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王都編 〜狩猟祭 プロポーズ大作戦〜
170.おっさん、作戦内容を知る
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何度も何度もキスを繰り返す。
メルヒオールとのキスを忘れたくて、ロイの頭を押さえて、自分から何度もキスをせがんだ。
だが、ロイも途中からキスを止めてしまった。
「これ以上は…我慢できなくなる」
朝にもディーと同じ事を言われて笑ってしまった。
「実は俺も、我慢してる」
そう言って笑うとロイの顔が赤くなった。
朝約束した通り、今日はロイが添い寝をしてくれることになった。
ベッドに入り、ロイに抱きしめられて安心する。
「3回目だよ」
頭を撫でられながらゆっくりと話す。
「この世界に来て3回、犯されそうになった。
1回目の時はロイに助けられて、2回目の時はみんなに助けてもらった。
3回目の今日、ようやく俺は自分で自分を守れたよ」
それでもその後は結局助けてもらったけど、と小さく笑う。
「ちょっと前の話なんだけどさ」
ロイの肩に乗せていた頭をずらし、ロイの顔が見えるように少しだけ体を離す。
「ジャニスと話をしたんだ」
「ジャニス?」
その名前に、また以外な奴が、と思った。
「ジャニスも騎士になる前、俺と同じように襲われたって教えてくれた。
未遂もあったし、レイプされたこともあったって…。だから俺の気持ちは良くわかるって」
ジャニスはシグルド国の漁師街で生まれた。
両親と5人の姉と2人の妹、8人姉妹でジャニスが唯一の男だった。
漁師街だが父親は漁師ではなく、漁師の下で働く日雇い作業員で、父親は稼いだ金を酒に代えてしまう飲んだくれのクズだった。
当然家は貧乏で、小さい頃はガリガリで栄養失調気味の子供だったという。
それでも母親が必死に働き食べさせてくれたが、ジャニスが8歳の時、父親が蒸発した。そして発覚した父親の借金。
ある日突然奴隷商人が家に押し入り、そのまま全員外に連れ出されて馬車に乗せられた。
ジャニス1人だけが男だったため、別の馬車に乗せられ、家族とはそれっきりだと言った。母や姉、妹がどうなったのかわからないと言った。だが、おそらくきっともう…と悲しげに微笑んだ。
ジャニスはそのまま公国のベルトラーク領にある奴隷市場で売りに出され、そして買われた。
ジャニスを買ったのはベルトラークの大規模な農家だった。
似たような子供を複数買い、農奴としてそこで数年朝から晩まで働いた。
衣食住はきちんとしていたため、奴隷であっても元の生活よりはるかにマシだった。
そして、その時に同じ農奴だった奴らに何度か犯された。
雇い主は同情して居住棟を変えてくれたり、あまりにも酷い時は加害者を自警団に突き出してくれたが、100人以上いる農奴の管理は隅々まで行き渡らず、それからも何度かレイプされた。
「何度も死のうと思ったわ。
痛くて辛くて、繰り返し犯される夢を見て、身も心もズタズタだった。
そんなある日、また襲われて。
でもその時何故か恐怖よりも怒りが沸き起こったの。
なんであたしがこんな目にって。
なんで犯されなくちゃならないのかって。
もう怒りでブチギレちゃって。気がついたら、仲間に止められるまで襲った奴をボコボコにしてたわ」
ジャニスはレイプという暴力に暴力で対抗する手段を身に付けた。
結局自分を守れるのは自分だけだと、農作業で体を鍛え、空いた時間で魔法や体術を独学で勉強し、20歳で奴隷の年季が明け、その足で騎士団の門を叩いた。
「ショーへーちゃんにあたしと同じように暴力を覚えろって言ってるわけじゃないのよ。
ただ、自分で自分を追い詰めるようなことはしないで欲しいの。
あたしはレイプに暴力で勝ったけど、勝つ方法は他にもいくらでもある。自分を救う方法はたくさんあるのよ。
周りの人に救ってもらうこともその一つで、寄り添ってくれる人がいるなら思い切り甘えて、救って貰えばいいのよ。
自分で自分を救うために助けてって言える強さを持って欲しいの」
ジャニスにギュッと手を握られてそう訴えかけられた。
「言われた時は、半分くらいしかその意味がわからなかったんだけど、今回のことでジャニスが言ってた意味がわかったような気がする」
そう言い、ロイに自分からすり寄って体をピッタリとくっつけた。
「ロイ…。怖い…助けて」
怖いと呟いた瞬間、涙が出た。
あの時は無我夢中で反撃し、終わった後に恐怖を感じた時も涙は出なかった。
俺はまだあの時、感じた恐怖を押さえ込んでいた。体が震え脱力するほど恐怖を感じていたのに、心を閉ざしていた。
「助けてって言える強さを持って」
ジャニスの言葉が反復する。
怖い、助けてと言ったことで、心が解放された。
1度目の時も、2度目の時も、自分から怖い、助けてと言わなかった。今ならわかる。言えなかったのだ。
この恐怖は自分で何とかしなければいけない。そこまで他人に迷惑を、負担をかけたくない。かけるべきじゃないと、無意識にそう思っていたんだろう。
自分で、俺の意思で殻を作り閉じこもっていた。
ジャニスの言った強さとは、その殻を自分で破ることだ。
そう理解した。
ロイは黙って翔平を抱きしめる。
救いたい。守りたい。
そう強く思っても、翔平は我慢している。痩せ我慢を繰り返し、大丈夫、大丈夫と笑う。
好きだ、愛している、と言っていても、心の深い所には壁があり、その壁の先まで入ることは出来なかった。
それはきっと、翔平の今まで生きてきた環境や常識がそうさせている。さらに元婚約者に受けた仕打ちがその壁をさらに厚くしたと思った。
これでも、翔平は俺やディーには曝け出してくれている。俺たちの前では弱さを見せてくれる。
だが、それは心にある何層もの壁を数枚通過しただけに過ぎない。
さらにその奥に隠された恐怖を曝け出すことはなく、ずっと耐えて、恐怖を押し殺し続けていた。
「ショーへー…愛してるよ…」
そんな言葉しか言えない自分がもどかしい。もっと、心の奥深くまで伝わる言葉がそれ以上に見つからない。
「俺に、お前を救わせてくれ」
ロイの目からも涙が溢れる。
愛している。心から。
翔平に俺の全てを注ぎ込みたい。
お前に、俺の全てを捧げる。
ゆっくりとそのありったけの想いを込めた魔力を翔平に注ぎ込んだ。
俺のために泣くロイを見て、心が癒されて行くのがわかった。
俺の恐怖を受け止めて救おうとしてくれている。
ギュッとロイにしがみつき目を閉じる。
触れた部分からロイの魔力が流れ込んでくる。
その熱さが、心の中にどんどん染み込み、傷つき欠けた心がゆっくりと修復されていくような気がした。
「ロイ…ありがと…」
泣きながら目を閉じ微笑んだ。
そのままゆっくりと眠りに引き込まれていった。
ロイに心の内を曝け出し、いつも以上にすっきりと爽やかな朝を迎えたような気がする。
上半身を起こして、隣で眠るロイを見下ろす。
仰向けでスヤスヤ眠るその綺麗な顔を見て、本当にこの男が好きなんだな、と改めて実感し、頬を染めた。
静かに顔を寄せると、そっと唇を重ねてすぐ離す。ポポポと顔が火照り、自分の乙女な行動に赤面した。
恥ずかしいならやらなければいいのに、と自虐しながらベッドから降りる。
「おはようございます」
キースがにこやかに言い、すぐに朝のお茶の用意をしてくれる。
「おはよう」
顔を洗って寝夜着にローブを羽織ったまま椅子に座ると、淹れたてのお茶のいい匂いが鼻をくすぐった。
「おはようございます…」
静かに天幕の出入口からディーが顔を出した。
「おはよう。早いな」
ニコッとディーの顔を見て笑う。
ディーも俺を見て嬉しそうに笑うと、すぐにそばに寄って俺の顔に触れて顔色や首のチェックをした。
「体調は?どこもおかしい所はありませんか?」
心配してくれるディーに笑顔で大丈夫と答える。
「あ、キース。アランが呼んでます。
ショーヘイさんは私が朝食に連れて行きますから、行ってきて下さい」
言われて、何の用事でしょうか、と言いつつ少しだけ嬉しそうな様子で、キースが出て行った。
「ディー」
キースが出て行くとすぐに俺はディーに抱きついた。
その首に両腕を回して思う存分キスを味わう。
「ロイに慰めてもらいましたか?」
キスをしながら聞かれ、うん、と返事をする。
「よく眠れた。ありがとう」
言いながらまたキスをねだる。
舌を絡ませ合い、その熱さに触れるとジクジクと快感が体を包んでいった。
「俺も~」
ディーと抱き合って濃厚なキスをしていると、いつのまに起きたのか、ロイが腹をボリボリ掻きながら、大欠伸をして立っていた。
そんなロイとも濃厚なキスをかわす。
2人に抱きしめられ、交互にキスされながら、はぁと熱い息を吐いた。
「あ~…SEXしてぇ…」
ロイが俺の濡れた唇を見て、ムラムラしてしまったことに顔を顰める。
「…俺も…シタい」
2人に抱かれたい。無茶苦茶に愛されたい。本心から言った。
「ぅ…」
「ぐ」
2人が小さく呻いた。
「ショ、ショーヘイさん…煽るの止めて」
ロイとディーが若干腰が引けて身を捩るのを見て、ごめん、と笑った。
「ちょ、朝食の前に、これを」
ディーが話題を変えようと、コートの内ポケットから封筒を出し、俺に渡す。
「?」
受け取ってすぐに開封する。
ユリアからだった。
ソファに座り、2人にはさまれながら3人で手紙を読む。
その内容はもちろんアランとキース、アビゲイルとシェリーに関することだった。
計画というほどでもない。
俺たちはただ噂を流すだけだ。
アランがシェリーに求婚するかもしれない。
その噂を広める。
それ以外に何もすることはなく、後はアランとアビゲイルの行動次第だった。
ユリアは本祭1日目でアレらが失脚し、2日目に起こるであろうことを予測していた。
シェリーが事実上シギアーノ家のトップになり、一気に独身である彼女を手に入れようと動き出す。
おそらく2日目で彼女に魔石を贈る輩が大勢出てくるだろうと。
なので、キースを1日限定でシェリーの補佐と彼女のガードにつかせるようにと書いてあった。
噂を流し、あえてキースを不安にさせる狙いがあるのかな、と思った。
「キース、大丈夫かな」
キースの性格や今まで拗らせてきた経緯を考えると、この噂を信じ、もしかしたらまた身を引くとか言い出しかねないと思い、そう言った。
「だから、アランの行動次第なんでしょうね。
噂を信じるな、俺を信じろってはっきりと意思表示した上でプロポーズすることに意味があるのかもしれません」
ディーも苦笑する。
「キースはもうアランとの結婚を承諾済みだ。この噂を聞くことで、それをリセットさせるってことか?」
ロイもこの内容に首を傾げる。
「アビーももちろんこの計画知ってるんだろ?」
「ええ。知ってます。彼女には、アラン達のプロポーズが終わった後に告白するようにと指示が」
指示と言われて、業務命令かよ、と苦笑した。
「ちなみに、みんな知ってるのか?」
「ええ。もちろんキース以外は噂がガセだと知っています。
それと、これからシェリーにも噂の件を話して協力を仰ぎます」
「じゃぁ、さっきアランがキースを呼んだっていうのは…」
「ええ。今日1日シェリーの補佐につくように話をするためです」
「なるほどね…」
キースはそれを聞いてどう思うだろうか。今はまだ噂のことを知らないが、噂を聞いた時の彼の行動が心配になる。
「こんな駆け引きいるのかぁ?」
ロイが普通に魔石送ってプロポーズすりゃあいいじゃん、と愚痴った。
「そうなんですけど…ユリアが…」
ディーが苦笑し、あ、と何となく察した。
ユリアは拗ねているのだ。
彼女もおそらくギルバート同様、キースの拗らせに気付いていた。
だが、彼女もまたキースよりも上の立場ということで口を挟むことが出来なかった。
まさか人の恋路に黒騎士を投入するわけにもいかず、ものすごくヤキモキしていたのだろう。
そして気付けば、自分が知らない所で、結婚することが決まっていた。
だから、やり直せ、か。
ユリアの心情が少しだけ理解できた。
アランの一途な想いと、キースの献身的な愛に憧れを抱き、応援し続けていた。
こんなに何年も心配させておいて、あっさりと結婚決まったわ、と言われて、ムッとしたんだろう。
「裏切られたって思ったのかな」
独り言を言って、クスッと笑った。
「え?何です?」
「いや、何でもない、独り言」
そう言って笑うと、ロイにまた妄想してんだろ、と笑われた。
3人で朝食会場に向かった。
会場でオスカー達に会い、まだアランとキースが到着していないので、計画の話になる。
「なんかドキドキするわよね」
ジャニスがオリヴィエやエミリアとキャッキャッとお喋りしている。やはり女性陣はこういう駆け引きがお好きらしい。
「アビー、大丈夫?」
朝食を食べながらムスッとしているアビゲイルに聞いた。
「大丈夫じゃない」
不貞腐れたように言った。
「シェリーがいっぱい求婚されるって本当なの?」
続けて言った言葉に、あ、そっちの心配か、と思わず笑った。
「可能性は高い、というか、間違いないでしょうね。
彼女の優秀さは誰もが知っているし、かつあの容姿で、独身です」
「今まで誰も求婚しなかったのは、アレらが邪魔していたからだ」
ディーとオスカーの言葉を聞いて、アビゲイルの眉間に思い切り皺が寄った。
「絶対に渡さないんだから」
「その気持ちわかるぜ~」
ロイが口の中に食べ物を詰め込みながら喋り、行儀悪い、と叱った。
「惚れた奴が目の前で言い寄られるんだもんな。クッソムカつくわ」
ゴクンと飲み込んだ後にロイが続ける。
「ほんとにね。殺したくなりますよ」
ディーも鼻を鳴らして言った。
俺も、その気持ちは良くわかる。
昨日ロイがセリオに求婚された時、本当に腹が立ったし、切なくて泣きたくなった。
「アビー、頑張れよ」
ニコリとアビゲイルに微笑みかけると、アビゲイルも頷き、絶対誰よりもでっかい魔石見つけてやるんだから、と息巻いていた。
食べ終わる頃に、ようやっとアランとキースが姿を現し、キースが少しだけしょんぼりしていて苦笑する。
「ショーヘイさん。今日はおそばにいられません…」
「うん。聞いたよ。シェリーのサポートに入るって。
でも、シェリーも専属の執事がいないし、今日一日だけでもキースみたいな優秀な執事がいれば、楽になるんじゃないかな」
「そうなんだ。アレらの失脚で、すでに各所から問い合わせや今後についての相談が持ち込まれている。
シギアーノの執事達だけでは回らんのだ。1人で数人分の仕事をこなせるキースなら大丈夫だと思ってな。
すまんな、ショーへー」
「俺は大丈夫。
キース。シェリーを頼むよ。助けてあげて」
「はい…。引き受ける以上は全力で取り組みます」
キースが優しく微笑み、そのウサ耳がピコピコ揺れた。
朝食を終えて狩猟の準備があるロイ達と別れ、護衛騎士と共に天幕へ戻った。
だがその戻る道すがら、会ってしまった。
「おはよう。愛しの聖女。今朝も可愛い」
メルヒオールが嬉々として俺に近寄ってくると、すぐに俺の手を取って口付ける。
「殿下…。昨日はありがとうございました」
若干腰が引き気味になりつつ、改めてお礼を言う。
「ああ…そのことなんだが…」
メルヒオールが苦笑する。そして突然俺に頭を下げた。
「申し訳なかった。あの首輪の解除を盾にして脅迫するような真似をしてしまって」
その行為と言葉に俺も護衛騎士達も驚く。
「や、止めてください。頭をあげてください」
慌ててメルヒオールの肩に触れて、無理矢理頭を上げさせる。
「結果的に首輪をとってくれたじゃありませんか。感謝しています」
そう言いながらメルヒオールを見上げてニコリと微笑む。
その瞬間メルヒオールの顔から笑顔が消え、ポッと頬を染めた。
え?
その表情に戸惑った。
「あー…その、ショーヘイ」
「は、はい」
「私は、どうやら恋に落ちたらしい」
「……はい?」
「こんな気持ち、初めてなのだ」
そう言いながら俺の手を取ると、自分の胸に押し付ける。服の上からでも、心臓の鼓動が早くなっているのがわかった。
「あ…」
「お前のことを考えると、こんな風になってしまうのだ。
私は、お前に恋をした」
メルヒオールの顔が真っ赤になり、俺もその告白と赤面するメルヒオールにつられてカァッと赤くなった。
「殿下、あまり引き留めても」
後ろからハーマンが優しい笑みを浮かべて声をかける。
「あ、ああ。そうだな。悪かった」
メルヒオールが手を離し微笑む。
「では、また。今日も魔石を手に入れてお前に贈ろう」
「あ…頑張って、くだ、さい…」
ポカンとしたまま無意識で言った。
そのまま笑顔で手を振りながら立ち去るメルヒオールを見送り、しばし呆然と立ち尽くす。
「また1人落ちちゃったわね」
ジャニスが冷静に言い、オスカーやオリヴィエが声を押し殺して笑った。
本祭2日目の9時。
ステージにシェリーが立つ。
「ご来場の皆様。本日もお越しくださいまして、誠にありがとうございます。
すでにお話は広まっているかと思いますが、父ジェロームと兄ジャレッドが司法局に捕縛されました。後日その罪が明らかになり、正式に発表されますので、そこは割愛させてください」
一度話を区切り頭を下げる。
「しかしながら、この狩猟祭は私が全身全霊をかけて取り組んできた行事であり、私だけではなく、この地に住まう領民はもちろん、準備に携わり、協力してくださっている皆様方、参加してくださっている方々のためにも、絶対に成功させねばなりません。
侯爵の罪とこの狩猟祭は一切関係がございません。どうかそのことだけはご理解を賜りたく、お願い申し上げます。
そして、この狩猟祭の運営に携わっている皆さん、本当にありがとう。最後までよろしくお願いいたします」
シェリーが深々と頭を下げると、スタッフから拍手が起こり、その拍手から観客へ広がった。
シェリーについていく、シェリーが頭をさげる必要はない、とあちこちから声が飛んだ。
シェリーが頭を上げて、涙を浮かべた目で微笑む。
「長々とお話しするわけにもまいりませんわね。サローニャさん、後はよろしくお願いいたします。
さぁ皆様!狩猟祭2日目の開幕です!!」
ワアアアァァと大きな歓声が起こった。
シェリーの挨拶を昨日と同じ席で、ブリアナとエリカと共に聞いた。
ブリアナは目に涙を浮かべて泣き、エリカもそっとハンカチで涙を拭っていた。
ニコールはすでに狩猟祭から退去し、自警団と共にアレらの事情聴取に入っていると聞いた。
数日後には司法局員が到着し、王都へ連行されると聞かされた。
会場で一番ステージの見やすい位置にあった侯爵のやたら豪華な席は撤去され、他と変わらない椅子とテーブルに変えられていた。
「お疲れ様でした」
天幕に戻ってきたシェリーが、中にいる貴族や富裕層の人達に拍手で出迎えられる。
「シェリー嬢がいるなら、今後もシギアーノ領は安泰ですな」
誰かが言った。
今までジェロームに胡麻を擦っていた輩が早速シェリーに乗り換えたのがわかるセリフに苦笑した。
「ショー、昨日は本当にありがとう」
「いいや、シェリーこそ大丈夫?」
「ええ。キースさんを貸してくださって、感謝しかないわ。
本当にすごいのね。山になってた書類があっという間に分類別に整理されて。
たった30分でよ!?
譲って欲しいわ」
「あげないよ。貸すだけ~」
ニコニコしながら会話していると、ブリアナとエリカが目を丸くして俺たちを見る。
「え?お二人って…」
ブリアナが首を傾げる。
「実はね、お茶会の後何度か偶然王城で会ってさ、話をする内に仲良くなったんだ」
そういう設定にしてあったので、2人に説明すると、ブリアナは素直にそうだったのね、と驚いていた。
だが、エリカは意味ありげな表情で俺たちを見て微笑む。その微笑みを見て、心の中でシーゲルを思い出していた。
まさかね、とは思ったが完全に否定も出来なかった。
「さぁ、今日も始まりますわ。
今日は誰が申し込みに来るのかしら」
すでにウキウキしているブリアナが言う。
「そこは、何が狩られるか、じゃないの?w」
そう突っ込むと、シェリーもエリカも声に出して笑った。
メルヒオールとのキスを忘れたくて、ロイの頭を押さえて、自分から何度もキスをせがんだ。
だが、ロイも途中からキスを止めてしまった。
「これ以上は…我慢できなくなる」
朝にもディーと同じ事を言われて笑ってしまった。
「実は俺も、我慢してる」
そう言って笑うとロイの顔が赤くなった。
朝約束した通り、今日はロイが添い寝をしてくれることになった。
ベッドに入り、ロイに抱きしめられて安心する。
「3回目だよ」
頭を撫でられながらゆっくりと話す。
「この世界に来て3回、犯されそうになった。
1回目の時はロイに助けられて、2回目の時はみんなに助けてもらった。
3回目の今日、ようやく俺は自分で自分を守れたよ」
それでもその後は結局助けてもらったけど、と小さく笑う。
「ちょっと前の話なんだけどさ」
ロイの肩に乗せていた頭をずらし、ロイの顔が見えるように少しだけ体を離す。
「ジャニスと話をしたんだ」
「ジャニス?」
その名前に、また以外な奴が、と思った。
「ジャニスも騎士になる前、俺と同じように襲われたって教えてくれた。
未遂もあったし、レイプされたこともあったって…。だから俺の気持ちは良くわかるって」
ジャニスはシグルド国の漁師街で生まれた。
両親と5人の姉と2人の妹、8人姉妹でジャニスが唯一の男だった。
漁師街だが父親は漁師ではなく、漁師の下で働く日雇い作業員で、父親は稼いだ金を酒に代えてしまう飲んだくれのクズだった。
当然家は貧乏で、小さい頃はガリガリで栄養失調気味の子供だったという。
それでも母親が必死に働き食べさせてくれたが、ジャニスが8歳の時、父親が蒸発した。そして発覚した父親の借金。
ある日突然奴隷商人が家に押し入り、そのまま全員外に連れ出されて馬車に乗せられた。
ジャニス1人だけが男だったため、別の馬車に乗せられ、家族とはそれっきりだと言った。母や姉、妹がどうなったのかわからないと言った。だが、おそらくきっともう…と悲しげに微笑んだ。
ジャニスはそのまま公国のベルトラーク領にある奴隷市場で売りに出され、そして買われた。
ジャニスを買ったのはベルトラークの大規模な農家だった。
似たような子供を複数買い、農奴としてそこで数年朝から晩まで働いた。
衣食住はきちんとしていたため、奴隷であっても元の生活よりはるかにマシだった。
そして、その時に同じ農奴だった奴らに何度か犯された。
雇い主は同情して居住棟を変えてくれたり、あまりにも酷い時は加害者を自警団に突き出してくれたが、100人以上いる農奴の管理は隅々まで行き渡らず、それからも何度かレイプされた。
「何度も死のうと思ったわ。
痛くて辛くて、繰り返し犯される夢を見て、身も心もズタズタだった。
そんなある日、また襲われて。
でもその時何故か恐怖よりも怒りが沸き起こったの。
なんであたしがこんな目にって。
なんで犯されなくちゃならないのかって。
もう怒りでブチギレちゃって。気がついたら、仲間に止められるまで襲った奴をボコボコにしてたわ」
ジャニスはレイプという暴力に暴力で対抗する手段を身に付けた。
結局自分を守れるのは自分だけだと、農作業で体を鍛え、空いた時間で魔法や体術を独学で勉強し、20歳で奴隷の年季が明け、その足で騎士団の門を叩いた。
「ショーへーちゃんにあたしと同じように暴力を覚えろって言ってるわけじゃないのよ。
ただ、自分で自分を追い詰めるようなことはしないで欲しいの。
あたしはレイプに暴力で勝ったけど、勝つ方法は他にもいくらでもある。自分を救う方法はたくさんあるのよ。
周りの人に救ってもらうこともその一つで、寄り添ってくれる人がいるなら思い切り甘えて、救って貰えばいいのよ。
自分で自分を救うために助けてって言える強さを持って欲しいの」
ジャニスにギュッと手を握られてそう訴えかけられた。
「言われた時は、半分くらいしかその意味がわからなかったんだけど、今回のことでジャニスが言ってた意味がわかったような気がする」
そう言い、ロイに自分からすり寄って体をピッタリとくっつけた。
「ロイ…。怖い…助けて」
怖いと呟いた瞬間、涙が出た。
あの時は無我夢中で反撃し、終わった後に恐怖を感じた時も涙は出なかった。
俺はまだあの時、感じた恐怖を押さえ込んでいた。体が震え脱力するほど恐怖を感じていたのに、心を閉ざしていた。
「助けてって言える強さを持って」
ジャニスの言葉が反復する。
怖い、助けてと言ったことで、心が解放された。
1度目の時も、2度目の時も、自分から怖い、助けてと言わなかった。今ならわかる。言えなかったのだ。
この恐怖は自分で何とかしなければいけない。そこまで他人に迷惑を、負担をかけたくない。かけるべきじゃないと、無意識にそう思っていたんだろう。
自分で、俺の意思で殻を作り閉じこもっていた。
ジャニスの言った強さとは、その殻を自分で破ることだ。
そう理解した。
ロイは黙って翔平を抱きしめる。
救いたい。守りたい。
そう強く思っても、翔平は我慢している。痩せ我慢を繰り返し、大丈夫、大丈夫と笑う。
好きだ、愛している、と言っていても、心の深い所には壁があり、その壁の先まで入ることは出来なかった。
それはきっと、翔平の今まで生きてきた環境や常識がそうさせている。さらに元婚約者に受けた仕打ちがその壁をさらに厚くしたと思った。
これでも、翔平は俺やディーには曝け出してくれている。俺たちの前では弱さを見せてくれる。
だが、それは心にある何層もの壁を数枚通過しただけに過ぎない。
さらにその奥に隠された恐怖を曝け出すことはなく、ずっと耐えて、恐怖を押し殺し続けていた。
「ショーへー…愛してるよ…」
そんな言葉しか言えない自分がもどかしい。もっと、心の奥深くまで伝わる言葉がそれ以上に見つからない。
「俺に、お前を救わせてくれ」
ロイの目からも涙が溢れる。
愛している。心から。
翔平に俺の全てを注ぎ込みたい。
お前に、俺の全てを捧げる。
ゆっくりとそのありったけの想いを込めた魔力を翔平に注ぎ込んだ。
俺のために泣くロイを見て、心が癒されて行くのがわかった。
俺の恐怖を受け止めて救おうとしてくれている。
ギュッとロイにしがみつき目を閉じる。
触れた部分からロイの魔力が流れ込んでくる。
その熱さが、心の中にどんどん染み込み、傷つき欠けた心がゆっくりと修復されていくような気がした。
「ロイ…ありがと…」
泣きながら目を閉じ微笑んだ。
そのままゆっくりと眠りに引き込まれていった。
ロイに心の内を曝け出し、いつも以上にすっきりと爽やかな朝を迎えたような気がする。
上半身を起こして、隣で眠るロイを見下ろす。
仰向けでスヤスヤ眠るその綺麗な顔を見て、本当にこの男が好きなんだな、と改めて実感し、頬を染めた。
静かに顔を寄せると、そっと唇を重ねてすぐ離す。ポポポと顔が火照り、自分の乙女な行動に赤面した。
恥ずかしいならやらなければいいのに、と自虐しながらベッドから降りる。
「おはようございます」
キースがにこやかに言い、すぐに朝のお茶の用意をしてくれる。
「おはよう」
顔を洗って寝夜着にローブを羽織ったまま椅子に座ると、淹れたてのお茶のいい匂いが鼻をくすぐった。
「おはようございます…」
静かに天幕の出入口からディーが顔を出した。
「おはよう。早いな」
ニコッとディーの顔を見て笑う。
ディーも俺を見て嬉しそうに笑うと、すぐにそばに寄って俺の顔に触れて顔色や首のチェックをした。
「体調は?どこもおかしい所はありませんか?」
心配してくれるディーに笑顔で大丈夫と答える。
「あ、キース。アランが呼んでます。
ショーヘイさんは私が朝食に連れて行きますから、行ってきて下さい」
言われて、何の用事でしょうか、と言いつつ少しだけ嬉しそうな様子で、キースが出て行った。
「ディー」
キースが出て行くとすぐに俺はディーに抱きついた。
その首に両腕を回して思う存分キスを味わう。
「ロイに慰めてもらいましたか?」
キスをしながら聞かれ、うん、と返事をする。
「よく眠れた。ありがとう」
言いながらまたキスをねだる。
舌を絡ませ合い、その熱さに触れるとジクジクと快感が体を包んでいった。
「俺も~」
ディーと抱き合って濃厚なキスをしていると、いつのまに起きたのか、ロイが腹をボリボリ掻きながら、大欠伸をして立っていた。
そんなロイとも濃厚なキスをかわす。
2人に抱きしめられ、交互にキスされながら、はぁと熱い息を吐いた。
「あ~…SEXしてぇ…」
ロイが俺の濡れた唇を見て、ムラムラしてしまったことに顔を顰める。
「…俺も…シタい」
2人に抱かれたい。無茶苦茶に愛されたい。本心から言った。
「ぅ…」
「ぐ」
2人が小さく呻いた。
「ショ、ショーヘイさん…煽るの止めて」
ロイとディーが若干腰が引けて身を捩るのを見て、ごめん、と笑った。
「ちょ、朝食の前に、これを」
ディーが話題を変えようと、コートの内ポケットから封筒を出し、俺に渡す。
「?」
受け取ってすぐに開封する。
ユリアからだった。
ソファに座り、2人にはさまれながら3人で手紙を読む。
その内容はもちろんアランとキース、アビゲイルとシェリーに関することだった。
計画というほどでもない。
俺たちはただ噂を流すだけだ。
アランがシェリーに求婚するかもしれない。
その噂を広める。
それ以外に何もすることはなく、後はアランとアビゲイルの行動次第だった。
ユリアは本祭1日目でアレらが失脚し、2日目に起こるであろうことを予測していた。
シェリーが事実上シギアーノ家のトップになり、一気に独身である彼女を手に入れようと動き出す。
おそらく2日目で彼女に魔石を贈る輩が大勢出てくるだろうと。
なので、キースを1日限定でシェリーの補佐と彼女のガードにつかせるようにと書いてあった。
噂を流し、あえてキースを不安にさせる狙いがあるのかな、と思った。
「キース、大丈夫かな」
キースの性格や今まで拗らせてきた経緯を考えると、この噂を信じ、もしかしたらまた身を引くとか言い出しかねないと思い、そう言った。
「だから、アランの行動次第なんでしょうね。
噂を信じるな、俺を信じろってはっきりと意思表示した上でプロポーズすることに意味があるのかもしれません」
ディーも苦笑する。
「キースはもうアランとの結婚を承諾済みだ。この噂を聞くことで、それをリセットさせるってことか?」
ロイもこの内容に首を傾げる。
「アビーももちろんこの計画知ってるんだろ?」
「ええ。知ってます。彼女には、アラン達のプロポーズが終わった後に告白するようにと指示が」
指示と言われて、業務命令かよ、と苦笑した。
「ちなみに、みんな知ってるのか?」
「ええ。もちろんキース以外は噂がガセだと知っています。
それと、これからシェリーにも噂の件を話して協力を仰ぎます」
「じゃぁ、さっきアランがキースを呼んだっていうのは…」
「ええ。今日1日シェリーの補佐につくように話をするためです」
「なるほどね…」
キースはそれを聞いてどう思うだろうか。今はまだ噂のことを知らないが、噂を聞いた時の彼の行動が心配になる。
「こんな駆け引きいるのかぁ?」
ロイが普通に魔石送ってプロポーズすりゃあいいじゃん、と愚痴った。
「そうなんですけど…ユリアが…」
ディーが苦笑し、あ、と何となく察した。
ユリアは拗ねているのだ。
彼女もおそらくギルバート同様、キースの拗らせに気付いていた。
だが、彼女もまたキースよりも上の立場ということで口を挟むことが出来なかった。
まさか人の恋路に黒騎士を投入するわけにもいかず、ものすごくヤキモキしていたのだろう。
そして気付けば、自分が知らない所で、結婚することが決まっていた。
だから、やり直せ、か。
ユリアの心情が少しだけ理解できた。
アランの一途な想いと、キースの献身的な愛に憧れを抱き、応援し続けていた。
こんなに何年も心配させておいて、あっさりと結婚決まったわ、と言われて、ムッとしたんだろう。
「裏切られたって思ったのかな」
独り言を言って、クスッと笑った。
「え?何です?」
「いや、何でもない、独り言」
そう言って笑うと、ロイにまた妄想してんだろ、と笑われた。
3人で朝食会場に向かった。
会場でオスカー達に会い、まだアランとキースが到着していないので、計画の話になる。
「なんかドキドキするわよね」
ジャニスがオリヴィエやエミリアとキャッキャッとお喋りしている。やはり女性陣はこういう駆け引きがお好きらしい。
「アビー、大丈夫?」
朝食を食べながらムスッとしているアビゲイルに聞いた。
「大丈夫じゃない」
不貞腐れたように言った。
「シェリーがいっぱい求婚されるって本当なの?」
続けて言った言葉に、あ、そっちの心配か、と思わず笑った。
「可能性は高い、というか、間違いないでしょうね。
彼女の優秀さは誰もが知っているし、かつあの容姿で、独身です」
「今まで誰も求婚しなかったのは、アレらが邪魔していたからだ」
ディーとオスカーの言葉を聞いて、アビゲイルの眉間に思い切り皺が寄った。
「絶対に渡さないんだから」
「その気持ちわかるぜ~」
ロイが口の中に食べ物を詰め込みながら喋り、行儀悪い、と叱った。
「惚れた奴が目の前で言い寄られるんだもんな。クッソムカつくわ」
ゴクンと飲み込んだ後にロイが続ける。
「ほんとにね。殺したくなりますよ」
ディーも鼻を鳴らして言った。
俺も、その気持ちは良くわかる。
昨日ロイがセリオに求婚された時、本当に腹が立ったし、切なくて泣きたくなった。
「アビー、頑張れよ」
ニコリとアビゲイルに微笑みかけると、アビゲイルも頷き、絶対誰よりもでっかい魔石見つけてやるんだから、と息巻いていた。
食べ終わる頃に、ようやっとアランとキースが姿を現し、キースが少しだけしょんぼりしていて苦笑する。
「ショーヘイさん。今日はおそばにいられません…」
「うん。聞いたよ。シェリーのサポートに入るって。
でも、シェリーも専属の執事がいないし、今日一日だけでもキースみたいな優秀な執事がいれば、楽になるんじゃないかな」
「そうなんだ。アレらの失脚で、すでに各所から問い合わせや今後についての相談が持ち込まれている。
シギアーノの執事達だけでは回らんのだ。1人で数人分の仕事をこなせるキースなら大丈夫だと思ってな。
すまんな、ショーへー」
「俺は大丈夫。
キース。シェリーを頼むよ。助けてあげて」
「はい…。引き受ける以上は全力で取り組みます」
キースが優しく微笑み、そのウサ耳がピコピコ揺れた。
朝食を終えて狩猟の準備があるロイ達と別れ、護衛騎士と共に天幕へ戻った。
だがその戻る道すがら、会ってしまった。
「おはよう。愛しの聖女。今朝も可愛い」
メルヒオールが嬉々として俺に近寄ってくると、すぐに俺の手を取って口付ける。
「殿下…。昨日はありがとうございました」
若干腰が引き気味になりつつ、改めてお礼を言う。
「ああ…そのことなんだが…」
メルヒオールが苦笑する。そして突然俺に頭を下げた。
「申し訳なかった。あの首輪の解除を盾にして脅迫するような真似をしてしまって」
その行為と言葉に俺も護衛騎士達も驚く。
「や、止めてください。頭をあげてください」
慌ててメルヒオールの肩に触れて、無理矢理頭を上げさせる。
「結果的に首輪をとってくれたじゃありませんか。感謝しています」
そう言いながらメルヒオールを見上げてニコリと微笑む。
その瞬間メルヒオールの顔から笑顔が消え、ポッと頬を染めた。
え?
その表情に戸惑った。
「あー…その、ショーヘイ」
「は、はい」
「私は、どうやら恋に落ちたらしい」
「……はい?」
「こんな気持ち、初めてなのだ」
そう言いながら俺の手を取ると、自分の胸に押し付ける。服の上からでも、心臓の鼓動が早くなっているのがわかった。
「あ…」
「お前のことを考えると、こんな風になってしまうのだ。
私は、お前に恋をした」
メルヒオールの顔が真っ赤になり、俺もその告白と赤面するメルヒオールにつられてカァッと赤くなった。
「殿下、あまり引き留めても」
後ろからハーマンが優しい笑みを浮かべて声をかける。
「あ、ああ。そうだな。悪かった」
メルヒオールが手を離し微笑む。
「では、また。今日も魔石を手に入れてお前に贈ろう」
「あ…頑張って、くだ、さい…」
ポカンとしたまま無意識で言った。
そのまま笑顔で手を振りながら立ち去るメルヒオールを見送り、しばし呆然と立ち尽くす。
「また1人落ちちゃったわね」
ジャニスが冷静に言い、オスカーやオリヴィエが声を押し殺して笑った。
本祭2日目の9時。
ステージにシェリーが立つ。
「ご来場の皆様。本日もお越しくださいまして、誠にありがとうございます。
すでにお話は広まっているかと思いますが、父ジェロームと兄ジャレッドが司法局に捕縛されました。後日その罪が明らかになり、正式に発表されますので、そこは割愛させてください」
一度話を区切り頭を下げる。
「しかしながら、この狩猟祭は私が全身全霊をかけて取り組んできた行事であり、私だけではなく、この地に住まう領民はもちろん、準備に携わり、協力してくださっている皆様方、参加してくださっている方々のためにも、絶対に成功させねばなりません。
侯爵の罪とこの狩猟祭は一切関係がございません。どうかそのことだけはご理解を賜りたく、お願い申し上げます。
そして、この狩猟祭の運営に携わっている皆さん、本当にありがとう。最後までよろしくお願いいたします」
シェリーが深々と頭を下げると、スタッフから拍手が起こり、その拍手から観客へ広がった。
シェリーについていく、シェリーが頭をさげる必要はない、とあちこちから声が飛んだ。
シェリーが頭を上げて、涙を浮かべた目で微笑む。
「長々とお話しするわけにもまいりませんわね。サローニャさん、後はよろしくお願いいたします。
さぁ皆様!狩猟祭2日目の開幕です!!」
ワアアアァァと大きな歓声が起こった。
シェリーの挨拶を昨日と同じ席で、ブリアナとエリカと共に聞いた。
ブリアナは目に涙を浮かべて泣き、エリカもそっとハンカチで涙を拭っていた。
ニコールはすでに狩猟祭から退去し、自警団と共にアレらの事情聴取に入っていると聞いた。
数日後には司法局員が到着し、王都へ連行されると聞かされた。
会場で一番ステージの見やすい位置にあった侯爵のやたら豪華な席は撤去され、他と変わらない椅子とテーブルに変えられていた。
「お疲れ様でした」
天幕に戻ってきたシェリーが、中にいる貴族や富裕層の人達に拍手で出迎えられる。
「シェリー嬢がいるなら、今後もシギアーノ領は安泰ですな」
誰かが言った。
今までジェロームに胡麻を擦っていた輩が早速シェリーに乗り換えたのがわかるセリフに苦笑した。
「ショー、昨日は本当にありがとう」
「いいや、シェリーこそ大丈夫?」
「ええ。キースさんを貸してくださって、感謝しかないわ。
本当にすごいのね。山になってた書類があっという間に分類別に整理されて。
たった30分でよ!?
譲って欲しいわ」
「あげないよ。貸すだけ~」
ニコニコしながら会話していると、ブリアナとエリカが目を丸くして俺たちを見る。
「え?お二人って…」
ブリアナが首を傾げる。
「実はね、お茶会の後何度か偶然王城で会ってさ、話をする内に仲良くなったんだ」
そういう設定にしてあったので、2人に説明すると、ブリアナは素直にそうだったのね、と驚いていた。
だが、エリカは意味ありげな表情で俺たちを見て微笑む。その微笑みを見て、心の中でシーゲルを思い出していた。
まさかね、とは思ったが完全に否定も出来なかった。
「さぁ、今日も始まりますわ。
今日は誰が申し込みに来るのかしら」
すでにウキウキしているブリアナが言う。
「そこは、何が狩られるか、じゃないの?w」
そう突っ込むと、シェリーもエリカも声に出して笑った。
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