑った。
俺はもう一度頭を下げると、足早にロイ達の元へ戻った。
人の間を縫って休憩席に向かう。
俺が小走りで戻ってくるのを見つけたディーが立ち上がり、手を振ってくる。
「ショーヘイさん、すみません」
「もう済みました」
ティムとデニーが笑顔で俺に話しかけてくる。
俺はあえて会話の内容は聞かずに、ただ笑顔を向けた。
だが、2人が俺の正面に立つと、そっと俺の手を取って交互に口付ける。
「どうぞお幸せに」
「幸せになることを願っております」
「……ありがとうございます」
俺はその言葉が本心であると思った。だが触れた手から感じた魔力から悲しみや切なさも伝わり、俺は胸がキュッと締め付けられた。
「それでは、お時間をいただきありがとうございました」
2人が会釈しながら立ち去るのを3人で見送る。
「ショーヘー」
ロイが隣に立ち、俺の手を握る。ディーも反対側に立ち、肩を抱いた。
「絶対に幸せにします」
「ああ、約束したからな」
ロイとディーが立ち去っていく2人の背中を見ながら呟き、俺はティムとデニーが納得して身を引いてくれたのだと理解した。
日焼けした肌の爽やかイケメンが真っ直ぐ近付いて来て俺達の前で止まると、デニーと一緒に頭を下げ、丁寧に挨拶してくれる。
「ご無沙汰しております」
顔を上げ、俺とロイを見てニコリと笑う。
飲み物を取りに言ったディーは、休憩席に近付く2人を見つけ、咄嗟に給仕に5人分の飲み物を届けるように頼み、すぐに席まで引き返した。
「狩猟祭以来なので、2ヶ月ぶりですね」
「はい…」
ニコニコしているティムに話しかけられ、俺は笑顔で答えるが、自分でもその笑顔がぎこちなくなっているのがわかった。
ティムもデニーも、真剣に俺に求婚していた。
狩猟祭以降、何度も手紙を送ってきていて、文面の最後には必ず、会いたい、好きです、という言葉があった。
その手紙の返事は書いていた。
今は気持ちに応えられない、という内容とともに、さりげなく俺以外の人をということも書いてきた。
だが、彼らはいまだに熱心に俺へのラブレターを送り続けている。
挨拶後、無言が続いた。
ほんの数秒の間なのだが、とても長く感じる。俺がそう感じているだけかもしれないが、何とも微妙な空気に居た堪れなくなり、少しだけ俯いた。
「ティム、デニー」
そこにディーが慌てて戻ってくる。
その手にグラスはなく、2人が俺達に近付いたのを見て戻って来たのだと思ったが、すぐその後ろに給仕が人数分のグラスを持っているのを見つけた。
2人はディーにも頭を下げ、挨拶する。
「座ろう」
ロイが2人に笑いかけると、2人は顔を見合わせたかと思うと、デニーが口火を切る。
「殿下、小公爵様。出来ればお二方とお話しさせていただけませんか」
「…俺達と?」
「ショーヘイは?」
ロイとディーは翔平抜きと言ったことに驚き聞き返す。
俺は咄嗟に彼らの意図を理解した。
彼らは俺に充分その想いを伝えている。だから、俺が選んだ2人に対しても同じように自分の気持ちを伝えたいのだろうと思った。
「あー…、じゃあ俺はあっちに」
俺はすぐに辺りを見渡し、誰か知り合いがいないかと探すと、遠くに知った顔を見つけ静かに移動を始める。
「あ」
ディーが俺に向かって手を伸ばし引き止めようとする。
「1人で大丈夫か」
逆にロイはデニーの提案を受け入れ、俺に声をかける。
ディーはロイを見て、同じ男を愛した2人と腹を割って話し合うためだと理解した。
「大丈夫。ウィルを見つけたから挨拶してくるよ」
「申し訳ありません」
ティムとデニーが俺に会釈し、俺も会釈を返しながらその場を離れた。
再び会場に戻りながら、4人の視線が俺の背中に注がれているのがわかる。
その視線がとても熱くて、俺は平静を装いつつ、先ほど見かけたウィルを探す。
ティムとデニーは笑顔だがとても真剣で、いつものように真っ直ぐに俺への恋心を向けてくるのではなく、何かを決意したような目をしていた。
当事者である俺を抜きにして、真摯にその想いを打ち明けるつもりなのだろうか。
俺がその場にいれば、きっと言葉を選び取り繕ってしまうと考え、4人でと言ったのだと思った。
2人の人となりを考えると、取った取られたという言い合いにはならないと思うが、それでも不安になった。
2人が俺達の関係を知ったのは今日なのか。それともすでに噂が領地まで広まって数日前なのか。
どちらにしても、彼らにとっては寝耳に水だろう。
俺は彼らに「今は誰も選ぶつもりはない」とはっきり言ってしまっている。なのに、たった2ヶ月後にロイとディーを選んだ。
最初から選んでいたのに、騙し続けていた。
不安と共に、彼らに対する罪悪感が胸を締め付けた。
ウィルの姿を探し、視線の先ににこやかに話す彼の横顔を見つけ、足早に移動する。
「ウィル」
俺は声が届くと思った距離で名前を呼んだ。
「ショーヘイさん」
すぐにウィルは俺に気付いて振り向くと笑顔を向けてくれる。
俺はその優しそうなウィルの笑顔と声にホッとしつつ彼の元に向かった。
「聖女様?」
「聖女様だ」
そして、彼のそばにいた男女が俺を振り向き、満面の笑顔を浮かべた。
俺はウィルに近付くと、彼の話していた男女の顔を見渡し、一度立ち止まると胸に手を当てて丁寧に頭を下げ挨拶した。
「ご無沙汰しております。エリカ様、アントニー様」
ウィルと談笑していたのは、モーガン伯爵家長女で後継のエリカ(44)、狩猟祭で彼女に求婚し婚約者となったテイラー侯爵家長男(次子)アントニー(38)だった。
ということは、ウィルの隣に並ぶ男女は。
「ショーヘイさん、ご紹介します。
私の伴侶シルビアとイヴァンです」
エリカの妹、元モーガン伯爵家三女のシルビア(35)。平民出身で騎士団第4部隊班長のイヴァン(38)が嬉しそうな笑顔で俺に挨拶してくれる。
「初めまして、お会い出来て光栄です。ずっとお会いしたいと思っていました」
やっと会うことが出来たと笑顔で答える。
ウィルよりも頭一つ分背の低いシルビアは知的美女のエリカと雰囲気は似ているが、姉よりも小さく、笑顔がとても可愛らしい女性だった。
イヴァンは逆にウィルよりも頭一つ分背が高く、騎士らしく筋骨隆々のがっちりとした体格だった。大きな体に少年のような笑顔がとても眩しい。
ウィルはどちらかというと筋肉質であっても細身の部類で、彼を中心に3人が並ぶと何とも絶妙なバランスだと思った。
3人を取り巻く雰囲気がとても優しい。人を和ませるようなホワホワとした空気がある。
「俺は訓練場で聖女様をお見かけしていたんですが。なかなか話しかけるきっかけが…」
頭をかきながら言い、ウィルから俺の周囲にいる第1部隊の先輩騎士達が怖いと言っていたのを思い出してクスッと笑った。
「殿下とロイ様は?」
エリカが俺が1人で近付いてきたことに首をかしげ、2人の姿を探す。
「ああ…、あっちに…」
俺が少しだけ顔を動かして、隅の休憩席にいる4人へ視線を動かすと、イヴァンを除いた全員が状況を察した。
イヴァンだけはただ1人、ん?んん?と俺と4人を交互に何度も見る。
彼はどうやらティムとデニーが俺へ求婚していることを知らず、恋敵同士が面と向かって話し合うという状況を理解していないようだった。
「立ち話もなんですから移動しましょうか」
ウィルがいつものいい声で移動を勧め、6人でロイ達が見える2階のテラス席を選んで座った。
それぞれがフカフカのソファに座ると、テラス席担当の給仕がすぐに寄ってくる。
エリカが人数分の飲み物を頼み、話が始まった。
「ショーヘイ様、おめでとうございます」
シルビアが微笑みながら祝辞を述べ、俺は照れながらも礼を言った。
「わたくしはこうなるだろうと思っておりましたわ」
エリカはほほほと口元を扇子で隠しながら笑う。
ウィルはそんな義理の姉の鋭さに苦笑する。
狩猟祭の時、エリカは俺達の関係を疑っているような発言をし、俺は必死にバレないように誤魔化した。(172話参照)
会話の途中でアントニーがエリカにプロポーズしたため、話は最後まですることはなかったが、もしあのまま会話を続けていれば、きっと彼女には見抜かれてしまうことになっていただろうと思った。
給仕からグラスを受け取った後、エリカは扇子をひらりと降って、俺たちを取り囲むように遮音魔法をかけた。
これから話す内容が、他の誰にも聞かれたくないものであるのがわかる行動に、ウィルも俺も苦笑いを浮かべる。
「殿下とロイ様のショーヘイ様を見る目が全く違いましたもの」
「…そうですか?」
俺が苦笑しながら言うと、エリカは笑う。
「ええ。とても優しくて、大切なものを見る目です。あれは護衛としてやお立場を考えたものではありませんわ。
その目を見た時、ご本人は気付かれていないのかしらって不思議でしたの」
「……確かに…」
エリカの言葉を聞いて、アントニーも何かを思い出したように言った。
「狩猟祭の前、ロイ様に狩りをご教示いただいたのですが、その時に聖女様の話題になりまして」
思い出したアントニーは楽しそうに笑った。
「ショーヘイ様のことを素晴らしい人だと。優しくて、可愛くて、面白くて、そばにいると本当に楽しいし嬉しいと笑っておいででした。
本当に楽しそうにお話するので、聞いている私も楽しかったです。
今考えると、そういうことだったのですね。きっとロイ様はその時にはもうショーヘイ様のことを想ってらしたんですよ」
アントニーがクスクスと笑い、俺のいない所でそんな風に言われていたのかと、照れ臭くて顔を赤くする。
「ウィルも護衛で一緒にいたんだ。お前なら気付いたんじゃないか?」
イヴァンが1ヶ月以上一緒に旅をした伴侶に尋ねる。
「まあ、そうかもしれませんね」
ウィルは言葉を濁す。
最初から知っているが、それを言うわけにもいかない。だが、はっきりと否定もしない。
ウィルは俺が最初からロイと付き合っていたのを知っているし、途中でディーに告白され、俺が3人の関係に戸惑い悩んだ時には、相談に乗ってくれた。俺達が上手くいくきっかけを作ってくれた恩人でもある。
そう曖昧な返事をするウィルに、エリカは目を細めて微笑み何かを思ったようだ。
彼女はかなり洞察力が鋭い。
会話や表情などから、僅かな機微を感じ取る能力があるのだろうと思った。
だから彼女もまた黒騎士なのだろうかと思ったこともあった。実際は違うようだが。
「聖女様に求婚する方は多かったですけど、ほとんどは肩書き欲しさでしたわね」
エリカは故意に話を切り替える。
ウィルが言葉を濁したことで何かを察した彼女は、俺達の関係が王都に来る前からで、それを詮索をさせないようにしたのだと思った。
本当に頭の良い女性だと、俺は心の中で笑う。
「聖女様を伴侶にするということがどういうことか、理解していない人が多すぎる」
イヴァンが呟くように言い、言った後すぐに貴族を馬鹿にした言い方だと気付いて慌てた。
「すみません、貴族がどうのというわけではなくて…」
あわあわと弁解する様子に全員が笑う。
「イヴァン、大丈夫よ。皆同じように思っているから」
シルビアが笑いながら慌てる伴侶の腕に触れて撫でながら宥める。ウィルも笑いながらポンポンと背中を軽く叩いて落ち着かさせていた。
俺はイヴァンがとても素直で真面目で、なんとも愛嬌のある憎めない男なのだと思った。そして彼を宥める2人の姿に、3人がとてもいい関係で、愛し合っているのだと感じ、心が暖かくなる。
「おっしゃる通り、ショーヘイ様の伴侶になるには、覚悟が足りない方達ばかりでしたね」
アントニーがイヴァンを擁護するように言い、笑った。
「あの中でその意味を理解して真剣に考えているのは、ディーン様とジョン様、そして…あのお二人かしら」
エリカがチラリと階下へと視線を落とし、ロイとディーに向かい合って話しているティムとデニーを見た。
俺はこの場にいる人達も、俺を伴侶にするという意味を、その危険を正確に理解していると思った。
聖女の利用価値は、その肩書きだけではない。その力は、商用にも、政治的にも、そして戦争にも利用できる。
野望を抱える者にとって、聖女は喉から手が出る程欲しい。それこそ周囲を巻き込み、殺人も厭わないほどに。
聖女の伴侶になるということは、己自身も危険に晒されるということだ。
つい先日、10歳のダリルがミラー兄弟にその危険性を伝え、あの兄弟は初めて気付かされていた。
聖女の伴侶は、聖女をそして自分をも守る力がないといけない。
肉体的、精神的な強さ、そして政治的圧力にも屈しない強さが求められるのだ。
あんなに何十人も求婚してきたのに、そのことをきちんと理解しているのは、たった4人だけ。その事実に笑ってしまう。
おそらく、肩書は欲しいと思っても、理解している者は求婚してきていないのだ。最初から求婚しない。もしくは様々な聖女絡みの事件が起こって気付き、取り下げている。
何かが起こる度に贈り物や手紙が減っていったのはそういう理由もあるのだろう。
果たしてこの国の貴族の中に、そういうことを考えられる人が何人いるのだろうか。
貴族という特権階級制度に加え世襲制。
叙爵を受けた初代はその能力と功績でその地位を与えられているが、次代やさらにその先に同じ能力や思考が引き継がれるわけではない。
その地位だけが引き継がれ、能力を持たない者、ただ地位に胡座をかいている者たちが増えていることに、ディーは頭が痛いと言っていたのを思い出す。
それと同時にシェリーが言っていた世襲制度の廃止という言葉が蘇った。
シェリーは自ら爵位を返上し、世襲を断ち切った。
シギアーノ家を潰し、貴族ですらなくなった。
彼女は自らその制度から脱却し、悪法であると示したのだと思い至り、本当にすごい女性だと鳥肌が立った。
「ティム様もデニー様も、真剣にショーヘイ様を想ってらしたわね」
エリカの言葉に、俺の思考が中断される。
きっと彼女は彼らを見て、その機微を感じ取る能力から想いが本物であるとわかっているのだろう。
「きっとお二人は殿下方のお気持ちとお覚悟を確認したいのね」
シルビアが話の内容を想像し、それに同調するように俺以外が頷いた。
ティムがグラスを掲げる。
「殿下、ロイ様。おめでとうございます」
笑顔で2人に祝辞を述べ、2人は翔平に真剣に想い寄せている男からの言葉に苦笑しつつ、カチンとグラスを合わせて中身を飲んだ。
「私達は、ショーヘイさんを心からお慕いしております。
それは今も変わりません」
「ですが、聖女様が殿下とロイ様をお選びになられたことに、何も申しません」
2人は少しだけ悲しそうな表情になり、ロイとディーを見る。
そしてティムがはあと小さくため息をつくと、体から力を抜いた。
「数日前、去年の暮れに、王都邸の執事からの連絡で、キドナの件と噂を同時に知ることになりました」
「私もです。11月の襲撃は知っていましたが、まさかそんなことになっていたなんて…」
ティムもデニーも項垂れるように俯く。
2人とも狩猟祭以降は領地に戻っていて、それから一度も王都には来ていない。
それぞれ、いつものように領地管理の仕事をし、普段通りの生活を送っていた。
11月19日の聖女誘拐未遂事件は、定例議会に出席し、戻ってきた父親である領主に聞いた。
今すぐにでも王都へ駆けつけ守りたい。そばに行きたいと思うが、出来る筈もなかった。
ティムはディアス家の事業の一つである水産業の統括を担っている。12月から旬を迎えるルカの収穫に忙しく、採取量や品質チェックなどの管理に追われていた。
デニーもドルキア家次期当主として、領地の視察や領地内のインフラ整備、年末に領地で開催する夜会の準備に追われていた。
王都での出来事、聖女に関する事件は、何もかもを後になってから知ることになり、そばにいて守ることが出来ない自分に歯痒く、悔しい思いをした。
それぞれが己の責務を認識しており、聖女を想い守りたいと思っても、それらを投げ出すことなど出来なかった。
そして知ったキドナの謀略と恋の話。
ティムもデニーも打ちのめされた。
もしその時その場に居たなら。
全てを投げ出し、翔平への想いを貫いてそばに居たなら。
翔平が恋をしたのは自分だったかもしれない。
だが、それはあり得ない妄想だ。
翔平のために、今の自分を捨てることなど出来る筈もない。
愛というエゴのために、家族や領地、民を捨てるなんて出来ない。
己の立場を理解し、2人は泣いた。
「私は、ショーヘイさんよりも、立場を選んだんです」
「俺は、聖女様よりも、立場を選んだ」
「「捨てることが出来ない」」
ティムとデニーは正直に自分のこと、立場、思い、全てを2人に話し、自虐的に笑った。
ロイとディーは黙って2人の話を聞き、考えさせられた。
てっきり、他の者と同じように俺達の聖女への想いは立場から受け入れただけだ、翔平を利用するつもりだろう、と言われるかと思っていた。
だが、彼らが身を引くと言ったこと、そしてその理由が立場であることに驚いていた。
俺たちはずっと、翔平に対する愛は立場も肩書きも関係がないと思っているし、実際にそう口にもする。
翔平と立場、どちらかを選べと言われれば、翔平だと即答も出来る。
翔平のためなら、いつだってこんなもの捨ててもいいと思ってきた。
だが、ティムとデニーは真逆だった。
2人は立場を捨てられない。
それは、己の保身や特権階級への執着ではなく、一重に領主一族の1人として領民に対する責任がそうさせる。
立場があるから愛を得るのではなく、立場があるから想いを捨てた。
ティムとデニーの話を聞き、俺達は単純に恵まれているのだと悟った。
俺達が翔平のそばにいられるのは、その立場と肩書きがあるおかげだ。
彼らのようにどちらかを選ばなければならない環境ではなかった。
実際に立場も肩書きも捨てず、翔平からの愛を得た。
考え方を間違えていた。
この恵まれた境遇を当たり前に受け止めるだけで、立場や肩書きを深く考えようとしていなかった。邪魔だと感じることもあった。
俺達がすべきことは、この境遇も翔平も全てを含めて考え、守り抜くことだ。
簡単に立場を捨てるなどと思うことも、口にしてもいけなかったのだ。
翔平が最も優先であるのは変わらない。
だが、同じくらい自分の立場と肩書きも優先しなければならないのだ。
それに付随する責任を全うし、彼らのように、国を国民を守り導く義務がある。
優劣はつけるがそれはほぼ同格であり、俺達の立場は、どちらか一方を切り捨てることが出来ない、そうしてはならないのだと、2人から教えられた。
「はあ……」
ディーは深く吸い込んだ息をゆっくり吐き出した。その隣で、ロイも同じように静かに息を吐く。
「ティム。デニー」
ディーは真剣に2人を見る。
「お二人のショーヘイへの愛、そして領民へ対する思いをしかと受け取りました」
ディーは2人へ頭を下げた。
「殿下、頭をお上げください。我らは領地を預かる一族して当然の…」
「いや、当然とは言えない。ティムとデニーの思いに、俺は考えを改めさせられた。
ありがとう、感謝する」
ロイも2人に頭を下げる。
「ロイ様まで…」
ティムとデニーは困惑した。
彼らは当然の行動と考えを示しただけで、感謝されるようなことを言った覚えはまるでない。
ティムとデニーは顔を見合わせ、頭を下げる上位者に苦笑した。
「我らのような者の言葉を受け入れてくださるばかりか、そうやって頭を下げるなど…」
「聖女様がお二人を選んだ理由がわかります。
どうか頭を上げてください」
頭を上げて4人で目線を合わせると、自然と笑顔になった。
「こんなことを言う立場ではありませんが、どうかお願いします。
ショーヘイさんを幸せに」
「あの方を幸せにして差し上げてください。
身を引く我らからの願いです」
「約束します。必ず」
「任せろ。これ以上ないほど幸せにする」
笑顔で答えると、ティムもデニーも笑った。
「一つ、質問してもいいですか?」
「何でしょうか」
「ショーヘイのどの辺を好きに?」
ディーに聞かれ、2人は目を丸くし、そして照れるように頬を少しだけ赤くした。
「いや…その…」
「…一目惚れ…に近いですね」
ティムは頭を掻いて照れまくり、デニーは少し考えた後答えた。
「俺は国民へのヒールの時に、その場に居たんですよ。
実は少し前に訓練でヘマをして右腕を骨折してたんですが、その時に一瞬で治療していただいて」
デニーがその時見た翔平に衝撃を受けたと言った。
その美しい姿と神々しさに心を奪われ、腕が治ったことに気付いたのは、翔平が退場ししばらくしてからだったと笑った。
「私は最初の夜会で、ですね」
ティムはルカを美味しそうに食べる姿と、自分が心血注ぐルカの養殖事業に言及してくれたのが嬉しかったと言った。
「「とにかく可愛くて」」
2人の言葉が重なり、互いに顔を見合わせて笑った。
「あー…可愛いよな」
「可愛いですよね」
ロイとディーも笑い、表情がデレた。
「あら、笑ってらっしゃるわ」
2階のテラス席から、シルビアがロイ達へと視線を落とすと、笑い合っている4人を見て言った。
「ほんとだ」
イヴァンが驚いたような声を出す。
「話が上手くまとまったんですね」
ウィルが笑顔で言い、俺は4人が笑い合う姿と、ウィルの和む口調に胸がほんのりと温かくなるのを感じた。
「もう戻っても大丈夫ですわね」
エリカが笑顔で言い、遮音魔法を解除すると立ち上がる。
「ありがとうございました。お話出来て楽しかったです」
俺も立ち上がり、相手をしてくれたウィル達にお礼を言った。
「こちらこそ、楽しかったです。またお話してくださると嬉しいです」
シルビアがニコニコしながら言い、
「聖女様、次は訓練場でお会いしましょう」
イヴァンが今度は話しかけますと笑った。
俺はもう一度頭を下げると、足早にロイ達の元へ戻った。
人の間を縫って休憩席に向かう。
俺が小走りで戻ってくるのを見つけたディーが立ち上がり、手を振ってくる。
「ショーヘイさん、すみません」
「もう済みました」
ティムとデニーが笑顔で俺に話しかけてくる。
俺はあえて会話の内容は聞かずに、ただ笑顔を向けた。
だが、2人が俺の正面に立つと、そっと俺の手を取って交互に口付ける。
「どうぞお幸せに」
「幸せになることを願っております」
「……ありがとうございます」
俺はその言葉が本心であると思った。だが触れた手から感じた魔力から悲しみや切なさも伝わり、俺は胸がキュッと締め付けられた。
「それでは、お時間をいただきありがとうございました」
2人が会釈しながら立ち去るのを3人で見送る。
「ショーヘー」
ロイが隣に立ち、俺の手を握る。ディーも反対側に立ち、肩を抱いた。
「絶対に幸せにします」
「ああ、約束したからな」
ロイとディーが立ち去っていく2人の背中を見ながら呟き、俺はティムとデニーが納得して身を引いてくれたのだと理解した。
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