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2人の聖女編 〜対話〜
363.おっさん、対話を了承する
リアム達が帰った後、俺はベッドに横にならされた。まだ話をしたい、聞きたいと思っていたのだが、今でなくても良いと全員から反対されて、仕方なくベッドに潜り込む。
「添い寝してやろうか?」
「子守唄でも歌いましょうか?」
ロイとディーに揶揄うように言われ、いらないと短く返す。
「最後にもう一つだけ」
横になっても聞きたいと食い下がる俺に、ディーは苦笑する。
「エミールは?どこにいるんだ?」
「エミールは黒騎士と一緒にカーターとエレノアの私物の精査をしてる」
「エミールとしては動けませんから、こちら側の者としてね」
教会内には数日前まで同僚だったカーター大司教区の信徒達がいる。
カーターとエレノアの罪が暴かれ、リー大司教が自分とカーターの司教区の信徒達を集め、事の顛末を説明した。当然ながらカーター配下の信徒達は寝耳に水の状態で愕然とした。
中には信じられないと立ち上がって憤慨する者もいたが、同席していたカーターの側近である2人の司教が事実であると項垂れながら認める。さらにリーは冷静に対応して、否定する言葉を会議の中で出された証拠や証言を使って全て論破した。
これから、カーターに同行していた信徒達がその悪事と無関係なのか、それぞれが聖教会の査問機関によって事情聴取が行われることになり、与えられた宿泊棟で軟禁状態となった。
さらに、カーターがここに持ち込んだ物、全てを細かく調べる必要があった。
その調査にエミールが協力している。
同行している信徒達、持ち込んだ物の種類や数、それらを全て把握しているエミールの存在は大変役に立つ。
とはいえ、元仲間である信徒達の前に素顔を晒すわけにはいかない。晒せば、たとえカーターとエレノアの罪が暴かれた後であっても裏切り者と思われるだろう。
だからあえて、ラースという偽名で、変装も認識阻害も解かないまま、公国聖女の従者という公国側の者として協力していた。
彼が臨時会議で話題に上がり、カーターに犯人にされそうになったエミールであることは、聖教会側の誰にも伝えていない。
ただ、彼が聖教会を脱会した際に数々の証拠を残していったとし、クラリスの日記やエミールが掴んだカーターの横領の証拠などはすでに黒騎士が入手したとして、リアム達の知る所になっていた。
俺はエミールが心配だった。
彼が今どんな気持ちでいるのかが気がかりで、顔を見たかった。
それと、タイミング良くグレイと会うことが出来たのだ。グレイとエミールを引き合わせ、紹介したかった。まずは顔合わせをして、お互いに好印象なら話を勧めたいと思っていた。
「ショーヘイ、心配しなくてもグレイに紹介しておきましたよ」
そんな俺の考えをディーが察してくれて、俺が言う前に答えてくれた。
「エミールの事情は事前報告でグレイも知っています。秘書官云々の話は抜きにしても、顔合わせだけは済ませておきました」
グレイには、俺が勝手にエミールを秘書官に勧誘したことはまだ伝えていないそうだ。
「……な、なんか言ってた?」
俺はお互いにどんな印象を持ったのだろうと、ドキドキしてしまう。
「それがよお」
ロイが楽しそうに笑い、ディーも思い出して声に出して笑い始めた。
眠ってしまった翔平をロイが抱え、部屋に案内されている途中、エミールはしきりに翔平を気遣って、顔を覗き込んだり、腕や肩に触れる。
ロイは心配してオロオロしているエミールを笑い、魔力を使いすぎて眠いだけだ、と軽口を言いながら狼狽えるエミールを宥める。
「どのくらい眠るんでしょうか。すぐに目覚めますか?私に何か出来ることはありますか?」
早口で質問するエミールにロイは笑った。
部屋に到着し、ロイが翔平を着替えさせベッドに寝かせる間、廊下で待つ。
その間エミールはドアを見つめ落ち着きがなく、ずっとそわそわしていた。
ディーや騎士達はそんなエミールを笑い、落ち着かせようと話しかける。
「大丈夫ですよ。本当に眠ってるだけですから」
「ですが、あんな辛そうに…」
エミールは翔平が血を流しながら人々を癒し、そしてエレノアの魔力暴走や、襲撃者から身を挺して自分を守ってくれたことに動揺していた。
何も出来ず、ただ守られたことが悔しくて、情けなかった。協力する条件として、奴らの断罪に立ち会うと言ったことを後悔すらしていた。
自分の身を守ることすら出来ないのに、その要望を出すことがいかに浅はかなことだったのかと自覚した。
翔平だけではない。騎士達も自分を守ってくれていたと、今更気づいて自己嫌悪に陥っていた。
「本当に…申し訳ありません…。私は自分のことばかり…」
シュンと項垂れるエミールに騎士達は笑う。
「あたし達は守るのがお仕事よ」
「そうだ。お前にはあの場で見届ける権利があったんだ」
「あたし達はほんの少しだけ手助けしただけよ」
騎士達は笑いながら口々にエミールを慰める。
「エミールと言ったな」
そこにグレイが近付いた。
「獣士団第2部隊隊長グレイだ。よろしく」
項垂れるエミールに大きな手を差し出し、エミールは顔を上げる。
今朝、翔平にイグリット家の家人に、グレイの秘書官にとスカウトされた。
その当人が目の前にいる。
エミールは大きなグレイを見上げ、じっとその目を見つめる。
大柄な体躯に似合わず、その目はとても優しそうだった。包容力とでも言うのだろうか、とても穏やかな笑顔は全てを守り慈しんでくれるような雰囲気がある。
かと思えば、聞いたことのある『剛腕のグレイ』という二つ名の通り、大広間での戦闘を制圧した手腕、部下達への指示の声は騎士として、さらに隊長という威厳も風格もあった。
反射的に差し出された手を握り返す。
「エミールと申します…」
ギュッと握手を交わしてすぐに手を離す。そしてその直後、頭にポンとその大きな手が置かれた。
え?と思った瞬間、
「辛かったろう。よく耐えたな」
上から優しく声をかけられ、よしよしと頭を撫でられた。
「……」
その行動に驚きながらも、そういえば、大広間でも翔平の頭を撫でていたのを思い出し、これがこの人にとっては普通なのかと思った。
だが、その行動にとても懐かしさを感じ、切ないような、嬉しいような、なんともいえない気恥ずかしさを覚えた。
そして、グレイの行動にディーや騎士達が笑った。
「グレイ、そりゃないだろ」
「子供じゃないんだから」
「そうか?」
グレイを揶揄うように騎士達が言うが、グレイは気にした様子もない。
23歳になって人前で頭を撫でられることに恥ずかしいと思ったが、徐々に嬉しさが勝ってくる。目の奥が熱くなり泣きたくなる。
それを隠すように俯くと、ジャニスが察して茶化すような行動に出る。
「グレイ、あたしも褒めてよ。撫でて」
わざと頭をグレイに差し出して、撫でるように強要する。
「あたしもあたしも」
アビゲイルやオリヴィエも頭を突き出した。
「やだね。俺にも選ぶ権利がある。俺は撫でたい奴しか撫でん」
グレイが笑いながら答えると、騎士達は差別反対、と笑った。
エミールは俯きながら涙を堪えた。
とても胸の中が熱く、満たされていくのを感じていた。翔平に言われた、『差し伸べられた手を掴んでもいい』という言葉が心に響く。
たった数日行動を共にしただけなのに、気遣ってくれる優しさが泣きたくなるほど嬉しかった。
「何やってんだ?」
ガチャリとドアが開き、ロイが出てくるとわちゃわちゃしているディー達に声をかけた。
「ということがありまして」
ディーが笑いながら説明し、俺は横になったまま声に出して笑った。
「ほんとグレイらしいよな」
その場で見ていなかったが、ロイも話を聞いて笑ったと言った。
「庇護欲を感じた相手を子供扱いする癖は一生治らんわ」
ゲラゲラと笑い、俺もその対象者なのかと改めて思った。
「お互いに好印象だと思いますよ」
「話を勧めてもいいんじゃねえか?」
そして、スカウトの話は正式に勧めようと盛り上がった。
翌日、いつもの時間に目が覚めた。
流石にシングルベッドで3人で寝るわけにはいかず、同じ部屋の別のベッドでロイとディーが眠っている。
体を起こして自身の魔力の流れを確認し、8割ほどまで回復していることを感じた。
これならいつもと変わらない行動が出来ると、俺はベッドから降りて立ち上がった。ゆっくりと背伸びをして、寝込んで固くなった体をほぐす。
そんな俺が動いた気配を察したのか、2人ともほぼ同時に目が覚めた。
「おはよう」
声をかけると、のそのそと起き上がった2人はまだ眠そうな顔をしながらベッドから降り、そのまま俺を抱きしめる。
「おはようございます…。体調はどうですか?」
寝ぼけた声でディーが質問し、ロイは俺の肩に頭を預けて立ったまま寝ようとする。
「もう大丈夫。普通に動けるよ」
若干体がだるいだけで動けないほどではない。
「無理すんなよ…」
ふわあと大きな欠伸をしながらロイが気遣った。
黒騎士が届けてくれた服に着替え、部屋で朝食を済ませる。
その後ロマがやってきて再び診察を受け、歩き回っても大丈夫とお墨付きをもらった。
この後、リアムや大司教達に挨拶に行き、お暇しようという話になる。騎士達は昨日の夜屋敷に戻り、王都へ帰還する準備をしていると聞いた。
「あたしはもう少しここに残るよ」
ロマは一緒に帰らず、後始末に協力すると言った。
「それとね、魔獣化した子供なんだけど」
そして俺が治療した少女の話題になった。
子供はすっかり元気になり、笑顔を振りまいていると聞いたが、問題は母親の健康状態が最悪だったことだ。
母親は今もなお療養中で、起き上がることが出来ないほど衰弱していたのだと教えられた。
聞けば、母娘はカレーリア郊外、馬車で半日ほどの距離にある村の者で、娘が村の一角に出現した魔素溜まりに触れてしまったと聞いた。
翔平達がカレーリアに到着する5日前、300人程が住む村のはずれにあった雑木林の中に直径30センチほどの黒い球体が出現した。
ふわふわと漂う黒い煙の球体が魔素溜まりであることはすぐにわかり、村人はすぐにその周囲に近寄らないように村民に注意した。魔素溜まりはとても小さく、放っておけば数日後には消えてなくなることを知っていたため、村民達はそのまま放置して消失するのを待ち、何も対策を講じなかった。
だが、村の子供達は生まれて初めて見た魔素溜まりに興味深々で、大人達に危険だ、近付くなと言われていたにも関わらず、その近くで眺めるということを繰り返していた。
そして、件の少女は好奇心に勝てず、止める他の子供の手を振り払い、近寄ってしまったのだ。
気付いた時にはその球体の高濃度の魔素が全て少女に吸収されてしまった。
一緒に遊んでいた子供達が、みるみる内に変貌していく少女に悲鳴を上げ、大人達が駆けつけた時には、少女は腰から下が魔獣へと変貌していた。
大人達は自分の子を少女から遠ざけ、そして連絡を受けた親が駆けつけた時には、誰も少女に近付くことなく、泣き叫ぶ少女を遠巻きに見つめることしか出来なくなっていた。
母親は娘を抱えて泣き叫び、父親も途方に暮れる。
そして魔獣化が進む娘をどうするか村で協議した結果、まずはカレーリアの治療院へという話になった。
村長が両親に僅かばかりの旅費を与え、治るまで戻って来ないでくれ、と頭を下げた。
魔獣化の治療が出来ないことが常識であり、事実上の追放であった。
夫婦で話し合い、このまま家族で村を出ても、娘が完全に魔獣化した時に手に追えなくなる。少女の兄と妹もまだ小さい。彼らも死ぬことになってしまうと、母親1人で娘を連れてカレーリアに向かうことにした。
残された子供2人を育てると約束し、父親は泣きながら妻と娘を送り出した。
母親は乗合馬車にも乗れず、村を出て娘を抱えて昼夜問わず歩き続け、その2日後にカレーリアに到着して治療院に駆け込んだ。
だが、治癒師達は魔獣化を治せないと治療を断り、聖女であれば治療可能だと告げた。その時、翔平がカレーリアに来るという連絡は受けていたが、それはまだ数日先のことで、侵食を抑制したとしても治療には間に合わないと告げる。
このまま魔獣化すれば街に被害が出る。出来ればこのまま立ち去ってくれ、それが出来なければ街の警備兵に連絡して少女を隔離しなければならないと言われ、母親は絶望に襲われながら、逃げるように治療院を出た。
だが、諦めきれなかった。
必死に娘に語りかけ励ましながら、あと数日、聖女が来るまで侵食を抑えようと、必死に己の魔力を注ぎ込んだ。
その強い願いが、治癒や抑制する魔法が使えなかった母親の魔力に変化をもたらした。
ほんの少しだけ侵食が抑制され、あと1日ほどと言われていた完全化が、3日、4日と延びた。
母親は街の片隅で寝食を放棄して気力だけで娘を守り続けたが、自分の魔力が枯渇寸前になり、その侵食は目の周りと頭の一部を残すまで広がり、時間の問題となった。
もう無理かもしれない。このままでは娘は街中で魔獣化し、暴れ、人々を襲い始める。そうなれば、自警団や警備兵に囲まれて殺される。
母親は、魔獣化してもせめて殺されることのないようにと街を離れることにした。
だが、街を出ようとした時、聖女の話が耳に入った。
治療院に聖女が来ている。無償で治してくれる。
母親はその話に縋った。
街を出ようとしていた足を止め、その話の出所を探し、走り始める。
母親は何日も食事も睡眠も取っておらず、ガリガリに痩せこけ、魔力も枯渇寸前だった。だが、娘を救いたい一心だけで、聖女を探し回った。
そして教会前広場での一件に繋がった。
「母親の方は極度の栄養失調と疲労で、元に戻るまでしばらくかかるよ。
あたしが責任を持って面倒をみるつもりだ。調べたいこともあるしね」
ロマはすでに出身の村にいる家族には連絡済みだと言い、俺はホッとする。
「良かった」
「少女、エラが会いたいそうだよ」
エラという名前で3歳だと聞き、帰る前に会っておこうと決めた。怪我ではないから母親の状態を改善することは出来ないが、それでも少しでも回復を促すように治癒魔法を使おうと思う。
「ショーヘー、母親を治療しようとか思ってるだろ」
そう考えたのを見透かしたようにロイに言われ、少しならいいだろ?と笑顔で答えると、ロイもディーも、ロマも若干呆れ気味に苦笑した。
「今からでも…」
と俺が言った時、部屋のドアがノックされる。
そして俺達は訪ねてきたリアム達に、エレノアからの要求を聞いた。
「反対だ」
「反対です」
ロイとディーが即答する。
リアムはそう言うだろうと予測していたので、ただ微笑む。
「今更ショーヘーに何の話があるって言うんだ」
「それに自白があってもなくても罪は変わりませんよ。証拠も証言も山ほどありますからね」
「まあまあ、リアム様に怒っても仕方ないだろ」
2人が怒りながら言うので、俺が宥めた。
「おっしゃる通り、自白を引き出すことは最早必要ありません。ただ……」
リアムは言いにくそうに言葉を止める。
「自白があるとないとじゃ、捜査の進行速度は変わるね」
擁護するようにロマが続きを言った。
「ロマ」
それに対してロイがロマにも怒りを向ける。
「……ですが、それを望む権利はこちらにはありません」
断れるのはわかっていたとリアムは恐縮しながら言った。その表情から藁にも縋りたいと思っているのがよく分かった。
俺はリアムが望んでいるのが何なのかをすぐに理解した。きっとロイとディーもそれに気付いているだろう。
先日の臨時会議の中で話題に上がらなかったことがある。
それが前教皇の暗殺容疑だ。
毒殺の疑いがあり、リアムは3年間ずっと調べ、殺されたという疑いは強くなったが、どうしても証拠が見つけられず、犯人の手がかりもつかめていなかった。
もし、教皇暗殺もカーターの仕業なら、エレノアが何か知っているかもしれない。
その自白が得られれば事態は進展する。
彼女が言う自白の中に教皇暗殺が含まれているかは聞いてみなければわからない。知っていても話さない、もしくは本当に何も知らず無関係かもしれない。だが、リアムは諦めきれないのだろう。
ロイとディーのこれ以上俺を聖教会の闇に関わらせたくないという気持ちもわかる。
個人的には協力したいという気持ちはあるが、そんな個人の感情で引き受けるわけにはいかないこともわかっていた。
無言になり微妙な空気になったところで、リアムが謝罪した。
「申し訳ありません。言うべきではありませんでした」
恐縮したように笑顔を見せ、頭を下げる。一緒に来たノヴァやロダン、リーも同様に頭を下げた。
彼らも前教皇が暗殺された可能性をリアムから聞き、その真相を突き止めたいという目をしていた。
「自白がなくても、いずれわかることでしょう。都合の良いことを言って本当に申し訳ありません。忘れてください」
「リアム…」
ロマは悲しそうな目でリアムを見つめる。彼女もこれ以上翔平を巻き込むことは出来ないと思っている。だが、リアムの気持ちも理解出来るから、複雑な思いに葛藤した。
「すみません…。私達はこれで」
リアム達は何度も余計なことを言ったと頭を下げ、部屋を出て行った。
俺達は微妙な空気に無言になるが、ロイが大きなため息をつく。
「気持ちはわかるけどよ…」
ロイもやり切れないのか、ガシガシと頭をかきながら顔を顰めた。
「そうですね…」
ディーも同じ気持ちでため息をつく。
2人とも、エレノアが対話を求めているのが自分達なら引き受けてもいいと思っていた。翔平だから駄目なのだ。翔平にこれ以上関わって欲しくないというのもあるが、あの女と話し、翔平の心に負担がかかるのが許せなかった。
エレノアの翔平に対する敵意や殺意はあの暴走を見ればよくわかる。
翔平と話したいというよりも、きっと翔平を罵倒したいのだ。罪人として捕まり、偽聖女の烙印を押された腹いせをしたいだけだと思った。
俺はロマをチラ見して、彼女も葛藤しているのがよく分かった。
3人とも、俺を守ろうとしてくれている。それが理解出来るから、俺の口から引き受けるとは言えない。
だが、今後の捜査で確たる証拠が出ないという可能性もあるのだ。
俺がエレノアと話し、教皇の死もカーターの主導だったのか確認することは出来るだろう。
本当にやり切れないな。
俺もため息をついて葛藤する。
だが、ふと思う。
どうしてリアムは前教皇の死にそこまでこだわるのだろうか。
3年経ってもいまだに引きずり、真相を追求しようとしている姿勢が気になった。
一度気になってしまうと駄目だ。それが知りたくて堪らなくなる。
もしかしたら、その理由を聞いたら、引き受けると言ってしまうかもしれないと思ってしまった。だから聞くべきではないと、頭の中で警鐘が鳴る。
だが、駄目だと思っていても、勝手に口が動いた。
「あのさ…。リアム様はどうしてあそこまで前教皇の事件にこだわるんだ……?」
おずおずと小さな声で聞いた。
「……」
ロマが驚いたように目を見開くと、すぐにギュッと口を結んだ。
「それは…」
ディーは言いかけてやはり口を噤んだ。
その様子から、俺に言えないんだと判断した。聞けば、俺が了承しかねないと思ったのだろう。その反応だけで答えを察した。
「みんな隠すの下手だな」
3人の様子に俺はあははと笑った。
俺の行動が予測出来るなら、演技でも何でもしてバレないようにすればいいのにと思うが、きっとそれでも俺は見抜いただろう。彼らの魔力が僅かに揺らいでいて、はっきりと動揺しているのがわかったからだ。
「前教皇は、リアム様にとって大切な人だったんだな?
教皇という立場以前に、個人的にさ…。
……恋人…じゃないか。親?身内だったとか…?」
俺の推察に3人は苦虫を噛み潰したような表情になった。それだけで正解だと理解した。
しばしの間の後、ロマが大きく息を吐き出した。
「…どうしてあんたは…」
ロマが困ったように言い、翔平の察しの良さにフルフルと頭を振った。
「……俺たちはロマから話を聞いてる」
「前教皇リーシア様は……」
ロイとディーが諦めたように言った。
「リアムの育ての親なんだよ。彼女もエルフの血を引いていて、まだ司祭だった250年程前にリアムと出会ったんだ」
前教皇が女性であり、リアムの母親的存在であることを初めて知った。
それなら、リアムの事件に対する執着も頷ける。
俺は口を真横に結び口の中で歯を噛み締めた。
黙り込んだ翔平を見て、3人は次に出る言葉を予測して、眉を困ったようにハの字にした。
「エレノアと話をする」
俺の言葉に、3人は『やっぱりかー』と心の中で呟き、はあああと大きなため息をついた。
「添い寝してやろうか?」
「子守唄でも歌いましょうか?」
ロイとディーに揶揄うように言われ、いらないと短く返す。
「最後にもう一つだけ」
横になっても聞きたいと食い下がる俺に、ディーは苦笑する。
「エミールは?どこにいるんだ?」
「エミールは黒騎士と一緒にカーターとエレノアの私物の精査をしてる」
「エミールとしては動けませんから、こちら側の者としてね」
教会内には数日前まで同僚だったカーター大司教区の信徒達がいる。
カーターとエレノアの罪が暴かれ、リー大司教が自分とカーターの司教区の信徒達を集め、事の顛末を説明した。当然ながらカーター配下の信徒達は寝耳に水の状態で愕然とした。
中には信じられないと立ち上がって憤慨する者もいたが、同席していたカーターの側近である2人の司教が事実であると項垂れながら認める。さらにリーは冷静に対応して、否定する言葉を会議の中で出された証拠や証言を使って全て論破した。
これから、カーターに同行していた信徒達がその悪事と無関係なのか、それぞれが聖教会の査問機関によって事情聴取が行われることになり、与えられた宿泊棟で軟禁状態となった。
さらに、カーターがここに持ち込んだ物、全てを細かく調べる必要があった。
その調査にエミールが協力している。
同行している信徒達、持ち込んだ物の種類や数、それらを全て把握しているエミールの存在は大変役に立つ。
とはいえ、元仲間である信徒達の前に素顔を晒すわけにはいかない。晒せば、たとえカーターとエレノアの罪が暴かれた後であっても裏切り者と思われるだろう。
だからあえて、ラースという偽名で、変装も認識阻害も解かないまま、公国聖女の従者という公国側の者として協力していた。
彼が臨時会議で話題に上がり、カーターに犯人にされそうになったエミールであることは、聖教会側の誰にも伝えていない。
ただ、彼が聖教会を脱会した際に数々の証拠を残していったとし、クラリスの日記やエミールが掴んだカーターの横領の証拠などはすでに黒騎士が入手したとして、リアム達の知る所になっていた。
俺はエミールが心配だった。
彼が今どんな気持ちでいるのかが気がかりで、顔を見たかった。
それと、タイミング良くグレイと会うことが出来たのだ。グレイとエミールを引き合わせ、紹介したかった。まずは顔合わせをして、お互いに好印象なら話を勧めたいと思っていた。
「ショーヘイ、心配しなくてもグレイに紹介しておきましたよ」
そんな俺の考えをディーが察してくれて、俺が言う前に答えてくれた。
「エミールの事情は事前報告でグレイも知っています。秘書官云々の話は抜きにしても、顔合わせだけは済ませておきました」
グレイには、俺が勝手にエミールを秘書官に勧誘したことはまだ伝えていないそうだ。
「……な、なんか言ってた?」
俺はお互いにどんな印象を持ったのだろうと、ドキドキしてしまう。
「それがよお」
ロイが楽しそうに笑い、ディーも思い出して声に出して笑い始めた。
眠ってしまった翔平をロイが抱え、部屋に案内されている途中、エミールはしきりに翔平を気遣って、顔を覗き込んだり、腕や肩に触れる。
ロイは心配してオロオロしているエミールを笑い、魔力を使いすぎて眠いだけだ、と軽口を言いながら狼狽えるエミールを宥める。
「どのくらい眠るんでしょうか。すぐに目覚めますか?私に何か出来ることはありますか?」
早口で質問するエミールにロイは笑った。
部屋に到着し、ロイが翔平を着替えさせベッドに寝かせる間、廊下で待つ。
その間エミールはドアを見つめ落ち着きがなく、ずっとそわそわしていた。
ディーや騎士達はそんなエミールを笑い、落ち着かせようと話しかける。
「大丈夫ですよ。本当に眠ってるだけですから」
「ですが、あんな辛そうに…」
エミールは翔平が血を流しながら人々を癒し、そしてエレノアの魔力暴走や、襲撃者から身を挺して自分を守ってくれたことに動揺していた。
何も出来ず、ただ守られたことが悔しくて、情けなかった。協力する条件として、奴らの断罪に立ち会うと言ったことを後悔すらしていた。
自分の身を守ることすら出来ないのに、その要望を出すことがいかに浅はかなことだったのかと自覚した。
翔平だけではない。騎士達も自分を守ってくれていたと、今更気づいて自己嫌悪に陥っていた。
「本当に…申し訳ありません…。私は自分のことばかり…」
シュンと項垂れるエミールに騎士達は笑う。
「あたし達は守るのがお仕事よ」
「そうだ。お前にはあの場で見届ける権利があったんだ」
「あたし達はほんの少しだけ手助けしただけよ」
騎士達は笑いながら口々にエミールを慰める。
「エミールと言ったな」
そこにグレイが近付いた。
「獣士団第2部隊隊長グレイだ。よろしく」
項垂れるエミールに大きな手を差し出し、エミールは顔を上げる。
今朝、翔平にイグリット家の家人に、グレイの秘書官にとスカウトされた。
その当人が目の前にいる。
エミールは大きなグレイを見上げ、じっとその目を見つめる。
大柄な体躯に似合わず、その目はとても優しそうだった。包容力とでも言うのだろうか、とても穏やかな笑顔は全てを守り慈しんでくれるような雰囲気がある。
かと思えば、聞いたことのある『剛腕のグレイ』という二つ名の通り、大広間での戦闘を制圧した手腕、部下達への指示の声は騎士として、さらに隊長という威厳も風格もあった。
反射的に差し出された手を握り返す。
「エミールと申します…」
ギュッと握手を交わしてすぐに手を離す。そしてその直後、頭にポンとその大きな手が置かれた。
え?と思った瞬間、
「辛かったろう。よく耐えたな」
上から優しく声をかけられ、よしよしと頭を撫でられた。
「……」
その行動に驚きながらも、そういえば、大広間でも翔平の頭を撫でていたのを思い出し、これがこの人にとっては普通なのかと思った。
だが、その行動にとても懐かしさを感じ、切ないような、嬉しいような、なんともいえない気恥ずかしさを覚えた。
そして、グレイの行動にディーや騎士達が笑った。
「グレイ、そりゃないだろ」
「子供じゃないんだから」
「そうか?」
グレイを揶揄うように騎士達が言うが、グレイは気にした様子もない。
23歳になって人前で頭を撫でられることに恥ずかしいと思ったが、徐々に嬉しさが勝ってくる。目の奥が熱くなり泣きたくなる。
それを隠すように俯くと、ジャニスが察して茶化すような行動に出る。
「グレイ、あたしも褒めてよ。撫でて」
わざと頭をグレイに差し出して、撫でるように強要する。
「あたしもあたしも」
アビゲイルやオリヴィエも頭を突き出した。
「やだね。俺にも選ぶ権利がある。俺は撫でたい奴しか撫でん」
グレイが笑いながら答えると、騎士達は差別反対、と笑った。
エミールは俯きながら涙を堪えた。
とても胸の中が熱く、満たされていくのを感じていた。翔平に言われた、『差し伸べられた手を掴んでもいい』という言葉が心に響く。
たった数日行動を共にしただけなのに、気遣ってくれる優しさが泣きたくなるほど嬉しかった。
「何やってんだ?」
ガチャリとドアが開き、ロイが出てくるとわちゃわちゃしているディー達に声をかけた。
「ということがありまして」
ディーが笑いながら説明し、俺は横になったまま声に出して笑った。
「ほんとグレイらしいよな」
その場で見ていなかったが、ロイも話を聞いて笑ったと言った。
「庇護欲を感じた相手を子供扱いする癖は一生治らんわ」
ゲラゲラと笑い、俺もその対象者なのかと改めて思った。
「お互いに好印象だと思いますよ」
「話を勧めてもいいんじゃねえか?」
そして、スカウトの話は正式に勧めようと盛り上がった。
翌日、いつもの時間に目が覚めた。
流石にシングルベッドで3人で寝るわけにはいかず、同じ部屋の別のベッドでロイとディーが眠っている。
体を起こして自身の魔力の流れを確認し、8割ほどまで回復していることを感じた。
これならいつもと変わらない行動が出来ると、俺はベッドから降りて立ち上がった。ゆっくりと背伸びをして、寝込んで固くなった体をほぐす。
そんな俺が動いた気配を察したのか、2人ともほぼ同時に目が覚めた。
「おはよう」
声をかけると、のそのそと起き上がった2人はまだ眠そうな顔をしながらベッドから降り、そのまま俺を抱きしめる。
「おはようございます…。体調はどうですか?」
寝ぼけた声でディーが質問し、ロイは俺の肩に頭を預けて立ったまま寝ようとする。
「もう大丈夫。普通に動けるよ」
若干体がだるいだけで動けないほどではない。
「無理すんなよ…」
ふわあと大きな欠伸をしながらロイが気遣った。
黒騎士が届けてくれた服に着替え、部屋で朝食を済ませる。
その後ロマがやってきて再び診察を受け、歩き回っても大丈夫とお墨付きをもらった。
この後、リアムや大司教達に挨拶に行き、お暇しようという話になる。騎士達は昨日の夜屋敷に戻り、王都へ帰還する準備をしていると聞いた。
「あたしはもう少しここに残るよ」
ロマは一緒に帰らず、後始末に協力すると言った。
「それとね、魔獣化した子供なんだけど」
そして俺が治療した少女の話題になった。
子供はすっかり元気になり、笑顔を振りまいていると聞いたが、問題は母親の健康状態が最悪だったことだ。
母親は今もなお療養中で、起き上がることが出来ないほど衰弱していたのだと教えられた。
聞けば、母娘はカレーリア郊外、馬車で半日ほどの距離にある村の者で、娘が村の一角に出現した魔素溜まりに触れてしまったと聞いた。
翔平達がカレーリアに到着する5日前、300人程が住む村のはずれにあった雑木林の中に直径30センチほどの黒い球体が出現した。
ふわふわと漂う黒い煙の球体が魔素溜まりであることはすぐにわかり、村人はすぐにその周囲に近寄らないように村民に注意した。魔素溜まりはとても小さく、放っておけば数日後には消えてなくなることを知っていたため、村民達はそのまま放置して消失するのを待ち、何も対策を講じなかった。
だが、村の子供達は生まれて初めて見た魔素溜まりに興味深々で、大人達に危険だ、近付くなと言われていたにも関わらず、その近くで眺めるということを繰り返していた。
そして、件の少女は好奇心に勝てず、止める他の子供の手を振り払い、近寄ってしまったのだ。
気付いた時にはその球体の高濃度の魔素が全て少女に吸収されてしまった。
一緒に遊んでいた子供達が、みるみる内に変貌していく少女に悲鳴を上げ、大人達が駆けつけた時には、少女は腰から下が魔獣へと変貌していた。
大人達は自分の子を少女から遠ざけ、そして連絡を受けた親が駆けつけた時には、誰も少女に近付くことなく、泣き叫ぶ少女を遠巻きに見つめることしか出来なくなっていた。
母親は娘を抱えて泣き叫び、父親も途方に暮れる。
そして魔獣化が進む娘をどうするか村で協議した結果、まずはカレーリアの治療院へという話になった。
村長が両親に僅かばかりの旅費を与え、治るまで戻って来ないでくれ、と頭を下げた。
魔獣化の治療が出来ないことが常識であり、事実上の追放であった。
夫婦で話し合い、このまま家族で村を出ても、娘が完全に魔獣化した時に手に追えなくなる。少女の兄と妹もまだ小さい。彼らも死ぬことになってしまうと、母親1人で娘を連れてカレーリアに向かうことにした。
残された子供2人を育てると約束し、父親は泣きながら妻と娘を送り出した。
母親は乗合馬車にも乗れず、村を出て娘を抱えて昼夜問わず歩き続け、その2日後にカレーリアに到着して治療院に駆け込んだ。
だが、治癒師達は魔獣化を治せないと治療を断り、聖女であれば治療可能だと告げた。その時、翔平がカレーリアに来るという連絡は受けていたが、それはまだ数日先のことで、侵食を抑制したとしても治療には間に合わないと告げる。
このまま魔獣化すれば街に被害が出る。出来ればこのまま立ち去ってくれ、それが出来なければ街の警備兵に連絡して少女を隔離しなければならないと言われ、母親は絶望に襲われながら、逃げるように治療院を出た。
だが、諦めきれなかった。
必死に娘に語りかけ励ましながら、あと数日、聖女が来るまで侵食を抑えようと、必死に己の魔力を注ぎ込んだ。
その強い願いが、治癒や抑制する魔法が使えなかった母親の魔力に変化をもたらした。
ほんの少しだけ侵食が抑制され、あと1日ほどと言われていた完全化が、3日、4日と延びた。
母親は街の片隅で寝食を放棄して気力だけで娘を守り続けたが、自分の魔力が枯渇寸前になり、その侵食は目の周りと頭の一部を残すまで広がり、時間の問題となった。
もう無理かもしれない。このままでは娘は街中で魔獣化し、暴れ、人々を襲い始める。そうなれば、自警団や警備兵に囲まれて殺される。
母親は、魔獣化してもせめて殺されることのないようにと街を離れることにした。
だが、街を出ようとした時、聖女の話が耳に入った。
治療院に聖女が来ている。無償で治してくれる。
母親はその話に縋った。
街を出ようとしていた足を止め、その話の出所を探し、走り始める。
母親は何日も食事も睡眠も取っておらず、ガリガリに痩せこけ、魔力も枯渇寸前だった。だが、娘を救いたい一心だけで、聖女を探し回った。
そして教会前広場での一件に繋がった。
「母親の方は極度の栄養失調と疲労で、元に戻るまでしばらくかかるよ。
あたしが責任を持って面倒をみるつもりだ。調べたいこともあるしね」
ロマはすでに出身の村にいる家族には連絡済みだと言い、俺はホッとする。
「良かった」
「少女、エラが会いたいそうだよ」
エラという名前で3歳だと聞き、帰る前に会っておこうと決めた。怪我ではないから母親の状態を改善することは出来ないが、それでも少しでも回復を促すように治癒魔法を使おうと思う。
「ショーヘー、母親を治療しようとか思ってるだろ」
そう考えたのを見透かしたようにロイに言われ、少しならいいだろ?と笑顔で答えると、ロイもディーも、ロマも若干呆れ気味に苦笑した。
「今からでも…」
と俺が言った時、部屋のドアがノックされる。
そして俺達は訪ねてきたリアム達に、エレノアからの要求を聞いた。
「反対だ」
「反対です」
ロイとディーが即答する。
リアムはそう言うだろうと予測していたので、ただ微笑む。
「今更ショーヘーに何の話があるって言うんだ」
「それに自白があってもなくても罪は変わりませんよ。証拠も証言も山ほどありますからね」
「まあまあ、リアム様に怒っても仕方ないだろ」
2人が怒りながら言うので、俺が宥めた。
「おっしゃる通り、自白を引き出すことは最早必要ありません。ただ……」
リアムは言いにくそうに言葉を止める。
「自白があるとないとじゃ、捜査の進行速度は変わるね」
擁護するようにロマが続きを言った。
「ロマ」
それに対してロイがロマにも怒りを向ける。
「……ですが、それを望む権利はこちらにはありません」
断れるのはわかっていたとリアムは恐縮しながら言った。その表情から藁にも縋りたいと思っているのがよく分かった。
俺はリアムが望んでいるのが何なのかをすぐに理解した。きっとロイとディーもそれに気付いているだろう。
先日の臨時会議の中で話題に上がらなかったことがある。
それが前教皇の暗殺容疑だ。
毒殺の疑いがあり、リアムは3年間ずっと調べ、殺されたという疑いは強くなったが、どうしても証拠が見つけられず、犯人の手がかりもつかめていなかった。
もし、教皇暗殺もカーターの仕業なら、エレノアが何か知っているかもしれない。
その自白が得られれば事態は進展する。
彼女が言う自白の中に教皇暗殺が含まれているかは聞いてみなければわからない。知っていても話さない、もしくは本当に何も知らず無関係かもしれない。だが、リアムは諦めきれないのだろう。
ロイとディーのこれ以上俺を聖教会の闇に関わらせたくないという気持ちもわかる。
個人的には協力したいという気持ちはあるが、そんな個人の感情で引き受けるわけにはいかないこともわかっていた。
無言になり微妙な空気になったところで、リアムが謝罪した。
「申し訳ありません。言うべきではありませんでした」
恐縮したように笑顔を見せ、頭を下げる。一緒に来たノヴァやロダン、リーも同様に頭を下げた。
彼らも前教皇が暗殺された可能性をリアムから聞き、その真相を突き止めたいという目をしていた。
「自白がなくても、いずれわかることでしょう。都合の良いことを言って本当に申し訳ありません。忘れてください」
「リアム…」
ロマは悲しそうな目でリアムを見つめる。彼女もこれ以上翔平を巻き込むことは出来ないと思っている。だが、リアムの気持ちも理解出来るから、複雑な思いに葛藤した。
「すみません…。私達はこれで」
リアム達は何度も余計なことを言ったと頭を下げ、部屋を出て行った。
俺達は微妙な空気に無言になるが、ロイが大きなため息をつく。
「気持ちはわかるけどよ…」
ロイもやり切れないのか、ガシガシと頭をかきながら顔を顰めた。
「そうですね…」
ディーも同じ気持ちでため息をつく。
2人とも、エレノアが対話を求めているのが自分達なら引き受けてもいいと思っていた。翔平だから駄目なのだ。翔平にこれ以上関わって欲しくないというのもあるが、あの女と話し、翔平の心に負担がかかるのが許せなかった。
エレノアの翔平に対する敵意や殺意はあの暴走を見ればよくわかる。
翔平と話したいというよりも、きっと翔平を罵倒したいのだ。罪人として捕まり、偽聖女の烙印を押された腹いせをしたいだけだと思った。
俺はロマをチラ見して、彼女も葛藤しているのがよく分かった。
3人とも、俺を守ろうとしてくれている。それが理解出来るから、俺の口から引き受けるとは言えない。
だが、今後の捜査で確たる証拠が出ないという可能性もあるのだ。
俺がエレノアと話し、教皇の死もカーターの主導だったのか確認することは出来るだろう。
本当にやり切れないな。
俺もため息をついて葛藤する。
だが、ふと思う。
どうしてリアムは前教皇の死にそこまでこだわるのだろうか。
3年経ってもいまだに引きずり、真相を追求しようとしている姿勢が気になった。
一度気になってしまうと駄目だ。それが知りたくて堪らなくなる。
もしかしたら、その理由を聞いたら、引き受けると言ってしまうかもしれないと思ってしまった。だから聞くべきではないと、頭の中で警鐘が鳴る。
だが、駄目だと思っていても、勝手に口が動いた。
「あのさ…。リアム様はどうしてあそこまで前教皇の事件にこだわるんだ……?」
おずおずと小さな声で聞いた。
「……」
ロマが驚いたように目を見開くと、すぐにギュッと口を結んだ。
「それは…」
ディーは言いかけてやはり口を噤んだ。
その様子から、俺に言えないんだと判断した。聞けば、俺が了承しかねないと思ったのだろう。その反応だけで答えを察した。
「みんな隠すの下手だな」
3人の様子に俺はあははと笑った。
俺の行動が予測出来るなら、演技でも何でもしてバレないようにすればいいのにと思うが、きっとそれでも俺は見抜いただろう。彼らの魔力が僅かに揺らいでいて、はっきりと動揺しているのがわかったからだ。
「前教皇は、リアム様にとって大切な人だったんだな?
教皇という立場以前に、個人的にさ…。
……恋人…じゃないか。親?身内だったとか…?」
俺の推察に3人は苦虫を噛み潰したような表情になった。それだけで正解だと理解した。
しばしの間の後、ロマが大きく息を吐き出した。
「…どうしてあんたは…」
ロマが困ったように言い、翔平の察しの良さにフルフルと頭を振った。
「……俺たちはロマから話を聞いてる」
「前教皇リーシア様は……」
ロイとディーが諦めたように言った。
「リアムの育ての親なんだよ。彼女もエルフの血を引いていて、まだ司祭だった250年程前にリアムと出会ったんだ」
前教皇が女性であり、リアムの母親的存在であることを初めて知った。
それなら、リアムの事件に対する執着も頷ける。
俺は口を真横に結び口の中で歯を噛み締めた。
黙り込んだ翔平を見て、3人は次に出る言葉を予測して、眉を困ったようにハの字にした。
「エレノアと話をする」
俺の言葉に、3人は『やっぱりかー』と心の中で呟き、はあああと大きなため息をついた。
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