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2人の聖女編 〜ガリレア聖教会と2人目の聖女〜
311.おっさん、ガリレア聖教会を知る
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翌日、護衛騎士のウィルと入れ違いで2人は仕事へ行った。
ロイは熟睡出来たのか、若干隈が薄くなったような気がした。
「ウィル、連日お疲れ様」
エントランスで2人を見送り、ウィルと共に2階の執務室に向かう。
休みと言われたが、ただ1日ボーッとなんてしていられない。体は休めるが、頭は動かすつもりでいた。
調べることがたくさんある。
そして、今日の護衛担当がウィルで良かったと思った。
黒騎士であるウィルなら俺の知りたいことを教えてくれる。情報を持っていると勝手にそう思って嬉しかった。
王宮から借りてきたガリレア聖教会についての本を数冊執務机に置くと早速開く。
「聖教会の本ですか?」
「ああ。今度行くのに何も知らないっていうのもな」
「なるほど」
ウィルが俺が読もうとしている本を見て、あ、という顔をした。
「ショーヘイさん、それはちょっとお勧め出来ません」
苦笑いを浮かべながらそう言われ、俺は王宮から借りてきたんだけど、と答えた。
俺が読もうとしていたのは、聖教会の歴史についてだった。
すでに教会組織については大まかに把握した。
ガリレア聖教会の信者は世界中で約20億人。世界の総人口の約4割に及ぶ。
名だたる国や地域に司教区を設け、その数は24ヶ所。
大司教を区長とし司教区を分けて司教が管理し、さらに細分化して司祭が各地域の教会を管理する。
末端の教会には司祭と助祭が複数人居て、信仰生活や奉仕活動の手助けをしている。
教皇を頂点にピラミッド型となっており、末端の助祭までを含めると1万人を越える大組織であった。
教会は、人口500人を越える街や村には必ずあり、毎月20日にいわゆる礼拝が開催されている。
それ以外の日も祈りの場として解放されていることが多く、教会としてだけではなく、集会場的な目的で利用されることも多い場所だった。
公国王都フォースキャリアにも教会が複数建てられており、貧困者への炊き出しを行ったり、教会と併設して建てられた孤児院の運営なども行っていた。
それらの概要はわかったので、次はその歴史、聖王国から公国のカレーリアに移転した経緯などを知りたかったのだ。
「一般に流通している聖教会の歴史書は虚偽や捏造が含まれているものもあるので正確ではないんです。
もしよろしければ、わかる範囲で答えますよ」
ウィルの言葉に本を閉じて、やっぱりウィルで良かったと笑顔になった。
「嘘ってなんで?」
「まあ…単純に都合が悪いから、ですね」
「黒歴史もあるってことか」
「そうですね」
どこの世界にもそういうのはあるのか、と苦笑する。
勝者が都合良く歴史を改竄することはよくある話だ。後世になればなるほど事実はわからなくなる。
宗教にもそんなことがあるんだな、と元の世界で無宗教だった俺は、特に気にしなかった。
「何が知りたいんですか?」
「えっと…、聖教会の発祥が聖王国って聞いてさ。んで、発祥地なのにカレーリアに移転した理由とか…」
「ああ、なるほど。それはますます本には載ってないことですね」
ウィルが笑って言った。
「教えてくれたジャニスも知らないって言ってたから、本を読んで調べようと思ってたんだけどさ」
「そちらの本には立地上の都合的な意味合いしか書かれていないですね」
「そうなんだ…」
ということは、移ることになった理由がまさしく聖教会にとっての黒歴史なのだと思った。
そうして、ウィルから聖教会の歴史について要約して教えてもらうことになった。
確かにガリレア聖教会の発祥はジェラール聖王国だった。
ただ、発祥当時にその国はない。
今から5000年以上前の話で、開祖は1人の農夫だった。
当時、その地域に存在する村や街、集落は国という大きな括りはなく、ただの集落が点在する地域で通貨という概念もなかった。
住人達は作った農作物を集落内や外、たまにやってくる行商人と物々交換によって生活をする時代だった。
そんな時、異常気象によって雨がほとんど降らないことが数年続き、大飢饉に見舞われる。
ある小さな集落で暮らす農夫はこの世界を作ったとされる創造神とその子供達へ祈ることで救いを求めた。
元々創造神への信仰心があり、毎日朝晩必ず神への祈りを捧げることを日課にしていた。
ある日、その農夫はとある旅人を受け入れる。
自分が食べることもままならないにも関わらず、その旅人へ自分の食料を分け与えた。
僅かな水と痩せ細った作物であったが、旅人は農夫のもてなしに感謝し、次の日の朝、彼に手紙を残して旅立って行った。
その手紙には地図が記されており、その場所を掘れと書かれていたという。
農夫は半信半疑で言われた場所を掘り始める。
何故かそうしなければならないという使命感にかられ、三日三晩寝る間も惜しんで一心不乱に掘り続けた。
そして、水脈を掘り当てることになった。
三日目の真夜中に水脈を掘り当てた農夫は、そこで再び旅人に出会う。
その旅人こそが創造神の6番目の子であった。
6番目の子は、飢えで死の淵に直面していても、他人へ対する思いやりを忘れない優しい男の祈りが聞こえたと言った。
この水が農夫を、そして農夫が大切にする人を救うだろうと言い残し姿を消した。
その言葉通り、水脈から溢れ出る水は止まることを知らず、大地を蘇らせた。
そして数年後には雨が戻り、土地は豊かになっていく。
農夫は神がもたらしてくれた奇跡の水を大切にし、出来事を人に話し、多くの人が農夫の話に耳を傾けて創造神への祈りを共に捧げるようになっていった。
それがガリレア聖教会の始まりであるとされている。
元々語り継がれていた創造神の話を教典とし、創造神を主神に、その妻を聖母、子供達を御使とした。
この農夫が居た、水を掘り当てた場所こそが、現ジェラール聖王国の王都『エバーリング』である。
そしてその掘り当てた場所の真上に王宮が建てられている。
その水源が農夫が掘ったとされる場所とされているが、事実であるかどうかは定かではない。5000年以上経った今では、あくまでもそう言い伝えられているだけだった。
「その奇跡の水の上に王宮?」
俺はそれを聞いて顔をしかめた。
それではまるで王家が独り占めしているようではないか、と思ってしまったからだ。
5000年以上経って、正確な場所がわからなくなったにしろ、こういう神聖な場所というのは誰もが自由に出入りし、恩恵を受けられるようにするものではないのかと思ってしまった。
現に、元いた世界では公園にされ憩いの場となったり、観光地化されていた所もあった。
「そこなんですよ」
ウィルが俺の反応に笑う。
「ジェラール聖王国が立国したのは今から約1500年ほど前です」
「初代国王は信者だったんだろ」
「その通りです」
ウィルがニコリと微笑む。
「初代国王、オーレリア・ジェラールは聖教会の32代目教皇でした。
教皇に就任後、すぐにその奇跡の水を守るという体で教会建設に取り掛かったのですが…」
「出来上がったのは王宮だったってか」
「そういうことですね。あくまでも教会だと言い張っていたようですが」
「教皇の住まいとして、水源の真上に宮殿を建てちまったわけだ。
出来るのと同時に立国したって感じ?」
「そうです。
教皇兼ジェラール聖王国初代国王となりました。
聖教会も宗教内部の権力争いや各国の王家、皇家、貴族との癒着なども増えていたんです。
大都市になった聖地を乗っ取られまいとしたんですね」
当時、水源のある地域は人々が集まり、大規模な都市へと変貌を遂げていた。
ガリレア聖教会の聖地として多くの信者達が集まり、巡礼地として栄え、人口が100万人を越える大都市だった。
だがどこの国にも属さない聖なる場所だったのだ。
他国がその大都市や周辺地域を手中に収めるべく、虎視眈々と狙っていたのだが、それを聖教会の教皇が治める国とし、手を出せなくした。
初代国王が統治する間は良かった。
だが、教皇と国王を兼任したのは彼1人だけで、オーレリア以降の教皇はそれまで通り教会内部から選ばれ、国王はオーレリアの子が、それぞれ引き継いでいく。
王宮の中に、王家と教皇が特に区画分けをされるでもなく共に暮らし、聖教会主体の政教一致の国として、2代目、3代目と特に何も問題もなく蜜月の関係が続く。
だが、立国から500年を過ぎた辺りからぎくしゃくし始める。
5代目となる国王は、聖教会の信者が王宮内部を我が物顔で歩くことを良く思わなかった。
かつ、国の統治に関しても聖教会が口出しをしてくるため、国王は聖教会を煙たがるようになる。
手始めとして、王宮の一角にあった教皇の住まいが他に移された。
王都の一角に新たに大聖堂と宮殿が建てられ、教皇はそちらに追い出される形になった。
だが、教会の始まりである奇跡の水は王宮内部にある。
そこで毎日朝晩祈りを捧げる教皇や信者達は、王宮へ入ることの許可が必要となり、さらに往復1時間以上かかる距離を通うはめになった。
教皇ですら王宮の立ち入りが自由に出来なくなり、それまで国政にも絡んでいた聖教会は、政治の舞台から引き摺り下ろされる。
聖教会主体の国であっても、王族が敬虔な信者であっても、国の統治と信仰は別とし政教一致の統治体制が崩れた。
このことで、聖教会と国の間に溝が出来始め、今から約800年前、7代目国王の時に聖教会が暴動を起こした。
奇跡の水を王家から奪還するという目的で集まった信者の数は、当時の教皇を筆頭に王都民に匹敵する100万人以上が押し寄せ、聖王国王宮を取り囲んだ。
対する王国側も応戦する構えを見せる。
立国から700年経った国は、兵団や軍を抱える一大国家となっていた。
かたや聖教会は一般の信者達である。中には傭兵や兵士、騎士の姿もあったが、戦える者はほんの一握りで、武器も無く、圧倒的な武力の前になす術もないと思われていた。
だが、数がそれを補う。
数日間に渡って戦闘が繰り広げられ、軍による一方的な虐殺に近い惨状で、王宮の周囲は信者の死体の山が出来た。
にも関わらず信者の数は減らない。
ついには、数十万という死者を出したにも関わらず、王宮はさらに増え続けた200万の信者に囲まれた。
7代目国王はそれを見て怒り狂い、そして、奇跡の水を守っていた建物を破壊し、その瓦礫によって埋めてしまうという暴挙に出た。
それを知った信者達の暴動は止まった。
奪還するための行動であったため、その目標が失われてしまってはどうしようもない。
中には掘り返し、復活させようとする者もいたのだが、一度鎮まってしまった暴動が再び動くことはなかった。
その後、聖教会と王家で話合いが行われ、暴動を煽動した教皇と7代目国王は揃ってその地位から降ろされることになった。
本来は王家も聖教会の敬虔な信者であり、暴挙を敢行した7代目国王は更迭され、死ぬまで王宮内の塔の中に幽閉されることになった。
8代目国王は聖教会に7代目の愚行を深く陳謝し、埋めてしまった奇跡の水を掘り返し復活させ、今度は誰もが自由に出入りできる新たな施設の建設を約束する。その際には教皇の宮殿も新たに建設するという提案をした。
だが、新しく教皇に選任された者は、奇跡の水の復活の提案を受け入れるが、教皇の宮殿建設は辞退する。
新教皇は、聖教会の本拠地をその当時新たに立国されたばかりのサンドラーク公国に移すことに決めていた。
奇跡の水が復活したとしても、数多くの信者の血が流れた場所に留まるには辛すぎたのだ。
聖教会の教義は創造神への祈りであり、奇跡の水への祈りが本分ではない。
祈りを捧げるのに場所は関係がないというのが新教皇の考えであった。
8代目の提案通り、奇跡の水は復活した。埋められてしまったと思われた水源は無事であり、王宮と明確に区画を分けられて新たな聖堂が建設された。
こうして聖教会の総本山が、サンドラーク公国のカレーリアに移ることになったのである。
当初は王都フォースキャリアに、という話もあったのだが、初代国王ルイスはカレーリアの中心に聖協会の大聖堂を建て、大聖堂を中心に街を作る提案をした。
当時は人口数千人規模の小さな街だったが、ルイスが提案したことが功を奏し、多くの信者が集まることとなり、大聖堂から放射状に周囲に広がっていく大規模な都市へと姿を変えた。
カレーリアはガリレア聖教会の街として発展し、王領内で王都に次ぐ大都市になり、現在80万人以上の人口を抱えている。
さらに総本山に巡礼してくる信者達。そして巨大で荘厳な大聖堂と教皇の宮殿も立派で、信者のみならず一目見ようと一般人も押し寄せ、観光地化されていた。
もしこれが王都に建てられていたなら、王都ばかりが肥大化した偏った国家形成になるばかりか、政治の中心である王都にも治安や土地問題、他宗教との兼ね合いなど、少なからず影響を与えていただろう。
知りたかったことを聞き終わり、その歴史にはあ~とため息のような息を吐いた。
「移転にそんな理由があったとはね…」
「隠しているわけではないので、教会内にある閲覧自由の書籍には掲載されていることです。ですが、流通している一般書籍には載っていないので知らない人の方が多いんですよ。
多くの信者が命を落とした出来事なので公言を憚るということでしょうね」
黒歴史というわけではないが、確かに暗い過去であることには違いない。
総本山の移転が公国の立国と同時期であったことに驚きつつも、王都ではなくカレーリアに作られたことが、きっとジュノーであるシュウの考えだと思った。
シュウは同じ都市内に、国と教会の中枢が存在することを避けたのだ。おそらく彼は政教分離の原則を実現させたのだろう。
今の王家、レイブン達は信者ではないが、貴族や政治に携わる者の中に信者はいる。
個人の信仰についてはとやかく言わないが、政治に宗教思想は持ち込ませない。そして国家も特定宗教を優遇しない。そういう法律を作っているはずだと思った。
おそらくカレーリアの都市長は、わざと信者ではない者(無宗教者)を選んでいるはずだ。
王都から馬車で3日という距離も丁度良い。
国という括りを無くし、宗教を括りとした時に、カレーリアはガリレア聖教会の首都ということになる。
聖教会の首都と国の首都が程よい距離で隣接しているのは、どちらにとっても都合が良いのだろう。
俺は800年前のシュウの事を考え、本当にすごいな、と笑顔を浮かべた。
「ウィル、ありがとう。よくわかったよ」
説明が上手だとお礼を言いながら褒めると、ウィルは珍しく照れたような表情を見せた。
「他に知りたいことはありますか?」
「あるある」
ウィルは俺のことを理解してくれている人だ。俺が単純に聖教会について知りたいと思っているわけではないと察してくれていた。
「聖教会と聖女の関係かな。
カーター大司教が聖女発見の功績を切り札に出来る理由がわからない」
だいぶ前の話だが、聖教会とジュノーは切っても切れない関係だというのは聞いた。ジュノーは聖教会が掲げる経典(神話)に登場するから当然と言える。
だが、ジュノーであることを隠して聖女としてここに来たため、教会側からは何のアクションもなかった。
なのに今回は聖女が絡んでいる。
「それは、聖女の力の根源の話になりますね」
ウィルに言われ、あ、と俺は王国聖女が癒しの力を得たという経緯を思い出した。
「創造神から力を与えられたから聖教会が絡むのか」
聖教会の開祖は水を与えられ、王国聖女も癒しの力を与えられた。どちらも創造神から授けられたことになる。
「そういうことです。
ショーヘイさんは創造神から与えられたとは言っていませんから、聖教会は何かしたくてもその権利はないんですよ」
「何かしたいって…」
そういうつもりはあったのか、と思わず苦笑する。
「ショーヘイさんは、国に認められた聖女であり、聖教会に認められたわけではありません」
「王国聖女は聖教会が認めた聖女ってことになるのか」
「正確に言うと、これから認めようとしている、ということになりますね」
「教皇不在だから認定出来ないってことか」
「その通りです」
理解が早いとウィルはニコリと微笑む。
「ちなみに、今までの聖女の中に聖教会が認定した人はいた?」
「いましたよ。元々聖教会の信者だった者や、保護された人がいたようです。
聖教会の記録にも聖女が居たとあるだけで、他の言い伝えと同様に、功績だけは記録に残っていますが、どこの誰であったのか、名前も書かれていません」
ウィルは眉唾です、と信じていないような口振りで笑う。
「なるほどねえ…。つまり王国聖女は聖教会に正式な聖女であると認定してもらうためにカレーリアに向かっているわけか」
「カーター大司教が教皇になった時点で認定されるでしょうね」
「でもさ王国聖女にしたら、教皇が誰でも別に構わないって話だよな。
リアム大司教が教皇になったとしても、その力さえ認めてもらえればいいんだから」
教皇ではなく、俺と同じように国に認めてもらえば、とも考えたが、聖王国王家は色々あっても聖教会の信者だ。結局認定は聖教会側に委ねることになるのか、と思い至った。
「確かにおっしゃる通りです」
ウィルが不敵に笑い、その表情からまだ知らされていないが、王国聖女にも何かあるという情報は掴んでいるのだろうと思った。
「あー…。王国聖女もカーターじゃなきゃ駄目みたいな理由があるってことか。
Win-Winな関係ってことね……」
リアムが教皇になった場合は認定されない可能性がある。つまり、彼女もカーターを利用しようとしているのだろう。
教皇選抜と聖女認定、2人は相互利益の関係にある。
そうなると、王国聖女の力も偽物である可能性が高いということになってくる。
無意識に唇をムニムニと指で摘んで思考を巡らせる。
ウィルは翔平の考える時の癖が出たことに微笑むと、邪魔をしないように口を閉じた。
カーターの狙いは教皇の座であることは間違いない。だが、王国聖女の狙いは何なのだろうと考えた。
何故聖女認定されたいのか。
聖女になりたい理由を単純に考えれば、その特権にあると思った。
俺は公国の聖女として、貴族のような暮らしと衣食住を与えられている。
多くの貴族から求婚されてもてはやされる。
確かに成り上がりたいと思っているなら、それはとても魅力だろう。
だが、聖女と認めさせるための力はどうするのだろう。
認定されるには確実にその力を披露せねばならないし、その後もその力を行使せねばならない。
俺と同じ癒しの力ということは、回復魔法を使える、しかも世間一般の治癒師とは異なる大きな力を持っていなければならない。
俺のように一度のヒールで重症者や複数人を治療することが出来るとすれば、それは膨大な量の魔力を使うということになる。
何かトリックを使ってということも考えられるが、実際に治療しなければならないのは事実だ。
俺は以前デクスターに言った事を再び頭に思い浮かべ、ゾクッと体に悪寒が走った。
唇から手を離してウィルを見る。
「王国聖女がジュノーである可能性は?」
「それも踏まえて調べています」
ウィルはデクスターからユリアにその可能性も報告されていると言った。
個人差はあるようだが、ジュノーであれば、この世界の人よりも魔力量が多いというのは聞いている。
彼女もまた普通ではあり得ない魔力を持っているとしたら、その可能性は捨て切れない。
「カーター大司教は、彼女の素性を調べられることをわかった上で、多くの情報を撒き散らしたようなんです」
「出自をわからなくするため?」
「おそらくそうでしょう。
逆を言えば、調べられれば不都合な何かがあるということですよ」
ウィルはニヤリと笑い、確かにそうだ、と俺も思った。
彼女がジュノーであるならば、聖教会としても喜んで彼女を受け入れるだろう。たとえリアムが教皇になっても、聖女としてではなくとも、ジュノーとして認定し受け入れる。カーターだけに寄りかかる意味がない。
このことからジュノーである可能性は無くならないが、低いと思った。
さらに、俺の場合は見つかった経緯を公表しているのだが、王国聖女は何処で、どのように発見されたのかは情報が錯綜しているらしく、明らかに意図的に隠されている。
つまり、ジュノー云々よりも、彼女が見つかった経緯に何かあると考えられた。
「ユリア様なら、きっと見抜かれると思います」
「そうだな」
俺もウィルに同意して微笑む。
彼女の頭脳なら、集められた情報から真実を導き出すだろうと思った。
だが、2月1日の教皇選抜まで、あと半月ほど。
ロマの思い詰めたような表情が頭に浮かび、何か出来ることはないだろうかと思ってしまった。
「ロマ様が心配ですか?」
俺の表情を見て察したのか、ウィルが聞いてくる。
「まあね」
ロマはきっとリアムに教皇になって貰いたいのだろう。
友人としてなのか、聖教会内部の事情なのかはわからないが、深刻な表情には何かあると思った。
「もし、リアム大司教が負けることになったら、何かあるのかな」
「……それは…」
ウィルが俺の質問に言い淀み、目が逸らされた。
「……いずれ知ることになると思うので話しますが…」
ウィルは小さく息を吐き出すと苦笑いを浮かべ、聞かれなければ話すことはなかったと言った。さらにきっとロマに怒られるとも。
「もしカーター大司教が教皇になれば、おそらくリアム大司教は破門されます」
「え!?」
思わず俺は大きな声を上げた。
「何で!?争った相手ってだけで、何でそこまでする必要があるんだよ」
ウィルに言っても仕方がないのだが言わずにいられなかった。
「元々お二方は犬猿の仲なんです。
信仰心に差はないんでしょうが、聖教会の運営方針で揉めることが多いと聞いています」
「……」
つまり、教会の経営方針の違いがそういう結果を招くということだ。
宗教と言えど金はかかる。会社のように経営していかなければならない。
人件費、施設費、維持費さらに諸々の諸費。1万人以上の社員を抱える、世界企業となんら変わりはないのだ。
そう考えれば、トップ争いに負ければ放り出されることになっても頷ける。
「はあ~…そういうことかい……」
俺は大きなため息をついて天井を見上げて脱力した。
「逆にリアム大司教が教皇になっても、カーター大司教は破門されることはないでしょうが…」
俺の態度に苦笑しつつ、ウィルが続ける。
それを聞いただけで、リアムの方が人格者ではないかと思った。
「どちらにしても、公国には、ショーヘイさんには関係がありません。国と聖教会は互いに干渉しないという原則もありますので」
「そうだろうね…。そうだろうけど……」
俺は天井から視線をウィルに向けると苦笑する。
「ロマ様が気になるんですね?」
「うん……」
俺は正直に頷き大きなため息をついた。
ウィルはそんな翔平を見て、本当に優しい人だと思い微笑む。
この話をするべきではなかったと、黒騎士としてのウィルは思う。だが、個人的な気持ちとして、ロマを心配しているのはウィルも同じだった。
建国者であり、今現在も国のため、国民のために尽力している姿は尊敬に値する。
自分だけではない。
昨日、王国聖女の話を聞いた仲間の騎士達は、官舎への帰り道で口々にロマを心配していた。
誰もが彼女を敬愛している。
助けたいと思っている。
それはユリアもレイブンも王族全員が同じだ。
ただ、立場があるから言えず、誰もがもどかしい思いを抱いている。
ロマは決して個人的な件で救いを求めることはしないだろう。
もしレイブンがロマに救いの手を差し出したとしても、彼女はきっと拒絶する。それも全員がわかっている。
彼女はそういう人なのだ。
だが、翔平ならきっと。
ウィルは翔平に一縷の望みを込めた。
たまたま今日という日に護衛担当になりその機会が訪れた。おそらく、今日自分が担当じゃなくても、他の騎士が翔平に話していただろう。
自分の言葉で翔平が考え、動くことになったら、唆した自分が何かしらの罰を受けるかもしれない。
だが、それでも、彼女のために何かしたかった。
翔平は再び唇をムニムニと摘んで何かを考えている。
ウィルは邪魔しないように静かに立ち上がると、翔平のためにお茶を淹れた。
ロイは熟睡出来たのか、若干隈が薄くなったような気がした。
「ウィル、連日お疲れ様」
エントランスで2人を見送り、ウィルと共に2階の執務室に向かう。
休みと言われたが、ただ1日ボーッとなんてしていられない。体は休めるが、頭は動かすつもりでいた。
調べることがたくさんある。
そして、今日の護衛担当がウィルで良かったと思った。
黒騎士であるウィルなら俺の知りたいことを教えてくれる。情報を持っていると勝手にそう思って嬉しかった。
王宮から借りてきたガリレア聖教会についての本を数冊執務机に置くと早速開く。
「聖教会の本ですか?」
「ああ。今度行くのに何も知らないっていうのもな」
「なるほど」
ウィルが俺が読もうとしている本を見て、あ、という顔をした。
「ショーヘイさん、それはちょっとお勧め出来ません」
苦笑いを浮かべながらそう言われ、俺は王宮から借りてきたんだけど、と答えた。
俺が読もうとしていたのは、聖教会の歴史についてだった。
すでに教会組織については大まかに把握した。
ガリレア聖教会の信者は世界中で約20億人。世界の総人口の約4割に及ぶ。
名だたる国や地域に司教区を設け、その数は24ヶ所。
大司教を区長とし司教区を分けて司教が管理し、さらに細分化して司祭が各地域の教会を管理する。
末端の教会には司祭と助祭が複数人居て、信仰生活や奉仕活動の手助けをしている。
教皇を頂点にピラミッド型となっており、末端の助祭までを含めると1万人を越える大組織であった。
教会は、人口500人を越える街や村には必ずあり、毎月20日にいわゆる礼拝が開催されている。
それ以外の日も祈りの場として解放されていることが多く、教会としてだけではなく、集会場的な目的で利用されることも多い場所だった。
公国王都フォースキャリアにも教会が複数建てられており、貧困者への炊き出しを行ったり、教会と併設して建てられた孤児院の運営なども行っていた。
それらの概要はわかったので、次はその歴史、聖王国から公国のカレーリアに移転した経緯などを知りたかったのだ。
「一般に流通している聖教会の歴史書は虚偽や捏造が含まれているものもあるので正確ではないんです。
もしよろしければ、わかる範囲で答えますよ」
ウィルの言葉に本を閉じて、やっぱりウィルで良かったと笑顔になった。
「嘘ってなんで?」
「まあ…単純に都合が悪いから、ですね」
「黒歴史もあるってことか」
「そうですね」
どこの世界にもそういうのはあるのか、と苦笑する。
勝者が都合良く歴史を改竄することはよくある話だ。後世になればなるほど事実はわからなくなる。
宗教にもそんなことがあるんだな、と元の世界で無宗教だった俺は、特に気にしなかった。
「何が知りたいんですか?」
「えっと…、聖教会の発祥が聖王国って聞いてさ。んで、発祥地なのにカレーリアに移転した理由とか…」
「ああ、なるほど。それはますます本には載ってないことですね」
ウィルが笑って言った。
「教えてくれたジャニスも知らないって言ってたから、本を読んで調べようと思ってたんだけどさ」
「そちらの本には立地上の都合的な意味合いしか書かれていないですね」
「そうなんだ…」
ということは、移ることになった理由がまさしく聖教会にとっての黒歴史なのだと思った。
そうして、ウィルから聖教会の歴史について要約して教えてもらうことになった。
確かにガリレア聖教会の発祥はジェラール聖王国だった。
ただ、発祥当時にその国はない。
今から5000年以上前の話で、開祖は1人の農夫だった。
当時、その地域に存在する村や街、集落は国という大きな括りはなく、ただの集落が点在する地域で通貨という概念もなかった。
住人達は作った農作物を集落内や外、たまにやってくる行商人と物々交換によって生活をする時代だった。
そんな時、異常気象によって雨がほとんど降らないことが数年続き、大飢饉に見舞われる。
ある小さな集落で暮らす農夫はこの世界を作ったとされる創造神とその子供達へ祈ることで救いを求めた。
元々創造神への信仰心があり、毎日朝晩必ず神への祈りを捧げることを日課にしていた。
ある日、その農夫はとある旅人を受け入れる。
自分が食べることもままならないにも関わらず、その旅人へ自分の食料を分け与えた。
僅かな水と痩せ細った作物であったが、旅人は農夫のもてなしに感謝し、次の日の朝、彼に手紙を残して旅立って行った。
その手紙には地図が記されており、その場所を掘れと書かれていたという。
農夫は半信半疑で言われた場所を掘り始める。
何故かそうしなければならないという使命感にかられ、三日三晩寝る間も惜しんで一心不乱に掘り続けた。
そして、水脈を掘り当てることになった。
三日目の真夜中に水脈を掘り当てた農夫は、そこで再び旅人に出会う。
その旅人こそが創造神の6番目の子であった。
6番目の子は、飢えで死の淵に直面していても、他人へ対する思いやりを忘れない優しい男の祈りが聞こえたと言った。
この水が農夫を、そして農夫が大切にする人を救うだろうと言い残し姿を消した。
その言葉通り、水脈から溢れ出る水は止まることを知らず、大地を蘇らせた。
そして数年後には雨が戻り、土地は豊かになっていく。
農夫は神がもたらしてくれた奇跡の水を大切にし、出来事を人に話し、多くの人が農夫の話に耳を傾けて創造神への祈りを共に捧げるようになっていった。
それがガリレア聖教会の始まりであるとされている。
元々語り継がれていた創造神の話を教典とし、創造神を主神に、その妻を聖母、子供達を御使とした。
この農夫が居た、水を掘り当てた場所こそが、現ジェラール聖王国の王都『エバーリング』である。
そしてその掘り当てた場所の真上に王宮が建てられている。
その水源が農夫が掘ったとされる場所とされているが、事実であるかどうかは定かではない。5000年以上経った今では、あくまでもそう言い伝えられているだけだった。
「その奇跡の水の上に王宮?」
俺はそれを聞いて顔をしかめた。
それではまるで王家が独り占めしているようではないか、と思ってしまったからだ。
5000年以上経って、正確な場所がわからなくなったにしろ、こういう神聖な場所というのは誰もが自由に出入りし、恩恵を受けられるようにするものではないのかと思ってしまった。
現に、元いた世界では公園にされ憩いの場となったり、観光地化されていた所もあった。
「そこなんですよ」
ウィルが俺の反応に笑う。
「ジェラール聖王国が立国したのは今から約1500年ほど前です」
「初代国王は信者だったんだろ」
「その通りです」
ウィルがニコリと微笑む。
「初代国王、オーレリア・ジェラールは聖教会の32代目教皇でした。
教皇に就任後、すぐにその奇跡の水を守るという体で教会建設に取り掛かったのですが…」
「出来上がったのは王宮だったってか」
「そういうことですね。あくまでも教会だと言い張っていたようですが」
「教皇の住まいとして、水源の真上に宮殿を建てちまったわけだ。
出来るのと同時に立国したって感じ?」
「そうです。
教皇兼ジェラール聖王国初代国王となりました。
聖教会も宗教内部の権力争いや各国の王家、皇家、貴族との癒着なども増えていたんです。
大都市になった聖地を乗っ取られまいとしたんですね」
当時、水源のある地域は人々が集まり、大規模な都市へと変貌を遂げていた。
ガリレア聖教会の聖地として多くの信者達が集まり、巡礼地として栄え、人口が100万人を越える大都市だった。
だがどこの国にも属さない聖なる場所だったのだ。
他国がその大都市や周辺地域を手中に収めるべく、虎視眈々と狙っていたのだが、それを聖教会の教皇が治める国とし、手を出せなくした。
初代国王が統治する間は良かった。
だが、教皇と国王を兼任したのは彼1人だけで、オーレリア以降の教皇はそれまで通り教会内部から選ばれ、国王はオーレリアの子が、それぞれ引き継いでいく。
王宮の中に、王家と教皇が特に区画分けをされるでもなく共に暮らし、聖教会主体の政教一致の国として、2代目、3代目と特に何も問題もなく蜜月の関係が続く。
だが、立国から500年を過ぎた辺りからぎくしゃくし始める。
5代目となる国王は、聖教会の信者が王宮内部を我が物顔で歩くことを良く思わなかった。
かつ、国の統治に関しても聖教会が口出しをしてくるため、国王は聖教会を煙たがるようになる。
手始めとして、王宮の一角にあった教皇の住まいが他に移された。
王都の一角に新たに大聖堂と宮殿が建てられ、教皇はそちらに追い出される形になった。
だが、教会の始まりである奇跡の水は王宮内部にある。
そこで毎日朝晩祈りを捧げる教皇や信者達は、王宮へ入ることの許可が必要となり、さらに往復1時間以上かかる距離を通うはめになった。
教皇ですら王宮の立ち入りが自由に出来なくなり、それまで国政にも絡んでいた聖教会は、政治の舞台から引き摺り下ろされる。
聖教会主体の国であっても、王族が敬虔な信者であっても、国の統治と信仰は別とし政教一致の統治体制が崩れた。
このことで、聖教会と国の間に溝が出来始め、今から約800年前、7代目国王の時に聖教会が暴動を起こした。
奇跡の水を王家から奪還するという目的で集まった信者の数は、当時の教皇を筆頭に王都民に匹敵する100万人以上が押し寄せ、聖王国王宮を取り囲んだ。
対する王国側も応戦する構えを見せる。
立国から700年経った国は、兵団や軍を抱える一大国家となっていた。
かたや聖教会は一般の信者達である。中には傭兵や兵士、騎士の姿もあったが、戦える者はほんの一握りで、武器も無く、圧倒的な武力の前になす術もないと思われていた。
だが、数がそれを補う。
数日間に渡って戦闘が繰り広げられ、軍による一方的な虐殺に近い惨状で、王宮の周囲は信者の死体の山が出来た。
にも関わらず信者の数は減らない。
ついには、数十万という死者を出したにも関わらず、王宮はさらに増え続けた200万の信者に囲まれた。
7代目国王はそれを見て怒り狂い、そして、奇跡の水を守っていた建物を破壊し、その瓦礫によって埋めてしまうという暴挙に出た。
それを知った信者達の暴動は止まった。
奪還するための行動であったため、その目標が失われてしまってはどうしようもない。
中には掘り返し、復活させようとする者もいたのだが、一度鎮まってしまった暴動が再び動くことはなかった。
その後、聖教会と王家で話合いが行われ、暴動を煽動した教皇と7代目国王は揃ってその地位から降ろされることになった。
本来は王家も聖教会の敬虔な信者であり、暴挙を敢行した7代目国王は更迭され、死ぬまで王宮内の塔の中に幽閉されることになった。
8代目国王は聖教会に7代目の愚行を深く陳謝し、埋めてしまった奇跡の水を掘り返し復活させ、今度は誰もが自由に出入りできる新たな施設の建設を約束する。その際には教皇の宮殿も新たに建設するという提案をした。
だが、新しく教皇に選任された者は、奇跡の水の復活の提案を受け入れるが、教皇の宮殿建設は辞退する。
新教皇は、聖教会の本拠地をその当時新たに立国されたばかりのサンドラーク公国に移すことに決めていた。
奇跡の水が復活したとしても、数多くの信者の血が流れた場所に留まるには辛すぎたのだ。
聖教会の教義は創造神への祈りであり、奇跡の水への祈りが本分ではない。
祈りを捧げるのに場所は関係がないというのが新教皇の考えであった。
8代目の提案通り、奇跡の水は復活した。埋められてしまったと思われた水源は無事であり、王宮と明確に区画を分けられて新たな聖堂が建設された。
こうして聖教会の総本山が、サンドラーク公国のカレーリアに移ることになったのである。
当初は王都フォースキャリアに、という話もあったのだが、初代国王ルイスはカレーリアの中心に聖協会の大聖堂を建て、大聖堂を中心に街を作る提案をした。
当時は人口数千人規模の小さな街だったが、ルイスが提案したことが功を奏し、多くの信者が集まることとなり、大聖堂から放射状に周囲に広がっていく大規模な都市へと姿を変えた。
カレーリアはガリレア聖教会の街として発展し、王領内で王都に次ぐ大都市になり、現在80万人以上の人口を抱えている。
さらに総本山に巡礼してくる信者達。そして巨大で荘厳な大聖堂と教皇の宮殿も立派で、信者のみならず一目見ようと一般人も押し寄せ、観光地化されていた。
もしこれが王都に建てられていたなら、王都ばかりが肥大化した偏った国家形成になるばかりか、政治の中心である王都にも治安や土地問題、他宗教との兼ね合いなど、少なからず影響を与えていただろう。
知りたかったことを聞き終わり、その歴史にはあ~とため息のような息を吐いた。
「移転にそんな理由があったとはね…」
「隠しているわけではないので、教会内にある閲覧自由の書籍には掲載されていることです。ですが、流通している一般書籍には載っていないので知らない人の方が多いんですよ。
多くの信者が命を落とした出来事なので公言を憚るということでしょうね」
黒歴史というわけではないが、確かに暗い過去であることには違いない。
総本山の移転が公国の立国と同時期であったことに驚きつつも、王都ではなくカレーリアに作られたことが、きっとジュノーであるシュウの考えだと思った。
シュウは同じ都市内に、国と教会の中枢が存在することを避けたのだ。おそらく彼は政教分離の原則を実現させたのだろう。
今の王家、レイブン達は信者ではないが、貴族や政治に携わる者の中に信者はいる。
個人の信仰についてはとやかく言わないが、政治に宗教思想は持ち込ませない。そして国家も特定宗教を優遇しない。そういう法律を作っているはずだと思った。
おそらくカレーリアの都市長は、わざと信者ではない者(無宗教者)を選んでいるはずだ。
王都から馬車で3日という距離も丁度良い。
国という括りを無くし、宗教を括りとした時に、カレーリアはガリレア聖教会の首都ということになる。
聖教会の首都と国の首都が程よい距離で隣接しているのは、どちらにとっても都合が良いのだろう。
俺は800年前のシュウの事を考え、本当にすごいな、と笑顔を浮かべた。
「ウィル、ありがとう。よくわかったよ」
説明が上手だとお礼を言いながら褒めると、ウィルは珍しく照れたような表情を見せた。
「他に知りたいことはありますか?」
「あるある」
ウィルは俺のことを理解してくれている人だ。俺が単純に聖教会について知りたいと思っているわけではないと察してくれていた。
「聖教会と聖女の関係かな。
カーター大司教が聖女発見の功績を切り札に出来る理由がわからない」
だいぶ前の話だが、聖教会とジュノーは切っても切れない関係だというのは聞いた。ジュノーは聖教会が掲げる経典(神話)に登場するから当然と言える。
だが、ジュノーであることを隠して聖女としてここに来たため、教会側からは何のアクションもなかった。
なのに今回は聖女が絡んでいる。
「それは、聖女の力の根源の話になりますね」
ウィルに言われ、あ、と俺は王国聖女が癒しの力を得たという経緯を思い出した。
「創造神から力を与えられたから聖教会が絡むのか」
聖教会の開祖は水を与えられ、王国聖女も癒しの力を与えられた。どちらも創造神から授けられたことになる。
「そういうことです。
ショーヘイさんは創造神から与えられたとは言っていませんから、聖教会は何かしたくてもその権利はないんですよ」
「何かしたいって…」
そういうつもりはあったのか、と思わず苦笑する。
「ショーヘイさんは、国に認められた聖女であり、聖教会に認められたわけではありません」
「王国聖女は聖教会が認めた聖女ってことになるのか」
「正確に言うと、これから認めようとしている、ということになりますね」
「教皇不在だから認定出来ないってことか」
「その通りです」
理解が早いとウィルはニコリと微笑む。
「ちなみに、今までの聖女の中に聖教会が認定した人はいた?」
「いましたよ。元々聖教会の信者だった者や、保護された人がいたようです。
聖教会の記録にも聖女が居たとあるだけで、他の言い伝えと同様に、功績だけは記録に残っていますが、どこの誰であったのか、名前も書かれていません」
ウィルは眉唾です、と信じていないような口振りで笑う。
「なるほどねえ…。つまり王国聖女は聖教会に正式な聖女であると認定してもらうためにカレーリアに向かっているわけか」
「カーター大司教が教皇になった時点で認定されるでしょうね」
「でもさ王国聖女にしたら、教皇が誰でも別に構わないって話だよな。
リアム大司教が教皇になったとしても、その力さえ認めてもらえればいいんだから」
教皇ではなく、俺と同じように国に認めてもらえば、とも考えたが、聖王国王家は色々あっても聖教会の信者だ。結局認定は聖教会側に委ねることになるのか、と思い至った。
「確かにおっしゃる通りです」
ウィルが不敵に笑い、その表情からまだ知らされていないが、王国聖女にも何かあるという情報は掴んでいるのだろうと思った。
「あー…。王国聖女もカーターじゃなきゃ駄目みたいな理由があるってことか。
Win-Winな関係ってことね……」
リアムが教皇になった場合は認定されない可能性がある。つまり、彼女もカーターを利用しようとしているのだろう。
教皇選抜と聖女認定、2人は相互利益の関係にある。
そうなると、王国聖女の力も偽物である可能性が高いということになってくる。
無意識に唇をムニムニと指で摘んで思考を巡らせる。
ウィルは翔平の考える時の癖が出たことに微笑むと、邪魔をしないように口を閉じた。
カーターの狙いは教皇の座であることは間違いない。だが、王国聖女の狙いは何なのだろうと考えた。
何故聖女認定されたいのか。
聖女になりたい理由を単純に考えれば、その特権にあると思った。
俺は公国の聖女として、貴族のような暮らしと衣食住を与えられている。
多くの貴族から求婚されてもてはやされる。
確かに成り上がりたいと思っているなら、それはとても魅力だろう。
だが、聖女と認めさせるための力はどうするのだろう。
認定されるには確実にその力を披露せねばならないし、その後もその力を行使せねばならない。
俺と同じ癒しの力ということは、回復魔法を使える、しかも世間一般の治癒師とは異なる大きな力を持っていなければならない。
俺のように一度のヒールで重症者や複数人を治療することが出来るとすれば、それは膨大な量の魔力を使うということになる。
何かトリックを使ってということも考えられるが、実際に治療しなければならないのは事実だ。
俺は以前デクスターに言った事を再び頭に思い浮かべ、ゾクッと体に悪寒が走った。
唇から手を離してウィルを見る。
「王国聖女がジュノーである可能性は?」
「それも踏まえて調べています」
ウィルはデクスターからユリアにその可能性も報告されていると言った。
個人差はあるようだが、ジュノーであれば、この世界の人よりも魔力量が多いというのは聞いている。
彼女もまた普通ではあり得ない魔力を持っているとしたら、その可能性は捨て切れない。
「カーター大司教は、彼女の素性を調べられることをわかった上で、多くの情報を撒き散らしたようなんです」
「出自をわからなくするため?」
「おそらくそうでしょう。
逆を言えば、調べられれば不都合な何かがあるということですよ」
ウィルはニヤリと笑い、確かにそうだ、と俺も思った。
彼女がジュノーであるならば、聖教会としても喜んで彼女を受け入れるだろう。たとえリアムが教皇になっても、聖女としてではなくとも、ジュノーとして認定し受け入れる。カーターだけに寄りかかる意味がない。
このことからジュノーである可能性は無くならないが、低いと思った。
さらに、俺の場合は見つかった経緯を公表しているのだが、王国聖女は何処で、どのように発見されたのかは情報が錯綜しているらしく、明らかに意図的に隠されている。
つまり、ジュノー云々よりも、彼女が見つかった経緯に何かあると考えられた。
「ユリア様なら、きっと見抜かれると思います」
「そうだな」
俺もウィルに同意して微笑む。
彼女の頭脳なら、集められた情報から真実を導き出すだろうと思った。
だが、2月1日の教皇選抜まで、あと半月ほど。
ロマの思い詰めたような表情が頭に浮かび、何か出来ることはないだろうかと思ってしまった。
「ロマ様が心配ですか?」
俺の表情を見て察したのか、ウィルが聞いてくる。
「まあね」
ロマはきっとリアムに教皇になって貰いたいのだろう。
友人としてなのか、聖教会内部の事情なのかはわからないが、深刻な表情には何かあると思った。
「もし、リアム大司教が負けることになったら、何かあるのかな」
「……それは…」
ウィルが俺の質問に言い淀み、目が逸らされた。
「……いずれ知ることになると思うので話しますが…」
ウィルは小さく息を吐き出すと苦笑いを浮かべ、聞かれなければ話すことはなかったと言った。さらにきっとロマに怒られるとも。
「もしカーター大司教が教皇になれば、おそらくリアム大司教は破門されます」
「え!?」
思わず俺は大きな声を上げた。
「何で!?争った相手ってだけで、何でそこまでする必要があるんだよ」
ウィルに言っても仕方がないのだが言わずにいられなかった。
「元々お二方は犬猿の仲なんです。
信仰心に差はないんでしょうが、聖教会の運営方針で揉めることが多いと聞いています」
「……」
つまり、教会の経営方針の違いがそういう結果を招くということだ。
宗教と言えど金はかかる。会社のように経営していかなければならない。
人件費、施設費、維持費さらに諸々の諸費。1万人以上の社員を抱える、世界企業となんら変わりはないのだ。
そう考えれば、トップ争いに負ければ放り出されることになっても頷ける。
「はあ~…そういうことかい……」
俺は大きなため息をついて天井を見上げて脱力した。
「逆にリアム大司教が教皇になっても、カーター大司教は破門されることはないでしょうが…」
俺の態度に苦笑しつつ、ウィルが続ける。
それを聞いただけで、リアムの方が人格者ではないかと思った。
「どちらにしても、公国には、ショーヘイさんには関係がありません。国と聖教会は互いに干渉しないという原則もありますので」
「そうだろうね…。そうだろうけど……」
俺は天井から視線をウィルに向けると苦笑する。
「ロマ様が気になるんですね?」
「うん……」
俺は正直に頷き大きなため息をついた。
ウィルはそんな翔平を見て、本当に優しい人だと思い微笑む。
この話をするべきではなかったと、黒騎士としてのウィルは思う。だが、個人的な気持ちとして、ロマを心配しているのはウィルも同じだった。
建国者であり、今現在も国のため、国民のために尽力している姿は尊敬に値する。
自分だけではない。
昨日、王国聖女の話を聞いた仲間の騎士達は、官舎への帰り道で口々にロマを心配していた。
誰もが彼女を敬愛している。
助けたいと思っている。
それはユリアもレイブンも王族全員が同じだ。
ただ、立場があるから言えず、誰もがもどかしい思いを抱いている。
ロマは決して個人的な件で救いを求めることはしないだろう。
もしレイブンがロマに救いの手を差し出したとしても、彼女はきっと拒絶する。それも全員がわかっている。
彼女はそういう人なのだ。
だが、翔平ならきっと。
ウィルは翔平に一縷の望みを込めた。
たまたま今日という日に護衛担当になりその機会が訪れた。おそらく、今日自分が担当じゃなくても、他の騎士が翔平に話していただろう。
自分の言葉で翔平が考え、動くことになったら、唆した自分が何かしらの罰を受けるかもしれない。
だが、それでも、彼女のために何かしたかった。
翔平は再び唇をムニムニと摘んで何かを考えている。
ウィルは邪魔しないように静かに立ち上がると、翔平のためにお茶を淹れた。
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