おっさんが願うもの

猫の手

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おっさん、匂いの正体に気付く?

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 テーブルに並べられた食べ物が美味しそうな匂いを放っている。
「お食べ」
 ロマがお茶を用意しながら勧めてくれた。隣ではロイがすでに手を出してモグモグと頬張っている。
「いただきます」
 手を合わせてペコリと小さく頭を下げると、それを見たロイが串焼きを口に突っ込んだまま同じように手を合わせて、
「いた…ます」
 と真似をしてきた。

 子供みたいだな。

 と思った。今までの行動や表情を思い出して、その子供っぽさに可愛いなと素直に思った。
 だが、先ほど押し倒されて、首と耳を散々嬲られたことも思い出して、

 前言撤回。可愛くねえ。

 と頭の中で訂正した。

 食事は美味しかった。
 何の肉かはわからないが、豚肉っぽい串焼きに、丸くて表面が硬めのパン。サラダに果物。
 全部加工してあって元はどんな姿形をしているかはわからないが、食べられない物は一つもなかった。もしかしたら食材は自分がいた世界と同じかもしれない。

 無言で食べ続け、最後にロマが煎れてくれたお茶を飲む。ハーブティーのようなお茶は、すごく優しい味で気持ちが和んだ。
「落ち着いたかい?」
 ロマがお茶のおかわりを煎れながら聞いてくる。
「はい。ありがとうございます。美味しかったです」
「近いうちに服も新調しないとねえ」
 ロイに借りた服がオーバーサイズで折り返した袖口を見たロマが笑いながら言う。
「何から何まですみません。何かお返し出来ることがあれば…」
「いいんだよ。これは仕事だし、あたしの義務でもあるから」
 意味深な言葉を吐く。自分を助けることが仕事?義務ってどういうことだろう。
「大丈夫。おいおいわかるよ」
 疑問に思ったことが顔に出てしまったのか、すぐに言われて恐縮した。
「とりあえず今日はもう遅いし、明日にしようか。長い話になるしね」
 窓の外を見ると、すっかり暗くなっている。
「客間なんてものがなくてね。狭くて悪いんだけど、ロイと同じ部屋を使っとくれ。この子は床でもどこでも寝られるから」
「あ、あの…一つだけ教えてもらってもいいですか」
 席を立とうとしたロマに声をかける。
 どうしても、先に聞きたいことがあった。

「ジュノーってなんですか」

 昨日から何度も自分に向けて言われる単語。
 薄々とどういう意味なのかはわかりつつあったが、どうしてもこれだけは今知りたいと思った。

「ジュノーは…簡単にいえば別の世界からきた者を指す言葉だよ。」

 ああやっぱり。思った通りだ。

「まあその辺についても明日話すよ。色々複雑でね…」
 ロマが苦笑いすると、そのままお休みと言って部屋を出て行った。
 ロイと部屋に残ったが、話すこともせずにただお茶をゆっくりと飲んだ。
 ジュノーという言葉の意味がわかって妙に納得したが、わかったからこそ別の疑問も出てくる。書くものがあれば箇条書きにしたいくらいだ。

 なぜ全員自分がジュノーだとわかったのか。服装?顔立ち?
 あの3人組は、ジュノーだと確信して笑っていた。その笑いの意味は?
 ロイも自分がジュノーだと喜んでいた。
 ジュノーであることに何かあるのだろうか。
 自分は何かされるんだろうか。

 取り留めなく疑問ばかりが頭をよぎる。
 だが、不意にロイが
「ショーヘー、まだ怒ってる?」
 と聞いてきたので、思考を中断する。
「何が?」
「いや、さっきの…」
 とゴニョゴニョと言いづらそうに吃っている姿を見て、先ほどの押し倒された件を思い出し、思わず、耳と首筋に手を持っていく。舐めれた感触が鮮明に思い出され、途端にみるみる顔が赤くなるのを感じた。
 そして、それを悟られないようにするために、オーバーアクション気味に怒ってないと返事をした。
 2人きりになった後、1人思考を巡らせて場がシーンとしてしまったことが、ロイを不安にさせたらしい。
 ますます子供みたいだな、と思って笑ってしまった。
 笑ったことでロイの不安が消えたのか、彼の方から自分を見つけた時の話をしてくれた。
「森の中でなんかいい匂いがしてきてさ。その匂いの元が何なのか知りたくて探してたんだよ。そしたらゴブリンどもに襲われてたショーヘーを見つけてさ。すぐにショーヘーがいい匂いの元だってわかった」
「自分ではわかんないんだけど、どんな匂いなんだ?」
 何気なく聞いてみる。ロイがそんなに執着する匂いにも興味がある。
「なんていうか…甘酸っぱい?…いや違うな…。とにかくいい匂いんだよ。」
 言葉ではなかなか表現しにくいようで、当てはまる言葉が見つからないらしい。それでも一生懸命に答えようとしてくれるロイに好感度があがる。
「もし美味そうな匂いだったら、俺がまんま食いもんみたいじゃねーか」
 笑いながら茶化すように言う。だがその自分の言葉が割とロイにはピンときたらしい。
「ああ、美味そう…ね、うん、近いかも」
「あははは。マジで。食うなよ」
 笑いながら視線をお茶に戻すと、一口飲む。美味いなー何のお茶なんだろー、とか考えていると、スルッとうなじの辺りの髪を掻き上げられた。そのままスンスンと匂いを嗅ぐ呼吸音。
 一瞬で鳥肌が立ち、バッと首を押さえて振り返ると、いつのまにかロイがすぐ真後ろに立っていた。
「あー、やっぱりいい匂い」
 恍惚な表情を浮かべてロイが思いっきり匂いを吸い込んでいる。そして再度匂いを嗅ごうと顔を寄せてきたが、
「や、め、ろ」
 と、手でロイの顔をグイグイ押し返した。
「えー、いいじゃーん。別に減るもんじゃなしー」
「くすぐったいんだよ」
 うっすらと首まで赤くしながら、戯れてくるようなロイに呆れた。
 その後も「嗅がせて」「やだ」「ちょっとだけ」「ダメ」などのやり取りが続いたが、あまりにもしつこいロイに根負けし、「少しだけだぞ」と匂いを嗅ぐことを許した。大型犬だと思えばいいや、と諦めた。
 正面からだと恥ずかしいので、後ろからという条件付きだ。

 後ろ髪を掻き上げられ、ロイの顔が寄せられる。気配だけでわかって、顔が赤くなる。ロイの鼻先が首に触れると、ビクッと体が震えた。

 何やってんだ俺…

 男に自分の匂いを嗅がせる。
 第三者目線でその姿を想像して自分の行動にも呆れた。
「……いい匂い……クラクラする……」
 ロイが言った言葉で恥ずかしさが頂点に達し、「もう終わり!」と立ち上がった。
「えー、もー少しー」
 泣き言のような口調で訴えてくるが、全部却下した。

 ブーブーと文句を垂れるロイと共に部屋に戻ると、ロイはクローゼットの中から大きな布を数枚取り出し床に敷く。
「俺、ここでいいから」
 と言ってゴロリと横になる。
「悪いな、ベッド取っちゃって」
「いーのいーの」
 ヒラヒラと手を振り、背中を向けて横になってしまった。それを見て自分も横になって布団をかぶる。

 クラクラする…

 目を閉じるとさっきのロイの言葉を思い出し、その時の表情を思い出す。うっとりとして、少しだけ頬を赤らめた恍惚とした表情。
 さらに押し倒された時の異常な行為。

 まさか…

 パチっと閉じた目を開ける。
 森の中で自分の匂いを嗅ぎつけた、というロイの異常なほどの嗅覚の鋭さ。尻尾からも犬科の獣人だと想像がつく。尻尾以外はほぼ人にしか見えないが、中はやはり獣に近いのか。

 まさか……フェロモン…?

 押し倒された時、耳元の匂いをやたら嗅いでいた。舐められて、思わず快感を感じてしまったら匂いが増したと言った。
 サーッと血の気が引く。

 美味そうって、そっちの意味かー!?

 今になって気付いてしまった。
 それなら、あの時の我を忘れたように匂いを貪って、耳を嬲っていた行動にも納得がいく。
 ベッドの上で1人身悶える。
 唯一の救い?はロイ自身が気付いていないことだ。
 まさか自分が貞操の危機に陥るとは思わなかった。
 複数人の女性と付き合っていたため、もちろん童貞ではない。ないのだが、流石に同性にそういう対照として見られたことはないため、かなり狼狽する。しかも自覚がないから行動があからさまだ。

 もう2度と匂いは嗅がせない。

 そう心に誓った。
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